従魔


「皆、風車から出ろ!」


 リョップが大声をあげながら、出入り口へ誘導する。

 戸惑っているアンネを無理やり抱え、ソリオンは魔物が間引かれた出入り口を目指す。カナンもソリオンへ続く。

 

「ギィィィイイイ!」


 イラと呼ばれた蟲型の魔物は逃げる獲物を追いかけるように、出入り口へ目指すソリオン達の方へ向かう。

 リョップが足止めのため、何発もの銃弾を浴びせる。しかし、イラは銃弾などまるで意に介さない。


「魔力を込めてない銃弾など、役には立たないか」


 リョップが自嘲的に独りごちる。

 イラとソリオン達の距離がみるみる縮んでいく。イラが巨大な鉤爪を振りかぶる。


「これでも飲んでもなさい!」


 イラに果実酒が入った樽が投げつけられる。ミオが近くにあった樽を投げたようだ。中から出た大量の果実酒がイラに降りかかる。

 ダメージは無さそうだが、果実酒に少し驚いた様子で勢いが少し止まる。


「急いで! 建物の中だと、圧空弾は使えないの!」


 リョップは既に風車から出ている。ミオは出入り口のすぐ側で、ソリオン達を待っている。

 カナンが全速力を出して風車の外まで出る。しかし、アンネを抱えて走るソリオンは出入り口まで後、数歩はある。

 果実酒をぶち撒けられたイラが、怒りの形相でソリオンへ迫る。

 間合いに捕らえたと言わんばかりに、4本の腕を大きく広げ、アンネを抱えるソリオンごと押しつぶそうとしている。

 ソリオンはアンネを抱えたまま、急にしゃがむ。ソリオンの頭上を4本の鉤爪が空を切る。イラの目が更に怒りを帯びる。

 しゃがんだ勢いにより脚にかかった荷重を反発させ、最後のダッシュをかける。


「お待たせしました!」

「やるじゃない!」


 ソリオンが出入り口を通過する。ミオはポーチから鉄製の球を出し、杖の下端から球体を投げ入れる。そして、大量の魔力を杖に込める。

 イラがソリオンを追いかけ、出入り口に差し掛かる。


「あんたは出て来ないでいい!」


 ミオの杖の上から鉄球が空気銃のように撃ち出される。

 撃ち出された鉄球は蟲型の魔物に命中すると、爆音を上げて破裂する。風車の全体がギシギシと揺れ、1階と2階にある窓が、窓枠ごと内側から吹き飛ばされる。


「やったか!?」


 リョップが手をかざしながら、爆心地を見る。


「ギィィイ!」


 白煙の中からイラの姿が表す。

 体を覆う甲殻の所々ががれ、4本あった腕のうち1本が腕が吹き飛んでなくなっているが、まだ闘争心に満ち溢れているようだ。


「嘘でしょ!? 以前、戦ったときには一撃だったのに」


 ミオは以前もイラと戦ったことがあるようだ。


「変異個体かもしれない」

「E級の変異個体ってことは、D級相当ってことですか!?」

「わからんが、魔力が足りない状況だ。今は逃げるぞ」

「はい」


 リョップは戦うには分が悪いと判断し、恐怖で起き上がれないアンネを抱えると走り始めた。ソリオン達も後に続く。


 元々出入り口だった所から、イラがゆっくりと出てくる。


「ミオさん、あの魔物から逃げ切れるんですか!?」


 ソリオンは走って逃げれるのか、戦った経験がありそうなミオへ尋ねる。


「大丈夫よ。体が頑丈な分重くて、あまり早くないの」

「そうですか。安心しました」


 安堵したのも束の間、風車から出たイラが弾丸のような疾さで走ってくる。


「速いじゃねぇか!」


 カナンが不安の表情を見せる。


「嘘! こんなに速いイラがいるなんて」


 ミオが困惑の表情を浮かべる。

 逃げるソリオン達を阻むように、風車に群がっていた魔物たちの残党が襲いかかる。


「雑魚共が、鬱陶うっとうしい」

「来いよ、相手してやんよ!」

 

