水中戦
「提案ですか?」
「……そうだ」
狩人ギルド長のマッシモは、苦虫を噛みつぶしたかのような顔だ。
どうやら、渋々の提案のようだ。
「実はな、街の用水路に入り込んだ魔物の討伐に手こずっててな。相手は水の中だ。何度も絞める前に逃げられちまった」
「たしかに、水の中だと難しいですよね」
よく見ると、ハンター達は、かなりの疲労が見て取れる。おそらく、一晩中、用水路を
しかも、その成果が芳しくないとなると、いたたまれない。
「こんな状況が続くなら、湖の水を全部抜くなんて話も上がってる。だが、流石にやり過ぎだ」
川をせき止め、湖の水を抜くとなると大規模な工事となる。
しかも、街の水源を自ら枯らすのだ。漁はもちろん、街の生活にも多大な影響を与えるだろう。
インフラの不備は、下の者たちから
「だが、あの領主ならやりかねん。いち早く事態を収拾させたい」
「あの領主とは?」
「ヒロアイラ公爵だ」
「街と同じ名前なんですね。あまり領主の話を聞いたことがなかったので」
ソリオンが政治に興味がないという理由もあるが、3年近く、ヒロアイラの街に住んでいながら、日常の会話でも領主の話が上がったことは無かった。
「まあ、そうだろうな。先代はヒロアイラの太陽と呼ばれるほど民の人気があったんだが、今の公爵には求心力がまったくないからな」
「悪い領主なんですか?」
「いや、悪い人間じゃないだが、家柄が良いだけの
(領主が
「その領主様が、取り巻き達の入れ知恵で、
「理解が早くて助かる。大方、魔導具ギルドあたりが根回しとるんだろう。何を考えているだか」
(魔導具ギルド…)
「あっ!」
「どうした」
マッシモが
「いや、すみません。さっき、雑木林の中を、多脚車が荷物を運んでたのを見たんです」
「雑木林、何でそんな所を…」
「そこで目に入った人物をなかなか思い出せなくて。でも、今思い出しました。魔導具ギルドのギルド長です」
この街に来て、仕事の斡旋してもらいに行った魔導具ギルド。
その時に見た太った壮年の男。
間違いなく、その男だった。
「この忙しい時に何をやっとるんだか。だが、今はヤツに構ってる暇はない。時間が惜しい」
マッシモはまっすぐとソリオンの目を見る。
「お前さんの怪魚の従魔に、討伐を手伝ってもらえないか」
その真剣な表情に以前、ギルド職員を救うため、
普段のしかめっ面からはわかり辛いが、胸に熱い思いを抱えている。
だからこそ、職員たちにもハンターたちにも慕われるのだろう。
「わかりました。どのみち湖の魔物を狩る予定なので。ご協力します。……ただし、お願いがあります」
「なんだ、言ってみろ」
「シイが人に狩られないように、守ってもらえませんか?」
マッシモが
「決まりだ」
二人は握手をする。
そして、ソリオンは横にいる犬に声をかける。
「イチ、シイをサポートしてあげて」
犬姿のイチが、ワンッと吠える。
水陸両用型のイチも一緒にいれば、何かあれば、すぐにソリオンのもとへ知らせに来てくれるだろう。
2匹の従魔は街の用水路へと消えていった。
その後、マッシモたちの好意に甘える形で、ギルドには寄らず、その場で魚を引き取ってもらった。
家に帰宅し汗を流していると、目を擦りながら、イースが起きてくる。
「おはよう…お兄ちゃん」
「おはよう、イース」
小さかったイースももうすぐ6歳だ。
「イース、昨日も夜まで本読んでたの?」
「うん」
家の手伝いなどもしているが、童話の読書に目覚めたようで、最近は朝眠そうにしている。
朝から台所で、シェーバが焼いた卵を皿にもりつけていく。
硬いパンが添えられる。
それを、ソリオンがテーブルまで運ぶ。
「お兄ちゃん、イチちゃんは?」
イースは従魔達を気に入っているが、その中でも特にイチがお気に入りだ。
「新しい従魔を捕まえたんだけど、今日はその子と一緒にいるよ」
「え!? 新しいじゅうま!会いたい!」
シェーバが会話を止める。
「イース、従魔もいいけど、早くご飯食べないと」
「はーい」
3人で食卓につき、祈りを捧げてから朝食を食べる。
「お兄ちゃん、どんな魔物を捕まえたの?」
「魚みたいやつだよ」
「魚が森にいたの?」
イースが不思議そうにする。
ソリオンは湖に魔物が住み着いた話をする。
