スタートライン

 影から出てきた男が、大きく後ろへと下がる。

 反対に、男の従魔達が前へと出てくる。


 男が従える魔物は五体だ。


(見たこと無い系統がいる)


 肩に象牙のような角が生やした大型の猿、黄と青の鮮やかな色彩の羽を持ち、牙を持つ始祖鳥に似た鳥、3つの頭を持つ巨大なワーム。

 これらはおそらく悪獣、邪鳥、呪蟲だろう。


 だが、宝石のような鱗を持つ大蛇、岩石で出来た巻き貝の系統は推測が付かない。


 いずれも、今まで戦ってきたE級とは放つ圧が違う。


(大猿、始祖鳥、ワーム、大蛇、巻き貝か。おそらく、どれもイチたちよりも階級が高いな)


 鉾を持つ手は、否が応でも力が籠もる。

 質、量ともに負けているのだろう。

 そして、魔力溜まりの影響で、魔力が練りづらいという状況。

 

「ニー、サン。離れすぎないように。バラバラにされて囲まれたら押し切られる」


 男が静かに命令を下す。

 すると、肩から角が生えた大猿、牙を持つ鳥が、進み出る。

 他の3体は、後方で男を守るように陣取っている。


(2体だけ…?)


 予想外の反応に困惑するが、思考を追い出す。

 今するべきは向かって来る格上の魔物をどう対処するか、だ。


「…邪鳥を叩こう。制空権を先に獲る」


 ソリオンはイチを走らせる。イチの脚から冷気が吹き出している。

 それを見た男がピクリと反応する。


「珍しいな、<操獣士>も持っているのか。それに系統樹の下でも魔力を練れている。その歳で素晴らしい集中力だ」


 ほこに魔力を無理やり通しながら、巨大な腕を広げる大猿へ突っ込む。

 肩から生えた巨大な角、人ではなり得ない程の太い腕、そして溢れ出すような魔力に脅威を禁じ得ない。


 <刺突>により貫通力を大幅に強化した、鉾を構える。


「サン、ニー、鳥を!」

 

 大猿と間もなく肉薄するという時、熊姿のイチが後ろ脚で立ち上がる。

 ダンッという音を立て、巨体同士が正面から衝突する。

 

 大猿の表皮が凍りつき、霜が降りる

 そして、イチが相手の肩へ噛みつき、深く突き刺さる。


 大猿も凶悪な腕でイチの頭部を握り、ミシミシと嫌な音が聞こえていくる。


(イチの頭が握りつぶされる!)


 ソリオンは急いで、イチの肩へと登り、そのまま大猿の頭へ、突きを放つ。

 しかし、鉾が突き刺さる前に、イチの体が大きく揺れ、態勢が崩れる。


(どうした!?)


 周囲を探ると、イチの脇下辺りから、白煙が上がっている。

 何かが急速に体を溶かしているようだ。


「グオォォッ」


 苦痛に満ちた叫び声が響く。


 何が起こったのか分からなかった。

 目の前に大猿が何かしたようには思えない。


 大猿の背後へ目をやる。

 すると、巻き貝のような魔物が、次々と粘性の高い液体を撒き散らしている。

 近くの武器の残骸に溶液が掛かると、凄まじい勢いで武器が溶ける様子が目に入る。


(溶解液!?)


 ソリオンは鉾で大猿を払うと、猿が距離を置く。


 合間を確かめ、急いで魔力を流し込み、イチの溶けた部分を再生させる。


 大猿にも溶解液はかかっているが、大猿から煙は上がっていない。

 何のダメージも受けていないようだ。


(耐性を持ってる…。そういう<特技>構成にしてるのか)


 再び大猿が威嚇してくる。

 大猿が魔力を乗せた、耳が痛くなりそうな程の大声で吠え、胸を叩く。

 すると、周囲の地面から岩がせり上がり、磁石にでも引き寄せられる様に、大猿へと次々岩石がまとわりついてく。


(まるで鎧だ…。イチの冷気を防ぐためか)


