初めての捕獲

 朝ごはんを食べ、母親に絵本をよんでもらった後は、一人の時間だ。

 いつものように魔力で遊んだり、魔物図鑑を出したりしていると、普段は物置代わりに使っている寝室の隣の部屋からなにか音聞こえてきた。


 ガリッガリッ


(何か音がした。荷物しかない部屋なのに)


 リビングにいる母親は気がついていないようだ。


(なんだろう?)


 ヨチヨチ歩きで歩いていき、物置部屋の扉を開けると、よりはっきり何かが動いている音が聞こえる。


(なにか居る)


 家で、虫や迷い込んだ鳥を見かけたことはあるが、ここまで大きな音がしたことはなかった。

 扉を開け、物置部屋へ入る。

 使わなくなった家具や、衣装や工具が入った木箱の裏を少しずつ確認すると、先程まで聞こえていたバサバサという音がピタっと止んだ。


(止まった?)


 部屋の右奥から聞こえてきた気がしたため、どんどん右奥へ近づいていく。

 何段か箱が雑多に置かれているところまで来たときに、突然何かが叫び始めた。


「キイイイィー!!」


 驚いて頭を抱えてかがんでしまったソリオンは、恐る恐る顔を上げ、周りを確認する。

 声が聞こえたほうをよく見ると、箱と箱の間に何かがいる。


(何だ? ネズミ?)


 一見すると色は、灰白色のネズミのようにも見えるが、違和感を覚える。まず目を引くのはその大きさだ。

 ハツカネズミというより、小型の兎に近いサイズである。さらに、背中に10本くらいのとげのようなものが見える。


(この世界のネズミは棘があるのか?ハリネズミみたいだな)


 さらに注意深く観察してみると、怪我をしているようだ。

 体の至るところが赤黒く染まっている。


「キシャァァー!!」


 怪我を見られて恐怖したのか、

 大きく口をあけ、背中の毛を逆立てて威嚇しているようだ。

 前歯2本はネズミのそれだったが、それ以外にぎっしり牙が並んでいた。


(うわっ!門歯以外は牙じゃないか!)


 この世界のネズミは犬歯を持つのかと、驚いたものの、ネズミはネズミ。

 数分、どうしようか迷ったソリオンだが、日本の価値観をまだ鮮明に覚えていることもあり、自分の家の中で、怪我をしている生き物をみて、何もしないという判断はできなかった。


 そっと後ろに下がると、そのまま部屋を出て、台所までヨチヨチ歩きで向かう。


「ソリオン、のどでも乾いたの?」


 リビングを横切る際に、お母さんが声をかけてきた。


「らいじょうぶ」

「そう。お父さんに昼ごはんを渡してくるね。いい子にしててね」

「うん、いっへらしゃ~い」


 挨拶をすると、母親は作ってあったお弁当を包んだ袋を持って、出ていった。

 父親のダトは、家まで取りに来ると言うのだが、シェーバはいつも何かにつけて、父のもとへ届ける。きっと愛情表現なんだろうと、理解していた。

 外に行くといっても、畑は家のすぐ隣にあるので、庭に行くようなものだ。


 母親を横目で見送ってから、台所に入る。


(たしかこの辺りにあったはずだけど)


 台所にある下段の棚をあけ、大きな麻袋から、小さな手で少し麦を掴む。

 麦をこぼさないように物置部屋へ戻り、先程ネズミがいた所まで行く。


「キシャァァー!」


 先程と同じ場所で、威嚇いかくしているようだ。

 手に掴んだ、麦を自分の足元から少し離れた所に置く。


(食べてくれるかな。少し慣れてくれると、お母さんに言って、捕まえてもらえるかもしれない)


 しかし、一向に変わらず、こちらを威嚇してくる。


(もう少し近くへ、置いてみるか)


 ネズミの近くに麦を置こうと手を伸ばすと、ネズミの背中の針が逆立つ。

 背中の毛全体が波打ち、物置部屋の薄暗さと相まって、キラキラと鈍く光り、異様な光景に見える。

 ソリオンが波打つ毛に注意を惹かれていると、突然、何か飛んできた。


シュッッ!

