魔物の群れ

 ソリオンたちは風車がある果樹園へと向かう。


「ねえ、君達。風車までは多脚車と走るのだと、どっちが早いの?」

「多脚車だと道が遠回りになります。このまま走って向かいます」

「そう、わかったわ」


 多脚車は、運搬性や走破性には優れるが、前世の車と比較して早くはない。そのため、遠回りすると余計に時間がかかると判断した。


「君たち、子どもとは思えないくらい早いわね。それに2人とも魔力も強いわ」

「だろ!? 毎日、鍛えてんだ!」


カナンが嬉しそうに答える。

弓を持つ男が不機嫌そうになる。


「…喋ってないで、もっと急げ」

「リョップさん、あんまりツンケンしないでくださいよー」

「ミオはもっと緊張感を持て」

「はーい」


 騎兵隊の若い女性がソリオン達へ声をかける。


「ねえ、名前は? 私はミオ。もう1人はリョップさん」

「ソリオンです」

「俺はカナン!いつか騎兵団へ入るから、よろしくな!」

「カナン君、騎兵団に興味があるのね」

「ああ! 騎兵団には強い奴らばっかりいるんだろ!?」

「そうね。強い人が多いと思うわ。国の組織だからしがらみも多いけどね」


 村の中心を抜け、家もまばらになり、まだ小さな麦の苗が育っている畑が多くなる。4人は畑の間のあぜ道を縫うように駆け抜ける。


(遅い! イチがいればもっと早く走れるのに!)


 ソリオンははやる気持ちばかりが募るが、体がそれに追いついて来ない。


「もう直ぐです! 次の丘を抜ければ、風車が見えます!」

「そうか。なら、ここまでで十分だ。ミオ、急ぐぞ」

「わかりましたー」


 騎兵団の二人が更に早くなる。今まで、ソリオン達の速度に合わせてくれていたようだ。二人はソリオン達を置いていっても問題ないと判断し、圧倒的な速度で丘を駆け上がっていく。


「すげぇ! さすが、騎兵団だな!」

「僕たちも急ぐよ」


 ソリオンたちも遅れながら後を追う。

 畑の丘を登ったときに信じられない光景が目に入ってくる。


「おい!ソリオン! 風車に魔物共が群がってやがるぞ!」


(まだ小さなアンネを死なせるわけにはいかない!)


「急ごう!」

「騎兵団の2人はもう戦り合ってるぜ!」


 風車の周りには数十匹の魔物が蠢いている。風車の壁に爪をたてるもの、吠えるもの、風車の壁を登ろうものなど様々だ。

 騎兵団の2人は風車の周りにいる魔物を蹴散けちらそうと、戦闘になっているようだ。


(なんで…。アンネがいるだけなのに)


 ソリオンたちも風車へ近づいていくと、上空から何かが急降下してくる。ソリオンが反応し、カナンを突き飛ばす。

 先程まで2人がいた場所を、刃による一筋の光が通り過ぎていく。


「痛ってーな! ソリオン、お前、何すんだ!」

「気をつけて、スキーリオ尾に刃がついた鳥がいる!」


 カナンの表情から苛立ちが消え、稽古の時同様、真剣な面持ちになる。


「カナン、走るよ。いちいち相手にしてられない」

「わかった」


 二人は同時に走りだす。


「ピィイイイ!」


 背後からスキーリオが刃を向けて迫る。背後からの追尾を察知し、ソリオンとカナンは走りながら、道中に落ちている太めの棒を拾うためにかがむ。


 二人が棒を拾うきを付く形で、刃が一直線に向かってくる。一足先に棒を拾ったソリオンが、飛びかかってくるスキーリオの正中線に合わせる形で棒を振るう。

 スキーリオは、それを流れるように避ける。

 そのままの勢いで、まだ棒を拾おうとしているカナンへ襲いかかる。


 刃届くかどうかという時、カナンはスッと立ち上がると同時に、掴んだ棒を突き上げる。咄嗟とっさの回避も間に合わず、棒に打ち付けられ、鈍い音が辺りに響く。

 スキーリオはそのまま地面へ落ちていく。


「調子にのんな! 鳥が!」

「やるね、カナン」


(やっぱり普通の個体だとこんなものか)


 魔物を振り払い、風車へ近づいていく。魔物の数が多いことは分かっていたが、近くで見ると改めて魔物という存在を強く感じる。


(見たことない魔物も混ざってるな。この辺りにいない奴らだ)


