ナタリア

 ソリオンはナタリアを獣舎の外へと連れて行く。


「もうお昼ご飯は食べました?」


 ナタリアは予想外の質問に、一瞬、キョトンとする。


「まだだけど。それがテイムに何の関係があるの?」

「もちろん、ありますよ」

「それならいい」

「では、東の湖にお弁当を持って食べに行きましょう。僕の従魔であるシイも紹介しますよ」


 ローレルが、ソリオンを鋭くにらむ。


「湖へピクニックに行く事と、テイムがどう関係在るのか説明しなさい」


「では、ローレル様。あそこで魔物に無理やり魔力を注ぎ込んでいれば、テイムが成功すると思う理由を教えて下さい」


「それは……」


 ソリオンは押し黙るローレルと気落ちするナタリアを連れて、駐屯地の出入り口へと向かっていく。

 

 しばらく3人で歩き、市民街の下町に差し掛かる。

 昼時の通りは、屋台でにぎわっている。


「ここでご飯を買っていこうと思いますが、お二人は何が好きですか?」


「私は何でもいい」


「ナタリア様は高貴なお方だぞ。市民街の料理など口に合うわけがない」


「そうですか。結構、美味しいものもあるんですが」


 ソリオンは、マイブームである屋台で、パンに野菜や肉のパテを挟んだサンドイッチのようなものを買う。


 ふとっナタリアを目にやると、なにかを気にしているようだ。

 

 視線の先には、果汁を煮詰めて固めたゼリーに似た、お菓子が売っている屋台がある。普段、甘い物を食べないソリオンでも、妹イースにねだられ2,3度、食べたことがあるような市民は定番のデザートだ。


「ナタリア様、あれが欲しいんですか?」

「全然そんな事無い。 早く練習に行きましょう」


 急に屋台から視線を逸す。

 ソリオンは少しため息をつき、屋台まで小走りで向かい、そのお菓子を買う。


「はい、どうぞ」

「あっ…りがとう」


 恥ずかしそうに、そのお菓子を受け取る。


「なんで欲しいって、言わないんですか?」

「昔、お父様にねだって、しかられたから」


 ナタリアは、赤色の髪と一緒になっているかのように、顔を赤くしている。


(……お菓子1つ、好きに食べられなかったのか)


 ソリオンは悲しそうな表情を浮かべる。 


 ナタリアはそんなソリオンには気が付かず、受け取ったお菓子を子どものように眺めている。


 当然、庶民のデザートなど、比にならない程良い菓子を食べる機会はあるのだろうが、心に課されたかせにより、好奇心を自ら縛っているように感じる。

 

 それから買い物を終えた後、一旦、家へと戻り荷物をまとめる。


「ニー、これを運んでくれる?」


 ニーがソリオンが差し出した荷物を掴み空へと舞い上がっていく。


「さて、行きましょうか」


 3人は街の外にある街道へと出る。


「そういえば、湖までは走っていこうと思ってるんですが、大丈夫ですか?」


 ローレルは胸を張る。


「大丈夫よ! 私はこう見えても<剣士>だから、体は鍛えてる!」

「それは良かったです。ナタリア様は?」

「私は、体力に自身がない」

「そうですか、それなら僕の従魔へ乗って下さい」


 クマ姿のイチがナタリアの横へ並ぶ。


「えっ!? このクラシド熊の魔物へ!?」

「噛んだりしませんよ」


 ナタリアが乗りやすいように、イチは首を下げる。

 最初は恐々とイチに触れながら乗り掛かったが、それほど経たないうちに、すっかり慣れたようだ。


 ナタリアは口元がニヤケながら、イチの毛皮をしきりに触ってる。


「あぁ、ふわふわっ! <修祓しゅうばつ士>なんかじゃなく、<騎獣士>になれればよかったのに」

 

「別に<騎獣士>じゃなくても、魔物に乗るだけならいつでも出来るでしょう」


 ナタリアがソリオンを少しからかう。


「本当にそう思ってるの? <調教士>だって、自分の従魔にも乗れないのに」


「乗れないんですか? 自分の従魔に?」


「そうよ。 <調教士>は魔物が持つ人間への敵対本能をしずめるだけ。余程、好かれれば付き従ってくれることもあるみたいだけど。<調教士>が鎮めた魔物を乗りこなすのは<騎獣士>じゃないとできないの」


