出会い

 カナンの態度を母親のポーラがたしなめていると、

 男性から声を掛けられた。


「ポーラ、仕事はどうしたんだ?」

「兄さん。カナンとちょっと…」


(なんか沢山、人が出てきたな)


 男の声がした方を見ると、大人2人と子供が2人いた。

 ポーラの母親とおなじ黒髪・青目の凛々しい男と、灰色の長い髪をしたスラリとした、いかにもいい所のご婦人風貌の女性、自分より3~4歳くらい年上に見える黒髪の女の子、そして自分と同じくらいの灰色の髪をしたクリ目の女の子だ。


 黒髪、青目の男性は、ため息交じりにカナンを見る


「またか。カナン、ポーラに迷惑をかけるんじゃない」

「迷惑なんか掛けてない!」

「そういう態度が掛けてるんだ。まだ幼いから許されているが、いつか周りとトラブルを起こすぞ」


 カンナは何を言われているかは、イマイチ分かっていなそうだ。

 しかし、自分が責められていることだけは察したようで、不貞腐れている。


 黒髪、青目の男性は、呆れたようにカナンを一瞥した後、

 ソリオンがいることに気がついた。


「君は?この辺の子か?」

「はじめまして。ダトの子、ソリオンと申します」

「ほう」


 男性は、少し驚いた様な表情を浮かべた後、興味深そうにソリオンを見る。


「ダトに息子が産まれたとは聞いていたが。 確か、下の娘と対して変わらないだろうに、もうそんな挨拶ができるのか」

「いえいえ、父と母の教えに従っているだけです」

「そうか。君の父、ダトにはいつも助けられている」 

「父もその言葉を聞けば喜ぶと思います。よろしければ、父に伝えるべきお名前をお聞きしたいのですが」

「すまなかった。あまりに驚いて、名前を言い忘れていた。村長兼市場の責任者をしているリーバイだ」


 リーバイは右手をさしだしてきた。

 ソリオンは同じく右手を出したが、手の大きさがあまりに違ったため、リーバイの人差し指だけを掴む形で挨拶をした。


「よろしくお願いします」

「ああ、よろしく」


 握手しながら、リーバイはソリオンをジッと見つめる。


「子どもとは思えない魔力を持っているな。何かの<系譜>を持ってるのかもしれない」


 ダトが先程言っていた<系譜>がまた出てきた。


「<系譜>とは何ですか?」

「ん? ああ、そうか。<系譜>とは生まれつき持っている才能のようなもので、特別な<特技>が使える」

「例えば魔物を飼いならす、とかですか?」

「そうだ、そういった<系譜>もある」

「それは珍しいのですか?何分無知なもので」

「いや、子どもが知らなくてもおかしいことではない。それに<系譜>は珍しいという程でもない。10人に1人くらいは持っているものだ」

「教えていただき、ありがとうございます」


 そういうとソリオンはお辞儀をした。

 その様子をリーバイは感心するようみる。


「アンネ、こっちに来なさい」

 そういうと母親の後ろでモジモジしていた、女の子が恥ずかしそうにやって来た。


「娘のアンネだ。カナンと同い年で、再来月5歳になる」


 父親のリーバイが紹介をする間も、モジモジしている。


「はじめまして。僕はソリオンだよ。同い年だね」

「えっ。よ、よろしく」


 気弱なのか、恥ずかしそうにしている。

 その姿をみて、アンネの姉と思われる女の子が後ろからフォローしてきた。


「アンネのお友達になってあげてね。この子は恥ずかしがり屋で、あんまり同い年の友達がいないの」


 ソリオンは営業スマイルで、無難にうなずく。


(子どもだけど、人間関係は疎かにはできないな。情報と人脈はセットだ)