 

 少しの間を置いて、人差し指に痛みが走る。


「ウワアァァァーー!」


 指先から脳へとほとばしる痛みで泣きそうになる。手を確認すると金属性の針が人指に刺さっている。

 急いで、針を抜くと、血がボタボタと垂れる。


(背中の針だ!この世界のネズミは鉄の針を飛ばすのか!?)


 急いで止血するために、指の傷を手で抑えるが、一向に収まらない。


(グネグネと針が動いていたときに、十分予測できたのに)


 何も考えずに、ボケッと見ていた自分に腹が立つ。

 止血を期待したわけではなかったが、普段から魔力で遊んでいたこともあり、ほぼ無意識に近い感覚で、魔力でも傷口を覆う。


 すると、血と魔力がどんどん交わっていく。


(何だ?!魔力がおかしい)


 絵の具を水に垂らしたかの様に血が魔力に溶けていき、次第に球体に近くなっていく。

 どこが魔力で、どこが血だったのか、分からない程混ざり切り、淡く赤色に光る完全な球体となった。


(ボールだ…。 魔物図鑑を出したとき同じような感覚に似ている)


 初めての経験だが、昔から使えていたような不思議な感覚を覚える。

 いつものように考え始めようとしたときに、ネズミが威嚇し、更に針を飛ばそうとしている様子が目に入る。


(うわぁ! また刺される!)


 恐怖心にかられ、咄嗟とっさに、手に掴んでいた赤く光る球体をネズミに投げつける。


(あっ……)


 投げられた球体はネズミに当たると、1歳児の手のひらに収まるほどの小ささだったはずが、

 一瞬で膨張し、ネズミを包み込む。


「ギギギッギッ!」


 ネズミが球体の中で暴れており、激しく暴れる度、球体の光が大きく揺らめいている。

 何度か大きく揺らめいた後、揺れが小さくなり、次第にネズミも大人しくなっていくようだ。

 そして、遂にピタッと動かなくなった。


(死んだ? もしかして、あのボールって危ないものなのか!?)


 動かなくなると、光る球体が徐々に小さくなっていき、ネズミが光の中から姿を表す。

 球体は更に小さくなり、ネズミの胸当りで一段と強い光となり止まる。

 ネズミはわずかに鼻をヒクヒクしており、生きているようだ。


 しばらく光がネズミの胸元と止まっていると、ネズミの中から宝石のようなものがスッと出てきて光の中に取り込まれる。


 小さな光の球体をソリオンに向かって、ゆっくり近づいてくる。


(光の中に何かある。宝石?)


 透明で美しい石を包みこんだ光は、ソリオンの近くまで来ると、

 そのまま心臓がある胸元の辺りで止まる。

 少し止まると、光が肌に触れるほどまでゆっくり近づき、

 すぅと、そのまま体の中へ入っていく。


(胸の中に、宝石が吸収されていく?!)


 スゥーっと、宝石など入っていないかのように、

 胸元へ消えていった。石のような固形物が合ったはずなのに、痛みは無い。

 手で胸元を触ってみるが、指の血が服についた程度で、何とも無い。

 訳がわからないまま、ネズミを再度見る。


 宝石がソリオンに取り込まれた事を待っていたかのように、

 ネズミの額に赤色の文字のような模様がボワーッと浮かび上がる。


 ネズミは自分の額に文字が現れたことなど、気にも止めていない様子だ。

 威嚇を既に止めており、鼻をヒクヒクさせながら、近寄ってくる。

 

 先程、怪我を負わされたばかりだが、目の前のネズミは、自分に危害を加えるものではないと、確信できるがあった。


 よく懐いたペット、いや、寧ろ自分の体の一部が突然外に生えたような不思議な感覚だ。


 理解が追いつかない。

 手元まで来たネズミの頭を撫でながら、しばし呆然とした後、我に返り、注意深くネズミを観察する。

 よく見ると背中の棘のような針は、硬い毛というよりも、金属の様な光沢がある。

 金属は細かい凹凸があり、電子基板のように幾何学きかがく的な模様を浮かべている。

 模様は少しだけ明かりを帯びているように感じる。


(不思議な生き物だな)


 ネズミは鼻をヒクヒクさせて、ソリオンをジッと見てくる。

「痛ててっ」


 少し緊張解けると、忘れていた指先からの痛みがはっきりしてきた。

 指に刺さった針は、光の球を投げた拍子に抜けて落ちていたが、血がみでている。

 改めて見てみると、清潔にしておけば、問題無い程度の傷だ。


(一体、お前に何が起おきたんだい?)