 リョップが魔力の込めていないが銃弾で牽制する。カナンもそれに加わる。

 ミオも加わろうとした瞬間、死角から黒い何が突進してきた。


「キャアッ!」


 何とか杖で攻撃を防ぐが、そのまま吹き飛ばされる。 

 ミオにはロリポリ鎧をきたダンゴムシとほぼ同じ大きさの鈴虫のような魔物がまとわりついている。

 よく見ると、虫の口先は鋭い針のようになっており、左肩に突き刺さっている。


「パレスか! 麻痺毒を食らうぞ! 早く剥がせ!」

 

 パレスと呼ばれた鈴虫のような魔物をミオが杖で叩き落とす。しかし、ミオは苦汁でも飲まされたような表情を浮かべる。


「ごめんなさい。麻痺毒をもらったみたいです。体が動かない」

 

 先程までパレスの針が刺さっていた左肩を中心に、小刻みに振るえている。

 その様子を見ていた、イラがソリオン達を無視し、3本の腕をすべて広げて一直線へミオへ襲いかかる。

 リョップは抱えたアンネ、ソリオンとカナンへ目をやる。


「…お前らは逃げろ」

 

 そう言うとアンネを下ろし、銃を構える。

 銃を撃つが、全くイラは気にも止めていない。

 それでもリョップは構わず、銃を撃ち続ける。


「カナン、アンネをお願い」


 ソリオンはアンネの側を離れる。


「おい! 何する気だ!?」


 倒れたミオへイラが襲いかかろうとしている時、空を一筋の影が横切る。

 空から降ってきたイタチがイラに爪を立てる。甲殻が剥がれた部分からわずかに体液が吹き出す。

 イラは困惑がしているようだ。


「何だ、このグリゴラ爪のあるイタチは」


 リョップも、言葉通り降って湧いてきたグリゴラに戸惑う。

 イラへ向けていた銃口をグリゴラへと向ける。


「リョップさん、撃たないでください。僕の従魔です」

「従魔? お前、<調教士>だったのか」


 ソリオンが風車に入る前に、黒猫に背中を切られたとき、イチ達はソリオンの危機を察知したようだ。直接的な意思疎通などは離れているとできないが、ソリオンの危機を本能的に察知することができるようだ。

 ニーがイチとサンの両方を掴みながら、家の近くの草むらから、こちらへ向かって来ているのは分かっていた。


「おそらく、そうだと思います」


 リョップとミオは想定外の事態に驚きを隠せていない。

 ソリオンはニーを呼ぶ。ニーが肩に掴まる。


「ニー、いくよ。イチは背後から狙って。サンは僕の後ろで待機」


 ソリオンがナイフを構え、イラへ向かう。


「逃げて! <調教士>でもG級の魔物だとE級には勝てないわ!」


 ミオが自分に構わず逃げるように言う。

 イラの凶悪な鉤爪が、ソリオンへ襲いかかる。

 ソリオンはイラの攻撃を紙一重で回避しながら、圧空弾により剥がれた所を集中的に斬りつける。

 背後からはイチが爪で攻撃する。

 イラは3本の腕を順々に使い、一息つく暇も無い攻撃を仕掛けてくる。一撃でもあたれば、文字通り体に穴が空くだろう。

 極限の中で、今までに無いほどソリオンの感覚は研ぎ澄まされていく。


「今までと動きがまるで違うわ」


 ミオが見入るっている中、リョップがミオに肩を貸す。

 

