第33話 裏垢女子の夏はまだ始まったばかりだから
『なあ、元サッカー部。お前も行くよな大阪』
――って、行けるわけねーだろ。
理由はお察しの通りなんだけど。
「いくよね? 新見くん」
(……え!? シロちゃんなに言ってんの!?)
仲田さんは、俺に対してなんの躊躇もなくそう口にした。
俺は、一瞬息を飲む。
ヴヴッ
新見旬用の無骨な見た目の端末が震える。
そのLINE通知の振動を感じながら、すぐにメッセージを開いた。
<私に考えがあるから、合わせなさいって、ね? 有栖ちゃん>
(いやいや……ちょっと待って。有栖とバッティングするんですけど?)
「ん? もしかしてなんか予定があるとかか? 日程はこれからじっくり決めるから気にするなよ。榊も来るからさ」
「あー……、そうだな。多分行ける。と思う」
ひとまずは、仲田さん=シロちゃんを信じてそう回答した。
それを聞いて満足げに席へ戻る筋肉マン。
「え? 榊くんも……くんの?」
その事実に動揺を隠しきれない様子なのは、塩野目さんだ。
当然だよな。
告白して振られた相手と一緒に、県外に旅行なんて。
なんとフォローすればいいか分からなくて困る。
……そもそも、新見旬は塩野目さんのそんな事情を知らないことになってるから何も言えないし。
「チャンス、じゃない? 汐里。これはね、チャンスなのよ!」
「なんで、二回もいうん?」
「大事なことだから!」
とびっきり明るく。シロちゃんが塩野目さんの肩を叩いて言葉をかける。
(本当に、シロちゃんのこういうところはすごい)
「……うーん、ま~……せやな。めげへんよ、うち」
「そうそう。その意気! じゃあ、そういうことだから新見くんも。よろしくね」
よろしくって。
マジでどうするつもりなんだろ。
自席へと帰っていったシロちゃんに、すぐにLINEで尋ねる。
すぐに返信が届く。
<ふふふ、鏡映しのアリスちゃんがいるじゃないの! 黒髪のね>
***
「まだー?」
「まだだってば。もうちょっと我慢しなよ」
「化粧ってこんな時間かかるの? てか、こしょばい―……!」
旅行当日の朝。
妹の加恋を早起きさせて、まずは顔を洗ってくるように伝え。
戻ってもなお、まだ寝ぼけたままの妹を姿見の前の椅子に座らせた。
あとは……加恋を有栖に仕上げる。
輪郭も目元もそっくりだから、そこまで難しいことじゃないけど。
少しでも、有栖らしくするために、ピンク系の化粧下地であかるさをプラスさせて……。普段から外で運動をしている分どうしても荒れてしまっている肌の部分をコンシーラーでカバーして。
そしてファンデをブラシで塗っていく。
このあたりで飽きてきたのだろう。
「化粧ってこんな時間かかるの? てか、こしょばい―……!」
という言葉がかかったわけだ。
「普段どうしてたんだよ」
「んー、オールインワン系でささっと? てか……うん。あんまり気にしたことすらない!」
それでこれだけ綺麗な肌してるんだから十分だけど。
今日から数日はもうちょっとだけ我慢してもらわないといけないからな。
眉を整えて。
あとは、目元だな。
「目、閉じててな」
「……ん。なんか、キスされるみたいで緊張する。なんつって」
「え? されたことあるの?」
「や、ごめん……言ってみたかっただけ……ですよ」
加恋の戯れ言に付き合いながら、オレンジ系のアイシャドウを数色使い分けて濃淡をつくっていく。グラデーションを意識して、ほんのりと色づいた目元にする。
睫毛はもともと家系的なものなのか、俺も加恋も長いからあまりいじらないでいいんだよな――。
多少整える程度にして。
「ねえ、よくお母さん許してくれたね? お小遣いの前借り」
