ブリースの目的
夕方が、湖の水面を真っ赤に染めている。
秋の紅葉と混じって、辺り一面、幻想的と言えるほど、赤一色だ。
そんな中、ソリオンは川辺で、悩んでいた。
「どうしようかな……」
妖精のようなブリースは、ソリオンの近くに止まるニーの上でゴロゴロしている。
背中の羽毛を堪能しながら、ソリオンへと話かける。
「何をそんなに悩んでるの?」
「名前をどうしようかなって。新しい従魔の名前、ヨンとシイだと、どっちが良いと思う?」
「どっちも変よ。まず響きがダメ」
「そうかな」
「そうよ、イッシュとかアクアッドとか、もっと呼びやすい名前にしなさい」
ソリオンは納得いかない様子だ。
「いや、でもここで変えたら、そっちの方が……」
さらにソリオンはブツブツ言っている。
「はぁ、そもそも何で向こうの言葉に拘るの?」
「別に拘ってるわけじゃな……、え!?」
ブリースは口が滑ったとばかりに口に手を当てる。
「何でブリースが、”四”が向こうの言葉だって知ってるの!?」
「……精霊だからよ」
ブリースの目が泳いでいる。
ソリオンは真剣な表情でブリースの前に立つ。
「前から思ってたんだけど、ブリース、精霊って何?」
「精霊は精霊よ。ソリオンは人間とは何か、っていう質問に納得いくように答えられるの」
「それは無理だけど。じゃあ、例えば、家族とか、仲間とかは?」
「この時代にはいない」
「この時代には?」
「そう。昔はそれなりに居たらしいけど、この時代はおそらく私1人」
「両親は?」
「そんなの居るわけないでしょ。精霊は意志を持った魔力そのものなんだから」
(話が大きくなってきたな)
「それで、ブリースの目的は? それなりに長く付き合ってきたから、ブリースに悪意は無いってわかってる。そろそろ話してくれない?」
ブリースはニーの背中から飛び立つ。
そして、ソリオンの目線の高さまで来る。
「それは今のソリオンに言っても意味がない。言っても何もできないから」
「何もできないって」
突き放すように冷たく言う。
「さっき、聞いてきたわよね? 何でこの湖に魔物がいることを教えなかったのかって。答えは、私は早くエーエンの森の最奥に辿り着いてほしいの。寄り道なんてせずに」
「……最奥には何があるの?」
ブリースはいつになく真剣な眼差しで、ソリオンの目を真っ直ぐ見る。
「スタートライン」
「スタートライン? 意味がわからないよ」
「そのままの意味よ。だって、あなたはまだ走り始めてもいないの。私の目的はゴールの更にその先にあるの」
「僕のゴールは魔物図鑑を全て埋めることだよ」
「……方向は一致してる。だから、一緒にいるの」
ソリオンは困惑する。
ブリースの言っていることが全く理解できない。
「ちなみに、精霊は魂の記憶が、ある程度見える。だから、ソリオンの前世のこともある程度知ってる」
「記憶が読めるってこと!?」
「そう。人間は、自分の記憶を読まれたくないみたいだから、言わなかった。でも、大丈夫。私は前世よりも、これから何を成せるか、にしか興味がない」
「いや、そう言われても」
ブリースは話は終わったとばかりに、再びニーに向かい、羽の下に潜り込んでしまった。
(……何を成せるか、か)
ともかく東の湖にいる魔物を全て登録し、エーエンの森の最奥に行けばブリースの言っている事がわかるだろうと、その場は無理やり納得させる。
先ほどまで弱っていた、魚の従魔を見ると、元気になってきているようだが、本調子には程遠い。
「まだ、ゆっくりしてていいよ」
そういうと魚は水中で口をパクパクさせる。
「よし、決めた。 お前はシイだ」
その言葉を聞いた魚型の魔物は、水中を小さく回るように泳ぐ。
「ともかく早く湖の方を片付けないと」
真っ赤に染まる一面が、日が落ちてきたこともあり、赤黒く感じる。
黒く染まった、水面を眺めていると、何かが跳ねたような波紋ができる。
魚かと思ったが、<魔力感知>に反応がある。
「皆、何かいる」
暗くなった水面が静かに盛り上がり、スルッと何かが出てくる。
出てきた塊は、そのまま水面の上に立つ。
「…犬?」
水面に立つのは、犬型の魔物だ。犬より大きな狼と言ってもいいかもしれない。
だが、毛は短く、尻尾が大きく発達しており、イルカの
「水の上に立ってる」
ソリオンは素早くイチに
同時に、犬型の魔物の魔力が大きくうねり、周囲の水が迫り上がる。
盛り上がった水が、巨大な水鉄砲のようにいくつも打ち出される。
岸にいる従魔達は、それを難なく避ける。
「針棘だ」
イチが首を下に向け、たてがみが逆立てる。
逆立った毛がいくつもの針となって、水面に立つ犬型の魔物へと襲いかかる。
しかし、あたりの水が犬型の魔物をガードするように流れると、針は完全に水に飲み込まれてしまった。
サンには今、攻撃できる手段はない。イチが取れる遠距離攻撃は、あっさり防がれる。
一方、相手の水鉄砲も容易に避けることができる。
そのため、
と思われたが、ニーが空から襲いかかる。
「ニー、行け」
コンドルのような大型の猛禽類姿のニーが、鋭い爪を犬へと向ける。
犬型の魔物が、落ちるかのように、水中へ潜り込む。
避けたかと思う、水だけがニーへと反撃してくる。
水鉄砲を回避し、素早く空へと舞い上がると、巨大な風を纏う。
竜巻のようになった旋風を、襲い掛かる水へ放つ。
旋風と水鉄砲が交差する。
大量の水を巻き上げる風が辺りへと散り、周囲に凄まじい風と雨のようになった水が吹き付ける。
(これじゃ台風だ)
ソリオンは細めを開けて、ニーを見る。
風が少しずつ、水を剃っていく。
ついに、水の中に隠れた犬型の姿が露わとなった瞬間、ニーが風の勢いに乗ったまま、高速で突進する。
放たれた矢のように一直線で犬の魔物を捕らえると、巨大な爪で相手を掴んだまま、空中へと連れ去る。
必死に逃れようと犬型が魔物が激しく暴れるが、万力のように固定された脚の爪はびくともせず、遥か上空まで舞がる。
ソリオンは追う様に、空を見上げる。
(もう点にしか見えないな)
上空は文字通りニーの制空権。
放り投げられては、新たな場所を鋭い爪で貫かれる。
そんな事を何度も繰り返さぬ内に、犬型の魔物は息絶えた。
そのまま、屠体をソリオンの足元まで運ばれる。
「ニー、ありがとう」
「ピィ」
いつも通り、イチに魔獣石を食べさせる。
魔物図鑑を確認すると新しいページが記載されている。
挿絵は尾鰭を持つ美しい犬だ。
・種族 カニス
・系統 悪獣
・階級 E
・特技 <集流> <潜水> <鋭牙>
(水棲型の悪獣もいるんだな)
新しい魔物図鑑のページを確認する。
「イチ、こっちに来て」
ソリオンは魔物図鑑へ魔力を込める。
青い鹿だったイチが、黒い猫姿を経由してから、灰色の犬へと姿を変えていく。
■イチ
・種族 カニス
・系統 悪獣
・階級 E
・特技 <集流> <潜水> <鋭牙> <保護色>
「変異個体だったら、もう1つ<
魔物の中には、変異個体と呼ばれる普通の個体より、強いものが稀にいる。
<
だが、変異個体の場合、普通の個体より1つ<
ソリオンはサンの情報を見る。
■サン
・種族 イラ(変異個体)
・系統 呪蟲
・階級 E
・特技 <鋏角> <毒泡> <硬殻> <俊足> <憤怒>
「E級の変異個体をもっと増やしたいな」
ソリオンの魔力が大幅に減ったため、<悪食>の食欲が、再び暴れだす。
「イチ、湖の中から弱そうな魔物を獲ってきて。格上には手を出さないように」
イチは、ソリオンの体を少し嗅ぐ仕草をした後、辺りの風景に溶け込むように体の色が変わっていく。
直後、水面に波紋がいくつかできると、そのまま気配ごと消えていった。
(一緒に行けたら良いだけど。水中で呼吸できるような<
さして時間も経たないうちに、大きな緋色の魚を咥えて、イチが戻ってきた。
湖についた直後、
イチは絞めた魚を陸地に置くと、またすぐに湖の中へと戻っていく。
「やっぱり魔物だったか」
ソリオンは短剣で魚の腹を裂き、魔獣石を取り出す。
横にある川のほとり辺りにいる魚型の従魔、シイに声を掛ける。
「シイ、食べれる?」
魚型の従魔、口をパクパクさせる。
(うん。全くわからない)
蟲型の魔物であるサンも表情は読みづらいが、シイはそれ以上だ。
おそらく大丈夫だと言っているのだと勝手に解釈し、魔獣石を水の中に落とすと、それを丸呑みにする。
一息つく間もなく、また湖畔に、イチが違う魚を持って上がってくる。
次の魚は、茶色で鱗に細かい棘が細かく生えている。
(思った以上に、魔物の数が多いのかもしれない。本当に、大規模な討伐が始まるかも)
同じ様に、魚型の従魔シイへと魔獣石を与える。
それ以降、しばらくイチは陸へと上がってこない。
従魔であるため大まかな位置は分かるが、湖の中を泳ぎ回っているようだ。
夜を越え、空が少し明るくなった頃、湖畔のソリオン達がいる周辺は、
予想外の大漁。
時折、腐敗を防ぐために、ニーにお願いして風を送り込んでもらっている。
「なんて良い日だ。明日はもっと紐を沢山もってこないと」
ソリオンは嬉しそうだ。
そう、目的を見失っている。
その様子をブリースが冷ややかに見ている。
「ソリオン、漁もいいけど目的は魔物図鑑でしょ?」
「あっ」
ブリースは、やれやれといった表情だ。
我に返ったソリオンは魔物図鑑を確認する。
・種族 マグフィン
・系統 怪魚
・階級 G
・特技 <鰭刃>
マグフィンは赤い鯉のような魔物で、
・種族 フィル
・系統 怪魚
・階級 G
・特技 <棘肌>
スズキに似た魔物で、鱗に小さな棘がびっしりと生えている。
・種族 ヴェネウム
・系統 怪魚
・階級 F
・特技 <泥盛> <鰭刃>
エイの様な姿の魔物で、広げた翼のような
(新しい場所に来ると、一気に魔物図鑑が埋まるな。ブリースには悪いけど湖に来たのは正解だ)
夜も明け、仕事の時間が迫っている。
「よし、そろそろ帰ろう」
シリオンは紐で吊るした魚を沢山抱える。
従魔たちもソリオンが抱えきれない魚を、それぞれ掴む。
すると背後から強烈な視線を感じる。
振り向くと、魚型の従魔シイが、帰り支度をしているソリオン達を寂しそうな瞳で見つめている。
「……そういえば、シイはどうしようか」
従魔となった魔物は、なぜか野生の魔物に歓迎されない。例え同種であっても。
もうピラニアの群れにはシイは戻れないのだ。
「魚は陸だと呼吸できないから、抱えて帰るのは無理だしな」
暫く考える。
イチと一緒に湖に残ってもらう事も考えていたが、万が一、ソリオンが居ない所でハンターに襲われでもしたら、と思うと残す気にはなれない。
(そういえば、ここの湖と街は繋がってるんだっけ)
もともと東の湖は、州都ヒロアイラの水源だ。
当然、用水路が街まで引いてある。
湖畔を周ると、街の方向へ引かれている人工的な川を見つける。
川幅は5mはありそうで、水がゆっくりと流れている。
(ここが用水路だな)
シイとイチは用水路を泳ぎながら、ほとりを走るソリオン達に並んでついてくる。
時折、シイがG級の怪魚を見つけては食べているようだ。
ヒロアイラの街の周辺は所々に雑木林が点在する平原だ。
だが、水場が近いためか、用水路の周りは、湖と同じく雑木林がずっと続いている。
しばらく進むと、街が見えてくる。
(ん? あれは?)
未舗装の林の中を、数台の多脚車が、木々を倒しながら歩いている様子が目に入る。
何かの物資を大量に運んでいるようだ。
「おい、気をつけろ! 壊しでもしたら金は一切払わんからな!」
フードを深く被った男が声を荒げる。
「「へい」」
周りにいる汚れた服装のもの達が、面倒そうに答える。
「まったく!これが金のなる木だと、わかってるのか!」
フードを深く被った男が、イライラしながら怒鳴り散らしてる。
怒鳴った際、顔がチラッと見えた。
(あの顔、どこかでみたような。……ダメだ、思い出せない)
ブリースが物珍しそうに、そして、どこか忌々しそうに見ている。
「魔導具ね。それもかなり大掛かりの」
「魔導具…」
街道でなく、あえて人目のつかない林の中を、輸送する魔導具。何か後ろめたいことがあるのかもしれない。
だが、だからといって、何かする事もできない。
雑木林を多脚車で進行したからと言って、罪になる訳ではない。
「……行こう」
ソリオンは男たちを横目に、用水路を更に進む。
街の手前に、池のような場所が作られている。
おそらく一時的に引いた水を貯めておく、貯水池だろう。
池の更に先には、大人が入れるほどのトンネルがいくつか見える。
それぞれのトンネルには、水が流れ込んでおり、用水路として、街中に水を運んでいるのだろう。
(さて、ここからどうしようかな)
貯水池の中に隠れてもらうか、トンネルをくぐり抜けて、できるだけソリオンの家の近くの用水路まで来てもらうか。
様々な選択肢を考えていると、トンネルの1つから、何人かが、こちらへと向かってくる。
(誰か来る)
音からすると武器を持っているようだ。
以前、森の中で襲われて以来、人が少ない所で人と出会う際は、身構えてるようにった。
鉾を強く握りしめ、構える。
トンネルの入り口に人影が写る。
人影は屈強な男たちで、不揃いの武器や鎧を着ている。
「ソリオン、こんな所で何をしてる」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「マッシモさん?」
狩人ギルド長のマッシモだ。
その他の人も、よく見れば顔に見覚えのある人たちばかりだ。
「何をしてるんですか? こんなところで」
マッシモは、いつも朝一でソリオンが獲った魔物たちを、
しかし、今日は、なぜか街の用水路から出てきた。
「東の湖に魔物が出たって言っただろ。騎兵団の依頼で、街まで魔物が入り込んできていないのか、夜通しの調査だ」
「なるほど」
考えてみれば、街に魔物が入り込んだかもしれない状況で、放置する訳が無い。
「今度はこっちの質問に答えてもらう。何をしている?」
マッシモが鋭い眼光をソリオンへ向ける。
「昨日の昼から、僕も東の湖で狩りをしてたんです」
大量に持っている一夜干しの魚を掲げる。
その量に、何人かのハンターが驚いている。
「それで、魚型の従魔も新しく捕まえたんですが、連れて帰る方法がなくて、ですね」
ソリオンがそう言うと、シイが貯水池から顔を出す。
「デンティピス!」
「群れがいるんじゃないのか!?」
「急いで、水から上がれ!」
ハンター達が戦々恐々としている。
(この辺りに居なかった魔物まで知ってるんだ。今度、色々教えてもらおうかな)
「落ち着け。ソリオンの従魔だと言ってただろ」
マッシモが
「だが、怪魚の従魔なんて珍しい。…相変わらずだな」
「そうなんですかね。ともかく、僕が街にいる間、シイに居てもらう場所を探してまして」
ソリオンがそういった途端、シイが水へと潜る。
直ぐに、再び上がってきたシイの口には、G級の怪魚が咥えられており、そのまま丸呑みにする。
(よく食べるな。<消化>の影響かな)
その様子をマッシモがじっと見る。
そして、刈り上げた白髪ばかりの頭を掻きながら、何かを考えているようだ。
「なあ、ソリオン。提案があるんだが、いいか?」
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