「なるほど。魔物は確かに人を執拗しつように狙いますが、あれを抑えるのが<調教士>なんですね」


「そう。だから魔物に触れたことはあるけど、乗れたのなんて初めて」


 ナタリアは再びイチの毛並みを、手でしきりに確かめている。


「それなら、外へお連れした甲斐があります」

 

 ソリオンは笑顔で語りかける。

 ナタリアは咄嗟とっさに視線をそらす。


「……そうね」


 ふと、ローレルを確認すると、顔を青くしている様子が目に入る。


「大丈夫ですか?」

「ちょっと…ハァ、ハァ…だけ、ペース…を…ハァ、ハァ、ハァ…落として」


(言ってたほど体力はないな)


「すみませんが、あまり移動に時間を掛けたくないので」


 そう言うとソリオンはローレルを抱きかかえる。

 お姫様抱っこのような形だ。


(軽いな。これ位なら肩の傷は大丈夫かな)


「ちょっと!?」

「やっぱりご自分で走られます?」

「いや…、それは……無理」

「では、このまま湖まで行きますね」


 ソリオンはそう言うと更に速度上げる。

 ローレルの表情が、少し涙ぐむ。


「いや、しかし! 私は…クラウド家再興のため、誇れる婿むこを迎えるまでは…」


 どうやら少し混乱しているようだ。


「変な事喋ってると、舌みますよ」

「はい……」


 ソリオンはローレルを抱えたまま、一気に駆け抜け、湖へと到着する。


「はぁ、もう着いちゃった」


 ナタリアは残念そうにイチから降りたがらない。

 腕にしがみつく、ローレルを下ろしながらソリオンは話しかける。


「帰りに、また乗ればいいですよ」


 ナタリアが名残惜しそうに答える。


「そうね」


 イチからやっと降りたナタリアが、固まっているローレルへ声をかける。


「どうしたの? ローレル」

「いえ…その。なんでもありません」

「……なんか、貴女らしくない」

「そんなことはありません!!」


 2人の少女に構わず、ソリオンは湖を見る。


(シイが気がついたようだね) 


 離れていても従魔の場所はある程度分かる。この<特技スキル>は<操獣士>の<魔力同化>によるものだった。

 従魔に触れていることで、同化は最大化されるが、離れていてもわずかかにだが、魔力が繋がっているようだ。


 シイが喜々として近づき、ソリオンの前から棘と鎧をまとった巨大なウツボ姿を現す。シイの口にはG級の怪魚が咥えられている。

 

 後方で、2人がシイを少し恐れが混じった目で見ている。


「シイ、昨日は来れなくてごめんね」


 シイは咥えた怪魚をソリオンの前に置くと、ソリオンが伸ばした手へ頬をこすりつける。


 ソリオンはニーに持ってきてもらった荷物からシートを取り出し、木陰に広げる。


 秋の昼は夏ほど日差しが強くなく、湖畔を吹き抜ける風が心地よい。


「さて、ご飯を食べましょう」


 持ってきたサンドイッチを3人で手に取り、食べ始める。


「ピクニックなんて、本当に久しぶり」


 ナタリアは上機嫌だ。


「あまりピクニックはしないのですか? 狩りをたしなむ貴族は、家族でよくピニックをすると聞きましたが」


 ナタリアの表情が少し暗くなる。


「お母様が生きていた頃は、お兄様、お姉様を連れて、お父様はよく4人でピクニックに行ってたと聞いたことがあるけど……」


 11年ほど前に前公爵、つまり現公爵の妻で、ナタリアの母が亡くなったと、以前、マッシモが言っていた事を思い出す。


「私が産まれたで、お母様が亡くなって以来、お父様は酷く悲しまれたようで、それ以来ピクニックには行かなくなったらしいの」


「ナタリア様のせい、という事はないのでは?」


「いえ、お母様は、私を産んだ時の出血が原因で亡くなったの」


「……そうですか」


 ソリオンは、わざと大げさに手を叩き、明るく2人に話しかける。


「では、今日は精一杯楽しみましょう。まず、ナタリア様とローレル様の出会いから教えて下さい」


 1人、先にサンドイッチを幸せそうに食べていた、ローレルが急に咳き込む。


(庶民の食べ物がどうとか、言ってた割に美味しそうに食べてたな)