 ソリオンは訓練や勉強の合間に、頻繁に北の森へ通っていた。しかし、新たな魔物に遭遇しなかった。

 周囲に警戒しながら、更に風車へと向かう。 


「何をしてるんだ、 帰れ! こんな所まで来るんじゃない」

「え!? ついて来ちゃったの!?」


 騎兵団のリョップとミオは、二人がついて来たことに気がついたようだ。


 リョップは大弓ではなく、ライフルに似た銃のようなもので戦っている。ミオは長めの杖を用いて、打ち、払い、突きを使い分けながら、魔物を倒している。


(リョップさん、弓じゃなくて銃を使うのか。何のために大きな弓を背負ってるんだ)


 少し疑問の思ったが、今は考えることではないと思い直す。

 

「早く帰れ! 思った以上に数が多い! 子どもを守りながら戦えん」

「そうよ!お友達はお姉さん達に任せ…」


 ミオが話ている途中で、大人の上腕程ありそうな羽虫がソリオンへ襲い掛かってくる。

 羽虫の尾の先端がはさみ状になっている。


「危ない!」


 ミオが杖に魔力を込める。杖の間合いでは到底届かい距離のため、何かをしようとしているようだ。

 込められた魔力に比例し、杖の先端に空気が圧縮していく。

 しかし、羽虫のほうが早くソリオンは到達する。


「間に合わない!」


 ミオは悲痛な表情を浮かべる。

 ソリオンは手に持った棒を使い、音も立てず、避けながら羽虫を叩き落とす。


「そんな…。子どもがコーダムハサミを持った羽虫を棒切れで倒すなんて信じられないわ」

「ソリオンなら余裕だろ」


 騎兵団の2人は驚きながらも、眼の前の魔物に卒なく対処している。

 そこにソリオンとカナンか魔物の撃退に参加する。

 大弓を背負ったリョップが銃で魔物を撃ち抜きながら、ソリオン達の近くまで下がってくる。そして、背中のホルダーに刺した二振りのナイフを抜き取る。


「お前達、これを使え。ただし、G級以外には手を出すな」

「いいんですか?」

「さっさと受け取れ」

「はい。では、使わせてもらいます」


 受け取ると同時、バロナが針を飛ばそうとしている様子が目にはいる。ソリオンは針を飛ばされる前に、バロナの正面に向かって一歩前に踏み込む。

 一瞬、バロナと目があったように感じる。


(ごめん)


 ソリオンはバロナの側面を一閃のもとに斬り伏せる。バロナはピクピクしながらも、最後の時を迎えようとしていた。

 生き物を斬り、命を奪ったという感覚が手にまとわりつき、ナイフを握った手首の奥の方にヘドロでも流されたかのような気持ち悪さを感じる。


(いつも従魔達にやらせてたけど、自分でやるのは初めてだな…)


 しかし、周りの状況は刻々と変化しており、感傷に浸っている時間などない。アンネの安否も分からぬ状況で余談を許さない。

 風車を襲っていた魔物たちが、4人へ続々と向かってくる。

 ソリオンとカナンは、バロナやロリポリなどのG級を相手にする。

 リョップとミオはソリオンが見たことがないG級より明らかに魔力が強い魔物と戦っている。おそらくF級の魔物だろう。

 

「ミオ、オキュラタスが行ったぞ。気をつけろ」

「はい。リョップさんはスプレータをお願いします」

 

 2人は聞いたことのない魔物の名前を口にしているようだ。

 リョップが空に向けて何発か銃弾を放つ。弾丸の先には三枚の羽を持つ赤い鳥姿の魔物がいる。両翼に加えて、背中にもう一枚の羽生えている。

 魔物は何発かは避けたようだが、弾丸の一つが背中の羽に当たる。しかし、飛翔する勢いは衰えず、リョップと間合いを保ったまま、背中の羽を大きく羽ばたかせながら、旋回している。

 

 「チッ! 来るぞ! 」

 

 リョップが叫ぶ。

 三枚羽の鳥が旋回を止め、強い魔力を三枚目の羽に込めている。すると、背中の羽から数十枚の羽毛が空中へ放出される。

 最初はヒラヒラと空を舞っていただけの羽毛が、不自然に空中で静止する。

 次の瞬間、羽毛とは思えない直線的な動きで、ソリオンたちへ向かってくる。

 

