男同士の約束

 3年ほど経ち、言葉も体もかなりしっかりしてきた。

 ソリオンは家の近くの畑で、真剣に地面を見ている。


「いる!絶対にいる! もう少しだ!」


 棒を掴みながら、畑に空いた3cmほどの穴をほじくる。


「いまだ!」


 次の瞬間、大きなムカデのような虫が棒に引っかかって出てきた。

 枝に引っかかった虫は、うねうねと気色悪く動いている。


「よし! イチ、食べな」


 枝についた虫を、ソリオンの足元にいた針のついたネズミが嬉しそうに食べる。

 初めて捕まえた魔物であるため「イチ」という安直な名前をつけた。

 日本語をどこかで使いたかった、という思いも少しはある。


 あれから何度も色々な生き物に対して、

 血と魔力をあわせた光る球体を投げてみたが、イチと同じこと起こらなかった。

 魔物ではなかったのかもしれない。


 父親のダトによると、普通の生き物と魔物は違う生き物らしい。

 どう違うのかが尋ねても要領を得なかったが、詰まるところ魔物は魔力を操り、大抵は積極的に人を襲う生き物らしい。

 イチのようの小さい魔物も普段は襲わないが、子供や怪我人、集団になれば積極的に襲うとのことだ。


「ソリオン。どこだ? そろそろ行くぞ」


 イチがご飯を食べ終えたところで、父親のダトが呼ぶ声が聞こえた。

 ソリオンはイチに小声で話しかける。


「イチ、いつもどおり畑の草むらに隠れて待ってて。父さんと出掛けて来る」


 イチといつも一緒に居たいが、兎ほどあるネズミだ。あまりに目立ちすぎるため、いつも家の周辺に隠れてもらっている。

 イチは鼻をヒクヒクさせながら、不満そうにしている。


「ごめんな、帰ってきたら、またご飯を探してあげるから」


 渋々、畑の近くの草むらに隠れていくイチを見送り、父親の元へ向かう。


 家の前まで行くと、父親は馬のついていないほろ付き馬車の様な乗物に乗っている。

 多脚車という乗物で、車輪の代わりにカニの脚のようなものが付いている。

 どういう原理で動いているかはまるでわからないが、歩くように動くので、結構乗り心地はいい。


「おまたせ。庭で珍しい虫を見つけちゃって」

「それはすごいな。俺は昔から虫がどうしても苦手だからな、一緒に探してあげれなくて、すまんな」

「全然大丈夫だよ。父さんにはいろんな事を教えてもらってるから」

「ソリオンは本当に何にでも興味を持つからな。それっ、早く乗りな」


 そう言って、ダトはソリオンの手を引っ張って、車に乗せる。


 いち早く、この世界に慣れ、魔物図鑑を埋めるという目的を達成するために、ソリオンは情報収集を怠らなかった。

 世界の常識が違うのであれば、何が重要な鍵になるかわからない。

 不明な事が多い時に、役立つものは限られている。

 前世で人生経験上、情報・人脈・本人の意思だと思っている。

 まだ幼児の自分に人脈も何もない。情報と本人の意思だけが前へ進む鍵になると信じて行動するしかない。


 今日の視察もその一環だ。

 毎月2回、ダトは畑で取れた野菜を、村の市場へ売りにいく。

 今回はダトに頼み込んで、一緒に付いて行かせてもらうことになった。


「で、今日は何が聞きたい?」


 市場へ向かう車を運転ながら、ダトが笑いながら聞いてくる。


「それじゃ、魔物の話。この辺りに出る魔物の話が聞きたい」

「前も言ったろ、それはダメだ。なんで、お前は魔物の話がそんなに好きかねえ」

「ダメ? いつか知る事なら、早い方がいい」

「シェーバに変な事、教えるなって言われてるんだがなぁ」

 ダトが困ったように頭を掻く。


「お願い!!父さんから聞いたって言わないから!」

「仕方ないな、お前も男だ。教えてやろう。ただし、一つ約束しろ」

「どんなこと?」

「絶対に魔物を甘く見るな。聞きかじって知ったつもりになるのが、一番危ない」

「わかった。約束する。絶対危ないことはしない」

「二言はないぞ。約束だ」


 そう言うと、父親は軽く拳を前に出してきた。

 ソリオンが何のことだかわからず、不思議そうに見ていると、父親がソリオンの右手を掴み、ダトの拳とソリオンの拳を軽く当てる。


「男同士の約束はこうやるんだ」

「うん!」


 ダトはニカっと、人好きする無邪気な笑顔を見せる。


「そうだな、この辺りでよく見る魔物は、棘のあるネズミ姿のバロナ、毒の爪を持つグリゴラ、刃の付いた尾っぽを持つ鳥姿のスキーリオ、硬い殻を持つロリポリだ。どれもG級だ」

「結構いるんだね。G級って何?」

「魔物の強さを表すものだ。上はA級からG級まである。G級なんで一番弱いことになるが、油断すれば大人でも大怪我することもある」

「やっぱり危ない生き物なんだね。この辺りにE級とかF級は出ないの?」

「…たまにだが、出ることもある」


 ダトは少し影のある真剣な表情になる。

 無意識か、いつも首に掛けているペンダントを握る。


「普段G級ばっかり相手してて、魔物を舐めて、上のクラスを相手に大怪我を負うバカもいる」


 ダトの真剣な表情に、どこか気まずさを感じ、慌てて話題を変えることにした。


「例えばだけど、魔物を捕まえて飼いならせないの?」

「普通、魔物は人には懐かない。家畜化しているやつもいるが、それでも襲われるときは襲われる」

「そうなんだ。人には懐かないんだね」

「ただ、絶対にできないわけじゃない」

「え?」

「<調教師>って奴なら、従順にできるらしい。俺も見たことないが」


(<調教師>? もしかして俺もそれでイチを捕まえたんだろうか?)


「へえー、<調教師>か。僕も成れるかな」

「どうだろうな。生まれつき決まっている事だから、あんまり期待しない方がいいぞ」

「<調教師>は生まれつきなの?」

「そうだ。生まれつき<特技>を持っていることもある、というだけだ」

「そうかぁ」


 ダトは運転しながら、ソリオンを横目で見て、また優しい顔に戻り言った。


「ソリオンは賢いし、好奇心も強い。父親としてお前を誇りに思っている。<系譜>の有無なんかに振り回されるな」


 <系譜>とは何か、と聞こうとした瞬間、多脚車がガザッと言う音を立てて、止まる。


「着いたぞ、市場だ」


 止まった車の中から外をみると、

 目の前に大きな倉庫がいくつかあり、

 横には色も形も様々な多脚車がずらりと駐車されている。


 多脚車から降りて、さらに周りを見渡すと、奥に活気のある商店がひしめき合う通りが見えた。

 見たこともない肉、野菜、果物や何に使うのか全くわからない機械のような魔道具を売っている店が、大人3人分くらいの幅の通りに、20軒ほど並んでいる。

 東京や大阪の都市に比べればまだ少ない数だが、

 こちらの世界に生まれて、ずっと家族だけとしか接していなかったため、

 異様に多くいるように感じる。


「うわぁー!すごい人だ」


 人と人の言葉が沢山重なり、ガヤガヤと騒がしく囃し立ち、より活気を引き立てていた

 道行く人の髪の色は緑色、黄色、紫、茶色、白など色取りで、肌の色も白、黒、小麦色など多種多様だ。


(あの青い髪の人って地毛なんだろうか)


 ソリオンが市場を物珍しく眺めていると、

 恰幅かっぷくのいい30代くらいの白髪交じりの頭を刈り上げた男が声を掛けてきた。


「よう、兄弟! もうシェーバはいいのか?」

「ああ、ジャン。もう大丈夫だ。今は娘と一緒に昼寝してるよ」


 実は4ヶ月ほど前、我が家に妹のイースが産まれた。

 難産だったため、産後の肥立ひだちは良くはなかったが、最近は回復してきており、甲斐甲斐かいがいしく妹イースの世話をしている。


「そうか! それは良かった。たまには市場にも顔を見せてほしいもんだ」

「伝えておく。こいつの時は全然楽だったんだが、下の娘はよく泣くし、世話が大変だ」


 そう言って、ダトはソリオンの頭をクシャクシャする。

 妹のイースは夜中も日中も理由もなく、よく泣くため、ダトもシェーバも最初の一ヶ月は疲れ果てていた。


(まあ、そっちがむしろ普通なんだけどね)


「お前さんが、ダトのせがれか? 」

「はじめまして。ソリオンといいます。」

「ハハハッ! 石打ちのダトの息子がこんなに行儀がいいとはな!」

「うるさいぞ、ジャン。収穫したやつを出荷したい。早く運ぶぞ。」

「すまん、すまん。不貞腐ふてくされるな」

「ジャンさんは父と随分仲がいいですね」

「コイツとは幼馴染の腐れ縁だ。 しかし、お前さんのような幼子がなあ。ダト、こいつは確かに賢そうだ」

「だろ? 物覚えがいい」

「ところでジャンさん、石打ちって何ですか?」

「ソリオン、そんな話はいい。向こうで、遊んでるんだ」


 ダトは不機嫌そうに話を遮る。


「わかったよ。父さん、周りを少し見てきていい?」

「いいが、遠くまでは行っちゃダメだからな」

「大丈夫。遠い所までは行かないよ」


 一通り挨拶をすませると、

 ダトとジャンは、作物が入った大きな木箱を二人で、倉庫まで運び始めた。

 二人が倉庫に消えた後、ソリオンは一通りを見渡し、観察する。


(魔物を連れている人はいなさそうだな)


 この世界にきてイチを飼いならしたが、それが普通でない事がほぼ確定した。

 先程の<調教師>の話もあり、魔物図鑑を埋めている人は少ないのかもしれない。

 さらに人を観察していると、前世では見慣れない出立の人たちが少なからず混じっている事に気がついた。


(あれは鎧か? 大きな剣や槍も背負ってる)


 日本ではコスプレ会場以外ではまず見ない姿だ。こんな人が多い通りを、刀剣なんていう危険なものを所持して歩くなんてありえない。

 その出立いでたちのせいか、村人も明らかに距離をおいているように見える。

 気まぐれにいつ攻撃してくるかもわからない他人が、武器を持っているのだから当然と言えば当然だ。


 ソリオンは、武器は全く詳しくないが、持っている武器が異様に巨大で、刃渡りは大人の身長ほどある。


(あんなの振れるのか? とても実用的とは思えないが)


 しかし、村人の距離の置き方や目線が、本物の刀剣であることを物語っていた。

 ソリオンが武器を持った人たちが通り過ぎる度、しげしげと見ていると、同い年くらいの男の子が声を掛けてきた。


「騎兵団、かっこいいよな。お前もなりたいんだろ?」

「騎兵団って何?」

「ずっと見てたろ? 魔物をやっつける強いやつらだ」

「へえ、あの鎧着ている人たちは騎兵団っていうんだ」

「お前、何も知らないんだな。ガッカリだ」

「全然知らなかった。僕はソリオン。君は?」

「俺はカナン。もうすぐ5歳」

「それじゃ、同い年だな。よろしくね」


 ソリオンは手を差し出したが、カナンと名乗る少年は、それを無視した。


「騎兵団の事も知らない奴とは仲良くなれない。俺は強くなりたいやつ以外は興味ない」

「そうか…。それは残念だ」


 カンナがつまらないものを見る目で、ソリオンを一瞥いちべつしたところで

 女性の声が間に入ってきた。

「カ、カナン。お友達にその言い方は…ないんじゃない…」

「母さん」


 女性はカナンの母親らしい。黒髪、青目で美しい容姿だが、少し挙動不審で声も小さく、かすれかすれで聞き取りづらい。


「ごめんね。その、カナンは悪い子じゃ…ないのよ」


 カナンの母親はうつむきがちに目線をあわせずに、息子の態度を謝ってきた。


「母さん。そんな事言わなくていいよ!こいつ、何も知らねえだもん」

「知らないなら。カナンが教えてあげれば…いいじゃない?」

「嫌だよ、俺は強くなるために忙しいんだ!」


 母親が何かを言いたそうだが、言葉に詰まっていると、

 今度は男の声がした。


「ポーラか。こんなところで何をしている」

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