第二章 少年期 −停滞と再起−
新天地
「母さん、イース、行ってくるよ」
「ソリオン、本当に働く場所を探すの?」
シェーバは少し不満そうだ。
「うん。母さんばかりに負担を掛けるわけにはいかないよ」
「そんなこと、ソリオンが気にすることじゃないわ」
「大丈夫だよ。それに、イースには不自由をさせられないからね」
リビングで絵本を読んでいるイースと目が合う。
「
イースがソリオンへと抱きついてくる。
ソリオンが腰をかがめて、イースの頭を撫でる。
かなり言葉を覚えてきたイースは、最近ソリオンとよく遊びたがる。
「ごめんな。
「うん! できる!」
イースがダトに似たニカッとした笑いを浮かべる。
「いい子だ」
ソリオンは立ち上がる。
「ソリオン、もう一度考え直して。母さんが頑張るから、商業学校に行ってみない?」
しかし、ソリオンは首を横に振る。
ダトが亡くなり、田畑も失った。
国の保障制度もあるが、無限に給金があるわけでない。
イースもまだ小さく、誰かが家計を支える必要がある。
「母さん、昨日も話したけど、僕は変わらないよ」
「折角、前期資格検定も受かったのに。あなたなら王立商業学校にでも行けると思うの……」
「王立商業学校って、貴族や大商人の跡取りが行くような場所でしょ? そんな所行ったらいくら掛かるかわからないよ」
「そうだけど……」
ソリオンは話を区切る様にドアを開ける。
「ともかくギルドに仕事の紹介をお願いしてみる。行ってきます!」
シェーバの反応を待たず、ソリオンは家を出る。
家の外は、前の村とは風景が一変し、雑多に大きな建物が並んでおり、通りを行き交う人の数も比べ物にならない。
無論、土や森の香りなどは微塵もせず、様々な食べ物の臭いが複雑に入り混じっている。
街の至る所で、魔導具と思われる大きなピストン型の円柱が動いており、金属が擦れる高い音を轟かせている。
村での惨劇から数ヶ月が過ぎ、季節は夏になった。
避難してきた場所は、ソリオン達がいた村の最寄りである州都、ヒロアイラという都市だ。
ソリオンには、火傷の跡が右手と腹部にまだ残っているが、すっかり体調は戻っている。
茹だるような暑さの中、通りを人を避けながら、しばらく歩くと道幅が一段と広い大通りに着く。
大通りには人が更に多くの人々がひしめき合っており、様々な露店や店舗が所狭しと並んでいる。
大通りをしばらく北へと向かうと、一際大きく、変わった外見の建物が見えてくる。
建物には、大型から小型のピストン型の魔導具が乱雑に取り付けられている。
(ここが魔導具ギルドか)
入り口まで近づくと、横向きに取り付けられたピストンが動き、ドアが自動に開く。
そっと入り口を
内部は、入り口から奥へと続く廊下と、入り口の正面辺りにカウンターが3つ並んでいる。
3つあるカウンターの内、1つだけ職員がいるカウンターへと向かう。
「こんにちは」
カウンター越しに座っている、目がぱっちりとした若い女性が、明るく声をかけてくる。
「こんにちは。職の斡旋をお願いしたいのですが、ここであってますか?」
「職の斡旋? ご家族の誰かに紹介したいのかな?」
「いえ、僕自身です」
カウンターの女性は苦笑いを浮かべ、少し困った顔をする。
「あのね、君。悪いんだけど、子どもに紹介できる職は無いの。少なくとも学校を卒上してからじゃないと」
「学校にはいってませんが、前期修了検定なら合格しました。これが合格書です」
「え!? 前期修了検定!?」
カウンターの女性が、パッチリとした目を更に大きく見開く。
ソリオンが丸められた洋紙をカウンター越しに差し出す。
この世界には義務教育では無いが、教育体制が整っているため、大半の子どもは学校へと通う。
全ての学校は、前期の4年間、後期の4年間に分かれており、<系譜>を持たない多くの人は、一般教養を学ぶ前期4年で修了する。
前期修了検定は、現代で言う飛び級や大学入学資格検定に相当し、前期4年で学ぶ全課程を試験で合格した者にだけに与えられる。