「そういえば、ソリオン聞いた? 湖の水を全部堰き止めるって話でもちきりよ。生活はどうなるのか、本当に心配」
「そうだね。侵入口を網で防いで、徐々に数を減らすとか、色んなやり方があるだろうに」
「今後の領主様のご判断次第だけど、あまり期待できないでしょうね」
ソリオンは知らなかったが、ご婦人方の情報ネットワークでは、領主が期待できないというものは常識のようだ。
「そういえば、領主様といえば、王都の学校に行ってた公爵令嬢が帰ってきたようね」
イースが不思議そうな顔している。
「お母さん、レイジョウってなに?」
「立派な家の娘さんのことよ」
「お姫様のこと? イースも令嬢になれる?」
シェーバとソリオンは思わず吹き出す。
イースは2人の反応にふくれっ面だ。
「なんでも、そのご令嬢、すごい<系譜>を持ってるらしいの。鑑定の儀のときは、街を上げてお祝いまでしたそうよ。それなのに後期に進まず、街に帰ってくるなんて」
通常、学校は、前期の4年間と後期の4年間に分かれている。
7歳から学校に入り、大半の<系譜>を持たない者や一般市民は、前期で卒業する。
だが、<系譜>持ちや貴族などは、後期の4年間に進学することが多い。
「それだけすごい<系譜>持ってるなら、後期に進むだろうに」
ソリオンの頭に、昨日、森で会った高飛車な少女がチラつく。
(まさかね)
家族との団らんを過ごした後、いつも通りレビ薬工店で働く。
そして、正午過ぎ、貯水池へと戻る。
貯水池のほとりには、朝まで無かった簡易的なテントのようなものが、建てられてる。
その中を覗いてみると、男が1人、寝袋で寝ている。
朝にあったハンターのうちの1人だ。昨日の夜から働き通しなのだろう。
マッシモは約束通り、シイ達に何かあった時のために、守るための準備をしてくれたようだ。
ただし、ぐっすり寝ているが。
起こさないように小声で、貯水池に向かって囁く
「イチ居るかい?」
スッとイチが水面から顔を覗かせる。
「シイは? 元気?」
池の真ん中あたりを大きな魚が跳ねる。
「行こう」
そう言って、1人と4匹は用水路を下っていく。
湖まで到達すると、漁港の辺りから騒ぎ声が聞こえてくる。
(なんだろう?)
住民を刺激しないよう、従魔達と身を隠しながら、聞き耳を立てる。
「いくらなんでも無謀だ」
「「「そうだ」」」
「我々は討伐に向かわねばならん…」
漁師達が、湖に入ろうとしている騎兵団を止めているようだ。
騎兵団はいつものプレートアーマーを外してあり、発色のよいベストや、タンクのような魔導具を抱えている。
どうやら、今から船で湖の中へと、向かおうとしているらしい。
「この湖の浅い所は少ない。陸地から離れるとすぐに深くなるぞ」
「大丈夫だ。そのために、<水術士>も連れて行きている」
漁師は、皆心配そうだ。
「だが、湖の中は既に魔物だらけだぞ」
その言葉に騎兵団の一団は、少しだけ緊張が走る。
少しだけ狼狽えているいものも居る。
「構うな! 領主の命令だぞ!」
「そうだ。魔物が恐ろしいなら騎兵団など辞めてしまえ」
「こんな時のための騎兵団だろう!? 平時、だれが食わしてやってると思ってるんだ」
一団の中にいるが、騎兵団でも漁師でもない者たちが、声を張り上げる。
高級品なのだろうが、正気を疑うようなゴテゴテした服を着た男たちだ。
明らかに騎兵団を、湖の中へと向かわせようとしている。
また、後方からも騎兵団ではない一行が、声をあげる。
「そうだ!我々、ペトルッチ薬工店も全面的に支える。今日は薬を山程、用意している」
(ペトルッチ薬工店、か。)
以前、ソリオンを誘ってきたペトルッチ薬工店の店主ノエミの顔が頭をよぎる。
レビに兄を殺されたと主張する老婆だ。
あの老婆は薬が売れることを期待していた。
今の言葉も、騎兵団達を鼓舞せるためだけではない、なんらかの意図があると勘ぐってしまう。
そんな様子を端で眺めていた1人男が、怯えるように言葉を発し始める。
おそらく身なりからして、漁師だろう。
「……無理だ。全員殺されちまう。俺は見たんだ、この湖は獄龍が住んでる」
男はガタガタと震えている。
騎兵団にもどよめきが広がる。
「有りえない。獄龍系統の魔物が、この辺りで見られたことなど無い」
「……だが見たんだ。噂通り、長く太い体、鱗を
(獄龍?)