「出会いなどではなく、ナタリア様の警護を任されている」


「では、子どもの時からの友達とか、ではないのですか?」


 なぜか友達という言葉に、ナタリアが強く反応した様子を見せる。


「もちろん。王立防衛士官学校の卒業し、今年、ヒロアイラに赴任して来た。そこで、名誉ある公爵家の警護を任された。とても誉れある職務だ」


(なるほど。微妙な立ち位置の貴族の娘を、同じ貴族の新人へ押し付けたのか)


 ソリオンは苦笑いを浮かべる。


 主に、というよりほとんどローレルから、これまでの話を聞く事ができた。

 どれも脚色がかかりすぎていて、正直、どこまで本当かはよくわからないが、ローレルが自らの使命に燃えていることはよくわかった。


 ただ、それはナタリアという少女を守ることではなく、公爵家の令嬢を守るということに終始している。職責としては正しいこと、ではあるが。


 ローレル本人はその違いを認識はしてない。そして、ナタリアはその微妙な違いを感覚的に理解しているようだ。


 一通り話が終わった所で、ナタリアはソリオンに買ってもらったデザートを食べながら、ソリオンへ話しかける。


「それで? 本当にピクニックしに来ただけなの?」


「いいえ、まだ色々試してみたいですが。その前に、聞きたいことがあります」


「なに?」


「ナタリア様は、幼少の頃に好きだったことは覚えてますか?」


「……どういうこと?」


「いや、そのままの意味です。とりあえず思い出してください」


「幼い頃は、年老いた乳母とずっと一緒だった。そういえば、よく絵を描いていた。後は、もうやめたけど、笛の演奏」


「いいですね」


 ソリオンは持ってきたバックの中からスケッチブックと色鉛筆を取り出す。

 イースが最近までよく使っていたものだ。


 その様子を2人が不思議そうに見つめている。


 ソリオンは魔力図鑑を取り出し、サンを系統発生させ、ロリポリだんごむしへ変える。

 その様子を2人は驚きつつ、眺めている。


「では、スケッチしましょう」


 ナタリアへ色鉛筆、スケッチブック、イーゼルを渡す。


「スケッチ? なぜ?」


「魔物を従える基本は、相手を深く知ること。そのために、対象の形を深くイメージできるようになるといいのでは、と思いまして」


「テイムしたい魔物と向き合うことが何より大事、とエフタ様も言ってたけど……。だからと言って、魔物の絵を書くなんて聞いたことが無い。それに、絵は下手だから」


(生物学や医学ではスケッチは古典の基本なんだけどな)


「まあ、ダメなら他の方法を試しましょう。僕の肩の傷が治るまで、1週間は掛かると思いますし」


 ソリオンは暗に、指導に掛ける時間は1週間という制約を示した。

 <循環促進>は回復力を高めるため、急所でなければ、体が貫通するような怪我であっても、1週間もあれば完治することは経験上知っていたからだ。


「変な人。でも、まあ仕方ないわね」


 ナタリアは気づいた様子もなく、ロリポリになったサンのスケッチを渋々始める。

 しかし、いざ始めると、徐々に調子が乗ってきたのか、黙々と描いているようだ。


「あの、私は何をしてれば……」


 ローレルが気まずそうにソリオンを見てくる。


「では、訓練などをしてて下さい。騎兵団の訓練も気になります」


「……でも、ここには汗流せる場所とかないし……」


(やっぱり貴族だな)


「たしかにそうですね。では、体を動かさないような訓練があれば、そちらで」


「それなら<特技スキル>の習得だな」


「どんなものですか?」


「<力作用>という難易度の高い<特技スキル>の習得を目指している。魔力を飛ばして、離れた所にあるものに動きを与えるものだ」


「そんなものあるんですね。ぜひ、頑張ってください」


「ああ、良い機会だ」


 ローレルが魔力を、木についている葉に向かて、飛ばし始める。


(あとで僕もやってみよう)


 ソリオンはナタリアがスケッチする様子を観察する。

 そうする事で、どこを着目し、何にこだわっているかが一目瞭然となるからだ。


「できた」


 サンの姿を描いた絵が出来上がる。

 不安そうに絵をソリオンへ見せる。


「上手いじゃないですか。 特に、この鎧の繋ぎ目なんて、本物そっくりです」


「そう!? 実はそこは自分でも上手く描けたと思うの」


 ナタリアの声が高くなる。


「ええ、とってもロリポリの特徴を捉えてると思いますよ」


「うんうん」


「では、次も期待してます」


「……まだ描くの?」


「当然です。ナタリア様の絵は上手いので、この調子でドンドン描きましょう」


 ナタリアは少し不満げだが、いざ描き始めるとやはりのめり込んでいく。

 

