傷跡
ソリオンは胸に残る不快感を抱えつつも、約束した狩人ギルドへと入る。
いつも通りカウンターには、気だるそうな受付嬢が1人。
「カルロッタさん、こんちにちは」
「ソリオン君、今日は何だか元気なさそうね」
「ちょっと変なもの飲んじゃって」
「そんなにお腹減ってたんなら、お姉さんに言いなさい! ご飯くらいなら食べさせてあげるから」
やる気のない受付嬢であるカルロッタが、いつになく声を張り上げる。
「ありがとうございます。でも、自分で調合した薬を試しただけですから」
「何だ。勘違いしちゃった」
なぜか少し残念そうだ。
「ところで、マッシモさんから武器を見せてもらえって、言われたんですが」
「新しい武器の調達?
「今まで使っていた普通のナイフは、あんまり狩りに向いてなかった無いようで」
「ええぇ!? 普通のナイフで狩りしてたの!?」
カルロッタは目を丸くする。
整った容姿ながら表情が豊かだ。
「分かったわ。ギルドで取り扱っている武器を持って来るけど、短剣以外に使えるものある?」
「父さんは槍の扱いが、一番うまいと言ってましたけど、実践だと使ったことありません」
「そう。とりあえず、奥の訓練室で待ってて」
そういうとカルロッタはカウンターの奥へと下がる。
狩人ギルドの奥には、小さなホール程度の大きさの道場があり、ハンター達が訓練室として使っていた。
訓練室で、しばらく待っていると、カルロッタが多くの武器を抱えてくる。
「とりあえず、今ある短剣と槍はこれくらいかな」
短剣が4本、槍が2本並べられる。
1つ1つ意匠が異なる。また、よく見ると魔物が持つ電子基板のような独特の模様が刃物に付いていることが、離れていても分かる。
「結構あるんですね。何が違うんですか?」
「どの魔物のバイオマス鉱石を使っているか、かな」
正直、武器の良し悪しなど分からない。
「一番安いやつはどれですか?」
「安いやつだと、これね。スキーリオの刃を使った短刀」
カルロッタは最も質素な短剣を手渡す。
(すごく軽い。こんなので切れるのかな)
「魔力をちゃんと通してね」
「はい」
魔力を刃に込める。
(吸い取られるみたいだ。魔力がすごく馴染む)
「あんまり硬いものは駄目だけど、訓練場にある木くらいなら切ってもいいわよ」
ソリオンはど訓練場の脇に置いている、木を放り投げると、空中で切る。
(ほとんど抵抗がない)
刃が付いていないのではないのかと、錯覚する。
しかし、木はしっかりと切れている。
真っ二つに割れた木が地面に落ちる。
「すごい切れ味ですね。今までとは比べ物にならない」
「当たり前でしょ。バイオマス鉱石で作ってて、<鍛冶士>と<付術士>が仕立ててるだから」
カルロッタは再び呆れたように言う。
その後、他の短剣を試したが、どれも今まで使っていたナイフとは段違いだ。
槍は薙刀の様になっているタイプと、小さい
前者はこのギルドで取り扱っている武器の中でも、かなり高額の部類になるらしく、どのみち買えいないため、試し切りすらしなかった。
後者は、試しに突きをさせてもらった所、勢い余って木が砕け散った。
一番安い短刀か、
「両方にしてみたら? ソリオン君の魔力量なら、
「でも、あんまりお金を使いたくないんですよね。ちなみに、いくらですかね?」
「短刀なら金貨4枚と銀貨7枚、鉾なら、ちょうど金貨6枚ね」
(……2週間分の生活費)
「では、こちらをください」
ソリオンは短刀を差し出す。
「ソリオン、2つとも買っとけ。ツケにしておいてやる。魔物代の端数で払っていけばいい」
声がする方を振り向くと、いつの間にか、マッシモが訓練場の端から見ている。
「でも、高いですから」
「武器は命に直結する。出し惜しんで死んだら意味がない。さっき見てたが、お前の槍捌きは、十分、実践でも使える」
目の前にいるカルロッタの顔がみるみる怒りに染まる。
「マッシモさん! 勝手にツケにしないでください! 今月の会計どうするんですか?」
「そんなら俺の給料から引いといてくれ。こいつには貸しがある」
カルロッタが困りはてる。
「はぁ、いつも自分勝手なんだから」
嬉しい申し出だが、正直悩む。金貨6枚あれば、母さんやイースに新しい服や新しい家具を買ってあげられる。今後の事を考えれば散財は避けたい。
しかし、蛇の道は蛇。
マッシモが、下心を持って勧めているわけではないことは、短い付き合いながら分かる。
「わかりました。お言葉に甘えて、少しずつお支払いします」
「わかりゃいい。昨日の魔物も算定できてるぞ」
「ありがとうございます」
カルロッタが全ての武器を抱える。
ソリオンが買おうとしている武器も含まれている。
「じゃあ、削ってくるから、少しカウンターで待ってね」
「削るんですか?」
「武器をそのまま渡す訳ないじゃない。刃に本人を識別する特別な彫りをいれるの。もし、人や物を傷つけたら、
「そんな技術があるんですね」
「だから、万が一紛失したらすぐに届け出てね。紛失した武器で誰からが傷つけられたらソリオン君の責任になるわ」
「わかりました。なくさない様に気をつけます」
その後、暫く待った後、魔物分の代金と武器を受け取ると家へと帰る。
家でいつも通りにご飯を食べ、イースを寝かしつけると、ソリオンも気分が優れないためにに早めに就寝することにした。
日中の疲れもあり、ベッドに吸い込まれるように直ぐに眠りへと落ちていく。
しかし、真夜中、窓がカタカタなる音で目が覚めてしまう。
(風でも吹いてるのかな)
眠気眼で窓を見ると、光の球が窓のすぐ外に浮いている。
光の球が、窓をへと近づく度に音を立てているようだ。
(この前、見た光?)