ブリースを振り向くと、察したように答える。
「特に強い魔物が多い系統よ」
「系統によって強さ違いがあるんだね」
「あくまで目安程度よ」
ソリオンはこれ以上見ていても、何もさなそうと思い、その場を静かに離れる。
しばらく湖畔を歩き、人が少ない所まで進んでいく。
「ねえ、ブリース」
「何?」
「この湖でも新しい魔物は分かる?」
ブリースは得意げな顔を浮かべる。
「当然!」
「じゃあ、案内してよ」
「はいはーい」
ブリースが飛びながら、湖の中ほどへと向かっていく。
「イチ、シイ、よろしく」
イチが、大きな
やる気は十分なようなだ。
先に飛び立ったブリースについていくように、イチが水中に潜り、水面には何も見えなくなった。
イチ達の姿が見えなくなって、数分も経たぬ内に、ブリ−スだけが戻ってきた。
「イチたちは?」
「今、水中で戦ってる」
分かっていたことではあるが、見えない所で従魔達だけが戦っているとなると不安を覚える。
それを察したようにブリースが大きく息をつく。
「大丈夫よ」
「うん」
晴れた秋日の午後、湖には心地よい風がふく。
しばらく湖畔で、素振りをしながら待っていると、イチがスッと湖畔に上がってくる。
口に何かをか咥えているようだ。
「イチ、良かった。シイも無事かい?」
イチは元気そうに頷く。
そして口に中に咥えた何かをソリオンではなく、サンの前に置く。
よく見ると握りこぶし程度の魔獣石だ。
亡骸ではなく魔獣石だけを持ち帰ったようだ。
「サン、その魔獣石を食べてみて」
サンが、言われた通りに魔獣石を飲み込む。
魔物図鑑で確認してみると、新しくページが増えている。
・種族 ダフィックス
・系統 呪蟲
・階級 E
・特技 <触手> <再生> <吸血 >
(水棲型の呪蟲も居たか)
ソリオンはサン呼ぶと、魔力図鑑を通じて魔力を送り込む。
サンの形が大きく変形していく。
■サン
・種族 ダフィックス
・系統 呪蟲
・階級 E
・特技 <触手> <再生> <吸血> <麻痺針>
(でっかいミジンコだな)
サンの姿は、ずんぐりとした壺のような体に、セミに似た頭、そして10本ほど触手が背中から伸びている。
サンは触手を器用に操りながら、湖へと
華麗とは言い難い形で、落ちるように水へと入る。
「あまり早くはなさそうだね」
ソリオンは少し考える。
いつも着ている鉄の棒が縫い込まれた胸当てや肘当てを取り、地面に置く。
そのままソリオンも鉾を構えて、水へと飛び込む。
サンへと掴まると、ブリースへ声を掛ける。
「まだ魔物図鑑に登録できていない魔物がいたら、案内して」
「いいの? あと1体感じるけど、それなり強いよ」
「勝てないくらい?」
「うーん、どうだろう。陸上だったら、勝てるだろうけど」
(ということは、E級の変異個体かD級あたりかな)
「大丈夫。ダメそうなら逃げるよ」
「そう。それなら頑張りなさい」
ブリースは湖の中心の当たりへと向かっていく。
頭だけを出して進むサンに掴まりながら、ソリオンは泳ぐ。
イチやシイはサンの速度に合わせるように、ゆっくりとサンの周りを泳いでる。
その時、ソリオンの<反響定位>で何かを捉える。
何かが向かってくる。相当な数だ。
(群れで何かくる)
従魔達が一気に臨戦態勢に入る。
サンも水の外に出していた頭を沈め、水の中から来る群れを迎え撃つ。
ソリオンもそれに伴って、水中へと入る。
(見えないな)
水中では視野がままならない。そのため、ソリオンは目を閉じ、<反響定位>と<魔力感知>主体に切り替える。
<反響定位>は音の反射使って、物体を
また、<魔力感知>は、微量の魔力を断続的に放出することで、自分以外の魔力との衝突を検知することができるものだ。結果、周囲の魔力を知ることができる。
どちらも夜間、暗闇の中で活動していた際に、覚えたものだ。
