すれ違い

 ソリオンは新しく倒した魔物達の魔獣石を、イチたちに食べさせている。


「なぜ従魔に魔獣石を食べさせてるんだ?」


 リョップが不思議そうに尋ねてくる。


「魔物図鑑に登録するためですよ? 他の<調教師>はしないんですか?」

「魔物図鑑? なんだ、それは。普通、魔物は魔獣石を好んでは食べない」

「うちの子達が変なんですかね」


 (どういうことだ? イチたちは好んで魔獣石を食べるけど)


「それに、さっき従魔と魔力を同調させていたように見えたが、あれは何だ?」

「従魔達の<特技>に僕の魔力を込めることができるんですよ」

「初耳だ。そんな<特技>があるのか?」

「よくわからないです」


(話が噛み合わないな。<調教師>とは何なんだ?)


 カナンがツカツカとソリオンの前まで歩いてくる。 


「そんなことより! ソリオン!」


 表情には怒りと悲しみが混じっている。


「お前、なんでそいつらの事を隠してやがった!?」


 顔を真っ赤にしながら、イチ達を指差す。


(もう流石に隠せないか)


 ソリオンはまだ隠せるなら隠しておきたかった。下手に知られることで魔物図鑑を埋める上で邪魔になる可能性があったからだ。

 そのため、できるだけ可能性を排除しておこうと考え、実行してきた。


「イチたちは魔物だから、皆に怖がられるんじゃないかって思って」

「そんな事を聞いてんじゃねえ!」

「だから、それが従魔を隠してた理由だよ」

「違う!! 全然、違う!」

「何か違うんだい?」

「俺が聞きたいのは、理由だ! 」

「カナン、どういう意味だい?」

「お前…本当に分からねえのか?」

「僕は今は本気でやってる。命を賭けてると言ってもいい」

「命…、お前にとって俺は…。 クソッ!」


 カナンは怒りの表情を浮かべて、歩き出す。

 目には涙を浮かべているようだ。

 カナンは1人、市場の方へ帰り始めた。


「カナン、またね」


 ソリオンは掛け声をかけるが、カナンは返事をしないまま、消えていった。


(何をそんなに熱くなってるんだろ。まあ、まだ子どもだからね)


「…俺たちも帰ろう。事態を報告する必要がある」


「リョップさん、ごめんなさい。私はまだ麻痺毒が効いているので、少し休んでから行きます」


「僕もまだ従魔へ魔獣石を食べさせるので、大丈夫です」


「そうか。では、この子を先に家に帰してあげよう」


 リョップはそう言うとアンネの手を引く。

 アンネが不安そうにソリオンを見る。


「大丈夫だよ。リョップさんは自衛団の人だからすぐに家まで届けてくれるよ」

「うん…」


 アンネがうつむいたままうなずく。


「アンネ。また明日ね」

「また、ね」


 アンネは声を振り絞るように挨拶する。


「リョップさん、ナイフありがとうございました」


 ソリオンはリョップから借りていたナイフを返そうとする。

 ナイフは刃こぼれだらけになっている。

 リョップはソリオンの傷だらけの手と顔を順番に見る。


「いつかいで返しに来い。それまで死ぬな」

「ん? 死ぬ気なんてありませんが?」

「気づいていないのか。お前は自分の命を雑に扱いすぎている」

「そんなことありません」

風車ここに飛び込んできたときも、イラと戦ったときも、死をかたわらに置くことに躊躇ちゅうちょしていなかった」

「あのときは必死でしたから」

「必死か。とても、悲しい生き方だ」

「必死なのはいいことだと思いますが、肝に銘じておきます」


 リョップは何かを言いかけたが、思いとどまった様に言葉を飲み込むと、アンネと一緒に丘を降りていった。

 ソリオンは見送りもそこそこに、魔物図鑑を眺める。


(やった! 一気に新しい魔物が5種類も登録されてる!)


 まだ幼いアンネが命を落とすかもしれないというを想起させる緊張感があったため、新しい魔物の出会いはあまり考えないようにしていた。


 しかし、アンネの安全が確保された今、新しい魔物と出会え、完成に一歩近づいたという喜びがソリオンの気持ちを埋め尽くしている。


「ねえ、ソリオン君。さっきのはあんまりだと思うわよ」

「さっきの?」

「カナン君とアンネちゃん。ソリオン君の友達でしょ?」

「友達ですが、まだ子どもですからね」

「ソリオン君もだよね? カナン君とアンネちゃんとっても寂しかったんだと思うわよ」

「うーん。わかりました!また明日話しておきますね!」


 ソリオンは、そんなことより魔物図鑑に追加された新しいページの翻訳作業をどう進めようかという考えで頭が一杯だ。


 1人嬉しそうなソリオンを、ミオが心配そうに眺めていると、先程リョップ達が下った丘の道から多くの人達が走って登ってくる。

 その先頭に、槍を片手に持った褐色に日焼けた男がいる。


 ダトだ。


「おい! ダト、こっちだ! カナンと騎兵団の兄ちゃんが、道すがら言ってとおりだぞ!」


「こりゃあ、どういうことだ!?」


 辺りの惨状を目の当たりにして、困惑している。

 後ろには村人たちがどんどん集まってくる。どうやら自衛団のようだ。自衛団達も魔物の死骸に驚いている。

 ダトは困惑しつつも辺りを見回し、端で休むソリオンとミオを見つたようだ。


「ソリオン!! 大丈夫か!? 怪我してるじゃないか!!」

 