「市場にはよく来るの?」

「うん。市場のすぐ近くに家があるから、よく家族とくる」

「そうか。僕は今日初めて市場に連れてきてもらったんだ。市場を案内してよ」

「えっ。うん、いいよ」


 そう言うと、チラッとアンネは家族を見る。


「いいのよ、お姉ちゃんみたいに友達作りなさい。でも、市場の奥は行っちゃダメよ」


 母親が答える。

 アンネは少し嬉しそうに、うなずいた後、ソリオンの手を掴んで引っ張り始めた。

 その様子を見ていたポーラが不貞腐れているカナンに声をかける。


「カナン。あなたも…行っておいで」

「わかったよ」

 少し不満そうにカナンは渋々うなずく。

 先程、たしなめめられたことを少し引きずっているようだ。


 アンネに手を引っ張られながら、市場に向かう。

 その少し後ろをカナンが渋々着いていてくる。


 少し歩くと人通りが多い通りにまでつく。


「すごい!人が沢山いて、色んなものが売ってる!」


 倉庫から見たときよりも、間近でみるとさらに人が多いように感じる。

 3人は商店が立ち並ぶ通りを通り過ぎる。


「うん、村でもこの辺りが一番人が多いんだって」

「僕の家の周りは畑しかないから、新鮮」

「ソリオンはどの辺りに住んでるの?」

「あの丘の向こう側だよ」


 ソリオンは自分の家の方角を指す。


「私はあっちまで行ったこと無い」

「畑しかないよ。収穫期になると、畑一面黄色の海ができるくらい」

「きっと綺麗だね。一回見に行ってみたい」


 アンネは出会ってから一番興味がありそうな表情を見せた。


「秋にあったら、見においでよ」

「うん。クレヨン持っていく!」

「クレヨン?」

「お絵描きするの」

「そうか、絵が好きなんだね」

「うん! …でも、お母さんは、私があんまり絵ばっかり描いてるのが好きじゃないみたい。お姉ちゃんみたいに、友達作りなさい、勉強しなさいって」


 アンネは暗そうな顔に戻る。


(子どもが絵を書きたがるのなんて、普通だろうに)


