賢帝の涙 1

「ニー! 冠斧だ!」


 インクブトサカが斧の鳥姿となったニーが、空からトサカのおのを体ごと振り下ろす。


 ニーの斧が、1mほどある四本脚の魔物に当たる。

 

 キュイィィ

 高い音を立てて、ニーが刃で受け止められる。

 四本脚の魔物は、刃でできたうろこが背中側に隙間なく生えている。

 短い脚、大きな尻尾。フォルムはアリクイに近い。センザンコウという方が適切かもしれない。


「距離を取るんだ!」


 ニーが羽を激しくバタつかせなかが、距離を置く。

 以前の姿のような俊敏さはなく、まるで鶏が飛ぶようだ。


(骨は頑丈になるけど、重くなってるな)


■ニー

・系統:邪鳥

・種族名:インクブ

・階級:F

・特技:<冠斧> <岩骨> < 旋風 >



 アリクイの魔物は、長い尻尾を頭に近づけ、体を丸める。

 そのままタイヤのように転がり始める。

 

 加速度的にスピードを上げ、ソリオンへと向かってくる。

 回避するために、右へと大きくか回避するが、常に軌道修正しながら追従してくる。


(軌道が読みづらい)


 サンを肩に乗せながら、巨木を背中に立ち止まる。

 アリクイの魔物は、凶悪な刃を高速で回転させながら、ソリオンへと迫る。

 あと数回転もすればソリオンへ当たりそうだ。


「サン、はさみで木に掴まって!」


 ソリオンは思いっきり脚に力を込め、大きく飛び上がる。

 飛び上がった所で、サンが尾についたハサミ使って、万力のようにが木を掴む。

 ソリオンはサンへとしがみつく形で、木のぶら下がる。


 ギュギギギッ

 次の瞬間、木が高速で削られる甲高い音をたて、大きく木が揺れる。

 凄まじい衝撃で木が根本から傾きかけている。

 足元を見うるとアリクイの魔物が丸まったまま、巨木に埋まっている。


「イチ!」


 木に埋まり動けなくなっているアリクイへ、イチが飛びかかる。

 毒爪でしっかりホールドし、角状になった後ろ脚を何度も打ち込んでいく。

 アリクイの最後のうめき声が聞こえた後、辺りは静かになる。


 ソリオンは倒れかかった木から飛び降り、イチを撫でる。


「ナイスだ、イチ」


 イチがアリクイの亡骸から魔獣石を取り出し、飲み込む。

 魔物図鑑に新たな1ページが刻まれる。



・系統:悪獣

・種族名:アルミス

・階級:F

・特技:<輪転> <鱗刃>


「マッシモさんに教えてもらった通りだね」


 先日、マッシモがギルド長を務める狩人ギルドの職員を救った事もあり、随分、親切にしてもらっている。


 始めはソリオンの<系譜>に驚かれもしたが、マッシモは態度を変えなかった。

 ホクシー教の教義より、自らが感じた恩義を優先したらしい。


 マッシモからは、エーエンの森の浅層にいる魔物の特徴を教えて貰った。

 敵を知ることで、危険を大きく減らすことができる。



 一息ついたその時、近くの巨木が薙ぎ倒される。


 巨大な鋏をもった蟹に似た魔物が、突然あらわれる。大きさは大人の背丈ほどだ。

 足は10対あり、胴はやや長いため、見方によってはエビに見えなくもない。


 イチが飛びかかろうと、毛を逆立てる。


 かに型の魔物は口から青色の泡を吹き出し、自身の甲羅を泡が覆っていく。


「イチ! 今は駄目だ!」


 黒猫姿のイチが、攻撃を思いとどまる。

 今ソリオンと相対しているかに型の魔物はマッシモに教えてもらったベニルベだと思われる。

 一見、蟹のようだが、系統としては呪蟲になると教えてもらった。


「あれが毒泡か」


 ソリオンはポーチに手を突っ込み、万が一の為、レビの店で買った解毒剤を取り出す。

 

「ニー、風であの泡を吹き飛ばすんだ」


 ニーの周りに風が渦巻、土埃を舞い上げる。

 旋風がかに型の魔物へと襲いかかる。

 体を覆う青色の側が剥がされ、空へと舞い上がっていく。

 


「イチ、今だ」


 泡が剥がされた甲羅目掛けて、イチが毒爪と角脚を突き立てる。


 ガギュッ

 イチの爪や脚などが弾かれる。掠り傷すらついた様子はない。



 肩に鈴虫のようなサンを乗せた、ソリオンは今度もは自らも蟹へと近づく。

 ベニルベ蟹の魔物は大きな左右不揃いの大きな鋏を持ち上げて、威嚇してくる。

 ソリオンが更に近づくと、大鉈おおなたのように鋏が振るわれる。

 紙一重で避けながら、懐へと飛び込み、脚の付け根へとナイフを突き刺す。

 同時にイチも蟹の背後から襲いかかる。


 パキッ

 嫌な音を立て、ナイフの刃が、中ほどから先が折れる。


(リョップさんから借りたナイフが)


