第4話 裏垢女子はその場所を多目的に使用する
「……ん、……ぁ。……ん」
だいぶ、きつッ……。
前傾姿勢からお腹に力をいれて、できる限り腰を反らさないようにして。
ただ、その同じ動作をくり返していく。
垂れ下がった髪が少し邪魔くさい。
それを手で耳にかけて、その運動をつづける。
じっとりと汗ばんできているのを感じる。
体が火照って熱い。
「……んッ。くぅ……。ふぅ」
これで、ラスト……!
100回目。
日課のアブローラーでの腹筋運動を終える。
だいぶ追い込むから、正直きついけど。
心なしかお腹が引き締まったような気がしてくる。
(といっても、あんまり筋肉つけすぎないようにするのも大変だけどね)
撮影の準備はもうできていた。
そう、今日の運動は有栖のまま、女子用の(といってもそんなに違いはないけど)スポーツウェアで実施していた。
なんだろな。入ってるラインとかが、蛍光色で色が入ってたりするくらいか。
まぁ、可愛い感じがするってのが大事なんだろな。
「……あっつ」
シャツを捲って、そのまま額に流れる汗を拭く。
――あー。コンシーラー……大丈夫かな。
吹いた後で気づいて襟首のした、胸のあたりを見たが色移りなどはなく、大丈夫そうだった。
今日は、ショートの黒髪。青いメッシュが入ったボーイッシュなもの。
そんぱっつん気味の前髪をあげて、姿見に額を移す。
こっちの色落ちもなし。
――チェックOK。今日の有栖も可愛いから、ヨシ。
普段は男装。いや、違う。それが普通なわけだから――。
いつも通りの新見旬の恰好で運動をするため、こういったところで癖が抜けない。
とはいえ、今日は目的があった。
筋肉バカの市河の言葉にあてられたわけじゃないが、今日はスポーティーな感じで撮ってみようと思ったのだ。
――あ、ひらめいた。いまの構図で撮ってみよ。
ウェアの上着をもう一度引っ張り、自然な感じで汗を拭く仕草をする。
上側をひっぱるということは、着丈が足りなくなるわけで。
そうなれば、自然とお腹が見える。
せっかく追い込んだものだ。じっくりと味わえ。市河。
その瞬間をスマホのカメラにおさめた。
(なんで、市河のために撮ってんだろ……まぁいっか。いいの撮れたし)
***
<今日も、順調にバズってますね! 有栖ちゃん。あと、あの身バレ疑惑の画像は消したんだね。さすが、消火がおはやい>
「そりゃ、どうも」っと。
友達追加された(勝手に)ばかりの、仲田詩帆からLINEが入る。
早速、SNSへアップした画像のことを言うところをみると、やはり彼女は毎日チェックしているのだろう。
有栖のアカウントのことを。
<ところで、日曜なんだけど。もちろん、有栖ちゃんの恰好だよね? よね? 絶対そうしてね>
――は? はぁ?
何を、言ってるんだ。この女は。
<あれー? 既読はつくのに返信がないぞー。有栖ちゃん。見てるー? 見てるよね?>
その追い打ちは若干ホラー感あって怖えーよ。
心の中でつっこみを入れつつ、これ以上連投されないように返事を返す。
『家を、どうやって出ればいいんだよ。母さんは夜勤明けで寝てるだろうけど。妹の加恋がいるんだよ』
<なんか、可愛くない>
『なにが』
<喋り方。もっとトワイライトの有栖ちゃんはかわいーのに>
『……はい。えっと、妹もいるから、さすがにわたし恥ずかしーんだけど。いつもの恰好じゃダメかな?』
<爆笑!!>
『ころすぞ』
<いやー! 殺害予告されたーーー。おまわりさーん>
マジで通報されたらヤバイやつじゃんか。
……しかし、仲田さんの言うように、有栖用の端末で、あまり普段通りの喋り方で文字を打つのは逆に違和感がある。
仕方ないので、ノリに付き合うことにする。
『ん、この感じでわたしは喋るから。あんまり茶化さないでくれますか』
<爆笑x2!!>
『……あー、もう!』
<冗談冗談。えっと、じゃあ私から3つの提案があります>
3つもあんのかよ。
<1.有栖ちゃんには私のことを仲田さんと呼んでほしくありません。白兎とか……うーん、それも可愛くないから。シロちゃんと呼んでください>
『はい、シロちゃん……はぁ』
<そのため息も可愛くない。で、2つ目なんだけど。家を出るまではいつも通りで、外で着替えたらいいじゃない>
『……んー。どっか更衣室てきなとこで?』
<そそ、行為、室てきな>
<あ、ごめん誤爆。いま風呂で打ってて、打ちづらくて>
『ねえ、わざとだよね。その誤爆。ぜったいわざとだよね。区切り方おかしいもんね』
さりげに読み飛ばしたけど。
風呂で打ってるのか……。別に仲田さんが(もといシロちゃんが)どこでスマホ弄っていても、かまわないんだけど。
<あはは、冗談だってば。まぁ駅前だったら『多目的』なトイレとかあるでしょー>
『だから、区切り方! あと強調! それ炎上するやつだからね』
<……はい。そのうち謝罪会見でも開きます>
『もう、やめて……』
<はいはい。あ♡ 3つ目なんだけど>
いまの『あ♡』はいらんだろ。
<とびきり可愛い恰好できてね>
――なんで? これって、デートだよね。一応。
いや、女装で来いって時点で、男女のそれとはかけ離れてるけど。
『あー、拒否したら?』
ぴろん。
【画像が届きました】
シロちゃんからLINEへと画像ファイルが届く。
液晶へタップして。その画像を開く。
――え。ええええええ!
『あのー。これって』
<うん、屋上でのキスショットだよ!>
いつ撮影した? どっか定点固定で撮影してたのか?
そもそも、口封じの方法を教えてくれたんじゃなかったのかよ。
――ああ、そうか。俺からの拒絶の言葉を封じたわけか……。
『仰せのままに、ご主人様……』
<爆笑x3!!>
『……あー、もう』
<怒んないの! じゃ、デート♡ 楽しみにしてるね>
その文面だけ見れば多分昨日までの俺だったら小躍りしてたくらいのものなんだけど、な。
リアルに深いため息をついて。
端末を卓上に置こうとする。
そろそろ、着替えないといつ加恋が入ってくるかもわからない。
今日は、しっかり施錠はしているが。
ヴヴ。
その端末が震えた。
SNSの通知、トワイライトからだった。
DM……? ユーザー:白兎からのダイレクトメッセージとある。
(シロちゃん。いまLINEで話してたのに……?)
俺はそのDMの内容を開いてみることにした。
<鍛えてる腹筋、かっこいいね。どきっとした>
その一言に、ドキドキしたというのは絶対に言わないでおこうと思った。
変な緊張感を隠すように、独り言を呟いてみる。
「あーーー、もうーーー。明日、キャリーバック買いにいかなきゃじゃーん。もう」
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