狩人ギルド


 新しく魔物図鑑にベンターというムササビの様な魔物が登録された。


(<腹顎>か。腹側にあった口は<特技スキル>だったのか)


 ソリオンはイチへと目をやる。

 イチは不思議そうに首を捻る。


「止めておこうか。今の<特技スキル>よりも有用だとは思えないし」


 ソリオンはイチの<特技スキル>の付け替えは保留した。

 魔物図鑑をしまい、探索を切り上げようとしたときに、森が騒然とする。


「キャアァー! 助けて!」


 森の奥から女性の叫び声が響く。

 まだ若い少女のような声だ。

 

「誰かが困ってるみたいだ! 急ごう!」


 声がした方へと走っていく。

 ニーがソリオンの横を飛びながら、声を上げながら、何かを警告してくる。

 

(余程、まずい魔物がいるのかもしれない)


 緊張を高めながら、更に森の奥へと向かっていく。

 しかし、しばらく走ったが、それらしい姿は全く見当たらない。

 少女どころか、人がいる気配すら無い。


(おかしい。はっきり声が聞こえたから、それ程離れていないはずなのに…)


 周囲を見回していると、更に声が聞こえている。


「誰か! 誰かいないの! 助けて!」

 

 先程よりもはっきり聞こえている。

 かなり近くに来ているようだが、周りには相変わらず誰かいる気配がない。

 ニーが警告を繰り返す中、声が聞こえる方へと腰を屈めながら、慎重に進んでいく。


 少し進んだ時、木の上から叫び声がする。


「ここよ! ここよ!」


(木の上?)


 木の下から見上げるが、誰も居ない。

 小さな鳥が一匹いるだけだ。


(どういうことだ?)


 更に良く確認するため、乗り出したとき、が後頭部目掛けて、高速で落ちてくる。

 反応が一瞬遅れたソリオンの代わりに、肩に乗ったサンが、尾の先にあるはさみを使い、を受け止める。


 ガギィッ

 金属が擦れる様な音が響く。

 鋏の片方が、叩き折られるが、軌道は置き逸れ、ソリオンから離れた場所へと落ちていく。


(斧!?)


 地面に刺さたったそれは、緑色の羽毛が着いた巨大な斧のようだ。

 斧がモソモソと動き出し、突き刺さった地面から自らを引き上げてる。

 地面から抜け出して立ち上がると、そこには鳥が居た。


(トサカが斧みたいになっている)


 大きく頭部から背中にかけて発達したトサカが、金属状の斧のようになっており、頭部が鳥にしては異様に大きい。


 斧付き鳥は起き上がると、緑色の羽を必死にバタつかせ、再び空へと舞い上がる。

 またソリオンの頭上まで来ると、頭を下へ大きく向け、斧になったトサカを迫り出し、急降下してくる。


 ソリオンは振り下ろされる斧から距離を取ろうとするが、斧付き鳥もただ落下ししているわけではない。

 広げた羽を器用に使い、必要にソリオンの頭上へ落下するよう、位置を合わせてくる。


「ニー、横から尾刃を当てるんだ」


 ニーが高速で飛翔し、一瞬で斧付き鳥へと迫る。

 斧付き鳥が屈めていた頭をあげて、ニーを空中で避けようするが、時既に遅し。

 ニーの尾についた刃で無情に、斧付き鳥を切り裂く。


「助けて! 助けて!」


 先程の少女の声が、再度、木の上から響く。

 木を見上げると、小さな鳥が何かに捕らえられている。

 スッと保護色が解けると、小さな鳥を咥えたイチが表れる。


「その小鳥の声だったの?」


 ストンっと、降りてきたイチが小鳥を足元に置く。

 ニーが地面に落ちた斧付き鳥の亡骸の上に、フワッと降りて止まる。


「そっちの鳥の魔物も、もう大丈夫そうだね。両方とも鳥型の魔物のようだけど」


 ニーへ食べるように促すと、器用に肉を切り裂き魔獣石だけ、嬉しそうに丸呑みにしていく。

 魔物図鑑を取り出し、確認すると2種類の魔物が追加されていた。


 ・系統:邪鳥

 ・種族名:スカム

 ・階級:G級

 ・特技:<偽声>


 ・系統:邪鳥

 ・種族名:インクブ

 ・階級:F級

 ・特技:<冠斧> <岩骨>


「<偽声>か。さっき声はスカムっていう魔物の<特技スキル>だったんだね」


 斧がついた緑の鳥の上に、乗っているニーを見る。

 妙にニーが警告を発していたのは、魔物の声だと分かっていたからかもしれない。


「そして、獲物が近づいた所へインクブが襲いかかる、っと。魔物ながら見事だね」


 北の森とは異なる生態があるようだ。

 一旦、偵察としては十分な成果があったと考えたソリオンは森から出ることにした。


「街で、この辺りの魔物情報を収集したほうが良さそうだね」

 