「んー、まぁ今回の移動費はアフィで俺が稼いでたからそこから捻出したし。なんか小遣いについては加恋と一緒って言ったらあっさりOKもらえたよ」
「え? じゃあおにぃの奢りってこと? そもそもアフィリエイトとかしてたの?」
「んー……まぁ、それなりにフォロワー多いしな。でも、現金化まではしたことなかったんだよね。今回もアフィのポイントからそのままチケットサイトにポイント交換した感じ」
「?? 色々とよくわかんないけど、ありがと」
「いいんだよわかんなくて。俺のほうこそ、ありがとな? 俺のために」
「おにぃのためでもあるけど。詩帆のお願いだからねー。あ、お母さんには行くまえにちゃんとお礼しとこ! この見た目も見せたいしー?」
俺たちの母は、市内の病院で働く看護師で夜勤が多い。
今日もまだ帰ってきていないから、もうそろそろしたら帰宅するくらいだ。
まぁ、実際のところは、あっさりとOKされたというよりはこういう経緯があったわけだが……。
***
「あんた、いつ旅行行くつもり?」
「……へ?」
珍しく母と顔を合わせたときに、唐突にそう言われた。
もちろん、まだ大阪へ行く話などはできておらず、なぜ旅行の話が出たのかもわからなかった。
「や、だってキャリーバック買ってたでしょ? 可愛い色合いの」
そう、それはシロちゃんに言われて外で有栖の恰好をするために購入したもので。見た目の色も、有栖らしくパステルカラーのピンク色のもので……。
それは自室のクローゼットの中に”見つからないように”置いていたはずだ。
「なーにそんな呆けた顔してるの。あんたまさかずっと隠せてると思ってたの?」
「え……いや。え?」
「小遣いの範囲でやってることだから特にいうことはないけど。ほんと昔っから可愛いのが好きなのね。まぁお母さんはそれよりこのあとあるドラマ見るから、話戻すけど。旅行行くならお金どうするの?」
「……え。あ。うーん、少し小遣い前借りとかできないかな? 俺と……加恋の分。友達と大阪に行こうと思ってて」
「加恋も? あんたたち仲悪かったんじゃないの? そういうことなら、ぜんぜんいいわ。気を付けて楽しんできなさいね」
そう言って数か月の小遣いを合わせても余りあるほどの金額を工面してくれた。
という経緯で。
家族全員からもバレてしまった秘密は、もう秘密でもなんでもない気がするけど――。俺と加恋の旅費と小遣いは確保できたわけだ。
***
加恋に家の前で、一度は別れを告げる。
「じゃあ、駅前でな。加恋」
そう呼びかけたものの目の前には、俺の知る『有栖』がいた。
元気いっぱいに彼女が動くたびに、無造作ヘア風に跳ねさせた桃色の髪が揺れ動く。有栖愛用のウィッグだ。
すっかり夏になった季節に合わせた、白いワンピースの裾をひるがえして。加恋は、満面の笑みを浮かべる。
「オッケー、旬! 今日から楽しもうね」
そこからは、ふたり別の方法で駅へと向かう。
加恋はタクシーで。俺はバスで向かうこととなった。
有栖と新見旬はこれから、初対面をすることになっている。
それまでは他人のふりでいるために。
双子である利点がこんなところにあるなんて、気づきもしなかったけど。
ちぐはぐな旅行は、まだ始まったばかりだ。
<有栖ちゃん、準備できたかな?>
『うん、ばっちしだよシロちゃん』
<あ、でも旅行の間は新見くん……旬なんだよね>
『んー、そうだねー。仲田さん』
<かわいくない~~。せめて、シロちゃんじゃなくても、詩帆! 詩帆でどう?>
『……わかったよ。詩帆』
<あ。ごめん。そもそも、LINEでは有栖ちゃんでいいんだからね!>
『そっちが本性みたいになってませんか? べつに、いいけど……』
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