「今の内に下がってください」


 ソリオンが下がるように伝える。ミオが助けられるのを確認すると、イラから距離を少し置き、魔力をニーへ込める。


「ニー、全力だ」

「ピィイイイ!」


 ニーの周りに風が渦巻いていく。風は強くなり、まるで小さな竜巻と化す。

 ソリオンの魔力を受け取り、空に届く様な巨大な旋風がイラに向かって放たれる。

 旋風はそのままイラへ到達すると、風車の近くに居た他の魔物達も飲み込んでいく。


「なんだよ!あの風!」


 カナンがつぶやく。他の者は声も出ない。

 周囲の瓦礫や木々も巻き込みながら、風の形をした暴力が白茶色になりながら辺りを包み込む。

 ソリオンの半分近い魔力を込めた攻撃だ。少なくともダメージを与えて逃げる時間を稼ぎたい。


 しかし、そんな願いも虚しく打ち砕かれる。

 舞い上がった土埃が薄れかかると、羽を高速に振るわせ、空から怒りの表情でソリオンを見下ろしているイラが目に入る。

 むしろ、旋風による攻撃の前より魔力が膨れ上がっている。


「なっ、なんで…」


 イラは羽を羽ばたかせたまま、ソリオンへ襲いかかる。

 先程までは、紙一重で回避できていた鉤爪による攻撃が振るわれる度、皮膚から血が流れていく。


(完全に避けきれない!)

 

「イラは怒りを魔力へ変換する! 中途半端な攻撃は逆に強くさせるだけだ!」


 リョップがソリオンへ言葉を投げかける。


(なら、どうすればいいんだ!?)


 ソリオンの魔力も込めたニーの旋風は切り札だった。しかし、それすらも有効打にはなっていない。

 次の手を考える間物無く、イラが襲いかかる。更に先程の旋風を逃れたF級の魔物たちもソリオンへ向かってくる。


(イチやサンだとF級には対応できない!)


 ソリオンは仕方なく、ニーへF級の対応を命じる。ニーが飛び立ち、スプレータ三枚羽の鳥オキュラタス黒猫へ向かう。

 ニーが居なくなると、今まで軽かった体が鉛でも張り付いた様に重く感じる。

 そこへイラの巨大な鉤爪が振るわれる。

 ソリオンは後ろへ倒れるように回避するが、すぐさま次の鉤爪が襲いかかる。

 倒れかかっているソリオンへ、追い打ちをかけるように3本の腕が同時に振るわれる。

 鈍い音が辺りへ鳴り響く。


「ソリオン!!」

 

 アンネの悲鳴にも近い声が聞こえる。

 無残にも貫かれたかの様にも思われたが、イラの鉤爪は盾の様なもので防がれていた。

 両手に抱えられた盾はロリポリ鎧を纏った魔物だった。


(なんとか、間に合ったな)

 

 サンは大した攻撃手段を持たない。だが、反面全身を覆う厚い甲殻は非常に頑丈だ。さらに、ソリオンが魔力を込めることで絶大な防御力を生んでいた。

 サンの甲殻は、いつものそれよりも、厚く複雑な形状に変化している。

 強化された甲殻に対して、イラが何度も何度も鉤爪で叩きつける。

 ソリオンの幼い体は、一発殴られるごとに体が少し浮き、後ろへと徐々に押し込められる。しかし、サンの甲殻には傷一つつかない。


「イチ! 後ろから毒爪で攻撃だ!」


 イチは先程から毒爪を使っていたが、更に追い打ちをかける。

 数発では全く効果が見られなかったが、毒爪を何度も何度も打ち込んでいく。


(魔力が尽きるのが先か、毒が回るのが先か)


「ギィィィイイイ!」


 イラの魔力が更に上昇する。怒髪を突く形相を見せており、怒りが絶頂に達しているようだ。子どもと格下の魔物ごときを、なぜ殺せないのかと言いたげだ。

 莫大に増えた魔力を乗せた鉤爪がギロチンの様に振り降ろされ、サンの甲殻に僅かなヒビが入る。


(更に攻撃力が上がるのか!)


