第3話 裏垢女子は相互フォローをいとわない

 放課後、サブあかのLINEへ送信することで、仲田詩帆を屋上へと呼び出す。

 目的は2つ。

 口封じと、スマホの奪還だ。

 

 加恋の制服が写り込んだ画像の削除の件も気になるし、何より俺自身のメンツのためにも詩帆の思惑が気になった。


――デートしてほしいの。今度の日曜


 遠いように聞こえるが、明後日のことだ。

 そもそも、俺みたいな目立たない男子を呼びつけてデートって、仲田さんなら遊び相手の一人や二人いるだろうに。


(……ありす的には、オフの仲田さんのことを見て勉強したい。とか思わなくもないけど――)

 

「やっぱり、脅されたり……するのかな」

「へ?」

「ん? やべ……」


 俺のなかの『有栖』は、どうやらお喋りらしい。


「脅したりしないしない。てか、怖がりすぎだってー。はい、スマホ。ちゃんと連絡くれたから返すね。あ、私のLINE入れといたから」

「……!? なんで」

「有栖ちゃんと仲良くなりたいから。ってのは、おかしい? 裏垢女子同士。仲良くしよ?」

「はぁ?」

「んー、気づいてないかもだけど。有栖ちゃんと私、トワイライトで相互フォローしてるんだよね」

「!?」


 仲田さんが裏垢女子ということにも驚いたが……。

 相互フォローの関係って。

 返却された端末でSNSアプリ『Twilightトワイライト』を起動させる。

 Twitterをモジッた名前なのは、ほとんど機能が同じだからだろう。マイナーアプリのほうが裏垢女子をやりやすい。身バレ率も下がるし。

 バレたけど。


 フォロワー数、つまり有栖のアカウントに興味をもってくれているユーザー数は10万を超えている。

 それに対して、フォローしたユーザーは190。

 大抵そういうものだ。


 だから、相互フォローをしているユーザーは、それなりに関わりのある人のはずなんだけど。


 どれだ。どこにいる。

 指先でスライドさせていく。サムネだけで軽く見ていくも、仲田さんらしき存在は見つからない。


「うわー、すっごい必死! そんなに私の投稿が気になるの?」

「気になるよ!」

「……わ。素直」

「あ、いや……えっと。どういう構図か、とか。衣装とか……気になるし」


 待て待て。違うだろ。

 そもそも今の俺には目的があったんだ。


 口封じと、スマホの奪還。

 スマホはすんなり返してもらったわけだけど。


――口封じ


 どうやったら、黙ってくれるだろうか?

 デートするだけで本当に良いのか。そもそも、何が目的のデートだ。


「ねえ有栖ちゃん」

「それやめてくれって」

「やだ。だって、私にとっては君は、有栖ちゃんだもん」

「……わかったよ。で、なに」


 男らしく、少し語気を強めて仲田さんに言い返す。

 秘密を握られている時点でかなり分は、悪いのだけど。


「1番目。だからいま見てるスライドの一番した。そこまでスライドしたら出てくるよ」

「……最初にフォローしたユーザー。白兎しらとさん?」


 裏垢女子の白兎さん。

 俺はこのユーザーの写し出したその構図の妙に虜になった。

 すこし地味な感じの少女が、その生活をそのままに切り取ったような写真。

 さり気なく置くアイテムの配置。


 めがねだったり、お菓子だったり。

 絶妙に組み込まれたその画像のなかの世界観に惚れ込んでいた。

 

 でも、確か最近はずっと投稿もしていなかったような。

 それに黒髪でメガネをかけた地味めな女の子と、目の前の仲田詩帆は似ても似つかない。


 いや、……裏垢女子ってのはそういうもんなのかもしれない。


「驚いた? でも、この胸も足先も、君が褒めてくれた正真正銘の私なんだけどな」


 そう言って自らの胸を下から持ち上げるように見せつける。

 実物のもつ質量感は、写真以上だった。


「仲田さんが、白兎さんだってことは理解した。けど、俺はどうすればいい? 仲田さんは俺に何を求めている?」

「だから、デート! あとは、さっきの続き」

「さっきの?」

「うん、キスとか、そういうの」


 やっぱりからかっているんだな。と思ったと同時に沸々と怒りがこみ上げてくる。

 その指先を口元に向ける可愛いらしい仕草も、校則違反なスカートの詰め方も。

 こうやって俺をあざ笑う言動も。


 全部が計算だっていうのなら。

 俺が憧れた白兎さんの世界観も偽りってことだ。


――なら『有栖』はではないのか


 一瞬浮かんだ疑念を振り払うように声を荒げた。 


「俺は仲田さんの遊び道具じゃないし。そういうキスとか、それ以上のこととか。す……すきな人とじゃなきゃ、しないから!」

「前半かっこいい感じだったけど――途中から有栖ちゃんだったのがかわいー」

「……俺、いまなんて言ってた?」

「すきな人じゃないとキスなんてしないって。乙女みたいなこと言ってたけど」

「……忘れてください」

「むり。面白いもん」


 さっきまでの威勢も自身のポカのせいで完全に失ってしまった。

 こうなると、ただ懇願するしかない。


「じゃあ、どうしたら、秘密にしてくれるかな」

「んー、どうしよっかなー。あ。そうだ。口封じの方法なら教えられるよ」

「それってどういう――」


 スローモーションのように俺の目が捉えたのは、そのピンク色のマスクを外したときの、彼女の……白兎さんの画像に写りこんでいたのと同じ唇。

 泣きぼくろの位置も、少しだけ出た八重歯の尖り方も一緒。


 そう。

 口封じの方法はシンプルかつ、直接的なアクションだった。


「……。しかないでしょ?」


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