 ダトは急いでソリオンまで駆け寄ると、ソリオンの体中についた傷を確認し始める。

 傷を一つ見つける度、ダトは注意深く傷の深さを確認していく。その度、ソリオンがくすぐったそうに顔をひそめる。


 命の関わりそうな傷がないことを確認すると、心から安堵の表情を浮かべる。


「うわ!! まだ生きている魔物がいるぞ!」


 ソリオンが声がする方を振り向くと、自衛団が武器をかざしてイチ達を囲んでいる。


「待ってください! その子達は僕の従魔です!」

 

 ソリオンが慌てて、静止する。


「従魔ってなんだ?」

「どうみても魔物だぞ」

「何を言ってる。弱ってる今がチャンスだ」


「その子達は人に危害を与えません! 僕は<調教師>の系譜を持ってるんです! 信じてください!」

 

 ソリオンは恐れていた事態を回避するため、声を張って説明する。


「本当です。ここにいる魔物たちの半分はソリオン君とこの子達で倒しました」


 ミオも援護に加わる。


「州本部の騎兵団にも<調教師>や<騎獣士>がいます。その人達は魔物と一緒に国のために戦っています」


(そんな組織があるのか! そこなら魔物図鑑の情報もたくさんあるはずだ!)


 ソリオンは意外な情報に胸が躍る。


「ここにある死骸の半分だと!? 半分でも村の中心を襲ってきた奴らの倍はあるぞ」

 

 ダトが驚愕の表情を浮かべる。


「本当なのか、ソリオン!?」

「僕一人じゃなくて、騎兵団のミオさんやリョップさんが居たから倒せたんだけどね」


 自衛団からも驚きの声があがる。


「村の中心を襲ってきた奴らはG級にF級が少し混ざってた程度だったのに」

「ああ、ここにはF級がゴロゴロいらあ」

「おい、見てみろよ。あのでかい虫みたいな魔物、あんなの見たこと無いぞ」

「じゃあ、果樹園の方に来た奴らが本隊だったのか!」


 どうやら、村の中心へ向かった魔物よりも、こちら側へ着た魔物の方が規模が大きかったようだ。

 

(それなら、あの数も納得だね。でもラッキーだった)


 ソリオンは魔物の襲撃がある際、どうやって魔獣石を手に入れるかを考えていた。それが、アンネを助け出す過程で多く手に入った事を幸運のように感じる。


 ダトが、感慨にふけっているソリオンへ真剣な眼差し向ける。


「なぜだ? なぜ風車こんな所まで来た?」


「アンネがそこの風車へ行っていることを思い出したんだ。本当は父さんに知らせようとしたんだけど、騎兵団の人たちが一緒に探してくれて」


「それはセルジから聞いた。俺が聞きたいのは、なぜまで来たのか、だ」


 どうやら騎兵団の一員、セルジとダトは旧知の様だ。

 片や騎兵団を仕切っており、片や自衛団の団長だ。当然といえば当然だ。


「アンネが風車の中で怖がっていると思うと、居ても立ってもいられなくて」


「それは本当か? いつも冷静で頭が切れる、お前が魔物の群れに飛び入ったのか?」


「いや、少しは戦えると思ってたけど」


「お前は俺との約束を忘れちまったのか! 絶対に魔物を甘く見るな、と約束したはずだ!」


「…甘くは見てなかったよ」


「じゃあ、絶対に勝てる状況だったのか!? 命に危険はなかったと言い切れるのか!?」


「…勝てる見込みは、あった」


「見込みって。お前、そんな不確かな状態で群れに飛び込んだのか!? 死んでたかもしれないんだぞ!?」

 

 ダトは悲鳴に近い声でソリオンを責める。

 ソリオンの中になんとも言えない、鬱憤うっぷんが溜まっていく。


「…じゃあ、父さんは、アンネや自衛団の人達を見捨てればよかったって言うの?」

「そういう話じゃない! お前が助けに入るよりも、役場まで戻って助けを求める方法もあったはずだ!」

「そんな状況じゃなかった。父さんは見てないから分からないよ」


 ダトは苦悶の表情を浮かべる。

 そして、ミオを見る。


「あんた、確かセルジの隊の嬢ちゃんだな。なんで、ソリオンを止めてくれなかった?」

「すみません。結果として、ソリオン君のような子どもに助けられました。すべては私の、ひいては騎兵団の力不足です」

「力不足って何だ、それは! 騎兵団は民を守るための組織だろ!?」


 ミオは悔しさと惨めさに今にも泣きそうな顔をしている。

 ソリオンがイラを倒してくれなかったら、おそらく全滅であったことがわかっている様子だ。本来、人を守るべき自分が子どもに守られるという事実が重くのしかかっているのだろう。


「父さん、ミオさんは止めてくれたんだよ。それを僕が入っていったんだ」

「それが! それが、駄目だって言ってるんだ!」

「じゃあ、父さんが助けてくれば良かったじゃないか! 後から来て怒鳴り散らすだけなら、誰でもできる!」

「この野郎!」


 ダトはソリオンのほほを殴り飛ばす。

 イチ達が威嚇の態勢に入る。

 

「ソリオン! お前、 死ぬかもしれなかったんだぞ!? 母さんとも約束したんだろ!? 危ないことはしないって! それが何で分からない!?」


(さっきから何なんだ! にはやらなくちゃいけないことがあるんだ! この世界に遊びに来てる訳じゃない)


は! は死なんて怖くない!」

「ソリオン…、それがお前の本性なのか…」


 ダトは項垂うなだれる様にソリオンを見つめる。

 ダトとは思えない覇気の無い姿を生まれて初めて見る気がする。

 その姿に、なぜかソリオンは胸が引き締められるように感じる。


「父さん、もう僕は泣いているだけの赤ちゃんじゃない」

「そうか…。今は家に帰ろう」


 そう言葉を最後に、2人は声も交わさずに家路につく。

 麦畑に植えられた小さな苗が、夕日を浴びて針山のように感じられる。

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