「少し前に合格しました。何とかなりませんか?」
「君は何歳なの?」
「7歳です」
「7歳!? 学校に通わず、前期修了検定を合格したの!?」
「ええ、本当は商業学校に行きたかったんですが、父親が急逝しまして……」
カウンターの女性の瞳に憐れみが宿る。
「そうなの…。 それなら、ギルド長と相談してみるから、必要事項をこの用紙に記入して」
カウンターから記入用紙が出され、必要事項を埋めていく。
(<系譜>も書くのか)
先月、検定を受ける際、正直に<従魔士> <操獣士>と記載した事で、あやうく受付で追い返されそうになった事を思い返す。
(どっちみち、いつかバレる事か)
ソリオンは諦めに近い感覚で、記載する。
「はい、書きました」
「確認するね」
記入用紙のある項目でギョッとした様子で目が止まる。
「これは…本当なの?」
<系譜>の欄を指差す。
「本当です」
「……もう言っちゃったから、一応ギルド長とは相談するけど、あまり期待しないでね。その…皆、仕事としてやってるから」
カウンターの女性は言い淀むが、言いたいことははっきりと伝わってくる。
一言で言えば外聞が悪いのだ。雇い主からしてみれば、忌むべき<系譜>など持っている子どもを雇うメリットなどない。
「分かってます。ともかく、一度検討してください」
ソリオンは頭を下げる。
このやり取りは、想定済みだった。ソリオン自身も自分が働ける場所は、狩人ギルドしかないのでは、と思っていた。
だが、狩人ギルドは魔物の討伐が主な仕事であるため、不定期でお小遣い程度ならまだしも、安定的にお金を稼ぐためには、相当の危険がつきまとう。
まだ体ができていないソリオンは、ある程度成長するまでは、安全にお金を稼ぎたいと考えている。その為、ダメ元で魔導具ギルドの門を叩いたのだ。
カウンターの女性が奥へ入っていき、しばらく待っていると、扉が開く。
開いた扉の奥で、立派な座席に腰掛けている太った壮年の男が見える。
その男は明らかに不愉快そうだ。
(あの人がギルド長か)
奥から出てきた若い女性の手に一枚だけ紙が握られている。
「一つだけ、紹介できる場所があるわ」
「本当ですか!?」
ダメ元だったとはいえ、本当に紹介してもらえるとなると胸が躍る。
「正直、あまりお勧めはできないけど……」
「大丈夫です!」
「そう言うなら……。詳しいことは直接、紹介先で聞いて。ここにギルドの紹介で来たと言えば話は聞いてもらえるから」
そう言うと手に持った紹介状をソリオンへ手渡してくる。
紹介状へ軽く目を通すと、どうやら面接を受けることができる曜日が決まっている。
最短で、2日後だ。
「ありがとうございます」
「あんまり力にはなれなかったけど、頑張って」
「いえ助かりました。仕事の話じゃないですが、この辺りに魔物が出る場所はありませんか? できれば弱い魔物が多い所がいいです」
若い女性が困ったような少し沈黙する。
「……この街から、車でしばらく東に行った所にエーエンの森という魔物が出る場所があるわ。森の浅いところであればG級、F級がほとんど」
「ありがとうございます。助かります」
「行く気なら止めておいた方がいいわよ。子どもが遊び半分で森にでかけて、死んで帰ってこないなんて話はしょっちゅうよ」
ソリオンは右手の火傷跡をみる。
「分かってます。父が救ってくれた命を無駄にするつもりはありません」
「そう……」
簡単なお礼を言って、魔道具ギルドを後にする。
そのまま大通りを下り、街の外へと向かう。
ヒロアイラ州都は特に城壁などに囲まれているわけではないため、何処を歩いても突き当たりは街の外になる。
街の外へ出たソリオンは、その足で東へ15分程度歩き、小さな雑木林の前で止まる。
「皆、出ておいで」
ガサガサと音を立てながら、3匹の従魔が出てきた。
黒い猫姿のイチが、ソリオンの足へと尻尾を絡ませてくる。ニーは頭へ止まるが、体格が大きくなったこともあり首が重い。
大きな鈴虫姿のサンはボーっとしており、何を考えているのか分からない。