 言葉ではなく、意思で声をかけてみる。

 ネズミは不思議そうな顔をして、首を傾げる。


(ダメか。自分の体みたいだから意思が通じるかと思ったけど)


「麦はたあべれる?」


 声に出すと、ネズミは先程置いた麦を食べ始めた。

 足元に置かれた麦を直ぐに平らげた。

 すると床に散らばった麦もチョロチョロと探して食べていく。


(指を刺されたときに、床に散らばっちゃったな)


 周りを見回していると、玄関が開く音がする。

 母親が帰ってきたようだ。


「ソリオン。ただいま。昼ごはん食べるわよー」

「ふぁーい」


 ヒクヒクさせている鼻先に顔を近づける。


「あとでもっと麦もっれくるから、ここでまっれて」


 ネズミは不思議そうな顔をして、首を捻る。


(大丈夫かな。怪我もしてるし)


「ソリオン。どこにいるの?」


 シェーバが子供部屋の扉を開いて、探している。

 ネズミの事を言うか迷うが、先程の出来事が、この世界でどういう意味を持つのか全くわからない。


(しばらく隠しておこう)


 ネズミが見つからないように、急いで物置部屋から出て、子供部屋を探している母親のところまで向かう。


「ソリオン、物置部屋にいたの? 危ないからあんまり入っちゃダメだよ」

「うん…」


 母親はすぐに異変に気がついた。


「ソリオン、胸元に血がついてるじゃない! どこか怪我したの?!!」


 シェーバは屈んで、直ぐにソリオンの体中をチェックし始めた。

 少しだけ目が潤んでいるように見えた。


「ゆぅび、切った」

「大丈夫!? 痛くない?!!」

「へーき」

「ならいいけど…。手当しないと。」


 そういうとシェーバはソリオンをリビングまで抱きかかえて、

 透けた緑色のジェルを指に塗って、布を指に巻いてくれた。

 それから母親にどこで怪我をしたのか、本当にもう痛くないのかなどの質問攻めにあいながら何とか誤魔化した。


 昼ごはんを母親と二人で取った後、母親が内職を始めたのを見計らい、おかわりの麦をもって、再び物置部屋へこっそり向かう。


「おーい」


 小さな声で呼びかけると、荷物の間からネズミがまた顔を出してきた


(不思議な感覚だ。ネズミがいる場所がなんとなくわかる)


 ネズミは床に散らばった麦を全部平らげており、新しく持ってきた麦を欲しがっているようだ。


「おいで」


 ソリオンが床に座るとネズミは膝の上にきて、手の平から麦を食べ始める。

 しばらく麦を食べるネズミを眺めつつ、習慣化している魔物図鑑を取り出す。

 いつものようにページをめくり眺めていると、明らかに今までと違うページがある。


(ネズミが図鑑に載ってる! 挿絵まで)


 今まで白紙だった1ページに、自分の膝で麦を頬張っているネズミとそっくりな魔物が載っている。

 誰かが隠れた書いたとも思えない。

 ソリオンの中で、何かが確信に変わる。


(やっぱり、これが魔物図鑑! そして、これが図鑑を埋めるということか!)


 しげしげと魔物図鑑を眺める。

 ネズミか書かれたページには、読めない文字がぎっしりと浮かび上がっている。


 ダトが魔物は人を襲うと言っていたので、まさか家にいたネズミが魔物だとは思わなかった。


 生まれて1年以上経ち、

 初めて目標に近づいた日となった事に、興奮するソリオンだった。


(よし! すぐに図鑑を全部埋めて、生き返らせてやるからな)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る