ヒロアイラ公爵とその令嬢

 湖にほとりでソリオンが魚型の魔物にかぶりつく。

 イチが魚の魔物を次々と狩ってきてくれる。


 それを大きく体が欠けてしまい、一回り小さくなったサンと二人で、次々と食べていく。


 一段落した所で、口直しのように、その辺りに生えているあしのような植物を短剣で刈り取り、軽く水ですすいだ跡、端から口にする。


 サトウトウキビを、子どもがおやつ代わりにかじっているようにも見えなくもない

 実際は、人が食べれたものではない生臭いだけの雑草だが。



 先程の龍のような怪魚との戦いを思い返す。

 水中で戦っていた時間は、普通の人間が息を止めていられる範疇ではない。


 ソリオンは<循環促進>という<特技スキル>を持っている。血液やリンパ液の循環を促進することで、持久力や疲労回復力を上げるものだと理解していた。

 しかし、血液が運搬できる酸素量を大幅に増加させる能力もあることを今日、分かった。


 さらに何かの<特技スキル>を新たに習得した。

 まとった魔力により、攻撃を受け流すような<特技スキル>だ。


(あの<特技スキル>は、魔力消費が激しいから使い所が難しいそうだな)


 <悪食>により魔力が回復したソリオンが湖に向かって、シイを呼ぶ。


 魚のシイが頭だけを水面から出す。


「系統発生させるよ」


 ソリオンは魔物図鑑を経由させ、大量の魔力をシイへ送り込む。

 シイの体は光の粒子を帯びながら、大きく変態していく。


 光の粒子が散ると、真赤なうろこをまとった大きな魚が姿をあらわす。


(改めて見ると、ウツボに近いな)


 とはいえ、ウツボほど細長くはなく、口から胸もとまで、盛り上がるほど発達した筋肉が存在感を際立たせている。


 ■シイ

 ・種族 ランシャス(変異個体)

 ・系統 怪魚

 ・階級 E

 ・特技 <棘鎧> <強筋> <甲牙> <集流> <水弾>



 シイも狩りに参加し、次々と狩られて来る魔物の屠体で、辺りが埋め尽くされていく。


 それを黙々と処理していると、1台の多脚車が近づいてくる。


(誰だろう。こんな湖の端で)


 多脚車はソリオンの近くで止まる。

 車からはフードを深くかぶった男が1人おりていくる。


(この前、魔導具ギルド長が着てたフードと同じだな)

 

 だが、魔導具ギルド長ではないさそうだ。


「子どもだけか?」

「ええ、僕だけですが」

「この魔物もお前がやったのか?」

「正確には従魔ですが」


 イチとニーが後ろから顔を出す。

 フードをかぶった男が思わず後退りする。


「大丈夫ですよ。特に何もしなければ危害は加えませんから」


「……そうか」

「何か用ですか?」

「その魔物の魔獣石を買い取りたい」


 山積みになった魔物の屠体を指差す。

 

「魔獣石を? 狩人ギルドから仕入れた方がいいじゃないですか?」


 通常ハンター達が狩った魔物は狩人ギルドから市場へと流される。


「狩人ギルドの石頭が、供給量を増やしてくれんのだ。周辺の村にも融通するとか何とか。これから魔獣石の価値があがるというのに」


 言葉の後半はほぼ1人ごとに近い。

 ソリオンが子どもということもあり、あまり言動を気にしていないのだろう。


(これから価値が上がる?)


「何に使うかを教えていただけたら、魔獣石を譲りますよ」


 フードの男は少しだけ考える仕草をした後、ソリオンの身なりを確認する。

 ただの子どもである事を再確認しているようだ。


「あまり詳しいことは言えんが、水を作る魔導具のためだ」


(水を作る、か)

 

 ソリオンは笑顔で対応する。


「わかりました。では魔獣石をお譲りします」


 ソリオンは、従魔たちのおやつ用に取り出していた魔獣石をフードの男に手渡す。

 男がニヤッとした含みのある笑みを浮かべる。


「助かる」


 そう言うと、男はを3枚をソリオンを手渡す。


(この量なら普通、金貨5枚にはなるだろうけど)


