再挑戦
午前中、ソリオンは家の横にある納屋にいた。
「よし、こんなものかな」
40cmほどの赤錆だらけになった古い手斧を持っている。
そして、斧の先端にはイチの針が巻き付けられている。
(かなり磨いたけどまだまだ錆だらけだな。まあ、使ってない斧はこれだけだったしな)
前回の探索で思い知った事は多くあるが、まずソリオン自体も狙われるという事だ。
敵の魔物はイチだけを狙ってくるとは限らず、自分にも襲いかかってる。
むしろ、攻撃手段持たないソリオンこそ狙い目と言っていい。
(武器も持たずに魔物が居る森に入るとか、冷静に考えれば、恐ろしい事をしてたな)
付け焼き刃の武器を手にしたところで、有効な攻撃に使えるかは分からない。
だが、牽制手段にはなる。
魔物とて、痛みを感じぬ機械ではない。
武器を持っているとわかれば、それなりに警戒させることができるかもしれない。
改造した手斧を持ち、納屋の扉をあける。
納屋の外に出た瞬間、黒い影が空を横切る。
「こら、ニー。あんまり飛び回ってると父さんに見つかるぞ」
「ピィー」
ニーがソリオンの頭な上に停まる。
(もう完治したな)
イチの針が貫通していたとは思えないほど元気な様子を見せる。
(イチのときもそうだったけど、魔物の回復力はすごいな)
傷だらけだったニーは2日程度で怪我がどこにあったのかすらわからなくなった。
魔物という生き物自体は凄まじい生命力を持っているのかもしれない。
外に目をやると、大きなお腹を抱え、仰向けになっているウサギと見間違えそうなネズミが目に入る。
「イチ、いくなんでも食べすぎだ…」
ニーが加入してから、イチの食料事情は劇的に改善した。
今までソリオンが台所から取ってきた麦や小麦か、畑にいる虫などを食べていた。
ニーが近くの林から大量の木の実や小動物を狩って来てくれるようになった。
今までの反動で食い意地がすごいことになっいる。
「イチはまた後だな。今日はニーが先だ」
「ピィ!」
ニーがソリオンの上で翼をバタバタとしながら返事をする。
ソリオンは深呼吸し、集中力を高める。
手に持った手斧をクルクル器用に回し、置いてある小さめの
眼の前あたりまで降りてきた所で、袈裟斬りのように、斜めに斧を打ち下ろす。
薪が空中で真っ二つに割れる。
シュッ
素早く斧を引き、薪の片割れに向かって、先端の針を突き立てる。
音もなくイチから取った針が薪に吸い込まれていき、貫通する。
反対に、突き立てられなかった方の薪が鈍い音を立てながら、地面に落ちる。
(体が思い通りに動く)
もし他人が見ていたら、鳥を頭に取り乗っけた状態で、斧を振り回しているという
薪が割れている事を除けば、子どもが遊んでいるようにしか見えないだろう。
しかし、ソリオンはいたって真剣だ。
そのまま30本ほどの薪割りを行い、イチを見る。
「交代だ。イチおいで」
「キュウ」
頭の上にいたニーが静かに飛翔し、近くの木に止まる。
代わりにイチが肩によじ登ってくる。
今度は太めの薪を地面に置き、同じように深呼吸する。
「はっ!」
先程に比べて俊敏さはないが、力強く振り下ろす。
カンッと、いい音を立てて、薪が同じく真っ二つに割れる。
(やっぱり威力はイチが上だな)
ソリオンは魔物と接触している状態だと、身体能力が上がる。
そして、イチとニーだと上がる能力が違うことがわかった。
イチは力自体が強化される。
そして、ニーは運動神経や俊敏さが強化される。
(使い所を間違わないにしないとな)
その後も一本一本、手応えを確認しつつ真剣に薪割りを続ける。
ソリオンはこの薪割りを訓練として捉えている。
何故なら、武器を作っただけでは意味がない。
体にその重さや速さ、重心などを馴染ませる必要がある。
そして、同時に魔物による身体能力向上の使い方も体に覚え込ませる。
今までは移動に便利なもの程度にしか考えてなかったが、戦闘では生死を分けるほど重要だということを痛感した。
更に30本ほど薪を割ると、誰かが近づいてくる。
イチは素早く飛び降りて草むらに身を隠し、ニーも同じ木の葉が茂る所へ場所を変える。
ソリオンは改造した手斧を背中に隠す。
「おう、頑張ってるな!」
ダトが声を掛けながら表れる。