近くで見るために、窓まで手を伸ばす。
光が止まる。
寝るイチ達は特に警戒した様子はない。
(なんだろう?この光は)
窓を開けた瞬間、光がスッと部屋の中に入ってくる。
「やっと開けてくれたのね!」
光から少女の声がする。
よく見ると光の中には、コウモリのような羽が生えた小人がいる。
外見は手のひらに収まる程度の愛くるしい少女のようだ。
「ん? 魔物かな?」
「失礼ね! 魔物なんかじゃないわよ! 精霊様よ!」
上から目線で、腹を立てている小人に対して、やはりイチ達は気にした様子はない。
(精霊ってなんだ? 危ないものじゃないのか)
疑いつつ、話を続ける。
「その精霊様が、こんな夜更けに何をしにきたの?」
精霊は自慢そうに胸を張る。
「あんたを助けてあげる!」
「はあ」
「何よ!嬉しくないの!?」
正体不明の自称精霊に、いきなり助けてあげると言われて、喜ぶ方がおかしいと思う。
「いえ、なにも困ってません。お帰り下さい。精霊様」
「ええ!? 精霊が助けてあげるって言ってるのに普通、断る?」
(いや、だから精霊ってなに)
厄介ごとの匂いしかしない。
「じゃあ、何を助けてくれるの?」
自称精霊は、少しだけ考える素振りをする。
「そうね。新しい魔物と出会わせてあげる」
突然の申し出に、反応に迷う。
「……なんでそんな事をしてくれるの?」
「なんだっていいじゃない! あんた魔物を探してるんでしょ?」
ソリオンの事を、予め知っていたような言い方だ
「もしかして、最近ずっとつけてたのは君かい?」
「失礼な言い方ね! たまたま見かけただけよ!」
街だけならともかく、エーエンの森でも視線を感じていた。
偶然出会うはずがない。
だが、新しい魔物と出会えるというのは魅力的だ。
「ちなみにどんな魔物? あんまり強ぎると無理だよ」
「大丈夫よ。あんたの強さに合う魔物に会わせてあげるわ」
(話が旨すぎる。何か裏がありそうだな)
だが、最近行き詰まっていたのも事実だ。
E級には歯が立たず、F級、G級ばかり都合よくも探せない。
かと言って、魔物を探すためだけに、ハンターを毎回雇っていては生活が成り立たない。
「とりあえず、明日エーエンの森に行くからついてくる?」
「初めからそう言いなさいよ」
謎の上からの言葉にドッと疲れが出てくる。
早く話を終わらせる為、話を無理やり切り替える。
「僕はソリオン。君は?」
「ブリースよ」
「よろしく、ブリース。今日はもう寝るからお休み」
適当に話を打ち切ると、ソリオンはまた深い眠りに落ちていった。
翌朝、新しい武器を持参て、レビ薬工店への戸を開ける。
傍らには従魔と、昨日まで居なかったブリースが飛んでいる。
レビが珍しく工房ではなく、店と工房にある、上がり
「おはようございます」
「おはよう。今日は遅いじゃないか」
「はい。申し訳ありません」
「なんだい、張り合いが無いね。ところで、あんたの横を飛んでるケッタイなものはなんだい」
精霊のブリースは腹を立てたようです、レビの近くまで飛んでいく。
「ケッタイとは何よ!私は精霊よ!」
「精霊? なんだい、そりゃ」
「精霊は精霊よ!」
(説明になってないな)
「レビさん。昨日、家に迷い込んできたので、保護してます。気にせずに」
「迷い込んだんじゃないわよ! 自分から行ったのよ」
レビは深い溜め息をつく。
「変な生き物は従魔だけにしておいてくれよ。全く」
「すみません」
謝るソリオンの横でブリースが、更に腹を立てているが、無視することにした。
「どうしたの? 朝から騒いじゃって?」
髪を後ろでまとめたネヘミヤが出てくる。
ソリオンの横にいるブリ−スに目が留まる。
ネヘミヤの目が輝き始める。