 イラの攻撃が更に強くなり、サンの甲殻どんどん剥がされていく。


「ジィイイイイ!」 


 サンが苦痛の声を上げる。

 イチが更に毒爪を放つ。だがイチの魔力も尽きそうで、先程より毒の量は少なそうだ。

 そして、ついにパリッという音を立てて、サンの甲殻が大きく砕ける。この状態で攻撃を受けるとサンが死んでしまうと判断したソリオンは、サンを後ろへと放り投げる。 

 イラは好機とばかりに、3本の腕で巨大な鉤爪を振るってくる。

 ソリオンは急にしゃがむ。そして、大きな鉤爪が頭上で空を切る。


「やっぱり最後は全部の腕で攻撃したがるんだね。でも、今度は逃げないよ」


 風車の中でのソリオンへの攻撃、麻痺で動けないミオへの攻撃、仕留めるための最後の攻撃は、常にすべての腕を使っていた。それが最も確実に仕留めることができる方法だと本能的に知っていたのだろう。

 ソリオンは起き上がりながらダッシュすると、そのままイラの懐に飛び込み、太い胴体の下を潜る。

 そのまま、背後から切りつけていたイチに触れる。

 ソリオンは残っているすべての魔力をイチに注ぐ。


(本当にこれで最後だ!)


「イチ!! 毒爪だ!!!」

「キィイイイ!」


 イチの爪から毒がしたたり落る。そのまま爪をイラの背後から突き刺す。毒爪が腕ごと肉の中に食い込む。

 痛みにイラが激しく暴れ、イチもソリオンも吹き飛ばされる。

 ソリオンはゆうに数メートル飛ばされ、何度も転がりながら止まる。


(魔力は完全に尽きた…)


 イラに目をやると、こちらに歩いて来ている。

 ソリオンはそれを静かに見守る。やれるだけすべてやったという気持ちが強い。

 そして、ソリオンまで後少しという所まで来る。


 イラは近くで止まり、そのまま横に倒れる。

 

「やった…のか?」


 確信が得られないまま、しばし静寂な時が流れる。

 しかし、イラは起き上がる様子を見せない。


 辺りのF級を一掃したニーが、倒れたイラの頭の上に止まる。ニーは美しかった羽がボロボロで所々傷を負っているようだ。

 ニーは毛づくろいを始める。

 その姿を見たソリオンは、イラを倒した事を確信する。


「ああぁー! 疲れたー!」


 そのまま仰向けに寝転がる。

 そこへソリオンと同じくボロボロになったイチとサンが来る。


「皆、ありがとう」

 

 ソリオンは心からのお礼を伝える。


「さて、大事なことを忘れないように、と」


 ソリオンは急に起き上がり、皆に指示をする。


「イチはあの黒猫を頼む」


 壮絶な戦闘の後に残った亡骸を指差す。


「ニーはあっちの三枚羽を、サンはあの鋏のついた羽虫と針を持ってる鈴虫みたいな奴だね」


 そしてソリオンは先程まで共に死闘を演じたイラの死体の近くまでいく。

 何とも言えない気持ちが込み上がってくる。嬉しさなのか、申し訳なさなのかはっきりしない。

 カナン達を見ると、4人とも目をパチパチさせている。何が目の前で起きたのか理解しがたい様子だ。


「すみません。この魔物の魔獣石もらっていいですか?」

「おっ!? い、いいと思うぞ。なあ、ミオ?」

「わ、わたし!? 私は何にもしてないので…」

「いえいえ。ミオさんが甲殻を剥いでくれたから、戦えたんですよ」


 ソリオンは正直に答える。

 イチの毒爪が刺さったのはミオの圧空弾があったからだ。


「気にしないで! ほとんどソリオン君が倒したようなものだし」

「ありがとうございます。それでは遠慮なく」


 そいうとソリオンはリョップに借りたナイフで、胸の辺りを割く。

 しばらく解体を進めると、そこには今まで見た中で最も美しく大きな魔獣石が現れた。

 その巨大な魔獣石を羽虫を食べているサンへ差し出す。サンはそれを嬉しそうにバリバリと砕きながら残さず食べた。

 ミオとリョップが勿体なさそうな表情を浮かべる。


「あの魔獣石なら、それなりの値で売れたろうに…」

「魔物に食べさせるなんて…」

 

(よし!魔物図鑑の完成に一歩近づいたぞ!)


 2人のうなだれた顔をしり目に、ソリオンだけは嬉しそうな表情を浮かべている。

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