 「あの羽に触れるんじゃない!」

 

 リョップの忠告に従い、空から降り注ぐ羽毛を、ソリオン達は切り傷を作りながら避ける。ソリオンたちが避けた羽毛が、周囲のG級の魔物たちに当たる。

 羽毛に当たった魔物たちの体に羽毛が吸い込まれる。吸い込まれた羽毛が、体の反対側から貫通して出てくる。

 間を置いて、血を吹き出しながら魔物たちが倒れていく。


 (この羽毛、すごい切れ味だ! 当たったら一溜まりもない)


 リョップが羽毛の刃を難なく避けると、銃を腰のホルダーへ戻し、背中の大弓と矢を構える。束の間、大量の魔力を纏った矢が放たれる。

 矢は轟音を上げ、軌道上の近くにいる魔物達の体が削りながら、猛スピードで進む。矢は見事に三枚羽の魔物へ命中し、貫通する。

 

「すげぇ…」


 カナンが呆気に取られる表情を浮かべながら、リョップが放った一撃の跡を眺めてる。

 矢が通った後には、何体もの魔物の残骸が散らばっている。

 ソリオンも驚愕していると、急に背中に痛みが走る。


(痛ッ!)


 痛みから逃れるように転がり、元いた場所に目をやると、そこには真っ黒な猫に似た生き物がいた。


「大丈夫!?」


 ミオがソリオンと魔物の間に割って入る。


「大丈夫です。傷はそれほど深くなさそうです」

「良かった。オキュラタスは背景に紛れるから注意して」

「はい」


 オキュラタスと呼ばれた黒い猫を見ると、後ろ足は指や肉球などは無く、かかとの下からは、牛の角のように鋭い角質で覆われてている。

 後ろ足にはソリオンのものと思われる血がついている。


(この黒猫、後ろ足が刃みたいになってる)


「シュー」

 

 黒猫が威嚇の声を上げると、真っ黒だった毛の色が背景に溶け込んでいく。


(擬態!?)


 よく見ればそこに異物がいることがわかるため、完全な不可視ではないが、非常に見づらい。

 保護色により見えづらくなった猫が、ミオへ襲いかかる。

 ミオは杖で相手の攻撃をさばいていく。だが、黒猫以外の魔物も同時に襲い掛かってくる中で、防御に徹する以上のことができない様子だ。


「ミオさん、手伝います。カナンもこっちを手伝って」

「おうよ!」


 二人はミオへ襲いかかる魔物の内、G級の魔物を惹きつける。


「ありがとう!助かる!」


 一旦、距離を置いた黒猫が、再びミオへ飛びかかろうとする。 

 ミオは素早くポーチから、手のひらに収まるくらいの金属でできた球体を取り出す。金属性の球を杖の柄の下から放り込む。

 どうやら杖の中は空洞になっているようだ。

 杖に魔力を込めると、杖の先端から黒猫めがけて金属の球が空気銃のように発射される。

 飛び出した鉄球は猫に直撃すると、鼓膜こまくが破れそうになるほどの高い音を立てて破裂する。


(まるで手榴弾だ!)


 球体は、黒猫の周辺も巻き込むように破裂したため、風車に群がっていた魔物達を押しのけ、一筋の道が開ける。


「あぁあ! クソッが! 耳がイッてる」

「泣き言は後。今のうちに風車まで行くよ」


 ソリオンはカナンの腕を掴むと風車まで引っ張っていく。


「ミオ、彼奴あいつ等に続くぞ」


 リョップとミオも後に続く。

 ソリオン達が風車の入り口まで到達する。ソリオンは閉じられている風車の扉を叩く。


「アンネ! 中にいるんだろ!? 助けに来たよ!」


 しかし、反応はない。


「おい! さっさと開けろよ!」


 カナンの怒気が込められた叫び声が上がる。その間に、退けられていた魔物達が態勢を整え、襲いかかる準備をしている。

 

