エーエンの森 深層

 ソリオンはレビの言葉を反芻はんすうしながら、騎兵団の駐屯地へ向かっていた。


(成したいことを忘れるな、か)


 騎兵団の駐屯地はヒロアイラの街の一区画にある。ソリオン達が住む市民街、レビの店や狩人ギルドがあるスラム街の区域などではなく、貴族が住む貴族街の更にその先だ。

 領主でもあるヒロアイラ公爵が住む居城の背後を、守るように駐屯地がある。


(確か、ここだな)


 奇異の目にさらされながら、貴族街を抜け、駐屯地の前に在る門の前に立つ。

 すると直ぐに、守衛と思われる男が声をかけてくる。


「何か用事か?」


 守衛は従魔達をしきりに警戒している。


「エフタさんに呼ばれて来ました。ソリオンと言います」

「エフタ大将? 子どもがか?」

「はい」


 半信半疑で訪問予定リストを確認してくれる。

 名前が在ったことに驚きながらも、守衛自身が中へと案内してくれることとなった。

 持参した武器は入り口に預ける形となったが、従魔の同伴は認めてくれるらしい。



 駐屯地の中では広大な演習場や、寄宿舎や倉庫、建物などが立ち並んでいた。

 そして騎兵団が訓練したり、談笑している風景など、それ自体1つの街として機能しているかのようだ。


 その中で、最も大きな建物へと守衛に案内される。


「本部の調査室に進んでくれ」

「ここまでありがとうございます。」


 案内板を確認し、調査室と呼ばれる部屋の前でノックをする。


「開いてる。どうぞ」


 エフタの少ししわがれ声がする。


「失礼します」


 ソリオンは部屋を開ける。


(すごいな)


 壁一面に本がぎっしりつ詰まっており、床には資料や絵が散乱している。

 それらは全て魔物に関することであることが一目瞭然だ。

 

 そして、重厚な作りの席に腰掛けているエフタが目に入る。


「ふむ。よく来てくれた」


 エフタが少年の様にキラキラとした目で、ソリオンとその従魔を見つめる。


「ほう。これがソリオンの従魔か。実に……良い従魔だ」

 

 エフタの目には、一瞬だけ、暗い感情が宿ったように感じる。

 まるでかたきでも見ているかのようだった。


(なんだ、今の反応は?)


 エフタが、立ち上がり、従魔達へと近づいていく。


「少し見せてくれるか?」

「どうぞ」


 

 エフタはイチを真剣な表情で、全身を隈なく確認していく。


カニス尾ひれを持つ犬とは実に珍しい。この辺りだとあまり見られない。だが、体色が異なっているな」


 次はニーを観察し始める。


 ニーの羽毛の中で休んでいた、ブリースが飛び出てくる。

 観察され、居心地が悪くなったのだろう。


「ふむ、実に変わったものだ。彼女は魔物なのか?」

 

 その目に強い探究心が宿っているようだ。


「魔物なんかじゃない! 私は精霊様よ」

「精霊だと?」

「もちろんよ!」


 エフタが片方の眉だけを釣り上げて、真偽を確かめようとしている。


「エフタさん、精霊を知ってるんですか?」

「ふむ。知っているという程のことはない。ただ、聞いたことはある」


 エフタは飛び回るブリースを目で追いながら、口を開く。

 

「魔導時代の前までは、人々を導き助けるための存在として、信仰の対象だったらしい」


「信仰の対象、まるで神様ですね」


 ブリースが自慢気に飛び回っている。


「ふむ、そうだ。甚大な魔力を持ち、人には起こせない奇跡を起こしたらしいが。そこまでの魔力は感じないな」


 ブリースが、評価を下げられたことに、抗議している。


「魔力が低くて何が悪…」


 エフタは言葉を被せて話を続ける。

 

「ふむ。だが、彼女が本当に精霊なのだとしたら、ソリオン。彼女が君と居ることには意味があるのかもしれない」

 

 そしてエフタは、続いてサンを見る。

 

「ふむ、実に変わったイラ上半身人型の蟲だ。」


「変わってますか?」


「表皮が、甲殻ではなく、他の魔物に見られる硬殻になっている。さらに鉤爪ではなくハサミになってるようだな」


「ああ、それはベニルベ毒泡の蟹の<特技スキル>を継承させてるんです」


「ふむ、改めて見ると、実に凄まじい<系譜>だな。では、詳しく魔物図鑑の話を聞こう」


 その後、ソリオンへ席に座るように促す。


 魔物図鑑はソリオン以外には見えないため、口頭で魔物の情報を共有してく。

 先程の反応から予測はついていたが、エフタは魔物に対して、博識であった。


「知ってるか、ソリオン。ベンターお腹に口があるムササビは、お腹の口では食料を食べない。実は、あれはあくまで攻撃のための器官だ」


「なるほど。消化管が、どう繋がっているのか疑問だったんです」


「良い着眼点だ。私の研究では…」


 ソリオンの知ることも知らないことも、知識が泉の様に湧いてくるため、つい会話に熱が入ってしまう。

 