 ソリオンは少しアンネの表情が気になる。

 立ち止まり、アンネの様子を見ていると、急に何かが当たり、体が飛ばされそうになる。


「うわぁ!」

 地面に尻もちを付き、何が起こったのかを確認するために周りを見渡す。


「あ、ごめんよ~。君大丈夫かい?」


 白いフードを前進に被った、青年がこちらを見ている。

 青年は美丈夫といって差し支えないほど、目鼻立ちが整っている。

 片手には小麦粉が入った買い物袋を抱えている。


「大丈夫です。すみません、通りの真ん中で立ち止まって」

「いや~、僕こそごめんね。あんまり見えてしなくてね」


 少し抜けた様な喋り方だが、嫌味な感じはしない。

 青年は手を差し伸べ、ソリオンの体を引き上げる。


「どこも怪我はなさそうだね、良かった~」

「どうも。買った物は大丈夫でした?」


 ソリオンは青年が抱えている買い物袋に目をやる。


「ああ、卵が割れちゃったようだけど大丈夫だよ」

「ごめんなさい」

「いや~、ぶつかったのはこっちだから。気にしてくれてありがとう」


 そう言って、白いフードを被った青年は人混みに消えていった。


「行っちゃったね」

「男のくせに、ナヨナヨした喋り方しやがって」


 青年が消えた後、再び商店の通りをあるき始める。

 さっきからあまり話題に入ってこないカナンを気にして、ソリオンは話をふることにした。


「ところでアンネとカナンは、従兄弟?」

「知らねえ」

「ねえ、従兄弟ってなに?」

「お父さんかお母さん同士が兄弟ってことだよ」

「私のお父さんとカナンの母さんが兄妹だよ」

「そうか、それなら二人は従兄弟だね。よく2人で遊ぶの?」


「こいつはウジウジして絵ばっかり描いてて、つまらないから遊ばない」

 カナンに言われて、アンネはさらに悲しそうな顔をする。


「別につまらないとは、思わないけどね。絵が描けるのはすごいことだと思うよ」

 アンネは少し驚いた様子で、その後はにかんだように笑う。


「でも、全然強くない」

「カナンは強さに憧れてるんだね」

「ああ、強いのはかっこいい!誰にも負けない」

「強くなるのは、僕もかっこいいと思うよ」

「だろ?! わかってるじゃん。俺は大人になったら騎兵団に入って強くなるぞ!」

「あの鎧着た人たちか」

「ああ、それにでっけえ武器だ。魔物をバサバサ切り倒す!」


 カナンは力を込めて、何も持っていない手を振り回す。


「魔物か。それならカナン、頼みがある。将来魔物を倒すとき、僕も一緒に連れてってほしい」

「連れて行く? なんで?」

「ただのライフワークだ。魔物に興味があるんだ」

「ライフ? 別にいいけど。お前やっぱり変なやつだ」 

「まあ、変わってる自覚はあるよ。ところで、この辺りで魔物が出るところは知ってる?」

「村の近くなら、北の森には出るらしいから近づくなって母さんが言ってたぞ」


(北の森か。家からそこまで遠くはないな) 


「お前、行く気か?」

「まさか」

「そうか!そうだよな!」

(何だかホッとしてるような。他の子供には危ないから教えるなとでも言われてのか)


 重要な情報を得られたことに内心喜んでいるが、表には出さない。


 他愛もない話しながら、物珍しげに商店を見ながら歩き、通りの端のあたりまで着く。

 すると一際、大きな白い建物が正面に見えてきた。

 奢侈しゃしとまでは、いえないものの、田舎の村には不釣り合いな建物だ。


「大きい建物だね。お金持ちが住んでるのかな?」

「お前、ホクシー教しらねえの?」

「ホクシー正導教って言うんだよ。ここはその教会」

「そうなんだ。テメロスを祀ってる教会?」

「テメロス様って言わなきゃいけないってお母さんが言ってたよ」

(父さん母さんがいつも祈っている宗教はここだったのか)


「ごめん、ついね。」

「中にとてもきれいな絵画があるんだよ。たまにお父さんに連れてきてもらうの」

「へぇー、僕も見てみたいな」

「絵なんか見て何が面白いんだか。でも、普通教会は朝と夕方以外は入れないぞ」

「今は真昼だから無理かあ。またの機会かな」

「そうね。また今度」


 そう言って、通りを戻ろうとした時、後ろから声を掛けられる。


「絵を見せてあげようか~?」


 振り返ると扉から先程の青年が半身を出している。


「あ、さっきのお兄さん」

「そう。覚えててくれたんだね~。ぶつかったお詫びに絵くらいなら見せてあげるよ~」


 その言葉に最初に反応したのはアンネだった。

「ほんとう!?」

 嬉しそうに目を輝かせている。


「いいよ~」

「え?でも、朝と夕方以外はダメなんじゃ?」

「僕はこれでも司祭だからね~」


(司祭って確か結構上の役職なんだっけ。というか、上が率先してルール破るとかダメダメだな)


「すごいです!見たいです!」

 アンネは思いがけなく絵が見れることに、わくわくしているようだ。


「絵なんか興味ないから、俺は先に帰るぞ」

 そういって、カナンは1人帰ろうとしている。


「僕は見ていくよ。カナンまたな」

「フン!」


 不機嫌を装いながら、少し嬉しそうに鼻をならし、帰っていった。

(やっぱり、まだまだ子どもだな)


