魔物の存在
初めて、魔物図鑑であろうものを出せてから、1年が経った。
魔物図鑑自体は、翌日からの練習を行い、いつでも取り出せる様になった。明確な意思と魔力が関係しているようだ。
しかし、早速、翌日から中を読み始めたが、肝心の魔物図鑑を埋めるということが、どういう事なのか全くわからないままだった。
まず、本の中身がさっぱり読めない。
しかも大半が空白だった。
読むといっても、本は手で
しかし、前から数ページは文字がぎっしり書かれているが、それ以降のページは、上部に数行文字が有るだけで、下は全て空白。
今となっては何も書かれていない本を出しては眺める事が日課になっている。
(これじゃ、ヒントは無いに等しいな)
そして毎日本を出していると、不思議なことに、明らかに自分の中にある魔力が増加した。
体の成長と共に増えるものなのかもしれないが、魔物図鑑を出した翌日から、急に増え始めたため、無関係とは考えづらい。
色々と考え込んでいると、台所から母親が呼ぶ声が聞こえた。
「ソリオン、朝ご飯よ」
徐々にこの世界にも慣れ、大分言葉が理解できるようになった。
「ふぁ~い」
捕まり立ちで、ヨチヨチ歩きで台所までいく。
自宅は木と
西洋とも東洋ともいい難いが、あえて言うならモダンな和風建築を質素かつ
建築技術からしてそうだが、前世の世界とは違った文化や方法で発展してきたようだが、決して文明は低くない。
形は全く異なるが、冷暖房や冷蔵庫、洗濯機のようなものはあるくらいだ。
フラフラと歩いていると、父親も違う部屋から出てきた。
「お、また立って行こうとしてるな。まだ、ハイハイの方が楽だろうにな」
ニカっと笑いながらソリオンをみる。
「がんばれ。ソリオン」
笑顔で親指を立ててくる父親は、黒髪で短髪の
農夫をしているため、日焼けで小麦色をしており、服の上からでも相当な胸板の厚さであることがわかる。
昼間は畑仕事でいないし、夜もしょっちゅう出掛けている。その代わり家にいる間はいつもソリオンに構ってくれる。
「いいのよ、ダト。ソリオン早く歩けるようになりたいのよ」
母親は赤色の髪で長い髪を、後ろでまとめており、目は黄色だ。
顔はどちらかといえば、日本人的で、彫りも深くなく、少しタレた目が優しさを割増にしている。父親ほどではないが、少し日焼けしている。
父親の名前はダト、母親の名前はシェーバという名前だった。名字にあたるものがあるのかは分からない。
(母さんの言う通りだ。一日でも早く動けるようにならないと)
「ソリオンは頑張り屋だ。しかも賢い。きっと大物になるぞ!」
「私も言葉を覚えるのも早くて賢いと思うわ。でも、大物にならなくても、ソリオンの生きたい様に生きてくれればいいと思うわ」
母親と父親を見ながら、うなずく。
「うん!」
言葉はある程度、理解できるが、口が回らない。また、簡単な単語は出てくるが文章を組み立てるのは、会話レベルだと難しい。
(この辺は英語と同じだな。慣れれば問題なくなるはず。まだ1歳半だし)
よちよち歩くソリオンをダトがジッと見つめる。
しばらく見つめた後に、何かに納得したように表情を浮かべる。
「ソリオン。やっぱり、 また魔力が増えてるな!」
「えっ? また増えたの?」
少し心配そうな顔をして、シェーバがソリオンを見る。
「そう言われれば、そうね。増えてるみたい」
「やっぱり大物になるかもな。もしかしたら<豪級>以上の<系譜>を持ってるかもしれん」
「ダト。あんまりソリオンの生き方を<系譜>だけで図らないで」
(<豪級>ってなんだ?)
「すまん。そういう意味で言ったんじゃない。ただ、ソリオンには、自分の道を生きてほしいと思っている。それには力がいる」
「自分が成すべきことを見つければ、それはそれで立派な生き方だわ。力は有りすぎても良いことはないわ」
(それに、母さんはあんまり魔力を増やしてほしくなさそうだな。なんでだろう?)
「そうかもしれんが…。」
(父さんは納得してなそうだな。どっちにしても、自分がこの人生で、成すべきことは決まっている。魔物図鑑をすべて埋めることだ)
「ぐぁんばる!」
ソリオンは
その姿を見た二人は、キョトンとした後に、大笑いし始めた。
ソリオンの生き方について、真剣に話していたが、まだまだ早すぎることだと気がついたようだ。
(期待が早すぎるのは、どこの親も同じだな)
魔力はソリオンだけが持つものではないということが分かってきた。
最近は、父親や母親の魔力も、次第に感じることができるようになった。
魔力自体はおそらくソリオンの方が、既に多いと感じる。
しかし、ソリオンの魔力とダトの魔力は似ているが、どこか別物の様に思う。
そんな両親の様子を見ながら、机の近くまで行き、父親に抱きかかえられ、椅子に座る。
家族全員で席に着くと、両親は少し
「主神テメロスに感謝を」
両親が祈りを捧げているのを見ながら、自分もたどたどしく真似をする。
初めて見たときは、随分
前世では、信仰とは縁遠い生活をしていたため、珍しいという気持ちが強かった。
「さて、朝ごはんにしよう」
父親の言葉で朝ごはんを食べ始める。
食事は蒸した芋のようなものに、塩味の効いたバターとクリームの中間位のソースを塗って食べる。ソリオンは歯が生え揃っていないため、お母さんがある程度潰してくれたものをスプーンで食べる。
少し臭みの強いミルクを飲んでいると、先程台所に向かった母親がお皿を持って帰ってきた。
そのお皿には、昨晩の残りである干し肉を煮たものを入れたスープがでてきた。
(やったー!干し肉スープだ!)