 気がついた時には、かなり時間が経っており、夕日はすっかり沈み、よいの口になっている。


「ふむ、ソリオンから聞いた話は既知の事実と見事に一致している。情報が本物であることに疑いようがない」


 エフタはそう言うと、小切手に金額を記載して、ソリオンへ手渡す。


「その小切手は国の機関であれば、どこでも換金してくれる。無論、ギルドでもだ」


(今まで見たことない金額だ!)


 そこにはソリオン一家が慎ましくすれば、半年は暮らしていけるような金額が記載してあった。


「ありがとうございます」

「こちらこそ、実に助かった。魔物図鑑が直接読めない事が残念で仕方ないが。更に情報が集まれば、いつでも教えてほしい」


 エフタは握手を求めてくる。

 それを、ソリオンは両手で握りかえす。


 そして、エフタが意を決したように話し始める。


「ソリオン、君は賢帝の涙を使っている。その本当の効果を知っているか?」


「ええ、もちろんです。あれは<特技スキル>を覚えやすくするための薬です」


 エフタが目をつむり、うなずく。

 

「ふむ、その通りだ。一部の為政者しか知らないことではあるがな。では、なぜその知識が秘匿ひとくされているかは、わかるか」


「おそらくですが、良くない<特技スキル>も高確率で覚えてしまうから、じゃないですかね」


「やはり分かっていたか」


「ですが、そこまでのデメリットとは思えないのですが、なぜ賢帝の涙を周知しないのですか?」


「生きる屍がそれ程ではない、か。……そうだな。呪われた<特技スキル>を受け入れても、欲しがる者も多いだろう」


「なら、どうしてですか?」


「それは、賢帝の涙は第二次性徴思春期を迎える前の子どもにしか、効かないからだ」


(だから、大人達が試しても効果がなかったのか)


 ソリオンは10歳。賢帝の涙が、後少しで効かなくなるだろう。

 同時に、覚えられる<特技スキル>を速く覚えてしまおうと、ソリオンは考える。


 エフタは一口、飲み物を口に含む。


「君は例外として、あれを自分からむ子どもなどいない。あの苦痛は大人でも耐え難いものだからだ。そして、使は、まだ自分の道も選べない子どもに無理やり服ませる。それも、かなり強引な方法になると聞いた事がある」


「無理やり……」


「ふむ。そして、ほとんどの<特技スキル>は命を賭した戦いを通じて覚える。そのため、体のできていない子どもに実戦を強いる」


「戦う意思のない子どもに、魔物と戦わせるのですか!?」


「その通り。更に、<特技スキル>も<悪食>を起点として、連鎖的に将来を奪う<特技スキル>を覚える。最終的には生きる屍となるか、途中で本物の屍になるかの違いしかない」


 エフタの顔には、嫌悪感が見て取れる。


「つまり、賢帝の涙は、子どもの人生を、大人や国のために捧げさせるための秘薬なのだよ」



『人の為に、人を犠牲にしてはならない。あれはあってはならない薬』


 賢帝は晩年こう言い残した、とネヘミヤが言っていた。 

 犠牲とは、国のメンツのために弱い毒を飲ませることなどでは無い。

 文字通り、人そのものを犠牲にするのだ。


「……確かに、そんな薬は知らせちゃいけないですね」


 

「ふむ。なぜソリオンはそこまでするのだ? 何を成したい?」


(何を成したい、か)

 

 ソリオンは迷わずに、答える。


「自分には魔物図鑑をすべて埋めるという目標があります」


 エフタは光る瞳でソリオンを見つめてくる。

 その様子には、暖かくも深い同情が込められている。


「魔物図鑑をすべて埋める、か。…歴史に埋もれていた精霊に、賢帝の涙を服み続ける<従魔士>と<操獣士>を持つ少年、か。何か大きな流れが起きようとしている。実に興味深い」


 エフタは1人感慨に耽る。


「あの? エフタさん?」


「ふむ。歳を取ると体が動かない分、頭が自由になってかなわん」


 笑顔を作ったエフタは、全て話終えた様子だ。

 そして、ソリオンも支度を始める。


「さて、そろそろ森に行こうかな」

 

 独り言のようにつぶやく。

 

「これからか? 精力的だな」


 エフタは嬉しそうに、笑顔を向けてくる


「また、魔物図鑑に新しい情報が追加されたら来ます」

「ふむ、実に楽しみにしてる」


 その時、トントンと扉が叩かれる音がする。


「開いてる」


 エフタが答えると扉が開かれる。

 そこには赤髪の少女ナタリアとショートボブのローレルがいた。


(あ、忘れてた!)