 時折、背景にある湖の風景を、より丁寧に描いているようだ。

 本人は隠せていると思ってるようなので、何も言わない。


 ナタリアが描く度、ソリオンはよく描けている点を正しく褒める。

 批判せずに、ナタリアの思いや考えを肯定していく。


 そんな事を繰り返していくうち、日が傾き始める。


「今日はこの辺りにしましょう。続きは、また明日」


「後少しだけ。もう少しで完成するから」


 ナタリアは最後の一枚を、特に念入りに描いていた。

 それを、ソリオンはナタリアの横に座り、眺めている。


 完成した絵をソリオンへと差し出す。


「どう?」


「いいですね。今日で一番の出来だと思います。特に複眼ふくがんが綺麗に表現できてます」


「そうでしょ!? 」


「そして、なによりサンの気高さがにじみ出てます」


「……気高さ?」


「はい、サンは寡黙かもくですが、とても気高く、辛抱強い子なんですよ」


 ナタリアは少し考えるような仕草を見せる。


「それ、ちょっと分かるかも。獣舎に居たより、なんか…自信がありそう」


 ソリオンは笑いかける。


「ええ、その通りです」


 ソリオンはナタリアを今日、一番褒めそやす。


「ナタリア様、明日は笛も持って来て下さい」


「笛? なぜ?」


「スカムという人の声を真似る鳥型の魔物がいます。つまり魔物は音を聞き分けているんですよ。もしかしたら、ロリポリが反応する曲があるかもしれません」


「本当に? 鳥と蟲だと大分違うじゃないの?」


「まあ、ものは試しですから」


「……本当に変な人」


 ナタリアの満面の笑みが、夕日に照らされる。

 真赤な髪と夕日の赤が混ざり、その姿はとても幻想的に見えた。


 

 ソリオンたち、そんな事を5日間、繰り返した。

 ただひたすら、ナタリアが黙々と描き続ける絵や、昔の楽譜を思い出しならが奏でる演奏を、ソリオンが受け止めいていく。



 そして、6日目の今日、騎兵団の獣舎の中に居る。


「さあ、ナタリア様。試してみて下さい」


 ナタリアは緊張の面持ちで、目の前にいるロリポリダンゴムシへと手を伸ばす。 

 反対側の手には、ソリオンが冊子にまとめた5日間分のスケッチが握られている。

 

 だが、少し触れただけで、直ぐに手を離してしまう。

 そして、ソリオンを不安そうに見る。

 

「大丈夫ですよ。ナタリア様ほど、ロリポリをよく観察した人は居ません」


 ナタリアはうなずくと再度、手を当てる。

 魔力をロリポリから吸い出した後、魔力を徐々に込めていく。


 祈るようにロリポリへと魔力を流し込んでいく。

 その魔力はとても優しく、繊細だ。


 ナタリアの目線は、目の前に居るロリポリだけに集中している。

 次第に、ロリポリの動きが激しくなる。

 

「やっぱり、ダメなの?」


 ナタリアの顔が、不安でいっぱいになる。


「お願い…」

 

 突然、ロリポリが上体を上げる。

 いくつもの脚をナタリアの腕に絡める。


「ナタリア様!」


 ローレルが剣を引き抜こうとした時、ソリオンが剣の柄を抑える。

 

「大丈夫です」


 ロリポリはナタリアの腕にしがみついているが、攻撃はしていない。

 ただ、じゃれついているだけだ。

 

 半ば放心状態で眺めていた、ナタリアがつぶやく。


「……できた。さっき、私の魔力がスッと入っていったの」


 ナタリアはまだ信じらないと言った様子だ。


「おめでとうございます。初めてのテイムが成功しましたね」


「本当にできた」

 

 徐々に実感が出てきたのか、思わず笑みがこぼれる。 


 ナタリアは目の前の従魔となったロリポリを見つめている。

 スケッチブックを床に置き、少しためらいながら、両手で触れる。


 そして、ロリポリを抱き上げる。


「結構、重いのね」


 初めての自らの従魔と目線を合わせる。

 絵画のように整った顔を緩ませて、話かける。


「あなたにも、名前を考えてあげないとね」


 すかさず、ソリオンが横に並ぶ。


「イチという名前をつけてもいいですよ。僕は名前が被っても気にしませんから」


 ソリオンが仏像のような暖かい眼差しで呼びかける。

 それを、ナタリアが冷たい目線で見返す。

 