割とよく出てくる料理だが、ソリオンはこの料理が大好きだった。
粗食が多いこの世界ではあるが、肉類に関しては、前世より美味しいと思う。
ソリオンがよそってもらったスープを、頬張り始めると、父親のダトが母親と話し始める。
「アシダ村が大物に襲われたらしい。人も畑にも被害が出たと、ジャンから聞いた」
「本当? 最近はあまり聞かなかったのに。 騎兵団は来てくれるのかしら」
母親のシェーバが心配そうな顔をする。
「この村にも小さいのが入り込んだって話だ」
「本当?!大丈夫なの?」
「バロナだったから大したことはない。開拓使と自衛団で協力して追い払ったようだ」
「やっぱり心配だわ、バロナといっても魔物は魔物だから」
(ん?! 魔物って言葉が聞こえたぞ!)
「魔ぁものーって?」
「心配しなくていいだぞ、ソリオンには指1つ触れさせないから安心しろ」
(ありがとう、父さん。でも、そうじゃない)
「ほら、ダト。ソリオンが怖がっているじゃない。この話はまたあとで」
(ありがとう、母さん。でも、そうじゃない)
「そうだな」
(・・・・・)
両親が話題を変えて、次の畑の収穫期の話をし始めた。
食事の間、何度か機会を伺ってみたが、結局、魔物が何なのかは、分からないままだった。
食事が終わり、母親は片付を始め、父親は畑仕事のため、出かける準備をする。。
「ダト気をつけてね」
「心配し過ぎだよ」
「でも…。万が一、自衛団で魔物と戦うことがあっても、絶対に無理をしないで」
「わかった。愛する妻と生まれたばかりの息子がいるんだ。無茶はしない。もう昔みたいじゃないさ」
ダトが笑いながらシェーバに語りかけ、最後にキスをしてから畑仕事に出ていった。
(弟か妹ができる日も近いかもな。ともかく、この世界にはやはり魔物が居るんだ。あとは、どうすれば魔物を図鑑に登録できるかだ)
シェーバが朝食の後片付けを終えた後、子ども部屋を兼ねた寝室まで抱っこしてもらった。
魔物を見てみたいと思うが、先程の父親の話では本当に人を襲うとのことだ。
図鑑に魔物を登録するのはしばらく後になるかもしれない。
少なくとも1歳児がどうにかできるとは思えない。
(他に魔物図鑑を埋めている人がいれば、教えてくれるんだろうか)
両親が自分と同じような本を出している様子はない。とはいえ、自分が出した本は両親には見えてないため、両親は自分には見えない本を持っている可能性もある。
(参ったな。早く図鑑を埋めたいけど、やっぱり情報が足りない)
ソリオンが悩んでいる間に、母親のシェーバが洗い物を終えて、部屋に入ってきた。
「ぼーっとして何しているの? 今日は何を読んでほしい?」
「これよんでー」
「いいよ。お母さんの膝の上においで」
母親は笑顔で近くにあるベッドへ腰を掛ける。
呼ばれると、せかせかと膝の上に乗り、ソリオンも顔が
そして、絵本を読んでもらい始める。
ソリオンはいち早く文字を読めるようになりたい、言葉を覚えたい、こちらの世界の情報を手に入れたい、と考えたため、絵本をせがむようになった。
絵本を沢山読んでもらう中で、分かったことも多かった。
まず、時間についてだ。年や月と同等の概念はあるが、1年は14ヶ月程あるようだ。正確に時間を測れるわけではないため、あくまで体感になるが、この世界の1日は少し早い気がする。
1日は天体の自転の速さによるらしいが、自転のスピードが地球とは違うのかもしれない。
そして、とても不思議な事に、植物や動物がとても地球の生き物と似通っている。
犬やネコ、芋や麦といった前世でもよく見たものと、一見するとほとんど変わらない生き物がいるということだ。
前世で、大学院で生物学を専攻していたものとしては、興味をそそられるものがあった。
(
しかし、前世のそれとは全く異質の存在が魔物だ。
父親が話した時、魔物という単語を知っていたのも実は絵本で学んだものだ。この世界の絵本の大半には、少なくとも一回は魔物がでてくることが多かった。
それが単なる
魔物は実在する。
母親に魔物の話を詳しく知りたて、それとなく聞いても、毎回大丈夫だよって優しく頭を撫でられるだけだったので、いつしか聞かなくなっていた。
シェーバはソリオンが怖がっているのだろうと勘違いしていたようだ。
(そういえば、別れた『妻』もオオカミの絵本を見て怖がる息子を、優しく抱きしめていたな)
何冊か絵本を読んでもらった後、母親はリビングで内職の編み物を始めた。
ソリオンが生まれる前は両親共々、畑仕事をしていたようだが、今は1歳児がいるた め、家でできる仕事をしているようだ。
(子どもの生活も悪くない)
この世界に生まれて、それほど時間は経っていない。
しかし、両親に愛される生活の中で、新しい人生について、少し前向きに捉え始めるようになった。
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