跳ね返ってくる音が徐々に大きく雑多になる。
まるで滝でも流れているかのようだ。
しかし、ソリオンはその音の出処を、正確に拾っていた。
(
数十体は居る群れが、襲いかかってくる。
その様子を捉えたイチの周りに、水流が発生し、流れに乗るように、群れへと向かっていく。
イチを中心として
鋭く突き出た牙により、通り過ぎながらも多くの魚を、咬み切り裂いているようだ。シイが負けじと、1体、また1体と、次々飲み込んでいく。
だが、数が多すぎる。
余った群れは、ソリオンへ一斉に襲いかかる。
(やっぱり人間を襲うんだな)
ソリオンは鉾を構える。
そして、魔力を体中に張り巡らせる。
体から放出された魔力と、水流が混ざるような奇妙な感覚を覚える。
(なんだ? 今の感覚)
群れがソリオンを飲み込もうとした時、サンの触手がスルッと伸びる。
触手が
1つの触手で数匹の魚を器用に掴み、巻きつけていく。
そして、そのまま動けなくなったフィルを口の針で、突き刺しては体液を根こそぎ吸っていく。
(エグいな)
後には、水中にも関わらず、干からびた
それをシイが喜びながら食べていく。
後もう少しで食べ終わるという時、何かがすごいスピードで、こちらへ向かってくる気配を感じる。
(今度は群れじゃない…。1体だ)
従魔達も感じ取ったようで、警戒度を一気に引き上げる。
視界がないため分からないが、イチは、おそらく保護色により周囲に溶け込んでいる。シイもソリオンの横で口を大きく開けている。
(来る)
ソリオンの下に広がる水底を、巨大な影が通り過ぎる。
(大きい!)
今まで会った魔物たちの中で最大の大きさだろう。
優に5mは超える。
その巨体とは思えぬスピードで、ソリオン達へ足元から急上昇しながら襲いかかる。
(回避だ!)
ソリオンの口からボコボコと泡がでるだけで、声にならない。
指示が遅れたため、回避も遅れる。
サンは慌てて、触手で相手を絡め取ろうするが。巨体の魔物は、触手をあっさり食いちぎり、ソリオン達のすぐ近くを、下から上へと通り過ぎる。
通り過ぎた後、ソリオンの腕に痛みが走る。
(!?)
腕にはヤスリで削られた様な跡がある。
サンに至っては、体の4半分程度が噛みちぎられている。
ソリオンは慌てて巨体の魔物を確認する。
巨体の魔物は、全体的に細長いフォルム。だが、口から胸あたりまで、筋肉により異様に肥大しており、体中の至る所に棘が生えている。
口は魔物独特の
(これが獄龍か)
ソリオンは流れる血で、光る玉を作る。
同時に、サンへ魔力を流し、再生を強化させる。
ソリオンの意図を汲んだように、イチが龍へと襲いかかる。
突如表れたイチに龍は一瞬怯むが、すぐに持ち直し、強力な顎でイチを噛み砕こうとする。
イチが周囲の流れを集めて、水を操りながら、流麗にかわそうとする。
しかし、龍も同じように、水の流れを操り、強引にイチを引き寄せる。
動きが止まったイチを、龍が凶悪な
生粋の魚型で、最も水中で身動きが取れるシイが、それが阻もうとする。
だが、全身に生えた針に邪魔され、決定打を出せない。
(まずい!)
ソリオンは鉾に魔力を込める。
それを龍に向かって
水中にも関わらず、水を切り裂くように、真っ直ぐに龍まで向かい、背中へと突き刺さる。
(やっぱり水の中だと威力がない)
龍は想定外の負傷に、イチと距離を置くようにスルスルと泳ぎ去る。
そして、少し距離を置いた先から、自らの身体に刃を突き立てた、ソリオンを憎らしそうに
(一旦、光の玉に閉じ込めて、体制を立て直そう。それに、もしかしたら捕まえられるかもしれない)
龍が、ソリオン目掛けて巨大な口を大きくあけ、水中とは思えぬほどの速度で、突進してくる。
ソリオンはそれを十分に引きつけ、光る玉を龍へと投げる。
龍の鼻先に光る玉が当る。
しかし、次の瞬間、光る玉は霧散してしまう。
(なぜ!?)
