系統発生
ダトから聞いた話では、この辺りには毒の爪を持つグリゴラという魔物がいるという。
姿を見た時から可能性の一つとして頭の片隅には入れていたが、確信に変わる。
(もっと慎重になるべきだった)
ソリオンは解毒に関する知識も、薬も持ち合わせていない。
だからこそ、毒を持っている魔物と対峙するのならば、慎重に慎重を重ねる必要があった。
しかし、今から悔やんでも事態は好転しない。
今なすべきことを考える。
(父さんに事情を話して、医者へ連れて行ってもらうか!?)
イチに万が一のことがあるくらいなら、叱られるのを覚悟で、助けてもらった方が良いに決まっている。
だが、魔物は人から嫌悪される生き物だ。
考えたくない事ではあるが、ダトにそのままトドメを刺される可能性もある。
もしダトを説得できたとしても医者はどうか。
どちらに転んだとしても、当分、北の森に来ることは厳しく禁じられ、魔物図鑑の完成は遠のくだろう。
ソリオンは頭を抱える。
しかし、相棒の命には変えられない。
「イチ、やっぱり父さんの所まで行くぞ。きっとわかってくれる」
再度、抱き抱えようと地面を這っていたイチに目をやる。
イチはイタチの
亡骸まで着くと、イチが弱々しくイタチを食べ始めた。
「何をやってるんだ! 食べてる場合じゃないだろ!?」
止めようとするが、あまりの必死の
イチは肉を喰みながら何かを探して居るようだ。
「もしかして、あの宝石を探してるのか?」
前回のニーの食事で、唯一、イチが宝石に反応していた事を思い返す。
あの不思議な宝石は、おそらくこのイタチにもあるだろう。
この状況でそれを欲していると言うことは、何か意味があるのかもしれない。
ソリオンは、手に持った斧を力一杯にぎり、イタチの体を切り開く。
やはり、そこには美しい宝石があった。
「これか?」
その宝石を急いで掴み、イチに手渡す。
イチは力を振り絞るように、その宝石を丸呑みにした。
宝石を飲み込んだイチは、ソリオンを懸命に見つめてくる。
「キュウ…」
「どうしたんだ!? 何をしてほしい!?」
ソリオンは意図を図りかねる。
今、ソリオンができることは、魔物図鑑を出す、光球を作るくらいしかない。
手当たり次第試すつもりで、右手に魔物図鑑、左手に光球を作り出す。
光球はいつもと変わりが無いが、魔物図鑑は様子が違う。
「魔物図鑑が光ってる?!」
魔物図鑑はパラパラと空中で
そのページが一際強く光っている。
(グリゴラが魔物図鑑に載ってる…)
なぜ、というのが正直な感想だった。
図鑑に載るのは光球で捕獲した魔物では無いのかという疑問が浮ぶが、すぐに思考を隅に追いやる。
(今は考えてる場合じゃない。イチを助けないと!)
イチは毒に冒されながら、変わらず真剣な目でソリオンを見つめている。
(ここに何かのヒントがあるのか?!)
再度確認するが、全く読めない文字と挿絵しかない。
更によく確かめる為にページに触れる。
すると、魔物図鑑に触れた手から頭に直接、情報が流れてくる。
『系統発生させますか?』
直接、頭に流れてきた情報であるため、正確には言葉ではないが、意図ははっきり伝わる。
多くの疑問が浮かぶが、この状況をイチが選択したことには、きっと意味があるはずだ。
(今は信じるしかない)
--ソリオンは系統発生を選択した。
イチとソリオンに異変が起こる。
ソリオンの魔力が魔物図鑑を通じて、イチへ流れ込んでいく。
魔力を受け取ったイチは光の粒子のようものを
「キツい…。魔力を大量に持っていかれる」
水で充したバケツに突然穴が空いたかのように、魔力が急速に減っていくことがわかる。
魔力を受け取ったイチは更に変化を加速させる。
(早く終わってくれ!)