 その様子を青年が、半笑いで見ている。


「君は大人なんだな~」

「いえ、そんなことはありません」

「ふ~ん、そうかい。こっちにおいでよ」


 そういってソリオンとアンネを教会へ招き入れる。

 扉をくぐると講堂のように椅子がズラッと並んでおり、前には教壇がある。


 そして教壇の先には、大きな絵画がある。

 神々しい人のような姿をした存在を様々な生き物たちが取り囲んでおり、人も魔物も動物も等しく頭を垂れている様子が描かれている。

 絵の下部は荒廃した大地と荒れ狂った海が表現されているが、絵の上部は様々な群青を散りばめた美しい空がどこまでも広がっている絵だ。


「大きな絵だよね~」

「魔物も描かれてるんですね。意外です」

「そうかな~。魔物も人も皆等しく神に翻弄されるから一緒だよ」


(翻弄?なんか少し棘があるな)


「はあぁぁ」

 アンネがうっとりした表情で絵を見ている。


「本当に絵が好きなんだね~」

 アンネは声が届いていないのか、反応しない。

 その様子を見て、ソリオンへ向かって話掛けてきた。


「そう言えば自己紹介してなかったね~。僕はホクシー正導教の司祭イスカリオテ」

「ソリオンといいます」

 そう言って、二人は握手をする。


(ん?)


 握手した瞬間、少しだけイスカリオテの魔力が増幅し、揺らいだような気がした。

 イスカリオテの表情は相変わらず、締まりのない笑みを浮かべている。

 深すぎる緑色の目は自分に向けられているが、どこか違うものを見ているように感じてしまう。


(気のせいか)


 ソリオンは握手の後、しばらく絵や講堂を見て回る。

 一通り見終わった後に、イスカリオテに声を描ける。


「ありがとうございます。今日は特別に見せていただいてありがとうございました」

「全然いいんだよ~」

 イスカリオテが緩く答える。


「アンネ、帰るよ。あんまり遅くなると父さんたちが心配する」

「もう少しだけ! ね!?」

「また見に来ようよ」


 そう言ってアンネをなだめながら、教会を後にする。

 来た通りを遡り、市場まで戻ってくる。


 ---

 市場を見渡すと、父親のダトが待っていた。

「ソリオン、帰ってきたか」

「父さん、ごめんなさい。待たせちゃった?」

「いいぞ、いいぞ。息子の初デートを邪魔する程ひどい父親じゃないさ」


 そういって、ダトはニカッ笑う。

「ちっ、違うよ!アンネに市場とか教会を案内してもらってたんだ」

「そうか、そうか」

 ダトは相変わらず笑ったままだ。


「アンネちゃん、お父さんが市場の事務所で待ってるから、そこに行きな」

「はい」

 また恥ずかしそうに小声で答える。


(絵を見てる時とは全然違うな)

「アンネ、また教会に絵を見に行こう」

「うん。約束だよ。ソ、ソリオン」

 アンネは真っ赤になりながら、ソリオンの名前を呼ぶ。


「もちろん」


 二人は笑顔で手をふる。

 その様子をニヤニヤしながらダトが見ている。


 アンネとも別れ、ダトと二人で多脚車に揺られながら市場を後にする。


「ソリオンも隅におけないな。父さんも昔はモテたから、血を受け継いだな」

「だから、違うって。たまたま、ホクシー正導教の教会で絵を見せてもらったから」

「ほう、教会がこの時間に開いてるって珍しいな」

「司祭の人が見せてくれたんだ」

「主神テメロス様の思し召しだな。ホクシー正導教徒は、こんな田舎にも魔道具を授けてくれる様な寛大な精神を持った人たちだからな」

「魔道具をくれるの?」

「そうだ。水をんで家へ流す魔道具や畑を耕やす魔道具とか、生きて行くために必要なものを全部、見返りを求めず施してくれる」

「すごいね。ちょっと司祭の人を見直したよ」

「貴族や評議会の連中にも、爪の垢を飲ませてやりたいくらいだ」


 ダトと先程あったことや見たものを話しながら、しばらく車に揺られてる。

(母さんにも今日の話をしてあげよう。魔物の話以外は。)


 新しく魔物の情報を得たソリオンはワクワクしながらが帰路に着いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る