新たな力

 光る球の中で暴れる鳥を横目に、イチの所までけていき抱き上げる。

 イチが心配そうにこちらを見ている。


「大丈夫だ。あの鳥が首を狙うのはわかってたから、左から切られるように誘導しただけ」


 先程のバロナは首を切られていた。

 そして、ソリオンへの最初の攻撃も、本来は肩ではなく首を狙った結果だと考えた。

 それならば、警戒されている光る球を右手に持った状態なら、ダメージを負っている左側から首を狙うと踏んだ。

 もちろん、多分に賭けの要素を含んだ作戦ということは理解している。


 だが、それほど大きくない尾の刃と素早い飛翔能力を、最大限活かせる殺傷手段は頸部けいぶへの攻撃であり、あの鳥がそれを熟知していることには、確信に近いものがあった。



 鳥を様子を見ると、光る球が激しくグラグラ揺れている。

 相当に抵抗しているようだ。


(イチのときはこのまま仲間になってくれたが…)


 光る球が更に激しく揺れる。

 同時に鳥を包む光の球が更に膨張ぼうちょうしていく。


 膨張しきった光の球は、けたたましい音を立てて破裂する。

 音と共に、凄まじい風発がソリオンたちを襲う。


(何だ!?この突風は!?)


 飛ばされないように近くの木に掴まる。

 鳥がいた所と中心として、嵐のような風が木々の間を高速で拡がっていく。

 辺りが少し落ち着いた所で、光る球からでてきた鳥を恐る恐る確認する。


(黄色い羽の先が、薄緑色に光ってる)


 模様が若干変化した鳥の周囲には、旋風つむじかぜが渦巻いている。

 そして、先ほどとは比べ物にならないほどの魔力の発露はつろが、鳥の怒りを表している。


「ピイィィィイィ!」


 鳥が金切り声を上げると、周囲に渦巻いていた風が勢いを増し、さながら小さな竜巻と化す。


 大きな魔力の揺らぎを感じると、

 小さな竜巻と化した旋風がソリオンたちへ襲いかかる。

 回避しようと全力で走り出すが、旋風は高速かつ広範囲に展開され、容易に逃げ出せるものではなかった。そして、呆気なく荒れ狂う風に捕まってしまう。


「うわぁあ!!」


 凄まじい風で、目も開けることができない。

 体に浮遊感を覚え、飛ばされそうになる中、片手でイチが飛ばされないように抱え、もう片方の手で木に必死にしがみつく。


 ドゴッッ

 鈍い痛みがソリオンの背中に走る。


 目を細く開けて確認すると、

 土埃に混じって、無数の木々の破片が風に舞い上げられている。


(クソッ! 風まで操るなんて聞いていないぞ!)


 父親から聞いた話では尾に刃を持つ鳥スキーリオはイチと同じG級。

 凄まじく速く、鋭利な刃を持っている時点でバロナとは比較にならないと思っていたが、相性もあると自分を無理やり納得させた。


 だが、更に強烈な風を操るとなると、相性の以前の問題だ。


(生物としての格が違う!)


 同じG級のバロナが束になっても、この鳥へ傷一つつけられるイメージが沸かない。

 北の森に入った時からの違和感。

 この森は静かすぎた。

 魔物はおろか普通の動物や昆虫までが、息を潜めていたのも、きっとこの黄色い鳥を恐れていたためだろう。

 先ほどの野生のバロナも、仕切りに背後を気にしていた。

 今覚えば、この鳥から逃げることに必死だったに違いない。


(やっぱり森に深入りし過ぎてたんだ!)


 ソリオンが暴風に吹き飛ばされないように、なりふり構わずしがみつく様子を、黄色い鳥は冷たい視線で見ている。


 バサッ

 暴風が渦巻いているとは思えないほど、優雅に羽ばたかせる。

 まるで鳥の周りだけ風が止まっているかのようだ。

 そして、ゆっくりと尾の刃をソリオンへ向ける。


(まずい、両手が使えないのに!)


 ソリオンはイチ抱えた状態で、木にしがみ付いている。

 木を手放すと、たちまち空へ投げ出され、重力により、高所から叩きつけらるだろう。

 それに自由落下してるだけのソリオンを、鳥が落ちるまで静観してくれるとは思えない。

 また、イチを手放すと身体能力の上昇もなくなり、木にしがみ付くこともできず、同じ結果が待っている。


(どうすればいい!?)