魔力が底をつくかと思った時、イチを覆っていた光の粒子が、四方八方へ飛び散り消えていった。
そして、そこには前足が発達したイタチのような姿になったイチがいた。
「イチ…なのか?」
「キィ!」
どうやらイチで間違いないようだ。
イチの傷自体は治っていない。
だが、先ほどと違い毒の影響を受けてないように感じる。
「なんでグリゴラになってる? なれると知ってたのか?」
「キィ?」
イチはよく分からないとでも言いたげだ。
毒を持つ生き物は、自らの毒に対して一定の耐性を持っていると聞いたことがある。
イチがそれを本能的に知っていたとしても、自分がグリゴラへ変化できるということをなぜ知っていたのか。
(ダメだ。この世界のことについて、知らないことだらけだ)
ソリオンは深く息をする。
気持ちを切り替えていこうと思い、グリゴラへ変化したイチをよく観察する。
体が大きくなったイチにとって、先ほどの傷は相対的に小さいものとなっていた。
大きく発達した腕と大きな爪が目を引く。
爪はニーの尾の刃と同じく、幾何学的な模様が浮かんでいる。
そして、爪の付け根から透明な汁のようなものが分泌され、爪全体へ溝を通って薄く染み渡っている。
(これが毒か)
先ほどまでイチを苦しめていた毒の影響も残っていないようで、少なくとも命の心配は不要だろう。
姿形はまさに先ほど戦ったグリゴラだが、一点だけ違う特徴がある。
「
頭の後ろから肩甲骨の辺りまで生えている毛に針が30本ほど生えている。
下にある野生のグリゴラの亡骸には、やはりそんな針はない。
「バロナだった頃の特徴を引き継いだんだな」
「キィ!」
イチが元気よく反応する。
グー…
イチのお腹が鳴る。
すると、食べかけだったグリゴラをガツガツ食べ始めた。
(えぇぇ…、同種食べるのか。いや、同種じゃないなのか? 分からん…)
急に
イチはものすごい勢いで骨までバリバリ砕きながら平らげていく。
イチが食事をしている間、ソリオンは思案していた。
一時はどうなるものかと思ったが、余りある成果を得たと考えている。
(魔物を捕まえなくても、図鑑に載せることができる)
ほぼ間違いなく、契機はあの宝石だ。
光球で捕まえた時に宝石は自分に取り込まれる。そして先ほどはイチがそれを取り込んだ。
そこから推測できることとして、宝石をイチやニーに食べさることで図鑑は埋まっていく。
(検証が必要だな)
もし、全てを捕まえなくて良いのであれば、安全さは格段に増す。
例えばニーに指示して、魔物を倒してから宝石を食べさせれば良いのだ。
それに食糧調達や場所の確保も不要だ。
このまま数が増えていけば、いずれ両親に露見することは悩みの種の一つだった。
イチが全て食べ終わり、皮だけが残されている。
食事を待っていたソリオンが声をかける。
「イチ、針を飛ばせるか?」
「キイ」
イチが頭をかがめる。
近くの木に向けって、イチが針を飛ばす。
飛ばした針が木を貫通して、さらに奥の木に刺さる
(前より威力が強くなってる…)
グリゴラへ姿を変えたイチは特徴だけではなく、針を飛ばす能力まで使えるようだ。
今後も変化すると更に色々なことができるのかもしれない。
「ニー、可能なら弱い魔物を倒してきてくれいないか? 死体も持ってきてほしい」
「ピィ」
ニーが木々の間に消えていく。
しばらくイチと待ちながら、グリゴラが載った魔物図鑑を確認する。
(相変わらず文字が読めない。この辺りで使われている文字はある程度覚えたのに)
ソリオンは魔物図鑑を読むための情報収集を怠っていなかった。
文字を覚えれば読めると思い、両親が使っている文字などは積極的に覚えた。
しかし、魔物図鑑の文字は形からして全く別物で、読めない状態が続いている。
魔物図鑑を確認していると、
ニーが大きな灰色のものを運んできた。
「ピィ」
ドサッ
鈍い音を立てながら、40cmはありそうな巨大な虫が落とされた。
「でかいな。これも魔物なの?」
「ピィ!」
大きな切り傷が入り、完全に息を引き取っている様子の魔物に目をやる。
体全体を、幾何学的な模様の入った虫特有な光沢のある殻で覆われている。
鎧でも身に
脚は10対程あり、あえて言えば大きなダンゴムシに近い。
ソリオンは虫に向かって、手を合わせる。
元々、法事の時でもなければ仏教とは無縁だったが、自分がニーに指示して奪った命に対して、何かの形で謝罪と感謝を示したかった。
改造した手斧を持ち、体を開く。
やはり宝石ができた。
「ニー、食べれるか?」
「ピイィィ」
ニーがテンション高めに、宝石を飲み込む。
飲み込むのを見届けるとソリオンは出していた魔物図鑑を見る。
(おかしい。さっきみたいに光ってないぞ)
念じて魔物図鑑を
(図鑑には載る…と)
元々、ニーをダンゴムシにさせるつもりはなかったが、
イチがバロナからグリゴラへなった時と同じ反応は起こらなかった。
(鳥からは虫は、いくらなんでも種として遠すぎるのか?)