「どいて!」


 走ってきたミオンがそのままの勢いで、杖で扉を叩きつける。

 3つほどの大きな破片となって扉は砕け散る。砕けた扉の内側には、果実酒を醸造するための樽が敷き詰められている。


「やっぱりアンネがいたんだ! 扉の内側に樽を置いて、防いでたんだ」


 ソリオンは安堵の声を上げる。

 4人は敷き詰められた樽を飛び越え、風車の中に入る。

 風車の中は、果実酒の甘酸っぱい匂いと古い木材独特の香りが辺りに充満している。


「ミオ、探して来い! 俺はここで食い止める」


 リョップが樽を盾にしながら、銃で入り口へ殺到する魔物たちへ攻撃を仕掛ける。


「わかりました。すぐ探してきます。それまでリョップさんも持ち堪えてください」


 3人は薄暗い風車の中にいるであろうアンネを探しに奥に入る。閉じられた窓から差し込む、僅かばかりの光の筋を頼りにするしかない。


「僕は上を探してきます」

「わかったわ。魔物が入り込んでいるかもしれないから油断しないで」


 ソリオンは近くのハシゴを登る。2階に登ると、ツーンとしたアンモニア臭が鼻を突く。空の樽が無造作に置かれているが、魔物に荒らされた様子はない。

 壁にほど近い樽の後ろで何かが動く音がする。


(樽の影に誰かいる)


 「アンネ、そこかい?」

 「ひっ」


 声をかけると、アンネの声が返ってくる。

 ひどく怯えてるようだ。

 ソリオンはできるだけ刺激しないように、ゆっくり樽の方へ向かい。樽と壁の間を覗き込む。

 そこには帆の切れ端を抱えて、丸まっている少女がいた。


 「アンネ、もう大丈夫だ。迎えに来たよ」

 「…本当にソリオン…なの?」

 「もちろんだ」


 アンネが恐る恐る顔を上げる。顔には恐怖が張り付き、目が真っ赤に腫れ上がっている。怪我などはしてなさそうだが、スカートは汚れてしまっている。

 アンネはソリオンの顔を確認すると、胸に飛び込んでくる。そして、大声を上げて泣き始める。


「怖かったね」

「ごわがったぁ。もう、ごのま゛まぁ、死ぬんじゃっ、ないかっ、て」

「騎兵団の人たちも来てくれたよ、村に帰ろう」

「ゔん」

「怪我は無いかい?」

「ゔん」


 ソリオンは怖がるアンネをなだめめながら、肩を支え、一緒に梯子はしごを降りる。


「よかった! 無事だったのね!」

「ったく、お前、迷惑かけすぎだ」


 ミオは安堵の表情を浮かべている。カナンも悪態をつきながら、どこかホッとした様子だ。

 張り詰めっぱなしだった気が少し緩む。

 しかし、入り口の様子は緊迫感を増している。


「バリケードが破られる。ミオ援護しろ、矢を撃つ」

「はい」


 樽の後ろから銃で応戦していたリョップが、2歩ほど下がり、大弓を引く。

 ミオは樽の隙間からい出てくる魔物たちを杖で突き戻していく。

 リョップが大量の魔力を弓へ込める。


「行くぞ!」


 リョップが声を上げた瞬間、ミオは阿吽あうんの呼吸で風車の入り口から離れる。

 放たれた矢は轟音を響かせ、樽を粉砕しながら、出入り口を一瞬で通り過ぎていく。先程まで魔物が群がっていた出入り口は一時の静寂に包まれ、樽に入っていた果実酒の甘酸っぱいアルコール臭が入り口から風に運ばれてくる。

 一瞬の静けさ後、何事もなかった様に、新たな魔物の群れが残骸を乗り越えながら風車に流れ込んでこようとしている。


「リョップさん、後、何回撃てますか?」

「銃弾も撃ちすぎた。後1回も打てば魔力が尽きる。ミオはどうだ?」

「<風術士>って、燃費悪いんですよね。後、圧空弾を2発という所です」

「そうか。なら、このまま出入り口で叩く方が効率がいい。最後の1発を撃つ。その後、全速力で撤退だ。ミオは緊急用に温存しておけ」

「はい」


 その後、十分に魔物を引きつけながら、矢に魔力を込める。

 魔物が群がってくるのを待ち最後の矢を放った瞬間、矢の轟音に紛れて、出入り口のがガラガラと音を立てて、崩れる。


 リョップとミオは目を見開きながら振り向き、驚愕の表情を浮かべる。


 そこには、1mをゆうに超える、全身を甲羅のようなもので包まれた生き物が立っていた。

 六本の足が羽のある太い胴体を支えている。そして、上半身のシルエットは人型に近いが、全身が光沢のある外皮に覆われており、大きな鉤爪かぎづめを持つ4本の腕と複眼が、蟲に類することを伝えてくる。


「イラだと!? E級の魔物までいたのか」

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