「僕も薪割りくらい手伝わなきゃね」
「まだ子どもなんだから、遊んでりゃいいだがな。まあ、手伝ってくれるのは助かる」
「昼からは遊びにいくよ。だけど、母さんもイースの御守りで大変だろうし、長男の僕が父さんを楽にしてあげないなとね!」
ダトが嬉しさと悲しさが入り混じったような複雑な表情を浮かべる。
「ソリオン、お前は本当に良く出来た息子だ。 だが、そんなに急いで大人にならなくていいんだぞ。ゆっくりでいいんだ」
そう言って、ダトは太くてゴツゴツした手でソリオンの頭を撫でる。
(父さんには悪いけど、ゆっくりなんかしてられない。早く魔物図鑑を完成させないと)
「一応だが、母さんには薪割りのことは内緒だぞ。ソリオンが斧で薪割りなんかしてると知ったら俺が怒られるからな」
日本の感覚からしても、まだ5歳程度の子どもに斧を一人で振らせるなんてありえない。
シェーバの感覚は正しいが、他の子供をあまり知らないダトはソリオンのお願いを受け入れてしまった形だ。
ダトはそう言うと、拳をソリオンに向ける。
「うん、内緒だね。男同士の約束」
ソリオンも拳を作り、軽く当てる。
ダトはそれを笑顔で受け入れる。
「しかし、すごい量だな。しかも、昨日よりも増えてる。子どもが割れる量じゃないぞ」
困った表情をしながら、どこか誇らしげだ。
「段々コツを掴んできたからね」
「相変わらずだな。薪は運んでおくから昼飯を食べてきな」
「ありがとう。腹空いてたんだ」
ダトと別れ、家へ帰る。
3人で昼食を食べ、食器を片付けると、ソリオンは急いで出かける準備をする。
「虫取りにいってきますー」
「いってらっしゃい。夕方には戻るのよ」
「はーい」
幼い妹イースを抱いたシェーバが見送る。
ソリオンは家から出掛けると、家の裏手に隠した手斧を回収する。
そのまま走りながら畑を横切っていく。
ソリオンが走っていると、いつの間にか近くイチを足でつかんだニーが飛んでいる。
「イチ、おいで」
ソリオンの言葉を聞いたニーはイチを空中で放す。
イチを走りながらキャッチすると、肩に乗せる。
「よし、北の森へリベンジだ!」
(直線的なスピードなら、最高速度はイチの方が早いな)
イチのよる速さは、足で地面を蹴る力を上げることで得られる。
ニーによる俊敏さは、瞬発力や急制動、脱力状態から最高速度に達するまで疾さを上げることで得られるものだ。
そのため、同じ速さを上げてくれるといっても種類が異なる。
前回と同じく大人以上の速さで走り抜け、あっさり森まで到着する。
前回の撤退から10日。
ニーがパーティへ参加し、粗末ではあるが武器も用意した。
数日程度で身に成るはずもないが、訓練も始めた。
前回とは心構えからして違う。
言うまでもなく、最大の違いはニーの参加だ。
「ニー、空から近くの魔物を探して」
「ピィ!」
今回はすぐに森に飛び込むことなどしない。
不測の事態が起こり得ると学んだため、空中からの偵察をニーに依頼する。
元々ニーはこの森に住んでいた上に、この辺りで恐れられていた存在だ。
一人で偵察に行っても、余程のことがない限り大丈夫だろう。
ニーが森の方へ消えていく。
10分程度、塀に隠れて休んでいたら、ニーが戻ってきた。
ソリオンの頭上で旋回している。
「もう見つけたのかい?」
「ピィ!」
なんとなくYesと言ってよう感じる。
「その魔物は僕達でも勝てそうかい?」
「ピー…」
少し自信がなさそうだ。
「じゃあ、ニーだけなら勝てそう?」
「ピィ!」
(なるほど。自分かイチには対処が難しいくらいの強さってことか)
ニーはイチやソリオンと比べて、数段上の強さである。
ニーだけであれば負けないのだろうが、弱い存在を
(引くべきか、それとも挑むべきか)
しばらく考える。
(まずは姿を確認してみるか)
先に相手の居場所を捉えている。
これは大きなアドバンテージだ。
偶然の鉢合わせや奇襲されることに比べると、先に相手の存在を認識できていることは、多くの選択肢を与えてくれる。
「ニー、案内して。静かに行くよ」
ソリオンはイチを肩に乗せ、手斧を手に持ち、慎重に森に入っていく。
ニーの長い尾を目印にできるだけ足音を立てずに付いていく。
前回と異なり虫と獣の鳴き声が、森全体に響いている。