 半年ほど愛用していたナイフが、最後の時を迎えた。

 バックステップで距離を置き、ナイフを腰のホルダーへしまう。


「逃げよう。ニー、旋風で風に閉じ込めて」

「ピィ!」


 ニーの旋風に閉じ込めれた ベニルベ蟹の魔物は鋏を大きく振り回し、あたりの木々をなぎ倒している。だが、視界の悪さと強い風に煽られ思うように動けないようだ。


 ソリオンたちは、ベニルベ蟹の魔物をしり目に、視界の外へと向かう。

 しばらく走り、十分に距離を取った所で、ソリオンは木に寄っかかるように腰を落とす。


「はぁ。純粋に火力が足りない」


 深いため息と共に、うなだれる。


「やっぱりE級相手だと、全く通用しないな。サンをどうにかE級のイラにできないだろうか」


 ボケッとしていたサンが首をかしげる。


「わかってる。僕の魔力が足りないんだよね」


 何度かサンをE級のイラへ系統発生させられないかと挑戦したが、すべてソリオンの魔力切れで失敗した。


「今の<特技スキル>をもっと習熟するって言っても、いつになるのかな。とは言っても、新しい<特技スキル>を覚える方法もわかんないし」


 その時、ソリオンは何かの気配を感じる。


(また、誰かに見られてる……)


 一瞬、ベニルベ蟹の魔物が追って来たのかと思ったが、辺りには姿は見えない。

 ソリオンは警戒しながら、逃げるように森のほど近くにある小川へと向かう。


(なんだろう? 絶対に勘違いじゃないと思うんだけど)


 最近、頻繁に見られているように感じる。だが、その正体が、何なのか未だにわからない。

 イチ達ですら、上手く感知できていないようだ。


 ソリオンが辿り着いた、小川には絶えず透き通った水が流れている。

 川の中の石が、水面からいくつか顔を出している場所へ向かい、石の上と飛び乗る。


 川の中から、スプレータやバロナなどの魔物たちの屠体を引き上げる。


(……やられた。食べられている)


 大きく食いちぎられており、原型を留めていないものが半分ほどある。


 肉を屋外に晒していれば、他の魔物に食べられることもあるだろうとは思うが、ここが川の中だ。

 臭いに釣られたにしては、被害が大きいように思う。


(前は全然、大丈夫だったんだけどな)


 マッシモに教えられた通り、下処理を何度か行ったが、食い散らかされたの初めてだ。


(まあ、仕方ないか)



 ソリオンは無事だった肉だけを抱え、街へと走って戻る。

 さらに、イチたちを連れたまま雑木林を通り過ぎ、街の境界までくる。


「イチ、ニー、サン。こっちに来て」


 ソリオンは従魔たちに、腰のポーチから取り出した、オレンジ色のマントのような羽織を着けていく。

 そして、そのまま街へと一緒に入る。


 街行く人は、従魔達を物珍しげに見る人、あからさまそうに嫌そうに距離を置く人、目にも止めない人など様々だ。

 だが、咎められることはない。

 マントには狩人ギルドのマークが示されており、狩人ギルドに認めれてていることを示している。


 この世界には<調教士>という魔物を手懐ける<系譜>がある。手懐けられた魔物はひと目で所属を識別することができれば、例外的に街への同伴は認められているようだ。


 もちろんどこにでも、連れていけるわけではないが、少なくとも大通りでは許されている。


 人々の反応を気にせず、大通りを進み、狩人ギルドの解体場へと向かう。


「ソリオン。今日は少ないじゃないか」

 

