家族団欒

 鑑定の儀から帰ってきた、その夜、ソリオンは自分の目標を両親に話すことにした。


「僕は、魔物図鑑に全て魔物を登録したいと思ってる」


 ダトもシェーバも、いったいソリオンが何を言っているのか分からない様子だ。


 至って真剣なソリオンの横では、イタチのようなイチ、黄色い美しい鳥のニー、鎧を着たダンゴムシのようなサンが、それぞれ思い思いに過ごしている。


「さっき話したように、その為には魔獣石を、従魔に食べさせる必要があるんだ」


「ちょっと、ソリオン。よくわからないわ。なんで魔物図鑑に全ての魔物を登録したいの?」

「生まれてきた時から、それこそが自分の使命だと思ってきたからだよ、母さん」


 何かを言いかけたが、〈系譜〉の影響もあるのだろうと、意見を飲み込んだ。


「だがな、ソリオン。魔物は住んでる場所によって種類が異なるとも聞く。さらには上級の魔物は災厄そのものだ。そんな魔獣石を全て揃えられるのか?」

「1人では無理だと思うんだ。ちょっと前まで自分で揃えようと考えたけど、冷静に考えれば命が幾つあっても足りない」

「そうだな」


 ダトとシェーバは安心した顔で頷く。

 考えてみればニー時も、先日のイラとの時も一歩間違えれば死んでいたかもしれない。

 今後も同様に助かる保証など無いのだ。


「だから、僕は将来、商人になろうと思うんだ」

「商人? なんでだ?」

「だって魔獣石は市場でも売られてるんだよ? 命をかけるより、お金で集める方が、安全だし確実だと思うんだよね」

「まあ、それはそうだがな」


 少しダトは残念な顔をする。


「もちろん、危なくない範囲で自分でも集めるから、強くなる努力は続けるつもりだよ。魔物と隣り合わせの生活になりそうだし、いざって時は戦えないとね」

「そうか!」


 ダトの顔が明るくなる。

 おそらく、ダトはソリオンに強くなって欲しいという思いがある。

 常に死と隣合わせの戦いに身置く事と、いざという時に戦える強さを持つことを別物として考えているようだ。


「そうと決まればソリオンも州立か王立の商業学校に入らないとね。商人になるならそれが一番よ」


 シェーバは純粋に嬉しそうだ。


「そうするよ。今年の夏に入学試験があるから、それに向けて頑張ろうと思う」

「ソリオンならきっと大丈夫よ。応援するわ」

「頑張れ。俺も出来る応援はする」


 ダトが少し間をおいて、咳払いする。


「ソリオン、明日、一緒に北の森に行ってみるか?」

「え!? いいの!?」


 シェーバが非難の目で睨む。


「落ち着け、シェーバ。ついさっき応援すると言ったばかりだろう?」


 ダトの慌てふためく様子に、ソリオンは嬉しさと笑いがこみ上げてくる

 当分、北の森には行けないと考えていたが、まさかダトから誘われるとは思ってもいなかった。


「危ない魔物が出てきたら逃げるから大丈夫だ。この辺りだと、滅多にE級なんて現れない」

「そうだけど、心配だわ……」

「大丈夫だろう。こいつらも居るんだろ? 人より、その辺りは敏感な筈だ」


 ダトはソリオンの横でゴロゴロしている従魔たちを見る。


「そうだね。手に負えない魔物が出る前に気がついてくれるよ」

「だよな! だが、俺がいない時には行くな。行くときは一緒に、だ」

「うん」


 ソリオンは、いかに両親の想いを分かっていなかったか、を理解した。


「それなら系統発生させて、おかなきゃね。イチおいで」


 魔物図鑑を取り出すと、オキュラタス後ろ足が角の黒猫のページを開く。

 オキュラタスのページは淡く光っている。

 そのページに触れると、前回と同じように言葉ではない意識が流れてくる。


『系統発生させますか?』


 ソリオンは変化を望む。

 魔力が吸われるはずだが、身構えたまま何も起こらない。


(あれ?なんでだ?)


『継承させる<特技>を3つ選んで下さい』

 −−<針棘> <毒爪> <角脚> <保護色>


(ん? 特技は全てを受け継がせられないのか)


 ソリオンは暫く悩んだ後、<特技>を選択する。

 魔物図鑑を通じて、イチに大量の魔力が流れていく。


(前より吸われる魔力が多い……)


「ソリオン、大丈夫か?」


 大きな魔力の揺らぎに、ダトとシェーバは心配そうにしている。イースも何かを感じ取っているようにソリオンを見つめている。


「大丈夫」


 イチの周りに魔力がうねり、光の粒子が巡り始める。同時にイチの形が変わっていく。

 光の粒子が霧散すると、そこには前脚の爪が異様に発達したオキュラタス後ろ足が角の黒猫がいる。

 魔物図鑑の従魔のページを確認する。


 ■イチ

 ・種族 オキュラタス

 ・系統 悪獣

 ・階級 F

 ・特技 <毒爪> <角脚> <保護色>


(針棘も良かったけど、やっぱり<毒爪>と<保護色>の相性は良さそうだからね)


「何が起きたんだ!?」


 急に変化したイチに対して面を食らっている。


「魔物図鑑に登録できた魔物へ、従魔を変化させられるみたいなんだ」

「<従魔士>か<操獣士>、どちらの<系譜>か知らんが、すごいな。これが忌むべき<系譜>か」


 ダトが含みのある言い方をすると、シェーバが目で非難する。

 ダトは目を逸して、口を手で軽くぬぐう。

 その後も休みをはさみながら、ニーとサンも系統発生させていく。


 ■ニー

 ・種族 スプレータ

 ・系統 邪鳥

 ・階級 F

 ・特技 <尾刃> <旋風> <飛切羽>


 ■サン

 ・種族 パレス

 ・系統 呪蟲

 ・階級 F

 ・特技 <甲殻> <尾鋏> <麻痺針>


 ニーは三枚羽の魔物のスプレータというの魔物となった。スキーリオ尾に刃がついた鳥の特徴である尾の刃がしっかりと受け継がれている。

 スプレータには<飛切羽><自切羽>という<特技>があった。

 <自切羽>はおそらく緊急時に3枚めの羽を切り離して、おとりにするような<特技>だと思われるが、使う想定がなかったため、継承させなかった。

 <飛切羽>は以前ソリオンも受けた、羽毛を刃のように飛ばす<特技>だろう。きっと <旋風>と合わせれば、凶悪なコンボになる。


 サンは、パレスという口が針状になっている鈴虫のような魔物だ。

 コーダムという尾にハサミが付いている羽虫の魔物を経由させて、今の姿になっているため、先端がハサミになった尾がしっかりと生えている。

 <甲殻>の鎧も相まって、見方によってはサソリのようにも見える。

 パレスには<麻痺針>の他に<吸血>という<特技>があったが、こちらも実践向きではなさそうだったため、継承させていていない。


「さて、ここからが本番だ」


 ソリオンは深呼吸をしてから、魔物図鑑のイラのページを開く。


『系統発生させますか?』


 先程までと同じ様に、頭へ直接、意思のような情報が流れ込んでくる。

 ソリオンは、系統発生させると念じる。

 

『継承させる<特技>を5つ選んで下さい』

 −−<鉤爪> <甲殻> <憤怒> <俊足> <尾鋏> <麻痺針>


(5つ? さっきまで3つだったのに。階級があがると継承できる<特技>が増えるのか?)


 ソリオンは<特技>を選択すると、魔物図鑑を経由して、魔力がサンへと流れ込んでいく。

 サンの周りに光の粒子が漂い始めると、サンの形状が徐々に変化していく。


 ソリオンの魔力を大量に与えているが、全く終わる気配がない。

 先程、イチやニーを系統発生させた時に送り込んだ魔力を優に超えているはずなのに、終わるどころか、更に要求されているすら様に感じる。


(まだ吸われるのか……)


 まるで枯れた大地に水を巻いている様な感覚だ。

 いくら与えても終わりが見えない。


 大量の魔力を吸われたソリオンは苦痛に顔を歪める。


「うっ、限界だ……」


 ソリオンの魔力が、ついに底を着く。

 送り込める魔力がなくなると、サンを包み込んでいた光の粒子が、淡く消えていく。

 サンの形状は萎むように元に戻る。パレス口が針になった鈴虫の姿のままだ。


 連続して系統発生を繰り返した為、魔力は全快ではなかったが、休息を挟んでいたため、それなりには回復していた。

 それでも全くと言っていい程、足りなかった。

 おそらく、全快しても足りないだろうという感覚があった。


「ソリオン、大丈夫? ふらふらじゃない」

「うん。ちょっと、魔力を使いすぎちゃったみたい」


 石のように体が重く、その場に座り込んでしまった。


(E級へ系統発生させるには、今だと魔力が足りないのか……)


 目前にあった楽しみを、急に奪われたような感覚になる。

 E級の従魔が居てくれれば、他の魔獣石を集めるために、きっと役に立つだろうという期待があった。


「ハハハッ、そう落ち込むな、ソリオン! 今はできなくても、いつかできる様になる」


 ダトはニカッと笑いながら、ソリオンの肩を叩く。


「父さん、ありがとう」


 (そうだ。<特技>を使いこなすほど、魔力の総量の上がるんだ。焦らなくてもいい)


「さて、すっかり遅くなちゃったわね」

「本当だ。ソリオンのやること見てたら、もう良い時間だ」

「ご飯にしなきゃなね」


 シェーバは寝ているイースに毛布をかけると、台所へ向かう。


「明日は北の森で、新しい魔物を見つけなきゃな」

 

 ダトは床に座り込んでいる、ソリオンへ手を差し伸べる。

 手を握ると、丸太の様に太い腕で引っ張り上げられる。


「うん! 新しい魔物が見つかるといいな!」

「そうだな。魔物との出会いのが、楽しみなんて人生で初めての経験だ」


 ダトはそう言うと、いつも身につけているペンダントを、服の上から掴む。


「父さん、そのペンダントは?リックさんと関係があるの?」

「……ジャンの野郎だな。ッたく」


 バツが悪そうに頭を掻く。


「ああ、そうだ。どこまで聞いたか知らんが、このペンダントは死んだリックが持っていたものだ」


 ダトが服からペンダントのトップを取り出す。濁った銀色でひし形をしている。

 爪を立てて端から開けると、写真が入っていた。

 まだ10代と思われる若い頃のシェーバの姿があった。


「あいつはをとても大事にしていた。そして、俺にとっても宝物だ」


 ダトは台所で料理を作っているシェーバの姿に目をやる。

 その眼差しには暖かいものが宿っている。


「最近、大事なものが更に2つ増えたがな」


 ダトはそう言うとソリオンを撫でる。


「……うん。僕も大事にするよ」

「さすが俺の息子だ。よくわかってるな」


 ダトはニカッと満面の笑みを浮かべる。


 その日の料理は、ソリオンが大好きな料理ばかりが並んだ。

 鑑定の儀のお祝いとして、予めシェーバが仕込んでいたのだろう。


 食卓には、いつも通り4人分の食器と、新たに3つお皿が添えられていた。イチたちも食卓に並び、美味しそうに食事を堪能してた。


 ソリオンは、ダトとの探索を待ちきれない気持ちで、ベッドには入る。

 明日からは、本当の意味でソリオンとしての生活が始まるという期待感で胸がいっぱいだった。

 夢み心地のまま、深く眠りに落ちていく。




 −−−−その夜、村は業火に包まれる。

 爆音が響くと同時に、イチ達がソリオンを突くようにして無理やり起こす。


(なんだ!?)


 眠気を一気に頭の端に追いやり、上体を起こす。

 イチ達が警戒をあらわにしている。

 慌てて、窓から村の中心を見ると、燃え盛る炎で、空の雲が焦がされているようだ。


「……いったい何が起きてるんだ」

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