 ナタリアへの指導の件をすっかり忘れて、エフタとの話が盛り上がり、時間を潰してしまった。


「ナタリアか。実に悪いことをした。つい、話が盛り上がり過ぎてしまったな」


「いいえ。こちらこそお邪魔して申し訳ありません。ですが、私はそろそろ帰宅せねばなりませんので」


 ナタリアが礼をしながら流麗に答える。


 ソリオンは笑顔を取り繕いながら、立ち上がり、挨拶をする。


「遅れて申し訳ありません。この後、お伺いしようかと思っておりました」

「それ、嘘。さっき森に行く気だったじゃない。聞こえてたわよ」


(バレてる)


「いや、こんな夜分に、お伺いするのもどうかと思ってですね」

「言い訳はいらない」

 

 ナタリアがソリオンをじっと見つめる。

 ソリオンは、厳しく責め立てられる心構えする。

 

 だが、ナタリアの反応は予想外だった。

 寂しそうな年相応の表情をのぞかせたのだ。


「……相手にされないのは、慣れてるから」 

 

 その悲しそうな表情に、一気に心が苦しくなる。

 いっそ感情のままに、怒られた方が良いくらいだ。


 思わず、ソリオンが一歩近寄る。

 

「ごめん、本当にごめん。傷つけるつもりは……」


 ナタリアはソリオンの予想外の反応を、キョトンと見つめているようだ。

 その時、ローレルが間に入る。


「なんだその答え方は! ナタリア様は公爵家に名を連ねるお方だぞ!」

「……申し訳ありません」


「ローレル、いい。気にしてない。それよりも、指導は明日からでいい?」


「…そうですね。まずは<調教士>のやり方がわからないと、始まりません。明日もう一度、昼に来ます」


「分かった。話は通しておくから、直接<調教士>が居る獣舎まで来てちょうだい」


「わかりました」


 そう言うと、ナタリアとローレルは帰っていった。

 その様子をエフタは、悲しそうに見つめている。


「ソリオン、あの子を救ってやって欲しい」


「救うって、何からですか?」


「あの子がテイムできない理由は分かっている。なのに、魔物と向き合えない今の私では、何も教えてあげられない。実に……情けない」


(理由が分かっているのに、何で教えてあげないんだろう?)


 エフタはソリオンを向く。


「明日は、我が弟子をよろしく頼む」

「はい、わかりました。それでは、今日は失礼します」

「ふむ、期待してる」


 エフタに見送られ、部屋を出ていく。

 守衛から装備を返してもらい、駐屯地を後にする。




「久々にエーエンの森に行こうか」


 その声にブリースが嬉々として反応する。

 

「やっと、やる気になってくれた」

「待たせちゃったね。今日からエーエンの森の深部を探索しよう」


 ソリオンはイチを呼び、系統発生させる。

 サンは完全に水棲だったため、既に森用に切り替えていたが、イチは水陸両用のままだった。


 魔物図鑑を経由し、魔力を送り込む。


 ■イチ

 ・種族 フリペド

 ・系統 悪獣

 ・階級 E

 ・特技 <俊足> <冷脚> <角脚> <毒爪>


 イチは、以前の姿である青色の鹿へと形を変える。

 前脚にはひずめが前方へと迫り出し、毒爪となり、後ろ脚は蹄が角のようなものに覆われている。


 ソリオンはイチへまたがる。

 徐々にイチの走るペースが早くなると、大した時間もかからず、森へ着く。


 秋も深まり、夜の気温も下がってきた。

 だが、森の中は落ち葉に混ざり、木の実が落ちているため、小動物が忙しなく行動している。


「今日はできるだけ魔物を避けていこう。ブリース、案内お願いできる?」

「任せて!」


 ブリースがいつになく上機嫌だ。

 淡く光りながら森の奥へと飛び立っていく。

 それに続くと、魔物とほとんど会うこと無く、浅層の境界まで到達する。


(この先は初めてだな)