草が生い茂っている所もあるため、どれだけ静かに歩いていても、カサカサと葉が擦れる音をたてる。
草の音が擦れる度に、ソリオンの心臓の心拍が少し上がる。
(勘付かれないようにしないとな…)
しばらく歩くとニーが木に止まる。
そしてある一点を見つめている。
見つめた先には、何かがいる。
オレンジがかった茶色イタチのような生き物だ。
爪は鋭く、指先を覆う様に左右に4本ずつ伸びている。
(新しい魔物だな。どうでるか)
最も良い形は、奇襲からの完封だ。
相手がどんな能力を持っていても、発動させる隙を与えないことができれば、これほど良いことはない。
ソリオンは少し考える。
(よし!決めた)
「ニー、やるぞ。あいつに攻撃だ。でも、風を使うならあまり強くしすぎないで」
ニーが操る風は強力な切り札だが、相手を捕獲するという点では魔物を見失うリスクもある。
指示に従ったニーは音もなく飛び立つ。
徐々にスピードを上げて、尾の刃をイタチに向ける。
スピードは最高速度に達し、まるで放たれたの矢のように凄まじいスピードで距離を詰める。
あと僅かで刃が届くと言う時に、イタチが気がついたようだ。
「キーィィィー!!」
イタチが声を荒げ、爪を構えながら立ち上がる。
受け立つようだ。
ガギッィィィ!
イタチとニーが交差すると、不快な音が鳴り響く。
ニーはそのまま空中へ飛び立つ。
後には、肩から背中に掛けて、大きく切られた跡があるイタチがいた。
切られた後から血が徐々に
(今だ!)
十分なダメージを負わせたと判断したソリオンが飛び出ていく。
「キィィキー!」
ソリオンに気がついたイタチが威嚇のため、爪を構える。
走りながら、手早く光球を作り出す。
ニーが急降下し、イタチを中心にソリオンの対角線側で、ホバリングし始める
(ニー、ナイスだ! 気が逸れたぞ)
ソリオンはさらにイタチとの距離を詰める
後ろに来たニーに対して、一瞬気がとられたイタチに向かって、赤白い光球を投げ。
「よし!」
万事が想定以上に上手くいき、思わず声を上げる。
光球はそのままでイタチの胸部に当たる。
しかし、イタチに当たった瞬間、光球は霧散する。
(消えた?!)
目の前で起こった予想外の出来事にソリオンは思考を奪われる。
その僅かな
血を撒き散らしながら、爪を立てて襲い掛かる。
ザッシュッ!!
イタチの右腕による攻撃が空を切る。
紙一重のところでバックステップにより、よろけながら回避する。
しかし、イタチの攻撃はそれだけでは終わらない。
左腕の爪を使い、立て続けに切り付けてくる。
(避けられない!)
よろけた姿勢を立て直す時間がない。
ソリオンは反射的に顔を両手でガードする。
ザッッギュュッ!!
何かが切られたような音が複数する。
自分の腕が切られたと思ったソリオンは、この後、襲ってくるであろう猛烈な痛み耐えるため、心の準備をする。
が、少し間を置いても痛みは来ない。
恐る恐る腕を下ろすと、そこには首を切られたイタチの姿があった。
ニーが後ろから一刀両断したようだ。
「ニー、助かった。ありがとう」
緊張が解けて地面に腰を落とす。
「さっきは驚いたな、イチ」
イチへ声を掛けたが、反応がない。
回避した時に振り落とされたのかと辺りを見回すと、
足元に血を流しながら
「おい!どうしたんだ!!」
イチに声を掛けるが、弱々しそうに反応するだけだ。
背中には、4本の傷が並行にできている。
(まさか、イタチの攻撃が当たってたのか?!)
ニーが
おそらくソリオンを
「クソッ!」
ソリオンは悔しさに声を荒げる。
「イチ、うちに帰ろう!」
ソリオンが抱き抱えると、イチは力を振り絞りソリオンの腕を振り解く。
「何をやってるんだ?! その傷で続けるのは無理だ!」
地面に落ちたイチは痙攣に加えて、口から泡を吹き、
そして、体を引きづりながら前へ進んでいく。
イタチに付けられたと思われる傷口の周辺が、青黒く異様に膨れ始めている。
明らかにイチの様子がおかしい。
単に傷を負っただけとは考えづらい。
「まさか、毒か!?」
ソリオンはイチの状態が想定以上悪いことに
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