 森を出る最中にもグリゴラ毒爪を持つイタチベンター腹に口があるムササビスプレータ3枚羽の鳥など、北の森にいた魔物や先程と同じ魔物と何匹が出会う。

 

 森を出る頃には、ソリオンの両手では運びきれないほど、魔物達の亡骸が手にはいった。


「何体かは持って帰りたいけど、全部は無理かな…」


 魔物の死体は鮮度が高ければ、狩人ハンターギルドで買い取ってもらえると以前、聞いた。

 その屠体を何に使うかは分からないが、お金も稼げて、魔物図鑑も埋めることができるのであれば、一石二鳥だ。


「ニーとサンの毒が入ったものと、損傷が激しいものは置いていくか。皆、食べていいよ」


 程度の良さそうな、グリゴラ2体とインクブのみを残し、他は従魔達へ与える。

 しかし、従魔たちも食料に困っているわけではないので、申し訳程度に食べた後はそこに埋め捨てることにした。

 本来であれば腐敗や悪臭なども考えて、何らかの処理をしたほうが良いのかもしれないが、やり方がわからない。


(今後もこの森へ来るだろうし、この辺りも調べておこう)




 紐でしっかり魔物達の屠体を背中へ縛り付け、街へと帰る。

 街につく頃には、空は薄暗く、すっかり夕方になっていた。

 イチたちは、街の近くにある雑木林で過ごしてもらうため、既に別れた後だ。


(イチ達も家に一緒に連れて帰りたいけどな。やっぱり目立ちすぎるか……)


 以前の村であれば、周囲に家が無かったためイチ達と暮らしても、さほど問題にならなかっただろ。だが、今のような都市では、人目につかず家に帰ることすら不可能だ。


 魔物たちを肩に吊るしたまま、大通りを進む。

 途中、魔物の死体を目にした何人かが訝しげにソリオンを見てくるが、都会であるため、積極的に声をかけてくる人など居ない。


 しばらく歩き、町外れにある大きな無骨な建物が見えてくる。

 華やかさや装飾など不要といわんばかりに、ただ厚く頑丈そうな、モルタル製に似た壁と屋根だけでできた建物だ。

 

(ここが狩人ハンターギルドか)


 ソリオンは、頑丈そうな扉を開ける。

 狩人ギルドからは、まだ日が落ちきっていないというのに、酒と肉を焼いたような臭いが充満している。

 中では、簡易的な鎧を着た数組の男女が酒盛り中だ。

 席の近くには、人が振れると思えない大剣や槍が立て掛けてある。


 ソリオンは、自分が間違って飲食店に入ってしまったのかと思い、入り口を出て表の看板を再度確認する。

 だが、明らかに狩人ギルドと書いてある。


(なんでギルドの中で、大ぴらにお酒飲んでるんだ?)


 ギルドとは国が管掌する組合のようなものらしい。公式な組織であるが故に厳格な運営が求められているはずだ。

 それにも関わらず中では、酒盛りが行われている。


(お祝いでもあったのか)


「いらっしゃい。何か用?」


 酒場の横にあるカウンター越しに、ボブカットの若い女性が気だるそうに声をかけてくる。

 カウンターの前まで小走りで駆け寄る。


「すみません。魔物の死体を買い取ってもらえると聞いたんですが…」


 ソリオンが背中に背負ったグリゴラ2体とインクブを見せる。


「それなら裏に回って。ここだと汚れちゃうから」

「わかりました」

 

 慌てて入ったギルドの入り口からまた出て、裏へと回る。


 狩人ギルドの裏はガレージのようになっている。

 魔物の屠体がいくつも並んでおり、何人かの男達が丁寧に解体しているようだ。

 未だ見たこと無い魔物もちらほら見える。


「すみません。魔物を死体をここで買い取ってもらえると聞いたのですが……」


 カウンターの時と同じ言葉を繰り返す。


「あ? 子ども? まあ、いい。こっちへ持ってこい」

「はい」


 魔物を解体していた、男達の中で、最も年上と思われる50代くらいの男が手招きする。

 小走りで駆け寄り、背負った魔物の死体を置いて見せる。


 男は魔物の傷や状態を慎重に確認する。


「悪くないな。お前の父親が獲ったのか」

「いえ、僕が獲りました。父は以前、魔物と戦って亡くなりました」


 男は表情を変えずに、淡々と話を続ける。


「……そうか。次は狩るときは、狩ったら心臓が止まる前に動脈を切って血を出させろ。内蔵を破らないように肛門から腹に切れ目をいれ、内蔵を取り除いてから、近くの川や湖に漬けろ」