ひどい火傷を負ったはずのイチとサンだが、既に跡形も無くなっている。
「ニー、東にある森へ案内して。イチは肩へ。サンはついてきて」
ソリオンはイチの身体強化により、猛スピードで走りながら、空を飛ぶニーを追いかける、
イチが
もはやソリオンの走るスピードは、その辺りの大人が走るスピードよりも遥かに速い。
(今日はまずは様子見かな)
新しい街ので生活に慣れるために、しばらく魔物図鑑を埋めるための行動は控えていた。
特にダトの死に対して、自分なり心の整理をつけるためにも時間が必要だった。
心の何処かで、どうしても割り切れずシコリのように凝り固まっている感情が、未だにあるが、それは今後もずっと抱え続けるものだと思えるようになった。
また、シェーバの強い要望で前期修了検定を受けた事も、時間が取れなかった要因の一つだ。
だが、まさかの職場紹介も決まり、今日から本格的に魔物図鑑を埋める作業を再開しようと考えたのだ。
1時間半ほど走った所で、木が
ソリオンもニーが止まった木の近くで立ち止まると、滝のように背中から汗が滴り落ちている事に気づく。
「ここがエーエンの森かな。本当は誰かと来たかったんだけど」
少し不安そうなソリオンへ、イチ達が励ます様に身を寄せる。
森の中は、村にあった北の森よりも大きな木々で空を覆われている為か、低層の草木は少なく、地面からは腐葉土のような臭いが立ち込めている。
そして、夏だというのに森の奥からは、少し冷えた空気が流れてきている。
「ニー、危険な魔物がいないか上から確認して」
「ピィ!」
ニーが飛翔し、木の上へと消えていった。
「サン、僕に掴まって。イチは隣へ」
サンの身体強化は、頑丈さを向上させる。
万が一の不意打ちを食らっても、耐えられる可能性が上がるため、イチではなくサンを肩の上に乗せた。
ソリオンはナイフを握りしめながら、しばらく暑い森を進んでいく。
すると、突然ニーが空を覆う木をすり抜け、下降してきた。
「ピィーー!」
ニーは何か警戒しているようだ。
イチやサンも緊張感を増し、臨戦態勢とへ入る。
そのとき、急にソリオンの頭上を何かが通り過ぎる。
「何か居る」
ガサガサッ
何かは木から木へと飛び移っているようだ。
先程まで音がしていた場所に気を取られていると、急に横からソリオンの顔へ目掛けて茶色い生き物が飛びかかってきた。
イチが素早く反応し、飛んできた何かに対して、毒爪で牽制すると、空中で軌道を変えて、違う木へ飛び移る。
(ムササビ?)
木に止まっているのは一見、大きめのリスのように見えるが、先程の飛行を考えるとムササビのように皮膜を持っているようだ。
ムササビに似た、クリっとした真っ黒な大きな瞳と目が合う。
(可愛いけど、魔物なんだろうな……)
戦意が消失しそうになる外見に気が緩んだ時、ムササビが滑空しながら、ソリオンたちへと向かってくる。
ムササビの腹側は、胸から下腹部に縦大きく割れており、巨大な口の様になっている。
口の中には牙がぎっしり並んでいることが分かる。
体液が糸が引くほど、腹の口を大きく開けながらソリオンへと襲いかかってくる。
ソリオンは先程から打って変わり、軽い嫌悪感を覚えながら、冷静に避けつつ皮膜の一部を斬りつける。
飛翔能力を失ったムササビが地面へ転がり落ちた所へ、イチが飛びつき毒爪でしっかり固定した後、角になっている後ろ脚を突き刺す。
ムササビが完全に動かなくなったことを確認して、イチに捕食を命じる。
魔物図鑑を取り出してみると、新しく先程のムササビが載っている。
・系統:悪獣
・種族名:ベンタ−
・階級:G級
・特技:<腹顎>
(G級の魔物か。当面、この辺りがちょうど良さそうだね)
比較的、安全に狩れる魔物が多くいると思われるこの森の浅層で、しばらく魔物図鑑埋めを行おうと考えるソリオンだった。
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