 だが、ソリオンは一切顔に出さず嬉しそうな表情を取り繕う。

 その様子を満足そうにフードをかぶった男が見下している。


「また、いつでも買い取る。当分この辺りにいるから、他にも魔物を狩っているやつがいれば紹介してくれ」

「わかりました。またよろしくお願いします」


 フードの男は多脚車に乗り込んでいき、また湖のほとりを進んでいく。

 男が消えたところでニーの上にいるブリースが話しかける。


「魔獣石をこんな所で集めてるなんて、変わったヤツよね」


「今、エーエンの森で狩りをしている人は少ないだろうからね。があるから魔物がいる湖を回ってるんだろう」


 ブリースは興味無さそうにあくびをする。


 水を作る魔道具のために魔獣石を買い占める者。

 ソリオンの中で点と点が線でつながっていく。

 

(……世界が変わっても、悪巧みする人は変わらないね)



 そして、夜が明け街のほとりにある貯水池まで戻ってきた。

 貯水池に戻ってきた所で、シイの巨体に驚かれたが、適当に説明して納得してもらった。

 

 そして、今日、ソリオンは何も持っていない。


「そう言えばブリース、街の中から魔物の気配は感じる?」


「全然。昨日の昼間に、この子たちがとっくに食べ尽くしてるよ」


 ブリースはイチとシイを見る。


「そう。それじゃ今日はここで休んでて」


 ソリオンはイチたちと別れ、狩人ギルドへと向かう。

 今日は受付ではなく直接ギルド長マッシモが居る裏手へとまわる。


 案の定、マッシモが椅子に深く腰掛けている。


「おはようございます」 

「ああ、ソリオンか。珍しく手ぶらじゃないか」


 いつもより深く疲れが顔に出ているようだ。

 おそらく、昨日もあまり寝ずに、働きづめなのだろう。


「お疲れですか?」


「ああ、準備も整わないうちに、騎兵団を湖へと向かわせた評議会のアホが居てな。騎兵団は甚大な被害を被った上に、救助やら討伐の手伝いに狩人ギルドも駆り出されてな」


 マッシモは深い溜め息を付いている。

 おそらく湖のほとりで見た豪華な服をきて、騎兵団をけしかけていた者が、評議会の使いなのだろう。


「被害って、大丈夫なんですか?」


「死者は少なかった。なぜか薬だけは大量に用意されてたからな。だが、一部の実力者を除いて、負傷者が多数だ。こういう人海戦術が基本の討伐は、負傷者が増えれば増えるほど達成が困難になる。だから、準備を念入りにしろと言ったんだ!」

 

 マッシモの震える拳にはやり場のない怒りが宿っている。

 そして、少なかったとはいえ死人まで出たことにソリオンは胸が痛む。


「おそらく今日の視察で、湖を干上がらせる決定がなされるだろう」


「視察? 領主、自ら討伐状況を確認するのですか?」


「ああ、評議会の要請でな」


 マッシモはこれから到来する苦難の時代を想像しているのだろう。

 顔の皺がより深く見える。


 そんな中、ソリオンは微笑む。

 

「その視察はいつですか?」

「たしか今日の正午ごろだと聞いている」


「そうですか。……ところで、マッシモさんお願いがあります」





 正午、いつもより早くレビ薬工点を上がらせてもらい、ソリオンはすでに湖畔にある漁港にいた。


 従魔達たちは、ソリオンから離れた場所で待機してる。


 昨日と同じように、漁港辺りに、騎兵団や漁師が集まっている。

 だが、昨日より数が少なく、士気も低そうだ。

 しかも、騎兵団の多くが傷を負っている。



 そんな様子を眺めていると、街道を伝って見たこともない程、長い多脚車が向かってくる。周囲には、護衛が乗っていると思われる多脚車が、何台も付き添っている。


(あんなムカデみたいな多脚車があるんだな)


 ムカデのような多脚車から、綺羅びやかな服を着た品のいい男性が降りてくる。

 おそらくヒロアイラ公爵だろう。


 取り巻きと思われる者たちが、あっという間に周囲を囲う。

 更に、その周囲には見たことのあるギルド長達がいる。マッシモや魔導具ギルド長だ。


(そういえば、ギルド長は評議会も兼ねるんだっけ)


 マッシモは政治には疎そうなため、評議会でも発言力は低いと見ていいだろう。実際、評議会でも端の方を歩いている。


 

 そして、公爵の次に降りてきたのは、美しい少女だ。

 美しく燃えるような赤髪を、なびかせている。


 まだ幼さの残しているが、これから大人の女性として、更に美しくなっていくことを誰もが期待させずには居られないほどだ。


 ソリオンもあまりの美しさに目を奪われる。


 しかし、よく見れば見覚えがある。

 以前、森で会った少女だ。


 パンツスタイルではなく、公用として着飾っているため、雰囲気は異なるっているが、陶器のような美しさは間違えようが無かった。


(……まさか、本当に公爵令嬢だったとはね)