完全に逃げるタイミングを失したソリオンへと龍が襲いかかる。
巨大な牙に捕らえたと思われた瞬間、サンがずんぐりとした体を滑り込ませることで、ソリオンをはじき出す。
(サン!)
水中で吹き飛ばされながらも、状況を確認する。
サンの体は完全に貫かれている。貫通されてもなお、触手を絡めることで龍へと攻撃を行っている。
何とか、サンを救うために龍に向かって泳ぐ。
だが、同時に息苦しさが襲ってくる。
体中が新鮮な酸素を求めている。
(だけど、このまま息を吸いに上がってたら、サンが…)
その時、脇下からソリオンを支えるように泳ぐ魚が表れた。
シイだ。
ソリオンはシイに命じ、龍へと一直線で向かっていく。
それを感じ取った龍は、触手で絡みつくサンを無視、ソリオン達へと再び襲いかかる。
ソリオンはシイに魔力を大量につぎ込む。
シイの周りの水が集約していき、そのまま、水の弾丸が打ち出される。
イチが使っていた水の流れを操る水鉄砲ではない。
正真正銘、水を極限まで圧縮した水弾だ。
(クッ、息が…。苦しい)
水弾が龍に命中する。
逃げ場を失った大量の水が、激流となって四方へと流れていく。
そして、流れが落ち着いた後には、胸の鱗が大きく剥がされ、血を流している龍がいた。
だが、致命傷にはなっていない。
(…限界…だ)
脳に送り込まれるはずの酸素が足りず、意識が朦朧としてくる。
怒れる龍が、血で水中に撒き散らしながら、なお襲いかかてくる。
地獄の入り口のように、大きく開かれた口がソリオンとシイを丸呑みにしようとしている。
同時に、龍の周囲を取り巻く水流が、ソリオンとシイの自由を奪う。
(……体が思うように動かない)
ソリオンはせめてもの抵抗として、大量の魔力を体中から放出する。
これほどの魔力を一度に放出したことは、過去にも無い。
龍が作る水流と、放出した魔力が、ぴったりと重なるような不思議な感覚を、再び覚える。
すると、朦朧とする意識の中で、何かの情景が頭へと湧き上がる。
−−戦場の跡。焼かれた人、引き裂かれた重機、立ち上る煙。その真っ只中に1人立つ女性
(今のは…)
放出された大量の魔力が、ソリオンの周りを流れるように高速で回転し、龍の牙を押し流すに、
龍の牙を逃れたソリオンは、そのまま龍の横側へと流されていく。
流れた先に、何かが見える。
そこには、ソリオンが投擲した
ソリオンは、力を振り絞り、
(最後だ!)
そして、ありったけの魔力を込めて、より深くへと突き刺す。
直後、龍に弾き飛ばされる。
龍は血を撒き散らしながら、狂ったように暴れ回っている。
だが、その様子を見届けること無く、ソリオンの意識は消えていった。
−−気がつくと、湖の水面を浮いていた
空を見上げると、すでに夕暮れ時になっているようだ。
横に目をやると、イチとサンが両脇をかかえてくれている。
少しの間、その状況を呆然と見つめていたが、
意識が徐々に鮮明になるにつれ、急に先程の戦いを思い出す。
「あれから、どうなった?」
辺りを見回すと、ソリオンのすぐ背後にある巨大な何かに気がつく。
振り返ると、それは先程まで戦っていた龍の遺体だ。
目をつむっていたため分からなかったが、真赤な鱗をしている。
「勝てたのか……」
半信半疑でいると、龍の心臓のあたりを何かが食い破って出てくる。
「シイ、何をしてるんだい?」
シイは巨大な魔獣石を咥えており、それを砕きながら無理やり飲み込む。
ソリオンはその様子を黙って見届けたあと、魔物図鑑を確認する。
・種族 ランシャス(変異個体)
・系統 怪魚
・階級 E
・特技 <棘鎧> <強筋> <甲牙> <集流>(変異のみ)
「獄龍じゃなくて、巨大な怪魚だった訳だ。それじゃ、光る球に閉じ込めるのは無理だ」
漁師の言葉を鵜呑みにしてしまった自分を省みる。
「とりあえずお腹が減って死にそうだ。ご飯にしようか」
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