 狩人ギルドのギルド長マッシモが声をかけてくる。


「川の中に漬けてたら、食べられちゃったんです」

「なんだ、お前もか。ここ何日か、そんな話を聞く」

「何かあるんですかね?」

「わからんが、あまり被害が続くようなら、騎兵団へ調査をお願いするか」

「魔物のことならハンターが調べるんじゃないんですか?」


 マッシモは刈り上げた白髪だらけの頭を掻く。


「俺らの仕事は魔物を狩って、市場へ流すことだ。調査や護衛をやることもあるが、基本、そういうのは騎兵団の領分だ」

「そいうものなんですね」


 マッシモは丁寧に解体を始める。


「ところで、マッシモさん。この辺りでナイフを売ってませんか?」

「ナイフか。どうした、急に」

「今日、ベニルベ蟹の魔物に思いっきり突き立てたら、折れちゃいまして」

「見せてみろ」


 ソリオンは折れたナイフを取り出す。

 マッシモはナイフを取り上げるように、手に取ると、注意深く観察する。


「……お前。ずっとこので狩ってたのか?」

「ええ、そうですが」

「バカ野郎! もっとやり方ってものを学べ」

「……駄目でしたか?」


 マッシモは再び大きなため息を着く。

 ニーが、ソリオンの頭の上から、マッシモを不思議そうに見上げている。


「普通、魔物を狩る時に使う武器は、バイオマス鉱石から作られた武器を使うんだ。普通の鋼で作られた武器を持つ事はあるが、あくまで予備だ」

「バイオマス鉱石って、魔物から取れるやつですよね」

「そうだ。魔力を通しやすく、特殊な能力を持っている事が多い。その上、頑丈だ」


(たしか、グリゴラの爪が武器になるとか、以前言ってたな)


「知りませんでした。では、その武器は何処で手に入るんですか?」

「上物や一品物なら鍛冶ギルドだが、初心者用ならウチでも売ってる。ハンターたちの武器を管理することもギルドの仕事のうちだ。今日の魔物分と合わせて、用意しておくから、明日、また顔を出せ」

「わかりました!ありがとうございます!」




 ソリオンはイチ達を連れて、家へと戻る。

 すでにもう夕方だ。


「おかえりなさい。今日も大丈夫だった?」


 シェーバは心配そうに仕事と狩りから帰ってきた、ソリオンを見つめる。

 いつも通りだ。


「大丈夫だよ。 狩人ギルドの情報を通り、深い所には行ってないし、イチ達もいるから」


 オレンジ色のマントを羽織った、従魔達に目をやる。

 帰って来て間もないというのに、イチはイースに激しく絡まれており、毛皮に顔を埋められている。

 イチの表情は無の境地に達している。

 

(がんばれよ。イチ。…だけど、刃の鱗をもつ魔物への系統発生、どうしようかな)

 

 ソリオンが頑張っているイチに親指を立てる。

 その姿をシェーバが不思議そうに眺める。


「ソリオンって、たまに変な動きや言葉を使うわね。この子達の名前も随分変わってるし」

「ハハッ、あんまり気にしないで」

「そう、とりあえずご飯にしましょう」


 3人はご飯を食べるまえに、父が居た頃のように、祈りを捧げる。

 ホクシー教では疎まれている存在であるソリオンは、神に祈るのではなく、本心ではダトを思いながら祈りを捧げている。

 転生があると知っているからこそ、の幸せを祈らずにはいられなかった。


 その後、3人と3匹で食卓を囲み、楽しい食事が終わる。食事の後、イースが寝る前、絵本を読んであげる事までが、いつもの流れだ。


「……少女の願いを聞き届けた賢帝は、村の人達のため、川に大きなつつみを作りました。そして、もう二度と村は水に沈むことはありませんでした」


 本を閉じる。

 この世界の絵本で、時々でてくる賢帝の物語は、過去に実在した王様だ。

 今も残る政治の仕組みを幾つも構築し、人の領土を大きく広げた、名君中の名君だと言われている。


「ねえ、兄ーに。何でけんていは村を助けてあげたの?」

「王様だからね。村の人たちが安心に暮らせるようにしてあげるんだよ」

「そうなんだ」


 イースは少し不思議そうな顔をする。


「なんで、けんていは、私の村を助けてくれなかったの?」


 ソリオンは言葉に詰まる。

 それは自分が知りたいことだ。


「賢帝は昔の人だから、今の王様じゃないからだよ」

「けんていが今の王様だったら、今のお家でも、お父さんは一緒だったの?」


 3歳のイースは、まだ死というものが理解できていない。

 そのため、一連の騒動で、ダトが遠くに行っていると思っている。


「そうかもしれないね」

「早く、けんていが王様になると良いな。そうしたらお父さんも帰ってくるかも」

「……そうだね。今日はもうお休み」


 ソリオンはそう言うと、イースに掛け布団をかけてあげる。


「まだ寝たくない」

「寝れるまで、兄ーにがいるから」


 イースが不満そうにしているが、すぐにウトウトし始める。

 その様子をしばらく見ていたソリオンも、夜の静かさと窓から吹き込む涼しい風の心地よさに、意識が少しずつ薄れていく。



 気がつくと、窓の外は、わずかに月の光に照らされた暗闇で、既に深夜になっているようだ。

 

(一緒にうたた寝してしまった)


 明日も早い。

 汗を流して、早く自分も寝ようとした時、窓の向こうに、空中を漂っている光が見える。


(ホタル?)


 外に見える淡い光は屋根の上を飛んでいる。

 確認しようと窓の近くまで行った時、光が突然、フッと消えた。


(なんだあの光は)


 ソリオンは見間違えかもしれないと思い、あまり気に止めず眠りにつく。


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