  


 2人と評議会の面々は、予め用意された天幕へとうやうやしく案内される。

 天幕の中心に並べられた椅子へと、2人が腰掛ける。

 それを取り囲むように、マッシモを含む評議会達が座っていく。


 マッシモが座る直前、ソリオンを一瞬だけ視線を送る。

 本当に大丈夫か、とでもいいたげだ。


 全員が座り終わると、取り巻きの1人が声を張り上げる。


「ヒロアイラ閣下とナタリア卿がご到着された。騎兵団よ、その勇武を示せ!」


 その言葉を聞いた、騎兵団達は、蒼白とした顔で重い足取りを前へと向ける。

 小舟に乗って漕ぎ出すもの、水へと潜っていくもの様々だ。


 マッシモから聞いた話では、昨日、怪魚の群れに幾度も襲撃されたようだ。

 最初のうちは、<水術士>の活躍によりしのいだようだが、徐々に押され、最後は敗走したらしい。


 皆、緊張の面持ちだ。

 すぐにでも魔物の群れが、襲ってくるのではないかと、緊迫感が嫌でも伝わってくる。


 ……だが、一向に魔物は表れない。


 騎兵団も各々、何が起きているのか分からないという様子だ。


 しばらく眺めていたヒロアイラ公爵が、取り巻きへ尋ねる。


「聞いていたものより随分、大人しいのだな。魔物というのは」

「あ、いえ。そのようなことは」


 取り巻き達も回答に困る。


 マッシモがソリオンへ目配せする。

 ソリオンは、静かにうなずく。

 

 突然、マッシモが評議会の1人として声をあげる。


「閣下、ご報告が遅れ、申し訳ありません。 昨日の騎兵団の働きと狩人ギルドの夜通しの討伐により、この湖の魔物は大方、駆除されました」


 ヒロアイラ公爵が、マッシモを興味深そうに見る。


「本当か。それなら街の水源を失わずに済むな」


 他の評議会や取り巻きのメンバーが声を上げる。


「そんな話は聞いていないぞ!」

「ありえん!」

「デマカセを言うな」


 魔導具ギルド長が、でっぷりとした腹を抱えて、立ち上がる。


「閣下、惑わされてはいけません。騎兵団が敗走したのはお伝えしたとおり。そもそも夜間に、湖の中に潜む魔物を狩れるはずなどありません」


「それもそうだな」


 ヒロアイラ公爵がマッシモを静かにみる。

 

「先程の話は本当なのか?」

「はい。おそらく……」


 マッシモ自信なさげに答える。

 予想外の回答に、公爵も猜疑さいぎの目を向ける。

 

「おそらく?」


 横で魔導具ギルド長が、安堵の表情を浮かべている。


「だから申し上げたでしょう、でまかせです」

 

(仕方がない、代わるか)


 群衆の中に紛れていた、ソリオンは一歩前に進み出る。

 すると警護する騎兵団の一員が、ソリオンをとがめる。

 

「おい、下がれ。子どもとて、無礼は許されんぞ」

  

 ソリオンはうやうやしく頭を垂れる。

 そして、天蓋の下にいる者たちにも聞こえるように、声を張り上げる

 

「私は狩人ギルド長マッシモの証言者として参りました、ソリオンと申します」


 ヒロアイラ公爵がソリオンへと尋ねる。


「証言者?」

「はい、昨日マッシモさんの依頼により、この湖にいる魔物をほぼ駆逐くちくいたしました」


 公爵は次の言葉を選んでいるように、少し間が空く。

 ソリオンが反応を伺っていると、公爵の横に座る赤髪の少女と、ふと目が合う。


「あっ!」


 先程まで、静かに観戦していた少女が、ソリオンを指を指す。


「あなたは、あの時の!?」


 ヒロアイラ公爵が娘の言葉に反応する。

 

「ナタリア、急に会話に立ち入るな。立場をわきまえるのだ」

「はい、申し訳ありません……」

 

 ナタリアと呼ばれた少女は、うつむきがちに答える。

 公爵の目は実の娘を、厳しくとがめている。

 

(貴族は大変そうだな)


 公爵の側で、魔導具ギルド長が、いやらしい笑みを浮かべる。

 