系統発生させるためには、何らかの条件があるのかもしれない。
そんな思案に
人が近づいてくる気配がする。
イチとニーは警戒しながら、素早く茂みに身を隠す。
ソリオンも急いで近くの草むらに入る。
人の気配はさらに近づいてくる。
明らかにこの場所を目指している。
ソリオンは茂みの中で、息を潜める。
足音が近くで止まる。
草むらの中から覗いてみると、統一感のある鎧を身につけた人たちが見える。
男性が2人、女性が1人だ。
(前、市場で見た武器を持ってた人たちだ。確か、騎兵団とかカナンが言ってたな)
「なんだこの血は?!」
「皮がありますね。魔物はグリゴラのようです。近くにロリポリの死体もあります」
「やはり、先ほど感じた強力な魔力。何かあったのは間違いないな」
「この辺りに例の変異個体がいるのかもしれません」
イチが食べ散らかしたグリゴラを調べているようだ。
突然、男の一人が背中に背負っていた巨大な弓を構える。
キキキッ
弓を弾く音があたりに響く。
「おい! そこにいるのはわかっている。出てこい」
(なぜバレたんだ? 絶対に見られていないはずなのに…)
「出てこないのなら、打つぞ!」
弓を持つ手に力を込めながら、怒気を強めた声が聞こえてくる。
(仕方ないか)
ソリオンは観念して、スッと立ち上がる
「子供…?」
「なんでこんなところに!?」
弓を持った男と側にいた女は驚きを隠せないでいる。
「おい、ボウズ。お前は何者だ? ここで何をしていた?」
大剣を背負った男が静かに聞いてくる。
怒りも驚きもなく、ただただ威圧を感じる。
「僕は村の子です。森で遊んでるだけです」
「魔物が住むこの森でか?」
大剣の男は鋭い目線でソリオンを見る。
弓の男が横槍を入れる。
「嘘をつくな! この森は立ち入りを禁じられている!」
「それは知りませんでした。父さんも母さんも魔物がいる場所なんて言ってませんでした」
ソリオンはわざとらしく驚いたように言う。
「では、これはなんだ?」
大剣の男がグリゴラの皮とロリポリの亡骸に目をやる。
「それを見つけて遊んでたら、皆さんが表れたんです」
「…そうか。なら、家まで送ってやる。付いてこい」
「セルジさん、こんな明らかな嘘を信じるんですか?!」
弓の男が抗議の声を上げる。
「いえ、一人で帰れるので大丈夫です。それでは警備を頑張ってください」
「ダメだ。親の前で何をしていたか、詳しく話してもらうぞ」
(良くない流れだ。…逃げるか?)
「逃げようなんて考えるなよ」
まるで心を読まれているように釘を刺される。
(まずいな。今後、北の森に入れなくなるのは困る)
仮に遊んでいたと
「正直に話します。実は、妹にあげる木の実を探してました。この森は色んなものが手付かずのままなので、たまに来るんです」
「そうなの。いいお兄ちゃんね」
「それなら、なぜ最初からそう言わない?」
「…木の実が多いことをあまり知られたくなかったんです」
弓の男と女は頷く。
「たまに、か。…つまり以前にも来たということだな」
大剣の男が静かにいう。
「この辺りはスキーリオの変異個体の縄張りだった。そいつを数日前から見かけなくなった。同じ時期に、この危険な森の中で強い魔力を持つ子供が表れた」
男は猛禽類のような目でソリオンをにらむ。
「それは偶然か? しかも、ご丁寧に近くは魔物の死体まである。」
(完全に疑われてるな…)
ソリオンが返答に困っていると、ソリオンの後ろから声をかけられる。
「やあ〜、ソリオン君。もうバレてるようだから、隠さなくていいよ〜」
3人は急に表れたホクシー聖導教の祭服を身に纏った男に困惑する。
「えっ、いつの間!?」
そこには以前市場であったイスカリオテ司祭が一人で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます