聖杯

 ダンジョンに入り、地下一階へと降りる。


 前回も感じた違和感。

 ダンジョンの中に街があるという、異質にはまだ慣れない。


「こっち」


 ブリースが建物と建物の間の細い道へと入っていく。

 後へと続くと、道の前でブリースが止まっている。


「魔物がいるから気をつけて」


 建物の看板にコンコルド姿のイウが2匹、止まっている。

 今のニーと同じ姿だ。


「ニー、一匹は任せた」


 ニーは音もなく飛び上がる。

 イウコンコルドは特殊な能力は持たない。

 ただ、鋭く、早く、力が強い。そういう魔物だ。


 ニーと一匹の魔物の戦いが、始まる。

 同種とは言え、<特技スキル>が違う。負けることは無いだろう。


 もう一匹の魔物が、爪を立ててソリオンへ一直線に襲いかかる。

 イラ半身が人型の蟲姿のサンが庇うように前に出ようとする。


 それをソリオンは手で制止する。


 飛びかかるコンコルドへ、ソリオンはサンを制止した掌をかざす。


 あと僅かで、鋭く巨大な爪がソリオンへと突き刺さると思われた時、鳥が空中で止まる。

 イウが羽を激しくばたつかせている。

 しかし、まるで空中で、見えない何かに貼り付けられたかのように動けない。

 

 ソリオンはゆっくり反対側の手に持ったほこで、魔物の心臓を突き刺す。


(<力作用>か。やっぱり便利だな)


 以前、ローレルが練習していた<特技スキル>をソリオンは習得している。

 魔力を飛ばし、離れた物を固定したり、飛ばしたりするものだ。ソリオンがイメージしたものは、魔力で出来た手で掴むというものだった。


 ただ、やはり魔力の消費は多いため、乱用はできない。


 ニーがイウの亡骸を咥えて、ソリオンの近くへと降りてくる。


「ニー、おつかれさま」


 ブリースがその一連を見て、声を掛けてくる。

 

「もう普通のE級なら、余裕ね」


 ソリオンは鉾に突き刺さったイウを抜き取り、短剣で綺麗に捌いていく。


「そうだね。でも、油断せずに進もう」

 

 従魔達と一緒に、ソリオン狩った魔物を食べながら、奥へと進んでいく。


 途中で、血の匂いに釣られた魔物たちが何度か出てくるが、群れで出てくるとわかっていれば、問題ない。

 囲まれないように立ち回り、次々と狩っていく。


 そして、前回は進まなかった下へと向かう通路まで、もうわずかという時、前回感じなかった気配に気がつく。


「……人がいる」


 下へと進む通路の前にある建物の中に、何人か居る。

 隠れているが、魔力や音ではっきりと検知でてきる。

 

 ソリオンは少し考える。

 以前、森で襲われたこともあり、魔物の領域で出会う人に敏感になっている。

 

 それに今日は、正直な所、虫の居所が悪い。


(やり過ごそう)


 しかし、ソリオンが考え込んでいる間に、向こうから出てきた。


「お前が、ソリオンか」


 男が話しかけてくる。

 皆、武器を持っており、男が3人、女が1人のハンターのパーティのようだ。

 だが、この街で見たことはない者ばかりだ。


 ソリオンは距離を保つ様に少しイチを下がらせる。

 相手の質問には答えない。


「こんにちは、こんな所で何をしてるんですか?」

 

 4人が、目で合図し合う。

 目線や位置から、おそらくパーティのリーダーだと思われる男が話し始める。

 先程、話しかけてきた男と同じだ。


「そんなに警戒すんなよ。もちろん、狩りだ」


「ダンジョンで、ですか?」


 前回、ダンジョンで狩ったバイオマス鉱石をマッシモへ渡す際、普通のハンターたちは、まず近寄らないと聞いた。

 通常、わざわざ不利な状況で狩りをするメリットがないからだ。


「そうだ。この辺りは魔物が多いからな。俺らのような上級ハンターにとってはダンジョンは美味しいのさ。森中、駆けずり回らなくても、獲物が勝手に来てくれるんだからな」


 その言葉を他の3人はニヤニヤしながら聞いている。

 男の言葉通り、その立ち振舞、使い込まれた武器、そして強い魔力、いずれも強者であることを物語っている。


 しかし、どこか影があるように感じる。


「そうですか。ところで、なぜ僕の名前を知ってるんですか?」


「この街の狩人ギルド長から聞いたんだよ。ダンジョンには魔物を連れた子どもが居るかもしれないってな。同じ場所で狩りをする奴を把握しておくのは基本だぜ?」


「すみません。自分は1人で狩りをすることばかりなので、知りませんでした」

 