 なぜ、森の中に境界が存在しているか。

 それは、ある所を境に、木々の植生が変わっているからだ。

 特にこの時期からはわかりやすい。浅層にある木々は紅葉を迎えており、所々、落葉しているが、深層の木は秋だと言うのに青々と茂っている。


 ソリオンの緊張感は嫌でも上がる。

 深層へ踏み込み、それ程歩いていない内に、<魔力感知>が反応する。


 ほぼ同時に、ブリースがつぶやく。


「離れてたはずなのに、あっさり見つかっちゃった」


 ソリオンは鉾を構える。

 そして、深く息を吸いこむ。


「ニー、上空から遊撃。サンは僕と一緒に魔物を迎えるよ」


 サンが、鹿姿のイチの横に並ぶ。

 ニーが上空へと舞い上がる。


 すると、巨木の間から黒色の魔物が2本で立ち上がり、こちらを凝視している。

 体長は大人ほどは在るだろう。


(熊みたいだな)


 太い胴体、短いが重みのある手足だ。

 黒い毛に特徴的な白いラインが入っている。

 そして、巨大な歯牙と硬質な顎が、魔物特有の幾何学模様を浮かべている。


 熊の魔物が雄叫びをあげると、同時に走り出す。

 

 サンがかばうように、ソリオン達の前へと出る。


「サン、あの牙は嫌な感じがする。掴まっちゃだめだ」

「ジッ」


 ソリオンを乗せたイチは、サンを飛び越え、迫りくる熊型の魔物を迎えるように、走り出す。


 ソリオンは魔力を鉾へと込める。


 魔物と急接近する。


 先に仕掛けたのはソリオン。

 膨大な魔力を乗せた鉾を、魔物の脳天へと突き刺す。


(獲った!)


 鉾の先端が脳天へと突き刺さるかと思われた、その時、先端は刺さること無くグニャリと皮へと包まれ、威力を殺される。


(毛皮が、ズレた!?)


 矛を皮で包まれ、体制を崩した所に、熊の牙がイチの喉元のどもとへ襲いかかる。


「毒爪だ」


 前脚の迫り出したひづめから、毒液が滴る。

 熊の牙を躱し、前脚で熊の背中を踏みつける。

 

 熊の皮が少しだけ裂け、毒が入り込む様子が見える。

 そのまま、イチが熊の背中へと踏み上がる。それに合わせて、無理やり鉾を引き抜く。


 さらにイチがつの状になった後ろ脚で、踏みつけて宙へと舞い上がる。


 着地に合わせて振り返ると、全く威勢が衰えていない熊がいた。


(毒が効いてないのか?)


 ソリオンばかりを、気にしていた熊の背後から、毒の泡をまとったサンが襲いかかる。 

 サンのハサミが熊の腹や背へと掴みかかるが、やはり緩くダボダボの毛皮にさえぎられが、肉まで到達できない。


 熊が、後ろにしがみつくサンを払いのけようと、前脚で引っ掻くが、ただの爪ではサンに傷一つ付く事はない。

 業を煮やした、熊は本来の武器である歯牙で、サンへ噛みつこうとしている。


 その瞬間、ニーが首元へと襲いかかるが、強力な爪もやはり緩い毛皮に包まれるばかりで、食い込めない。


「ニー、サン。離れて!」

 

 ニーとサンは、素早く距離を置く。


(あの毛皮、切断や刺突に異様に強い。それに毒が効いていない)


 おそらく<特技スキル>だと思われれる。


 ニーは速さと強力な爪を主軸としたした強襲型、サンは毒と防御に特化している。そして、イチは機動力と僅かな攻撃。


(完全に僕のせいだ。こういう魔物がいるかもしれない、という想定ができてなかった)

 

 ソリオン自身が、<切断耐性>、<毒耐性>などの<特技スキル>を持っているにもかかわらず、そういった特性の魔物もいるという認識が欠けていた事を悔やむ。


「イチ、冷脚! 全開だ!」


 ソリオンの魔力を吸い上げ、鹿姿のイチの脚から白い冷気吹き出す。辺りが一気に寒さに包まれ、ソリオンの呼吸は白い息に変わる。


「ニー、あの魔物、上で待機」

「ピイ」


 ニーが魔物上空を飛び始める。


「サン、2秒だけでいい、あれを止められるかい?」

「ジッ」


 サンが何の躊躇ちゅうちょもなく、熊へと襲いかかる。

 熊もそれを向かえ撃つ。


 二匹の魔物が正面から組み合う。


 サンの鋏が熊の四肢や肩を押さえつける。

 同時に、凶悪なあごが、サンの肩へと歯牙深く食い込ませる。


「行け!」

 

 イチが一直線で駆け出した。

 熊が、イチへと反応するが、サンが押さえつけたまま離さない。


 飛び越えるように、熊の背中へと乗る。

 瞬間、熊の背中が凍りつき、黒い毛を一気に真っ白に染め上げる。


 そのまま踏み越える。

 跳躍ちょうやくの途中、ソリオンはイチの背中から離れ、更に空へと飛び上がる。


「ニー! 来い!」


 熊の上空を飛ぶ、ニーがソリオンを空中で掴む。

 風と共に、上空へと舞上がり、そのまま旋回しながら急降下する。



 猛スピードで地面へと近づきながら、再び鉾へと魔力を込める。



 そのほこを、熊の背中へと突き立てる。



「刺され!」



 ニーの加速を乗せた鉾が、凍りついた背中へと突き刺さる。

 深く刺さった鉾が固定され、逃げ場を失った運動エネルギーのまま、ソリオンは弾き飛ばされた。


 空中で体を捻り、着地しながらがも熊の様子を見る。


 鉾が、熊の胸を貫通している。

 勢い余って、鉾の周辺がえぐれ、穴が空いたようだ。


「やった」

 

 だが、次の瞬間、血と共に、熊の魔力が噴上がる。


 すると、貫いた鉾の周辺の傷口が一気に治っていく。


(<再生>持ち!?)


 ソリオンが短剣を握り、熊へと駆け出す。


(再生される前にトドメを!)


 熊がソリオンを迎え撃とうと、雄叫びを上げた時、背後から穴の中をえぐる爪が視界に入る。


 同時、熊が断末魔の叫びをあげる。


 ニーが、その声を無視し、心臓の辺りから、魔獣石を強引に引きずり出す。

 熊の目が力を失ったように濁っていき、最後には地面へと倒れこむ。

 


「ニー、よくやった」

「ピィ」


 ニーは魔獣石を、イチの前に置く。

 イチは、それをボリボリと音を立てながら食べていく。


(湖でイチとシイが、ダフィックス巨大ミジンコの魔獣石だけを持ってきた理由が分かった気がするな。ダフィックスも再生持ちだ)

 

 魔物図鑑をさらっと確認する。


 ・種族 クラシド(変異個体)

 ・系統 悪獣

 ・階級 E

 ・特技 <甲顎> <厚皮> <耐毒> <再生>



「サン、大丈夫か?」


 サンは答えないが、肩が大きく食いちぎられている。

 そこから黄色の体液がドロドロと流れ出ている。


「ごめん、いつも無理させるね」

 

 ソリオンは悲しそうな顔で、サンをでる。

 そして、魔力図鑑を込めて、何度か系統発生させていく。


 ■サン

 ・種族 イラ(変異個体)

 ・系統 呪蟲

 ・階級 E

 ・特技 <毒泡> <鋏角> <硬殻> <憤怒> <再生>



 再生を覚えたサンの傷口は急速に治っていく。


「ニー、イチおいで。<特技スキル>を見直そう」


 ■ニー

 ・系統:邪鳥

 ・種族名:イウ

 ・階級:E

 ・特技:<脚爪> <強筋> <夜目> <錯乱印>

 

 ソリオンは長らく使っていた旋風を外した。この辺りの階級の魔物では、強風では攻撃手段にならないためだ。



 ■イチ

 ・種族 クラシド(変異個体)

 ・系統 悪獣

 ・階級 E

 ・特技 <俊足> <冷脚> <甲顎> <厚皮> <再生>


  イチは、先程の熊のような姿の魔物へと変化した。

 

 クラシド熊の魔物の亡骸をむさぼり、<悪食>で魔力を回復させた後、更に奥地へと目指していく。



 何度か、F級やE級の魔物と戦闘になったが、変異個体でもないため、難なく対処していく。

 襲ってきたマグニフクロウを倒した所で、ソリオンが呼びかける。

 

「今日はこの辺りまでにしようか」


 ブリースが、慌ただしくソリオンの目の前まで飛んで来る。


「後少し、後少しで最奥だから。 ね?」


「ブリースが言うスタートラインだっけ? 本当にこんな森の奥に何かあるの?」


「本当よ! 行ってみれば分かるから!」


「わかったよ」


 ソリオンは深く息をつきながら、ブリースへついていく。 


 しばらく進むと突然、開けた所に出る。

 辺りには木々が生えておらず、草原のようだ。

 そして、草原の中心に、何かがある。



「なんだ、あれ……」



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