 大猿の頭から上半身は岩で覆われ、肩から巨大な角だけが突き出ている


 横目で、ニー達の様子を確認する。

 始祖鳥のような魔物は、太く発達した顎と脚、羽を使いながら、二−を翻弄していた。

 ニーの体は既に傷つき、様々な所から血を流している。


(変異個体じゃないニーには辛いか)


 時折、空からの急襲後に、地面を蹴り上げ、大量のつぶてを飛ばしているようだ。

 今はサンが間に入り多くを防ぐ事で、なんとか均衡を保っている。


(このままじゃ、ジリ貧だ)


 ソリオンはイチに命じて、ニー達のもとへと向かう。

 男が隙かさず命令する。


「下がれ。イウニーは雑魚だが、クラシドイチイラサンは変異個体だ」


 始祖鳥が下がり、岩の鎧を纏った大猿の横へと戻る。

 

「サン!大猿を頼む。時間を掛けていい」


 サンが何の迷いもなく、大猿と相対する。

 大猿がタックルのような姿勢で、肩に伸ばした角を突き出し、サンへと襲い掛かる。


 ガキッと鈍い音が響き、サンと大猿が衝突する。

 まとった岩により更に重量を増した大猿が、サンを力づくで押し返す。


 そして、サンが腕の脇に角を抱えている。

 だが、直撃を避けたにもかかわらず、固い硬殻にはヒビが入っている。

 

 サンが6本の脚を地面へ突き立て、踏みとどまる。

 そして、2体の魔物は膠着こうちゃくした。



 力は大猿の方が強いようだ。徐々にサンが押し込まれている。

 サンのハサミでの攻撃も岩の鎧に阻まれ、肉まで全く届かない。


 そして、後方からは、先程と同じ様に巻き貝が、溶解液をサンへと飛ばしてくる。

 液が降りかかったサンの硬殻は、白煙をあげなら少しずつ、溶かされていく。


 そして、薄くなった硬殻に大猿の凶悪な腕力により、更に亀裂が入っていく。


(頼む。もってくれ)


 ソリオンは、イチをり、邪鳥へと襲いかかる。

 始祖鳥が舞い上がり、空から襲いかかる。


(魔力を出し惜しんでる場合じゃない)


 手を差し出し、<力作用>を掛ける。

 一瞬、邪鳥が硬直する。

 しかし、激しく暴れ、力任せにソリオンの<特技>を振りほどく。


 一瞬の隙きに、ソリオンはイチの背中から飛び上がる。

 空中に居る邪鳥へと目掛けて、鉾を突き出す。


 ソリオンの魔力が大量に乗った鉾を、邪鳥が口で咥え、サメのような牙でしっかり固定する。


 反対に、空中で動けなくなったソリオンめがけて脚の爪で掴みかかる。


 脚には、肉食恐竜を思わせるような爪が4本並んでおり、ソリオンの脇腹をえぐろうとしている


 だが、ソリオンを包む魔力が周囲を高速で流れる。

  <受流>により爪を往なし、そのまま短剣を抜刀。

 

 邪鳥の首を切り飛ばす。

 

 同時にパキッという音がする。

 邪鳥の首と共に、ソリオンの短剣も折れ、先端が回転しながら空中を舞う。


 地下2階の入り口で男に襲われた際に、短剣には亀裂が入っていた。


(短剣が‥)


 男が、その様子を静かに見ている。


「……よくやった」


 死んだ邪鳥へ、ねぎらいを口にする。


 そのまま空中から自由落下している時に、巻き貝の溶解液が降り注ぐ。

 ニーが間一髪で、ソリオンの腕を掴む。


「サンの後ろへ」


 ニーが、ソリオンを放り投げるように下ろす。


 サンの体を覆う硬殻は、無残な状況だ、

 完全に溶け砕け、肉まで見えている箇所もある。満身創痍のサンと対象的に、大猿は気力に満ちている。


 糸目の男が、静かに語りかける。


「これで、こちらが4体、お前は2体だな」


 ソリオンは真剣な表情で答える。


「いいえ、3体と3体です」


 サンの胴体へと触れ、大量の魔力を押し込む。

 <再生>を強化し、溶けた鎧を再生させる、同時に<>も強化する。


 次の瞬間、サンの魔力が異常に膨張する。

 積もり積もったダメージと怒りが、魔力へと反転していく。

 更に、<魔力注入>によりソリオンの魔力が上乗せされた状態だ。


 一瞬で殻が再生され、サンから溢れでた魔力が周囲を埋め尽くしているかの様だ。


 先程まで、力で押し負けていたにもかかわらず、一気に大猿を圧倒し、押し倒す。

 マウントポジションから、4本の大きなハサミで、肩の角ごと肢体を切断する。


 大猿の断末魔の声が地下を震わす。

 だが、大量に血が吹き出した大猿は、そのまま活動を停止した。


 糸目の男は目をつむる。


「……見事だ」


 その様子をみて、ソリオンは声を掛ける。


「…こんな事、まだやるんですか」


「数が同じになっただけで、強気だな」


「心が痛まないんですか!? あなたの従魔ですよ!?」


「若い<従魔士>よ、お前はまだ知らないのだな。<従魔士>の戦い方を。言ったはずた、これは殺し合いだ。試合ではない」


「……そんな」



 男に近くへといた3つの頭を持つワームが、巨体を捻じらせ、地中へと潜る。

 地下から魔力が立ち昇っていく。

 すると、男の周囲の地面が細かく振動し、高い周波数が発生する。


(耳が痛い)


 すると土や岩に覆われた地面が、砂に成っていく。

 男を取り囲むように広範囲が砂場へと化す。

 一部、バイオマス鉱石で作られた所だけが、所々残されている。


(まるで砂漠みたいだ)


 宝石のような鱗を持つ大蛇が、男を取り囲むように蜷局とぐろを巻く。

 時折、舌を出しながら、ソリオンを真っ直ぐ見据えている。


 岩石で殻を持つ巻き貝は、砂の上を泳ぐように移動し始める。


「気をつけて、あの貝。さっきより速い」


 三体の従魔達の警戒度が上がる。

 

「ニー、上から火球を。男を空から集中攻撃だ」


 ニーが上空へと舞い上がり、口から火炎弾を吹き出す。

 それが男へと一直線へと向かう。

 だが、宝石を纏った蛇が、男をかばうように長い体を滑らせて入り込む。


 蛇に当たった炎の弾は爆破せずに、される。


(火球が跳ね返された!?)


 しかし、蛇はただ跳ね返したのではない。

 ソリオンたちに向かって、跳ね返したのだ。


 迫ってきた炎の塊を避けると、火球は地面へと当り爆発する。周囲に熱気が立ち込める。


 爆発で周囲が一瞬見えなくなったところで、右腕からけるような猛烈な痛みを感じる。


「うわっあぁ」


 手を確認すると、ソリオンの右腕の手首に溶解液が付着しており、表皮が溶けている。

 慌てて砂で洗う。砂へと血が付着する。

 

(クソッ! 爆発に合わせて溶解液を撒き散らしたのか)


 遠距離攻撃であるニーの攻撃は、跳ね返さえる事が分かった。

 イチとサンによる至近距離での攻撃へと切り替える。


 血がにじむ利き腕の痛みにこらえながら、イチを走らせる。

 雨の様に降り注ぐ溶解液を避け、少しずつ近づいていく。


 その時、大蛇が長い首を地面へと降ろし、大量に砂を口へと含む。


「イチ! 気を付けて、何かする気だ」


 大蛇の口に入った砂は、強固に固められていく。

 次第に巨大な岩石へと変わる。


(砂にするのも、岩にするのも自由なのか)


 口元でできた岩が、高速に回転し始める。

 高速で回転しする岩が、モーターが回るかの様な独特な音をたてる。

 回転する速度に合わせる様に、甲高くなっていく。


 圧縮された魔力と金属音が一定に達した瞬間、電光石火の速度で、岩が放たれる。



「よけ…」



 指示を出す頃には、岩は既にイチをかすめていた。

 砂の海を割るように地面の砂をえぐりながら、一瞬にも満たない時間で通り過ぎた。



 ほんの少しの間を置いて、はるか後方の壁から、爆発でも起きたかのような衝撃音が振動ともに伝わってくる。



 そして、イチが崩れ落ち、ソリオンが投げ出される

 着地したソリオンが慌てて振り返ると、前脚と後ろ脚が根本から失われているイチの姿が目に入る。


「イチ!!」


 イチの再生を促そうと手伸ばした所で、イチの下にある砂が盛り上がる。

 砂の中から、3つの頭を持つワームが現れた。

 円形に開く醜悪な牙が並ぶ口を、大きく開け、イチへと食い掛かる。


 ソリオンはワームへと鉾で払おうと振りかぶると同時に、背後から気配を感じる。

 振り向くと、巻き貝が再び溶解液を飛ばしてきている。


(さっきから鬱陶しい!)


 ワームが体の太さ以上に広げた口で、完全にイチを飲み込もうとしている。


 体の半分程が、飲み込まれたときに、周囲が冷気に包まれ、ワームの体表に薄白く、霜が降りる。

 

 ワームが活動を停止する。


 おそらくイチがワームを足止めするために、己ごと氷漬けにしたのだろう。


 男がその様子を見て、感心する。


「主人は愚かだが、従魔は己の役割を分かっているな」


 その言葉に、ソリオンは怒りを覚える。


「何が役割だ」


「わからないのか。<従魔士>同士の戦いは、盤上遊戯のようなもの。こまは自らの役割を遂行して、相手の王を討つためにできることをするのだ。私の従魔達が、お前の魔力を大きく消費させたように」


「ふざけるな! 従魔はこまじゃない!」


 男は目をつむる。


「それも1つのあり方だ。だが、俺を倒せなければ、ただの弱者の戯言にすぎない」


 ソリオンは唇を噛む。


「……ニー、おいで」


 ニーがソリオンの両肩へと掴まる。

 大型の猛禽類であるニーでも、ソリオンを乗せ、常時飛べるほどの飛翔力はない。


 ソリオンは走り出す。

 地面を蹴るたびに砂が舞い、力が逃げている様だ。


「走りづらい」


 しかし、降りかかる溶解液を避ける程度であれば問題ない。


(さっきの大蛇の一撃だけは気をつけないと)


 ソリオンは更に蛇の蜷局とぐろの中にいる男へと近づく。

 男へと近づくと、巻き貝も溶解液を吐く事をやめた。

 自らの主人に掛かる可能性を考えてだろう。


 宝石を纏った大蛇が、長い首を鎌のように振り、毒牙から毒を滴られながら襲い掛かってくる。

 

「ニー、錯乱だ」


 ニーが翼を広げ、独特の模様を大きく見せる。

 ソリオンの魔力を吸い上げた模様は羽の中でうねっている。


 次第に、大蛇の眼球が狂気を帯びていく。

 主人である男は、冷静に大蛇の蜷局から離れ、巻き貝の裏へと向う。

 

「シャアァァァ」

 

 空気がかすれるような声をあげた大蛇が長い体を、無秩序にばたつかせる。

 まるで勢いよく水を流し込まれ、暴れる回るホースの様だ。


 ソリオンはその横を駆け抜け、巻き貝と飛び越えると、男へと肉薄する。

 

(あと少しだ)


 ソリオンは鉾に魔力を込める。

 男と視線が合う。

 

 今から人間をほこ穿つらぬく。

 その事実に、一瞬だけ戸惑いを覚える。例え、それが既に死んだ人であっても。


 だが、刻一刻とイチの命削られている。

 溶かされた腕の痛みで次第に感覚も鈍くなってきている。

 時間は掛けていられない。


 ソリオンは震える手で、男へ向かって一撃を放つ。


(終わりだ!)


 男の魔力が強くうねり、男の周囲を高速で渦巻く。

 そして、流れるようにソリオンの一撃がなされる。


「自分だけが<特技>を使えると思っているのか」


 大勢が崩された所へ、男の杖が振るわれ、ソリオンの背中を打ち据える。


 肺でも潰れたかのような衝撃がソリオンを襲う。


(<衝撃>が乗せられてる)


 地面を倒れ込むソリオンへ、更に男が追撃を加える。

 サンも向かって行きてるが間に合わない。

 

 ニーがかばう。

 

 男は何度も何度も執拗に、重たい杖でニーを打ち据える。

 ニーの体を挺した防御により、痛む背中へ力を込め、無理やり一呼吸を飲み込む。


 ソリオンが鉾を突き上げるように、立ち上がる。


 男はソリオンの一撃を避けると、バックステップで後ろへと下がっていく。



 その時、近くにいた巻き貝から触手のようなものが、静かにい寄っていることに気がついた。


(いつの間に!)


 脚に絡みつく直前、サンが体を滑らせ、ソリオンの盾となる。

 サンへと何本もの巻き貝の触手が絡みつく。

 

 絡みついた触手と触れた殻から白煙があがり、酸が掛けられたような音がする。


(あの触手も溶かすのか)


 巻き貝はサンを無視して、砂を滑るように、ソリオンへと向かってくる。

 サンがハサミと6本の脚で、その進む体を食い止める。

 

 サンが砂に無理やり脚を杭のように打ち立て、巻き貝は進めなくなった。

 だが、今なお、サンの身体中から白煙が上がっている。


(まずい! このままだとサンも!)


 はやる気持ちを抑え。ソリオンはいち早く、男と決着をつけるため、ニーを呼ぶ。


 しかし、ニーは来ない。


 辺りを見回すと、無残にも羽が折れ曲がり、血だらけのニーがいる。

 

「ニー!大丈夫か!?」


 弱く反応する。死んではいないようだ。

 しかし、先程の男の鉄槌を何度も受けたため、既に動ける状態ではない。



「終わりだな。こちらは最も強い従魔を無傷で残し、お前にはもう従魔がいない。そして、お前自身、魔力をかなり消費しただろう。これが戦略の違いだ」


 声がする方を見ると、男が宝石を纏った大蛇の横にいる。

 大蛇はすでに正気に戻っているようだ。


 男の言う通り、ワームと氷漬けになっているイチ、溶かされながらも巻き貝と絡み合っているサン、羽を折られ瀕死のニー、いずれもこの場には居ない。


 同時にゲームでもしているかのように従魔達をしていく男に対して、怒りが湧いてくる。

 だが、激情に駆られている状況ではない。

 怒りを抑えつけ、現状の打開のみに、集中する。


(どうすればいい!? イチかサンを助けるか!?)


 それは、ソリオンを護り、送り出してくれた、従魔達の献身を蹴るようなものだ。

 

 仮に救い出せた所で状況は良くならない。

 男の言う通り、あまり魔力が残っていないのだ。再生させ、後の戦闘を任せても結果は見えている。


 ソリオンは血がにじむ右腕に力を入れ、血で滑り落ちないよう、固く鉾を握る。


 そして、先程の大蛇を強く睨む。

 大蛇がいる限り、男には傷一つ付けられないだろう。


(あれを倒す)


 覚悟を決めた。


 そして、大蛇の元に居る男の方へ走り出す。


「戦いを捨てたか。<従魔士><操獣士>でありながら、従魔なしで向かってくるとは」


 大蛇が、先程と同じように首を下げ、砂を大量に含む。

 そして大量な魔力が注がれ、高速で回転する岩へと変わっていく。


 ソリオンは、前へ前へと駆けて行く。

 額から汗が流れ落ちる。


(本当にできるのか…。いや、今やらないと、全部終わりだ)


 ソリオンの脳裏に、『あの子』の笑顔が浮かぶ。


 大蛇の岩に込められた魔力が、後少しで充填されるというとき、ソリオンは大蛇へと飛びかかる。 

 長い体を踏み台にして、更に口元へと蹴り上がっていく。


「自ら岩裂弾へ向かっていくとは、愚かな」


 ソリオンは今までに無いほどの魔力を、鉾へと込める。

 ほこが細かく振動し、高い音を上げる。


 ソリオンの魔力に耐えきれず、鉾の柄に小さな亀裂が入る。

 構わず、ありたっけの魔力を、更に無理やり押し込む。


 大蛇の岩に込められた魔力が頂点に達し、ソリオンへと放たれた時、ソリオンは自らに向かってくる岩の中心へ、魔力の塊を込めたほこを投擲する。


 

 巨大な魔力同士の衝突。



 轟音と共に爆発が起こる。辺りに、大蛇を中心として、同心円状に衝撃が駆け巡り、系統樹が大きく揺れる。

 少し遅れて、大量の魔物の実が、振り子のように大きく振れ動く。

 

 一帯を覆う土煙が薄れると、そこには、首から上が吹き飛んだ大蛇がおり、全身の筋肉から力抜け落ちている最中だった。


 ソリオンも吹き飛ばされ際、一瞬だけ意識を失っていた。

 だが、今までに感じたことがない程の強烈な痛みで、無理やり意識を引き戻される。


「痛ッ」


 あまりの痛みに、どこから痛みが来ているのか、一瞬分からなかったが、目を開けると直ぐに理解する。


「うっ…腕が…」


 右腕のひじから先が、無くなっている。


 叫び声が上がる。なぜ自分が叫んでいるのか、よく分からないが叫ばずには居られなかった。

 全身から流れる冷や汗、そして浅い呼吸を繰り返し、なんとか正気を保つ。


「見事だ。素晴らしい執念。…だが、従魔の次は武器、更に利き腕も失ったな。そして、魔力も完全に尽きている」


 男は杖に魔力を込める。

 男の魔力もかなり減っているようだ。おそらく、爆発から逃れるため<受流>を使ったのだろう。


「楽に終わらせてやる」


 ソリオンは体を引きずるように、男から逃げだす。


「見苦しい真似をするな。分霊は、神聖な儀式だ」


 男はゆっくりと歩いてくる。

 ソリオンは、血を垂れ流しながら、体引きずるように男から遠ざかる。

 

 ある地点に着くと膝を折り、地面へと座り込む。

 足元には瀕死のニーがいる。

 

 そして、ソリオンは失った腕を男の方へかざす。

 

「なるほど、死ぬときは従魔と、か。分かった」


 男が魔力を込めた杖を振りかぶる。

 そして、ソリオンの脳天へと振り下ろす。



 次の瞬間、

 完全に、心臓を一突きにしている。


 

 男は何が起こったのか、理解できないといった表情だ。


「…さっき折れた…短剣のさき…です。<力作用>で…手繰たぐり…寄せました…」


 男の胸から大量の血が流れ出る。


「ばかな! 完全に、魔力を使い切ったはずだ」


「…ええ、使い…切りました。だか…ら、ニーから…魔力を分けて…もらったんです…」


 男が見た鳥型の従魔は、折れた羽、瀕死の重傷を負いながら、その目は闘争心にあふれていた。

 雑魚と呼んだ邪鳥ニーに、足元をすくわれたのだ。


「……見事だ」

 

 糸目の男が地面へと伏せる。


「すまない、お前達」


 男の温かい視線の先には、傷ついた従魔達が映っている。


 男の体から、光の粒子が放出され、辺りを漂う。

 とても心地の良い何かを感じる。


 その光の粒子が、次々とソリオンへと入ってくる。

 全く不快感は感じない。


 むしろ、失った腕の焼け付くような痛みが、和らぐようにすら感じる。


 同時に、宝石で出来た岩の上にある杯からも、光が溢れ、ソリオンへと吸い込まれていく。


 男は光とともに薄れていき、光の粒子になると、その姿は消えてしまった。

 同時に、その男の従魔達も、最初から居なかったかのように、スッと消失する。



 かすむ視界に、系統樹の幹近くにいるブリースが見える。

 その表情は妖艶な笑みを浮かべている。

 


「やっと、スタートラインを越えた」



 本当にそう言ったのかはわからない。ただ、そう感じただけかもしれない。

 血を失いすぎ、魔力も底をついた。

 極度の疲労も相まって、意識が徐々に溶け落ちていく。



 光り輝く巨木の下には、傷だらけになった少年と3体の従魔だけが残っていた。

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