「それは嫌」


「……そうですか」


 項垂れるソリオンを置いて、ナタリアは獣舎を出ていく。

 ローレルもそれに付き従う。


 ソリオンは外へと向かうナタリアの背中を見つめる。

 

(指導も終わって、怪我も治ったし、僕もがんばるかな)



 2人を追いかけ、獣舎を出た所で、騎兵団に囲まれた多脚車が、こちら側へ向かってきてる様子が目に入る。


 ナタリアがそれを見て、つぶやくように言う。


「お父様……」


「ヒロアイラ公爵が、ですか? なぜこんな所へ?」


 ローレルが一歩前に進み出て、自慢気に説明を始める。


「ここにはB級の従魔、セーレカロという国の最高戦力が居る。王家より、その管理は公爵家に任されている。そのため、定期的に、公爵自らお出でになるのだ」


(なるほど。公爵家はもともと王族の親戚だっけ。赤の他人に危ないものを任せられないから、親族に管理させてるのか)


「そうですか。それでは、自分はここで失礼します」


 ソリオンは形式的な視察行事に巻き込まれる前に、去ろうとする。


「待って!」


 ナタリアが緊張の面持ちで、ソリオンを止める。


「どうかしましたか?」


「お父様に、テイムが成功したことをご報告します。できれば、あなたにも横に居てほしい」


「……それは、構いませんが」


 諦め気味に、ソリオンは承諾する。

 鑑定器の代わりに指導を請け負った。その指導には公爵への説明も含まれていると自らを納得させた。


 ナタリア達の前に、公爵を乗せた多脚車が止まる。

 従者達がドアを開け、ヒロアイラ公爵が優美に降りてくる。


 一瞬だけ、ナタリアへと目を向けるが、何も言わない。

 そして、そのまま通り過ぎ、獣舎へと向かう。


 周囲の者たちも、それを当然のように扱っている。



「お父様、ご報告があります」


 ナタリアが声を振り絞る。


「今は公務中だ」


 公爵は目すら合わせない。

 ナタリアが唇を噛む。


「見て下さい。ロリポリのテイムに成功しました。私は<修祓しゅうばつ士>として、これから成長できます」


 ナタリアは抱き上げたロリポリを公爵へと見せる。

 ヒロアイラ公爵は、横目で見る。


 そのナタリアの表情は、初めての功績を認めてほしい、自分に期待してほしいと顔に書いてあるようだ。


 しかし、公爵の返答は期待したものではなかった、

 

「……が何かの役に立つのか? 王立防衛士官学校の後期へ進まず、ヒロアイラの役に立ちたいと意気込んだ結果が、それか」


 ナタリアが父へと向けた目を逸らす。

 その目は何処を見てよいのか分からず、二度三度泳いだ後、下へと向き、頭ごとうつむく。

 その華奢きゃしゃな肩は小刻みに揺れている。


「鑑定の儀の時は、存外の誤算、と思ったが。……こんな子のために死んだと思うと、妻とヒロアイラの民が不憫ふびんでならない」


 公爵は、実の娘に向けるとは思えない言葉を投げ捨て、獣舎へと入っていた。


 ナタリアはロリポリを強く抱きしめ、涙がほほを伝っている


(やっぱり、この親子はいびつだ)

 

 初めて湖で2人を見た時は貴族ゆえの厳しさかと思ったが、明らかに厳しさの度を越えている。

 先程の公爵の視線は、むしろナタリアを敵視していた。


 ローレルは、それを何も言わず見ている。

 公爵家同士の関係には、立ち入らないようにしているのだろう。



 ソリオンはナタリアのもとへと向かう。



「ナタリア様は、ちゃんとやり遂げましたよ」



 ナタリアが嗚咽おえつしながら、ソリオンに向かって、何かを言い放とうとしている。

 だが、次々と涙が流れ、言葉にならない。

 涙とも鼻水とも唾とも言えないものが、飛び散る。


 ソリオンは、その言葉にならない言葉にうなずきながら、次々と流れる涙を優しくハンカチで拭き取る。

 赤髪の少女はうずくまり、むせび泣きつづける。ソリオンも合わせて横に腰を落とす。

 

 そして、2人の従魔達が、2人を囲むように包み込む。

 普段、高飛車に見える少女が、顔をぐちゃぐちゃにして、涙を流す様を隠すように。



 辺りには、親に愛され無かった少女の泣き声が、しばらく続いた。



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