「閣下、だまされてはなりません。こんな子どもに、何ができるというのです」

 

(やっぱり僕の顔なんて覚えてないよね)

 

「そうだな。私も、このような子どもに何かできるとは思えない」


 周りの取り巻き達も口々に同調をする。

 

「信じられないかもしれませんが、本当です」

「では、どうやったのだ?」


 ソリオンは笑みを浮かべる。


「今からご覧に入れましょう」


 すると湖の中心の辺りから、水をかき分けて巨大な何かが向かってくる。

 無論、シイだ。


 騎兵団から怒声が飛び交う中、シイが騎兵団の中をくぐり、天蓋てんがいの近くで、水上へと跳ねる。

 

 公爵は驚いた様子で、椅子から倒れ込れ、評議会からも悲鳴に近い声があがる。


「ご安心下さい、私の従魔です」


 ソリオンを水際まで歩き出て、腕を伸ばす。

 龍のように巨大なウツボ姿のシイが、ソリオンへと近づいていく。


 騎兵団の1人が叫ぶ。

 

「逃げろ!喰われるぞ!」


 しかし、シイは水面から顔を出し、ソリオンの腕にほほをなすりつけた後、ソリオンの前に止まる。


「大丈夫ですよ。従魔ですからね」


 皆、一様にソリオンを注視する。

 特に公爵令嬢であるナタリアは、全神経を尖らせ、その様子を観察しているようだ。


 巨大な魔物を従えるその姿は、どんな論よりも説得力がある。


「私の従魔に昨日、頑張ってもらいました。もちろん、この広い湖に住むすべての魔物を討伐するには、まだ時間はかかりますが、漁は明日にでも再開できると思います」


 魔導具ギルド長が、ワナワナと震え、つばを飛ばしならが叫ぶ。

 

「その魔物が人を襲わない証拠は!? 魔物が変わっただけで、何の解決にもなっていないぞ!」


(やっぱり食い下がってくるか)


「お願いします」


 ソリオンの周りに武器や鎧をまとった者たちが集まってくる。

 そして、皆、一斉にシイの近くへと飛び入る。

 

(マッシモさん、ちゃんと声かけてくれたんだね)


 マッシモは白髪頭をく。

 当然、シイはハンター達に何もしない。

 ハンター達も長くソリオンを見知っている為、従魔が何もしない、という事を十分理解していた。


「このように人を攻撃しません。漁師の皆さんもご安心下さい。ただし、自衛はしてもいいと言い聞かせております。不用意に危害を与えた際は、責任は取れませんので」


 その様子をみた、公爵は取り巻き達を見回す。


「どうする?」


(この期に及んで、なお他人に意見を求める、か)


 魔導具ギルド長の太った男が、ここぞとばかりに進言する。


「あの子どもの言うこと真に受けるのですか? 為政者には民を守るため、英断が必要かと」

「一理あるな」


 次々に評議会や取り巻き達が、議論に加わり、湖の湖を抜くべきか、肯定派と否定派にわかれていく。



(手段と目的が入れ替わってるな。魔物の被害を防ぐ為に、湖の水を抜く話が上がったんだろうに)

 

 魔物によるリスクは、既に限りなく許容できる範囲まで低減されている。

 だが、湖の水抜くべきか、抜かざるべきかしか、話し合われない。


 手段の目的化はよく起こることではあるが、今回は恣意的に議論を傾け、金儲けをたくんでいる者がいるから余計にタチが悪い。


 だが、ソリオンも前世ではそれなりに社会人経験がある。こういった事態に最も好まれる策を知っている。


 ソリオンが再び、一歩前で進み出て、上申じょうしんする。


「申し遅れておりましたが、街に入り込んだ魔物は既に駆除しております。ただちには被害は出ませんので、ゆっくり判断されても良いかと」


 公爵がうなずく。


「それは良い知らせだな。それならば、暫く様子を見るとしよう」


 それは、ただのだ。

 議論が混迷したとき、人は驚くほど”猶予”を優先する。

 特に自らの判断軸を持っていない人間にとって、これ以上甘美なものはない。


 湖の魔物の駆除は信じられないが、街の魔物の駆除は信じるという矛盾すら受け入れるほどに。


 魔導具ギルド長が、憎々しい面持ちでソリオンをめつけてくる。


「ソリオンとやら。駆逐くちくの是非はともかく、湖の魔物の数を、大きく減らしたことには疑いようがない。見事な働きだった。報奨を取らせる」


「ヒロアイラ市民として当然のこと。お心遣いに感謝いたします」


 僅か10歳やそこらの子どもの対応に、周囲で驚く者も多い。


「何か希望はあるか?」


 こういった場合、金銭はあまり期待ができない。


 名誉こそが大事なのであり、それを領主が認めたということが、何よりの報奨になるためだ。


 そして、副賞と言って差し支えない範囲で、多少の便宜べんぎがある。


 無論、ここで聞かれているのは副賞の方だ。


「それでは、私がお世話になっている、狩人ギルドとレビ薬工店の提携をお認めください」


「そんなことで良いのか?」


 評議会の顔がくもる。


 本来、各ギルドの提携先は、各ギルドが勝手に決めて良いものではない。そんな事を許せば、皆それぞれのギルド内だけで、取引先を完結させてしまうからだ。

 そのため、評議会の総意として決められる。


 そして、その仕組みを悪用することで、組織票により、特定の業者ペトルッチ薬工店との癒着ゆちゃくが発生していることは評議会なら皆、理解している。


 だからこそ、狩人ギルドはレビの店と提携できなかったのだ。


「はい、十分です」

「分かった。ヒロアイラの領主として、提携を認めよう」


 公爵は評議会を見る。


「良いか?」


 反論に足るだけの理由がない。

 渋々、評議会のメンバー達も同意する。


「かしこまりました」


 その後、行儀しく謝辞が述べられ、公爵達は帰っていった。



 

 評議会の中で唯一残ったマッシモも、不思議そうにソリオンを見ている。


「何がなんだかさっぱりだが、とりあえず当面は大丈夫だろう。感謝する」


 マッシモが頭を下げる。


「おそらく、湖の水を抜く話は流れると思いますよ」


「なぜ、そう言い切れる?」


「魔物は居なくなったわけですから、時間が経って、冷静になった時点で、大きな判断はできなくなりますよ。だからこそ、魔導具ギルド長は騎兵団に、無理な攻撃をさせたのですから」


「どういう意味だ?」


 マッシモの顔がくもる。


だったんです。初期の騒乱に乗じ、軽々に決断させるために、騎兵団の”大敗”という醜聞しゅうぶんが必要だったんだと思います」

 

「だから準備不足の中、無理やり押し通したのか。だが、そもそも何のために?」


「簡単ですよ。湖の水を抜いた事により、価値が高騰こうとうした生活水を魔導具で作り、売って利益を得ようとしてたんでしょう」


 魔導具ギルド長が、隠れて運んでいた魔導具は十中八九、水を作る魔導具だ。

 そして、その動力源である魔獣石をかき集めていた。


「そんな、まさか」


 マッシモが信じられない、とでも言いたげだ。

 

「そして、その計画に乗ったのが、ペトルッチ薬工店。おおかた、大敗するとわかっている騎兵団へ大量に薬を売って一儲ひともうけを考えていた、という所かと」


「許せん! 人の命を何だと思ってやがる。評議会へ訴えてやる」


「無理です。状況証拠しかないですから。魔導具ギルドが水を作る魔導具を仕入れたからと言っても、罪になるわけではありませんし。むしろ、今回は未遂で終わってよかったんです。それが最も被害が少ないですから」

 

 本当に狡賢ずるがしこい人間は、悪事が露見ろけんした時点で捕まるような下手はうたない。限りなく黒でも、グレーである一線を超えないからこそ、継続して私腹を肥やせるのだ。


 躊躇ちゅうちょなく黒を選ぶのは、本物の悪党か、頭が回らない愚か者だけだ。


「そうかもしれんが。それじゃ、死んだ奴らが浮かばれん……」


 マッシモ、拳を固く握り、震わせる。


「なんのとむらいにはなりませんが、この一件に関わった者たちは、大損したはずです。計画段階から多額の投資をしておかないと、利益が得られないので」


(むしろ、お金の集め方次第では、本人達が消されるかも知れない)


 だが、ソリオンはマッシモには何も言わずにおいた。

 

「ですが、これで、狩人ギルドもレビさんの店と組めますね」


「ああ、感謝してもしきれない。何度、評議会で審議しても、ペトルッチ薬工店との連携はくつがえらなかった」


 マッシモは感慨深そうだ。


「まさか、もう一度、昔のパーティメンバーと仕事ができる日が来るとな」


「パーティメンバー!? マッシモさんとレビさんが!?」

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