 光の球は攻撃手段では無いことは、すでに露見ろけんしている。また、イチ単体の攻撃は容易に回避される上に、風で身動きが取れない。


 こちらが手詰まりであることを、鳥は十分理解しているようだ。

 トドメを急く様子もなく、確実に斬り伏せられるように用心深く飛び回っている。


 鳥の目が鋭く光ると力強く羽ばたき、上昇する。

 木を超えるほどの高さまで上昇すると、急旋回し、ソリオン目掛けて一直線に向かってくる。


(チッ! 仕方ないか!)


 ソリオンは木をつかんでいた手を離す。

 このまま木に掴まっていても,、動かぬまとでしかない。

 手を離すと猛烈な風で吹き飛ばされ、空へ放り出される。


 それを見た黄色い鳥は一度ソリオンの横を通り過ぎ、態勢を立て直してつつ、狙いを定める。

 再度、尾の刃を向けて飛翔する。


(やっぱり、そうくるか!)


 今までソリオンの手にしがみついていたイチが暴れ、針を逆立てようとしてる。

 イチのまだ戦う姿勢を見て、もう一度奮い立たせる。


「そうだな。イチ、最後まで抵抗してやろうじゃないか!」


 イチが針が打てるように抱え直す。

 向かってくる鳥へ、針の狙いを定める。

 針の攻撃はすでに見切られている。

 鳥が余程の下手をうたない限り、かわされて終わるだろう。


「イチ! 今だ! 全力でいけぇー!!」


 イチが背中の針を飛ばそうしたとき、

 ソリオンの魔力が急激に吸い取られる感覚に陥る。


(なんだ!? 魔力がイチに吸われてる!?)


「キュウウウウ!!」


 ソリオンから吸い取った魔力をイチが背中に込める。

 いつもは10本程度しか生えていない針が、急に数え切れないほど生成される。


 その大量の針を、向かってくる鳥へ一斉に放つ。


「すごい…。針の雨みたいだ!」


 大量に降ってきた針を、鳥が緊急回避しようと旋回するが、間に合わない。

 先程までとは比較にならない数の針により、完全に虚を付かれた形だ。


 飛んでいる鳥へ、何本もの針が深く突き刺さる。

 その様子を見ていたソリオンは確かな手応えを感じつつ、地面へ吸い寄せられる。

 落ちる前にイチを近くに草むらに向かって投げると、自身は地面へ転がりながら着地する。


「痛ててっ」


 体中に土が着いた状態になりながらも、起き上がる。

 手で服についた土を払うと、周囲を見回す。


(鳥はどこだ?!)


 少し離れた所に、体の至るところ血とほこりで薄汚れた黄色い鳥がいた。

 地面の上で羽をばたつかせている。


 その様子を確認したソリオンは、

 赤白く光る玉を素早く生成し、鳥めがけて放つ。


 鳥包み込んだ光の球はグラグラと揺らぎ、抵抗をしているようだ。

 しかし、一度目よりかなり弱々しい。


 光る玉が静止すると、イチのときと同じく光る玉が少しづつ小さくなっていく。

 十分に小さくなると、薄汚れてはいるが、美しい鳥の姿が現れる。

 光る玉は鳥の胸の辺りから、出てきた宝石を包み、ソリオンまで運ぶ。


(また宝石か。やっぱり不思議な光景だ)


 光と共に、鳥から出てきた宝石は、ソリオンの心臓のあたりに吸い込まれる。

 すると、鳥の額に小さな赤い模様が浮かびがある。


「よし! 二体目を捕獲したぞ!」


 安堵すると急に体の力が抜けて、その場にへたり込む。


(残ってる魔力が少ない。かなり吸われたな)