「ナニナニ!? この可愛い子!」
「可愛い…。 この子は分かってるわね」
ブリースが怒りから一転、顔がほころんでいる。
「キャ! 喋った!声も可愛いい」
「精霊様よ。もっと言いなさい」
「動きも可愛い!」
ネヘミヤの言葉に、ブリースのニヤけが止まらない。
妹イースの反応にそっくりだと、今朝の様子を思い返していた。
シェーバは始めこそ怪訝な様子だったが、何度か言葉を交わす内に、従魔達と同じように接しはじめ、最後には食卓にお皿が1枚増えることとなった。
「全く、付き合ってらんないよ」
レビが深くため息を付いて、立ち上がろうとした時、よろけて段差の下へ転げ落ちそうになる。
(危ない!)
ソリオンは荷持を持ったまま、冷静に素早く動く。
だが、鉾を包んでいた布がはだけて、中から鉾が
「大丈夫ですか? レビさん」
声を掛けるが、レビの反応は無い。
「どこか痛みますか!?」
レビの顔は真っ青になっている。
唇は青く、ガタガタと小刻みに震えている。
まるで恐怖に震えているようだ。
脚に力が入っていないの、ソリオンの腕にかかるレビ重みが増す。
(この様子、どこか見たことある)
レビの様子に何処か既視感を覚える。
「ソリオン君! 早くそれを遠ざけて!!」
先程までブリースを愛でていたネヘミヤが叫ぶ。
「えっ? ソレって何ですか?」
「武器よ!」
ソリオンは指摘されて、初めて自分が鉾を持っていた事を思い出した。
だが、誤ってレビを傷つけてなどいない。
しかし、ネヘミヤの真剣な物言いに従うことにする。
レビをゆっくり下ろすと、武器を持ったまま遠ざかる。
「おばあちゃんから見えない所に置いて!」
「わかりました」
昨日調達した武器を、店舗の横にある倉庫へとしまう。
戻ると、まだレビは顔を青くしたまま、
イチ達も心配そうに横にいる。
「みっともない所、見せちまったね」
「いえ…」
あの気丈なレビが、これほどに怯えるには訳があるに違いない。
「情けないね。昔は武器の<付与>が専門だったくらいなのに」
「やっぱり僕の武器が原因だったんですね」
レビは目も合わせず、腕を
おそらく袖の下に在る古傷を擦っているのだろう。
怯えている様子を一歩離れて見ると、先程の既視感が理解できる。
(そうか、思い出した…‥。「妻」のときか)
先程の怯えようが、前世の「妻」と、
「あの子」を失ったためノイローゼにかかり、電話越しの喧騒を思い出しては、泣きながら震えていた姿。
PTSDというのだろうか。深い深い心の傷がふとした時に溢れ出てしまう。
「その傷ですか?」
「ああ。それもあるさね」
逆上した客に切りつけられた古傷。
おそらく命の危機を感じたのだろう。
「すみませんでした。僕が武器を持ち込んだばかりに」
「全くだよ。明日からは倉庫にしまってきてから入ってきな」
「……はい」
その後、レビも落ち着きを取り戻し、普段の仕事に戻っていた。
あれ程怯えていた様子が嘘のようだ。
(心の傷か)
いつもは当たり前に暮らせるのに、古傷に触れられると鮮明に蘇る。
傷は傷として、ちゃんと残っている。
どこか他人事と思えない。
色々と考えながらも、手だけは忙しなく動き続けている。
「よし! できた。賢帝の涙」
すでにサン以外は居ない。
ちなみに、ブリースは一番最初に逃げ出した。
スプーンにすくった賢帝の涙を、一気に飲み込む。
「うえっ……。やっぱり不味い……」
強い不快感を胸に、仕事を終えたソリオンは、エーエンの森へと向かう。
新しい魔物と出会わせてくれるという、ブリースの言葉を半分信じながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます