鑑定の儀

 本来であれば再来月、鑑定の儀が行われると聞いていた。 

 どういった事情かはわからないが、急遽、明日開かれることになった。

 少し前であれば、大喜びしていただろうが、何故か今はそれ程でもない。


 浮かない気持ちのまま、家に入る。


「おかえりなさい。ソリオン」

「ただいま」


 ついシェーバの顔を見つめてしまう。

 いつもの優しい母だ。本当にダトへ恨み言なんて言っていたのだろうか。


「ソリオン、どうしたの? さっきから母さんの顔見て」

「え? あ、うん」

「ふう。さっきの放送のことね。ソリオンが<系譜>を持っていることは分かってる」


 シェーバは膝をおり、ソリオンと同じ目線を合わせる。


「でも、<系譜>に振り回されないで。自分の生き方は自分で選べばいいのよ」

「うん…」

「さて、昼ごはんにしましょう」

 

 その日、シェーバはあえて気にしていない素振りで、いつも通りに家事やイースに世話にあたる。

 夕方に帰ってきたダトは相変わらず、無口のままで気まずい空気が流れる夜となった。


 次の日の朝、多脚車に家族全員で乗り込むと、家の前にある丘を下っていく。

 車の中は重苦しい雰囲気ままだった。

 運転しながら、ダトがおもむろに話かけてくる。


「ソリオン、お前は何かの<系譜>を持っていることは間違い無いだろう」

「うん」

「その力はテメロス様が与えてくださった力だ。お前の個人のものではない」

「…うん」

「その力を使って何を成すべきなのかを考えろ。少なくとも、父さんや母さんを悲しませるために使うものではないだろう」

「わかった。ちゃんと考えるよ」


 その後特に会話らしい会話もないまま、市場を超えて、役所の近くに到着すると、人だかりができている。

 役所前の広場では、黒い礼装を来た一団がおり、せわしなく準備に追われている。


「鑑定の儀って、役所の外でするんだね。てっきり中でするんだと思ってた」

「そうよ。とても大事な儀式だから、できるだけ多くの人に見てもらう方がいいとされてるの」

「ふーん、そうなんだ」

 

 辺りを見回していると、祭服を着たしかめっ面の中年男性が、こちらに向かってくる。


「ダト。たしか、あなたの息子も鑑定の儀に参加するのですよね?」

「はい。ケムナー助祭からも祝福をお与えください」


 しかめっ面の男がソリオンを見る。

 胸のあたりで、軽く握った拳を掲げる。


「主神テメロス様のご加護があらんことを」

 

 ソリオンは一礼をした。


「イスカリオテさんもこちら来られているのですか?」

はもう次の場所へ立たれました。あの方は忙しい方です」

 

 ケムナー助祭は少し不機嫌そうに答える。


(そうか、確か用事があって、一時的にこの村へ来てただけなんだっけ)


 ソリオンがお礼を伝えると、ケムナー助祭は一瞥いちべつし、すぐに別の家族へ声をかけにいく。

 おそらく、敬虔な信徒の子息や息女に対して、祈りを捧げて回っているようだ。


(こんな所でも布教活動とは大変そうだな)


 辺りを見回すと、カナンの姿が目に入る。母親のポーラと2人で来ているようだ。

 ソリオンはカナンのもとへ近寄り、声をかける。


「カナン、今日は楽しみだね」


 ソリオンはカナンが鑑定の儀を楽しみにしていた事を知っていた。

 しかし、カナンはソリオンを睨む。


「お前には負けなねぇ」

「そうだね。カナンならすごい<系譜>を持ってるよ>」


 魔力の大きさから、カナンも何らかの<系譜>を持っているだろうと考えていた。

 ソリオンの言葉を聞いた、カナンは更に不機嫌になる。


「クソッ! 調子に乗んなよ!」

「カナン…。お友達に、そんな言葉はあんまりよ…」


 ポーラが伏し目がちにカナンをたしなめる。


「母さん! こいつはもう友達じゃない!」

「なんで…そんな…」


 そういうとカナンは1人怒り心頭の様子で、人混みに紛れていった。


 (何かカナンを怒らせる事をしただろうか?)


 不思議に思うが、今はそっとしておこうと考える。

 カナンが消え去った人混みを見ると、誰かが急に隠れた様子が目に入る。

 隠れた人を探してみるとアンネだった。

 アンネとアンネの母親が2人で来ているようだ。


「こんにちは。アンネ。何で隠れるのさ」

「えっ! うん。こんにちは」


 アンネは恥ずかしそうにモジモジしている。


「一昨日は大変だったね」


 目も合わさずに首肯する。

 ソリオンが不思議そうにその様子を見ていると、アンネの母親が話しかけてくる。


「ソリオン君、この度は娘を救ってくださったようで、感謝します」


 アンネの母親が流麗な手付きで感謝を伝えてくる。

 仰々しいくらいだ。


「いえ、友達を助けるのはあたり前のことですから」

「そう言ってくれるなら気も休まります。まったく、この子が絵なんていう何の役にも立たないものに魅入られているから、こんなに巻き込まれるんですよ。お姉ちゃんの様に、村の長の娘である事をそろそろ自覚してほしいわ」


 恥ずかしそうにしていたアンネから赤みが消え、暗い表情になっていく。


(娘が死にかけていた事が、面倒事だって?)


 ソリオンは強い違和感を覚える。


「偶然が重なっただけです。それに、もう終わったことですから」

「あなたがそう言うのなら、これまでにしましょう。今日はあなたの<系譜>が何か、楽しみにしてるわ。お姉ちゃんも持っていないから、アンネに<系譜>なんてありはしないでしょうから」


 アンネは心が氷ついた様な顔をしている。まるで何も感じないように心がけているようだ。


「アンネには<系譜>は無いかもしれませんが、才能はありますよ」

「そうね。最近、お勉強も頑張っていたようだし。せめて、それなりの商業学校に受かってほしいわね」


(勉強が全てではないだろうに…)


 どうもアンネの母親とは話が噛み合わない。

 それに母親と話しているとアンネがどんどん暗くなっていく。絵のことを考えているアンネの方が一緒に居て楽しい。


「皆さん!お待たせしました!」


 礼服を来た男性が、拡声器のような魔道具を用いて声を張り上げる。

 村の行き交う人々も、脚を止めて注目している。


「対象のご子息、ご息女はこちらへお並びください!」

 

「アンネ、呼ばれたね。行こう」

「うん」

 

 少し暗くなったアンネの手を引いて、15人程度並んだ列に並びに向かう。

 その様子をダトやシェーバが心配そうに見守る。

 カナンは先頭に並んだようだ。


 列の先には、長机が並べられており、机上に地球儀のような鑑定器がいくつも並べられている。

 地球儀でいう地球に相当する球体には、透明なガラス様の球体がはめ込められている。

 透明な球体の中に、5つの透明な球体が浮かんでいる

 以前、開拓使のサニタのところで受けた鑑定器は、5つの球体の代わりに、3色の球体が浮かんでいた。


「では、順々に鑑定器に触れてください」


 礼服の男が村の子どもたちへ触れるように促す。

 カナンが次々に触れていき、後方に並んだ子どもたちも順番に続く。

 1つ1つの鑑定器に祈るように触れる子もいれば、興味なさそうに触れる子、1つ触れる度に両親を見る子など様々だ。

 カナンが6、7つ目の鑑定器に触れた時、鑑定器に淡い光が灯る。


 礼服の巡鑑定団達が駆け寄る。


「おお!これはすごい!」


 巡鑑定団の1人が叫ぶ。


「<騎爪士>が出たぞ!」

「<聖級>の<騎獣士〉がでるなんて何年ぶりだ」


(<騎爪士>? <聖級>? 知らない言葉が沢山でてきたな)


 巡鑑定団も観客たちも沸き立つ。

 しかめっ面のケムナー助祭がカナンに向かって、祈りを捧げている

 カナンはこぶし固く握りしめながら、嬉しさに震えている。

 ひとしきりした後、カナンは残りの鑑定器へ流すように触れて鑑定を終える。

 すべての工程が終わったカナンへ、巡鑑定団の1人が声をかけ、役所の中へと案内する。

 ソリオンはカナンが役所に入る直前、こちらを見た様に感じるが、ソリオンが反応する前に役所の中に消えていった。


 その後、他の子達が鑑定器に触れていくが、鑑定器は全く光らない。

 ソリオンの番が回ってくる。


 近くまで来ると、鑑定器の台座に<系譜>の名前が書かれていることに気づく。


(こっちが<剣士>で隣が、<拳闘士>か)


 どうやら鑑定器ごとに鑑定できる<系譜>が異なるようだ。

 ソリオンは前の子に続く形で、次々鑑定器に手を当てていく。

 10個程触った所で、次の鑑定器の名前が目に入る。


(次が<調教士>か)

 

 ソリオンは<調教士>の鑑定器に触れる。

 しかし、鑑定器は光らない。


(あれ? 何で光らないんだ?)

 

 信じられないとばかりに再度、鑑定器に触れるが、やはり何も起こらない。


「君、後が控えている。順序よく進みなさい」


 礼服を着た巡鑑定団の男が前に進むように注意する。

 ソリオンは訳が分からず、前に進む。

 次々に鑑定器に触れていくが、どれも無反応だ。

 そして、最後の鑑定器に触れる。

 何も起こらない。


(どういう事だ? <系譜>を持っていないのか?)


 ダトやシェーバは信じられないという顔をしていた。

 村人の何人かも想定外の事態に驚いている。

 鑑定器に触れ終わると、そのまま帰るように案内される。

 すぐ後ろに居たアンネも理解出来なさそうな顔をしている。


「ソリオンは絶対に<系譜>を持ってると思ってたのに」

「僕もそうと思ってけど、何も持ってなかったみたいだね」


(魔物図鑑は<系譜>に連なる<特技スキル>じゃかなったのか。あの光る球も)


 ソリオンは少し考え込む。


(まあ、<系譜>が在ろうが無かろうが、魔物図鑑の完成には影響ないか)


 考えてみれば<系譜>が在ったと言われても、魔物図鑑の情報が増えるわけでもない。また、無いと言われたとしても魔物図鑑が消えるわけでもない。やることに一切の変更はないと割り切った。


「おい! ソリオンどういうことだ!?」


 ダトとシェーバがソリオンの所までかけてくる。


「どうって、見ての通りだよ。<系譜>は無かったみたい」

「まさか。お前に従う魔物たちが<系譜>じゃなくて何なんだ」

「それは、分からないけど」


 ダトは納得できない顔をしている。

 シェーバはどこかホッとした様子だ。


 その後、鑑定器は全く光らないまま、全員の鑑定が終わる。


「さて、今回の鑑定の儀も滞りなく執り行えた」


 巡鑑定団の代表と思われる、痩せた壮年の男がおごそかに宣言を始めた時、サニタが声を上げる。


「待ってください。……追鑑定の申立を行います。」


 サニタも困惑の様相を浮かべている。自分自身が正しいのか迷っているようだ。


「追鑑定とはどういう事だ? 鑑定の儀は我が国にとっても重要な儀式。万が一の間違いも起こらぬよう、万全を期したことはお主も知っているだろう」


 明らかに猜疑さいぎの心が混ざっている。


「はい。それは存じております。ですが、私の開拓使としての責務もお分かりのはず。万が一の事態に備え、事前の調査を行った上です。不幸なことですが、まず間違いなく<系譜>を持っている人物に対して、どの鑑定器も反応を示しませんでした」


 困惑しながらも、ただ事実を述べる。


「……ありえるのか? もしそうなら、我が国では、もはや記録の上でしか実在しない<系譜>だぞ」

「私自身も信じられませんが…」

「それは誰だ?」


 サニタが心苦しそうにソリオンを向く。


「ソリオン、もう一度ここに来なさい。これは開拓使としての命令よ」

「…わかりました」


 ソリオンはサニタの所へ向かう。


「これより、エキヤ村の開拓使、サニタ・シェアーによる追鑑定の申立を受理し、新たな鑑定を執り行う」


 サニタは苦悶の表情を浮かべている。

 ダトやシェーバは何が起こっているのか分からない様子だ。

 巡鑑定団達が、騒然としながら慌ただしく、新たな鑑定器を奥から取り出し、ソリオンの前に3つ並べる。他の鑑定器と比べ、作られた年代が異なるようで、古ぼけている。


 「これに触れよ」


 巡鑑定団の代表は、ソリオンを睨みつける。

 眼力が尋常ではない。

 ソリオンはそっと最初の1つに触れる。


 鑑定器が光を放つ。


 巡鑑定団達が悲鳴に近い声を上げる。


「<従魔士>だと!? 忌むべき<系譜>を持つ子か」

「そんな! 百年は出ていないのだぞ!」


(忌むべき<系譜>? 何のことだ)


「静粛に。まだ終わっておらん。続けて、触れるのだ」


 残りの2つに触れるように促される。

 次の鑑定器に触れても反応しなかったが、

 最後の鑑定器に触れた途端、また光を放たれる。


「……<操獣士>も持ってるのか」

「二譜持ちなんて初めて見たぞ……」

「よりにもよって忌むべき<系譜>を2つも……」


 先程と異なり、むしろ静かだった。

 あまりのことに声が出てこない様子だ。

 特に、ダトは口に手を当て、蒼くこわばった顔をしている。


(<従魔士>と<操獣士>の2つを持ってるのか。<系譜>って1人1つじゃないんだな)


「えーっと。忌むべき<系譜>ってなんですか?」


 ソリオンが近くにいた巡鑑定団の女へ問いかける。

 巡鑑定団の女が答える前に、会場から男が身を乗り出してくる。

 しかめっ面のケムナー助祭だ。


「呪われた子め! なぜこの村へ現れた!」


(呪われた子?)


 ソリオンは1人、会話に置いていかれている気分だ。


「静粛に。ホクシー聖導教の牧師とはいえ、鑑定の儀を乱してはならん」

「ホクシー聖導教は国教である。<従魔士>、<操獣士>、<死霊術士>は神の反逆者から与えられた<系譜>であり、その存在を許してはならない!」

「それは教義である。国の法は<系譜>に差をつけておらん」


 (なんだか、穏やかじゃないな)


 ソリオンが巡鑑定団の代表を見ると、差がないという言葉とは裏腹に、蔑み目で見つめてくる。


「ともかく、此度の鑑定の儀は以上だ。そなたは家族とともに役所の中に来るのだ」


 辺りはいまだ騒然としながらも、鑑定の儀は打ち切られる。

 ソリオンはよくわからないまま、ダト達とともに役所の中へ案内される。


 役所の中では、巡鑑定団の代表を始めとして、先に入ったカナンとポーラ、村長のリーバイ、開拓使のサニタが既に大きなテーブルに座っている。

 サニタもリーバイも目を合わせようとしない。カナンは一瞬だけ心配そうに見てきたが、すぐに顔をそむける。


 巡鑑定団の代表がカナンとソリオンを見て、話し始める。


「さて、お主達には<系譜>があった。<系譜>は文字通り、先人達が積み重ねた研鑽の結晶だ。その力を以て、国の繁栄のために役立てよ。それがお主達自身にも良い結果をもたらすだろう」


 その後、心構えや説明をされる。

 まとめると義務と特典が用意されるらしい。まず、義務は国の監視下に置かれる。定期的にどこかの国の機関へ存在を報告する必要があるようだ。特典は、防衛士官学校や魔術大学などへの優先的な入学、<系譜>に関わる物品を購入する場合の一部割引などだった。


「次はそれぞれの<系譜>に対する説明だ。まず、カナン。そなた<系譜>は<騎獣士>だ」

「<騎獣士>だって? <騎爪士>って言われたぞ」

 

 カナンは無愛想と答える。ポーラはあたふたしている


「なんて口の聞き方だ!巡鑑定団の方々は国府直属の偉い方だぞ」


 リーバイが注意を促すと、カナンは舌打ちをして不貞腐れる。


「よい、子どもとはこの様なものだ。それぞれの<系譜>は先程言ったとおり、先人たちの記憶が積み重ねられたものだ。どれだけ積み重なったかによって、当然差がでる。<剣士>の上に<剣豪>があり、更に<剣聖>があるように、だ」


(<系譜>にも階級みたいなものが在るんだな)


「そして、<騎獣士>にも、<騎獣士>から<騎甲士>へ、更に<騎爪士>という連なりがある」

「それが<聖級>というものなんですね」


 ソリオンが横から尋ねると、明らか嫌そうに巡鑑定団の代表は唸る。

 巡鑑定団の代表をその様子を見て、カナンが更に機嫌が悪そうになる。


「然り。あくまで俗称だが<原級>、<豪級>、<聖級>、<王級>、<帝級>などと呼ばれることがある。<聖級>を持って生まれる事など、めったに無いことだ」


 続けて、カナンの<系譜>の説明がなされる。どうやら、カナンは飼いならされた魔物に騎乗することで真価を発揮する<系譜>のようだ。

 カナンは声も出さずに首を縦に振る。

 リーバイが再度何かを言いかけた所で、巡鑑定団の代表が手で制す。


(カナンは僕と似たような<特技スキル>を持ってるんだね)


「そして、ソリオン。お主の<系譜>のことは正直、私も詳しいことはわからない。何せ、建国以来、生まれ持ったものは数人しかおらん。当然、記録もあまりない。そして、ホクシー聖導教では、人が等しく忌むべき<系譜>として定められており、この国では多くの人がその様に思っている」


(だから、通常の鑑定の儀では鑑定器が並べられてなかったのか)


「そうなのですね。残念です」

「だが、二譜持ちなら1人だけ見たことがある」

「珍しいのですか?」

「珍しいといえば珍しい。何せ<系譜>は本来1人1つしか生まれ持たない。極稀に2つ持って生まれるものもいるが…」


 巡鑑定団の代表が、一呼吸おく。


者の代名詞だ」

「大成しないのですか?」

「ああ、二譜持ちは<系譜>に連なる<特技スキル>が習熟しづらいため、どれを取っても中途半端に終わるのだ」

「中途半端…。なぜ、習熟しづらいんですか?」

「異なる<系譜>を極めるのは、鍛冶屋と料理人の両方で成功するようなもの。どちらかだけを極めることよりは難しい事はわかるだろう」

「はい。なんとなく理解できます」

「それに私個人は、その<系譜>らは習熟しない方が良いと考えている」


 ソリオンは何も答えず、一礼する。

 後ろでダトが焦慮しょうりょしているようだ。周りには分からないだろうが、家族にはダトが何かを思いつめている様子が手に取るように伝わる。

 シェーバはそんなダトを心配そうに見つめている。


(父さんは敬虔なホクシー教徒だから、本格的に嫌われてしまったな……)


 ホクシー教は、国が定める国教だが、政教分離に近い考え方はあるため、必ずしも強制されるものではない。だが、厄介なことに、政治よりもっと深い文化の根底に宗教がある。


 父親に嫌われてしまったという思いが、想像以上にソリオンへ重くのしかかってくる。両親には愛情の念はあるが、心の中では、本当の2人の子どもでないという感覚があった。

 

 目的があって、この世界に来ただけの来訪者、それが自分だと思っていた。


 しかし、頭で思う以上に、ソリオンとしての自分が大きくなっていることに自身でも驚きながら、胸の中を不安が駆け巡る。


 その後の説明は、あまり頭に入ってこないまま、気がついたら終わっていた。



 いつもソリオンをからかって来るサニタは終始目をそむけ、姿を見れば声をかけて来た職員達も一歩引いた目でソリオンを見る。


 その目線にソリオンは既視感があった。


(『あの子』が死んで自暴自棄になっていた時に、散々向けられたものと同じだ。同情とあざけりが混じったあの目だ)


 誰にも見送られない静寂の中、一家は役所を後にする。

 ソリオン達の家族は皆、暗い面持ちのまま多脚車へ乗り込む。



 そこへ役所の前で待っていたと思われる、しかめっ面のケムナー助祭が駆け寄ってくる。

 先程と同じ様に侮蔑ぶべつの目線でソリオンを睨みつける。


 そして、ケムナー助祭は車に乗り込んだダトへ向かって、大声で話しかけてくる。


敬虔けいけんなる信徒のダトよ! この汚れた子を奉献ほうけんに差し出すのです! 教会のために余生を送れば、この子の人生も少しは価値のあるものにできる」


 ダトは何も答えない。

 シェーバがソリオンを両手抱きしめながら、割って入る。


「汚れた子って! ソリオンを一生、教会の中に閉じ込めておけというのですか!」


「シェーバ、あなたは事の重大さを理解していないのです。禁忌を複数持って生まれ落ちるなど、存在自体があってはならないものだ」


「ケムナー助祭、それ以上ソリオンを侮辱するなら許しませんよ」


「神の意志に逆らうとは…話にならない。 ダト、リックが死んだ時にだれが貴方の辛い心を救ってくださいましたか? 御心に包まれてこそ、人は安寧に生きれることを学んだのではありませんか?」


 ダトは下を向きながら、唇を噛む。


「奉献が哀れというのなら、人思ひとおもいこれを飲ませなさい。この呪われた子を輪廻の円環へと帰すのです。それが親としての役目です」


 ケムナー助祭は小さな皮袋をダトへと突き出す。

 ダトは震える手で革袋を受け取る。

 シェーバが引きつった顔でソリオンを更に強く抱きしめる。


「ダト! ソリオンを殺すと言うの!?」

「俺は…」

 

 ダトは力いっぱいに革袋を握りしめ、それを遠くへと投げ捨てた。


「俺はこの子が生まれた時に誓ったんだ! この子を絶対に幸せにしてみせると! 」

「あなた……」


 シェーバの顔がほころぶ。


「たとえ、忌むべき<系譜>を持っていたとしても、何も変わらん! この子が笑っていられる人生へ送り出す事が俺の役目だ」


「それが、あなたの答えですか!? 欲するときだけ救われんとする愚物だったか」


「ああ、愚かで結構! いくぞ」


 多客車の近くで抗議の声を上げるケムナー助祭を振り切り、帰路に着く。

 先程の喧騒を離れ、麦畑が一面に広がっている道へと入る。


「ソリオン、気にするな。 父さんが守ってやる。何も心配いらない」



「……うん」


「例え皆に後ろ指を刺されても、父さんだけは、これからもお前の味方だ」



「……うん」


「あら、ダト。私も忘れてるんじゃない? 母さんもソリオン、あなたの味方よ」



「……うん」


 ソリオンの目から涙が、こぼれれ落ちていく。


「ごめんなさい」


 赤ん坊の時の本能的な涙とは違う。ソリオンは今生で

 自分には前世があり、人生の目的がある。それをどこか負い目に感じていた。


「ごめんなさい」


 自分は2回目の人生を、一度終わってしまった人生の延長線上の様に捉えていた。人生に延長などあるはずもないのに。


「ごめんなさい」

 

 ソリオンという名で呼ばれながら、ソリオンではなかった。表面だけソリオンとして振る舞っていただけだった。心は全てを失い自暴自棄になっていた頃と何も変わっていなかった。


「ごめんなさい」


 ソリオンは泣きながらダトとシェーバへ何度も何度も謝った。

 泣きながら謝るソリオンを2人は優しく見守る。



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