「気にするな。それよりお前はこれからどうするんだ?」


「下を目指します」


 4人は少し驚いた顔をするが、その後、直ぐに笑みを浮かべる。


「そうか。そいつは剛毅ごうきだな。俺らも下に行くんだ。どうだ、一緒に行かないか?」


(……なんだか、信用できない)


「いえ、お断ります。僕は従魔達としか連携できません。人との連携など実戦でしたことがありませんから」


「そう、難しく考えるなよ。別に慣れない連携なんざする必要はない。近くで一緒に戦うだけでも、魔物は分散するもんだ」


「僕はあなた達のことを知りません。命がかかっている場で、見ず知らずの人と一緒にいるのは…」


「そうか、仕方ないな。戦場じゃ知らない奴と肩を並べて、戦うなんざ、当たり前なんだがな。だが、後ろも歩くな、とは言わないよな? 道は1つなんだからよ」


 男は手で下へと続く道を指す。


(怪しいけど、話の筋は通っている)


「ええ、そこまでは言いません。また、ヒロアイラの街で会った時には色々話を聞かせて下さい」


 4人は笑顔で頷く。


「ああ。お近づきの印と言っちゃ何だが、ここで狩った魔物の肉を、その従魔で運んでもらえないか。街まで運べたら山分けしてやる。それに、もしお前さんが無くしても文句はいわない。元々、捨て置こうとした代物だ」


「それくらいなら、いいですよ」


 ソリオンはイチを降り、イチの背中に肉が入った巨大なリュックを掛ける。


 ソリオンは従魔達と共に、地下二階は続く道へと入っていく。

 その後ろを少し離れて、4人組のパーティがついてくる。

 

 下へと続く道は、塔から地下一階へと降りる道と大差はない。


 広いトンネルのような下り坂が、ただただ続いている。

 下に下にと向かていくと、急に開けた場所へと出て、一気に視界が開ける。


(すごい……)


 以前、上部の割れ目から見た光景が、目の前に広がっている。


 巨大な光る花を持つ木が、駄々広い空間の中心に、そびえ立つ。

 よく見ると木は無数の実を付けており、枝がしなっている。

 

 まだ、距離感がつかめないが、その実は人ほどの大きさもあるのではないだろうか。


 ソリオンが初めて見る光景に、目を奪われていたとき、急に後ろから鋭い魔力を感じる。


(なんだ!?)


 振り向きながら、短剣を引き抜く。

 短剣より、一瞬だけ早く、目が捉えたのは、男が剣をソリオンへと振りかぶる様子だった。


 間一髪で短剣で防ぐ。

 

 が、通した魔力が足りなかったのか、男が振り下ろした剣が、ソリオンの短剣へと食い込む。


 剣の刃は、ソリオンの短剣の刃を半分ほど削ったところで止まる。


「なにをす…」


 ソリオンが声を発しかけた所で、男が自らの剣を捨て、ソリオンの腹部へと蹴りを放つ。


 ソリオンの体が吹き飛ばされる。

 男は追撃をすることなく、反転し、急いでもと来た坂を上っていく。


「やれ!!」


 男が声を張り上げた所で、パーティの女が手に握った何かに力を込める。


 次の瞬間、トンネルの四方で爆発が起こる。


(爆弾!?) 


 ソリオンは崩落してくる岩を避けるために、地下2階の開けた方へと滑り込む。


 地響きのような爆音が、空洞全体を揺らしている。

 辺り一帯を覆い隠すほどの土煙で、視界を遮られた。


(何があったんだ!?)

 

 木霊こだまのように続いた爆音が落ち着いた頃、土煙がやっと薄れ周囲の様子が分かる。


「みんな無事か!?」


 辺りの魔力を手繰り寄せる。

 従魔たちは崩落には巻き込まれていないようだ。


(よかった)


 だが、信じられないものが目に入ってくる。 


「トンネルが…」


 通ってきたトンネルが埋もれ、無残に崩れた後だけが見える。


(…やっぱり、少しも信用するべきじゃなかった)


 後悔しても、すでに何もできることはない。

 無理やり、気持ちを切り替える。


「これを退かすの大変そうだ。ブリース、他に出口があるか分かる?」


「わからないけど、あの系統樹の下なら安全だよ。魔物も襲って来ないし」


「系統樹? それが、あの樹木の名前?」


「そう。でも、あれは樹木じゃない。大地に溜まった魔力が吹き出した結果、木みたいな形になってるだけ」


「そうなんだ、木にしか見えない。ともかく、一旦、退避して辺りを探索しないと」



 ソリオンは巨大な木へと近づいていく。

 近づくと改めて、その巨大さが分かる。

 

 高さも十分、巨木と呼べるほどだが、それ以上に横への広がりだ。

 高さの優に数倍は、横へと広がっている。


 さらに近づくと、確かに木ではないことを、意識させられる。

 幹は、魔物と同じ電子基板のような模様が浮き出るバイオマス鉱石で出来ている。


 そして、上から見た時に青白く光る花びらと思っていたものは、小さな鉱石のようだ。


 そして、木の下にはが、落ちている。

 片刃剣、両刃剣、大剣、短剣、杖、弓、槍、大身槍、斧、鎌、槌等など、武器屋でも見られないほどの種類だ。


(なんで、こんな所に武器が…)


 だが、どれも酷く損傷しており、ほとんどが年代物だ。

 ほぼ土に還っているいるものも目立つ。

 おそらく、どれも武器としては使いものにはならないだろう。


 そして、上を見上げると、大量の実が生っている様子がよく見えてくる。

 実は半透明の膜で出来ており、中には、見慣れた生き物が体を丸めて収まっている。


「……魔物だ」


 系統樹には無数の

 

「そう。ここが魔物達が生まれる所」


 根本の巨大な幹から、3つに枝分かれしている。

 手前の大きな枝には、悪獣が実り、その隣の枝には邪鳥が、そして奥の枝には呪蟲がそれぞれ生えているようだ。


「枝ごとに、系統が分かれてる…」


「そうよ、この森に3つの系統しかでないのは、系統樹の枝が3つしかないからね。他の魔物の揺り籠だと、枝の本数も枝になる魔物も違うけどね」


 そして、一際、目を引く実がある。

 邪鳥の枝の先端に生っている異様に大きな実。

 

 いくつか分岐した枝が、その実へと集まっており、枝が幾重にも絡みついている。


 実の中には、羽に羽毛がなく、骨のような固いもので覆われた頭部を持つ巨大な鳥が丸まっている。

 

「あれは…」


「私は魔物の種類はわからない。でも、エーエンの森にD級が居なかった理由はわかった」


「あれが原因?」


「そう。何体かD級が生まれるはずだったのに、あの魔物へ魔力が集まってる。つまり変異個体ね」


「D級の変異個体!? つまりC級相当って事!?」


「そういうこと」


 ソリオンの村を襲った虎がC級だった。

 あれと同等の魔物が、自らのすぐ上に居ると思うと、背中に薄ら寒いものが流れる。


 その後も、一つ一つの実を眺めていると、そのうちの1つの実が突然割れる。

 割れた実から、大量の粘膜や羊水と共に、魔物がずるりと地面へと落ちてくる。


 ベニルベ毒泡のカニだ。


 ソリオンは鉾を構える。

 しかし、不思議なことに鉾に魔力が流れない。


(魔力がおかしい)


 そして、生まれたばかりのベニルベが近づいてくる。


「イチ!冷脚だ」


 イチは唯、魔物を見つめるだけで、反応しない。


「どうしたんだ!?」


 近くまで来た、ベニルベが、ソリオン達の近くをする。


「……魔物が人を襲わないなんて」


「ここは魔物達に取っても特別な場所よ。本能的に魔物たちは系統樹の下では襲わない。それに人間も、この魔力溜まりだと干渉が強すぎて、あんまり上手く魔力を扱えない。だから、系統樹の下は安全な場所なの」


 ソリオンは魔力を通そうとした鉾を見る。


「そして、<従魔士>にとっても大切な場所」


 ブリースは系統樹の幹まで飛んでいく。

 途中に落ちている無数の武器に気をつけならが、ソリオンも幹へ近づいていく。


「触れてみて」


 ブリースに促され、ソリオンは系統樹に触れる。

 すると急に魔力が大きくうねり、命じていないにも関わらず、魔物図鑑が現れる。


(どうして、魔物図鑑が)


 系統樹から魔力が魔物図鑑へと流れていく。

 ペラペラと魔物図鑑が勝手にめくれ、新しいページが次々と作られていく。


「何が起こってるんだ?」

 

「情報の更新」


「更新?」


「そう。ソリオンは系統を使役している。それ自体は形而上けいじじょう的な存在だけど、系統樹はその具象体として機能する。だから、概念を同期をするの」


「何を言っているか、全然わからない」


「簡単に言うと、新種の魔物を登録するページが魔物図鑑に追加されたのよ」


「新種!? 魔物の種類は増えてるの!?」


「長い目でみれば、ね。あなたが使っていた魔物図鑑の情報は、魔導時代のものだから、今の時代だと、いくつか増えてる」


「……理解が追いつかない。だけど、これがスタートライン?」


 ブリースが首を振る。


「それは、これから。…ねえ、ソリオン」


「なんだい?」


「あなたは本当に、魔物図鑑を埋める覚悟はある?」


「何を今さら。当たり前だよ」


「そう。それなら、あそこにあるものに触れてみて。それがスタートライン」


 ブリースが指差した先に、大剣が地面に刺さっている。

 そして、その裏に、透明な宝石でできた岩がある。


(魔獣石に似ている)


 近づくと、宝石で出来た岩はソリオンの腰ほどの高さだ。

 岩の先端は飛び出しており、ワングラスのようなさかずきのような形になっている。


「これに触れればいいの?」


 ブリースの顔は暗い。


「うん」


 ソリオンはその杯に触れる。

 途端、体から何かが抜き取られる。言い表し難い気持ち悪さがソリオンを襲う。


 痛みがあるわけではない。

 だが、とても大事なものが抜き取れとらた感覚が、全身を駆け巡る。


 ブリースがつぶやく。


「……がんばって」


 湧き出るように、乳白色に光り輝く液体で、杯の中が満たされていく。


 次の瞬間、宝石できた岩のような台座が光り輝く。 


 後方に気配を感じ、ソリオンは振り返る。

 長く伸びたソリオンの影から、何かい上がってくる。

 影から這い上がってきたものは人の形になると、影が被膜のように剥げ落ちる。


(僕の影から、人が出てきた!?)


 全て剥げ落ちると、30代の男が立っていた。男の瞳は糸目のように薄い。

 だが、その佇まいは、堂に入っているように感じる。


 男が、ソリオンを見ながら、口を開く。 


「お前が分霊ぶんれいに挑む者か」


分霊ぶんれい?」


「そんな事も知らずに来たのか」


 糸目の男は、ソリオンの横を飛ぶブリースの姿を見る。


「なるほど。精霊の口車の乗せられたか。哀れな」


「……どういうことですか?」


「これからお前は自らの魂を賭して、<昇級>に挑むのだ」


(魂を賭ける? それに <昇級>ってなんだ? )


「待って下さい。そもそも、あなたは誰なんですか?」


「私は、かつて存在した<従士>の記憶だよ。名は捨てた」


「すみません。何を言っているのか、さっきから全くわかりません」


「分からなくていい。ことは単純だ。今から俺とお前は殺し合う。どちらかが生き残る。それだけだ」


「殺し合い!? そもそも、あなたと殺し合う理由がありません。戦うつもりはありません」


 ソリオンは手で制止する。


「ならば、その聖杯へ注がれた、お前の魂はもらう」


「あれが、僕の魂!?」


「そうだ。もう始まっている。後戻りはできない」


 ソリオンは再び宝石で出来た岩を見る。

 その杯にはソリオンの魂と言われた液体の表面が、揺蕩たゆたっている。


 そして、近くにある大剣、更に後方に点在する無数の武器の残骸が視界に入る。


(この武器達は、皆、同じ様に殺し合った結果、なのか)


 男がどこからともなく、杖を取り出す。

 同時に、男の背後から魔物たち出てくる。


(あんな大きい魔物が、どこに隠れてたんだ!?)


「もし、俺を殺めることに罪悪感があるなら気にする必要はない。俺はもう既に死んでいる。今はただの残滓だ」


 男は従えた魔物達へ、視線で指示を出す。

 すると、魔物達は男の意図を察したように広がり、陣を組む。


 これ以上、待つつもりはない、とでも言いたげな視線をソリオンへと向ける。


「……仕方ない」


 ソリオンも武器を構え、無理やり魔力を流す。


(やっぱり魔力が安定しない)


 しかし、言い訳をしてる余裕などないことは、嫌でも理解できる。

 あの男の視線には、それだけの説得力がある。


 イチの上に乗せた肉が詰まった鞄を捨て、またがる。


「行くよ」


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