 そこへ心配そうにイチがすり寄ってくる。

 すり寄ってきたイチを優しく撫でる。


「あんなことが出来たんなら、始めから教えてくれよ。ヒヤヒヤしたぞ」

「キュウ?」

「でも、助かった。ありがとう」

「キュ!」


 力を振り絞って立ち上がり、黄色い鳥の所まで行く。

 鳥は大人しく地面に座っている。


「お前も大丈夫か?」

「ピィ」

「じっとしてて。今刺さった針を抜いてあげるから」


 痛々しく何本も刺さった針を、丁寧に抜いていく。

 針のうち何本かは体を貫通してる。


(よくこれで生きてるな。傷は治るかな)


 黄色い鳥をよく観察する。

 黄色いと思っていたが、光の加減で所々緑がかって見える。

 くちばしはそれほど大きくはないが、目は猛禽類のようにやや前方へ向いており、狩りに向いてる形をしている。

 長い尾羽に混じり、3本の金属のような刃が生えていた。

 刃にはイチの針と同じように、電子基盤のような幾何学的な模様がある。


 ひとしきり確認した後、魔物図鑑を呼び出し、中身を確認する。


「やっぱり、載ってる!」


 今まで真っ白だったページに、挿絵付きでスキーリオが掲載されている。

 更に一歩前進した事に、確かな手応えを感じる。

 再び黄色い鳥に目をやり、少し考える。

 少し間を置いて、意を結したようにスキーリオへ話しかける。


「お前の名前はニーだ」

「ピィ」


 ニーは簡単に反応した。

 喜びや怒りなどの感情は伝わってこない。

 只々、それを受け入れているようだ。


「ニー、飛べるか?」


 ニーは羽をばたつかせて、飛ぼうとするが、

 数メートルも飛ばないうちに下に落ちてしまう。


「無理しなくていいよ。飛べないなら運んであげるから」

「ピィ!」


 ソリオンがニーを運ぶために近づくと、ニーがまた飛ぼうとする。

 しかし同じようにまた数メートルで落ちる。

 それを2、3度繰り返し、ソリオンから20mほど離れた場所に落ちていった。


「だから、運んで上げるって」


 ソリオンはイチを肩に乗せると、ニーを追いかける。

 ニーの近くまで行くと、首がないバロナがいた。


(さっきニーが倒したやつだな)


 ニーはバロナをすごい勢いでついばんでいく。

 くちばしと脚を器用に使い、バロナの肉を引きちぎりならがらガツガツ食べている。


(戦いで消耗し過ぎたのか? まあ、このまま放置されるよりは食べられる方がマシか)


「イチ、大丈夫か?」

 

 イチは首を傾げている。


(同種を目の前で食べられてるけど、特に気にしてなさそうだな)


 イチは一見でかいネズミだが、知能は決して低くない。

 時折、言葉を理解しているのではないかと思う時すらある。

 目の前で同じ種族を食べらて、何かを気にしているのかと心配したが、問題なさそうだ。


「ピイ!」


 ニーのテンションが少し上がる。

 死んだバロナの胸元から小さな宝石のようなものを取り出す。


(光る球で捕獲した時に出てくる宝石じゃないか!)


 ニーはくちばしで咥えた宝石を、器用に方向を整えるとそのまま丸呑みした。

 ニーが喜んでいることが分かる。


(直接、魔物が持っている物だったんだな。そして、魔物はそれを食べる、と)


 先ほどまでニーの食事を気にしてもいなかったイチが、その様子だけは羨ましそうに見ている。


(あの宝石は魔物にとってご馳走みたいだな)


 その後もニーは肉をついばみ続ける。

 ものの数分で野生のバロナは骨と皮だけになってしまった。

 傍らには満足そうにしているニーがいる。


「さて、帰るか」


 さほど日は傾いておらず、ギリギリ真昼と言えるくらいの時間だ。

 シェーバが家に帰ってくるまでまだまだ時間がある。

 だが、ソリオンは今日の探索は引き上げることにした。


(一歩間違えれば、死んでもおかしくなかった。仕切り直しが必要だ)


 もし、奇襲に気がつくのがほんの少し遅れていたら…。

 もし、相手の行動を読み違えていたら…。

 もし、イチが針の雨を降らせていなかったら…。

 そう考えると、このまま探索を続行することはできなかった。


(まずはニーの傷を癒そう。新しい戦力が整ってから再チャレンジだな)


 初めての魔物が住む森での探索は、課題と収穫、そのどちらも大きなものとなった。

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