「川に漬けるんですか?」

「そうだ、表皮にいる寄生虫なんかも取れるし、何より体温の粗熱を取らないと肉が不味くなる」

「不味くなる……って、食べるんですか?魔物を?」

「何を言ってる。肉は大抵、魔物のものだぞ。畜産動物を食べるのは一部の物好きだけだ」


 思い返してみても、この世界の食事は質素なのに、肉だけは美味しかった。

 食べたことのない風味だとは思っていたが、まさか魔物の肉だったとは。

 前世では食べ物の出処など全く気にしていなかったため、そのクセが抜けきっていなかったようだ。


「それと、できるだけバイオマス鉱石を傷つけるな」

「バイオマス鉱石って何ですか?」


 質問ばかりで嫌がられるのではないかと思ったが、特に気にした様子もない。

 男はグリゴラの手を握り、毒爪の部分を見せてくる。


「よく見ろ。魔物の多くには、こんな風に模様が入った異質な部分がある。これがバイオマス鉱石だ。実際は石や金属じゃないらしいが、よくわからん」

「なるほど。魔物の<特技スキル>で変化している部分ってことですね」

「魔物の<特技スキル>? なんだ、そりゃ。そんな話、聞いたこともないぞ」


(あれ? 魔物も<特技スキル>を持っているって、知られてないのか?)


「すみません。言葉のアヤです。…ところで、そのバイオマス鉱石は何に使うんですか?」

「魔物の種類に応じて様々だ。多脚車の脚や空調なんかは常に需要があるな。お前さんが持ってきた魔物のバイオマス鉱石なら、武器に使える」

「え!? 多脚車の脚って魔物の体なんですか!?」

「知らないのか。バイオマス鉱石に魔力を通すと、生きてた時と似たような働きをするからな。魔力を流して、動かしてるんだ」


 この世界の文明は、決して前世の世界と比較して、劣っていないと思っていた。

 それが、まさか魔物の体を再利用して成り立っているとは考えもしてないかった。

 だが、魔力やら魔物やら不可思議な力があるのでれば、それを用いて生活を豊かにするという発想は極めて人間らしい。


「あと、魔獣石はどうした。あれも買い取る事ができるぞ」


 魔獣石はイチ達の大好物であるため、既に魔物図鑑へ登録済みであっても基本食べさせている。


「すみません。魔獣石は違うことに使いたいので、肉とバイオマス鉱石のみでお願いします」

「そうか…。なら、3体で。金貨1枚、銀貨2枚、銅貨2だ」

「そんなにですか!?」

「まあ、妥当な金額だ。その代わり色は一切つけんぞ。変な商売を一回でもすると、後から収拾が付かなくなる。特にハンターって奴ら相手だとな」

「いえいえ、正当な金額で大丈夫です」

「じゃあ、話を通しておくから、カウンターで受け取ってくれ」


 ソリオンの感覚では、金貨は1万円に相当する。銀貨、銅貨はそれぞれ10分の1ずつの換算となる。

 銅貨より下の貨幣がないのは、物流量が限られているため、端数として処理できるからだろう。多量の物をやり取りする際には、99円と1円の差は無視することのできないほど、大きな差を生むが、この世界にはそこまでの物流はなさそうだ。


「色々と教えていただいて、ありがとうございます」


 ソリオンはお辞儀をする。


「構わん。モノが良い方が、解体も商売もさばきやすくて、助かる」


 男は立ち上がり、お辞儀をしているソリオンを見る。


「子どもが、この魔物をどうやって狩ったのかは知らんが、無理はするなよ。金貨は子どもの小遣いとしては高いが、命の値段にしては安すぎる」


 そう言うと、50歳くらいの男はソリオンの反応を待たず、作業に戻っていた。


(ええ、分かってます)


 ソリオンは心の中だけで、男の背中へ向かて返事をする。

 

 再び、入り口へと回り、カウンターへと向かう。

 先程のショートボブの女性が、同じ様に気だるそうに座っている。


「話は聞いてるわ。税金を抜いて、金貨1枚と銅貨1枚ね」

「税金があるんですね」

「そりゃそうよ。それがギルドの意義だからね」

「意義、ですか」

「個人同士の取引なんて国も全部見てられないから、それぞれの分野を取仕切るギルドが一括して徴収するのよ」


(意外とちゃんとした組織のようだ)

 

 隣の酒場が更に騒がしくなっているが、この際、気にしないことにした。

 

「わかりました。ではお願いします」


 お金を受け取り、ソリオンは狩人ギルドを後にする。

 帰りの気分は上々だ。

 初日で、仕事の斡旋も受けられ、魔物図鑑も埋まり、母さんへ渡せる生活費も手に入った。


 ここでの生活はきっと村とは違ったものになるという、予感を強く感じる一日だった。

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