第6話 裏垢女子は新作映画を2度みる
――有栖ちゃん! 私と勝負しなさい!!!
まず現実であまり聞くことのない言葉を白昼堂々と口にする美少女。
目立たないわけもなく、周りの目が痛い、というか。どよめきすら聞こえてくる。
(なんか、ごめんなさい。皆さんゆっくりコーヒー飲んでてください)
俺は、心半分は周囲を気にしつつ、もう半分の心はシロちゃんに向いていた。
気持ちが向いていた、とかではなく。
何言ってるんだ、この人は。
といった感情だけど。
俺はアイスコーヒーのグラスに手を伸ばす。
「……なんか言ってよ!」
「いや、ちょっと落ち着こうかと思って」
「だからって、何事もなかったかのようにコーヒー飲まないでよ」
あんなにピンと指していたシロちゃんの指先も、やはり疲れたのか少しだらけ気味になっている。
「んー、じゃあ聞くけど。勝負ってなにするの? ストリートファイト?」
「そんな野蛮なことしないわよ。ナンパされた数を競うってのはどう? ずっと白兎の垢で投稿してなかった私と、いまバズってる有栖ちゃんじゃトワイライトのなかでは私は勝てないもの」
「だからって、リアルで?」
「そーいうこと!」
「かんたんに言うけど。そんなにナンパなんてされるわけ――」
くい、くい。と、シロちゃんの指先が私の左側に向く。
まるで見てみなさい。と言わんばかりに。
「あの。もしよかったら相席いいですか? 俺たちも二人でさ」
(……え、ええ?)
普通の大学生みたいな二人組。
声をかけてきたほうは下ろした黒髪で、その笑顔はふつーに爽やかな感じがする。
うーす。と、だけ口数少なく頭を下げた方は、帽子を深く被った少しチャラそうな金髪の男。整えた顎ひげが目だつ。
ちなみに、相席いいですか? なんてこと、いままでに言われた記憶はない。
うん、一度も言われたことも言ったことすらない。
(えっと、ねぇ――どうする? というか、どうにかして?)
そんな懇願に近い思いで、シロちゃんを見る。
青色の瞳をほそめながら、彼女は少しどや顔ぎみだった。
――あー、そういうこと。ね。
これが、仲田詩帆の。学年一の美少女の日常なんだ。
たしかに休日のカフェの席は8割がた埋まっているし、4人掛けの席に2人で座っている俺たちも良くないのだけど――。
「あ! 有栖ちゃん。時間じかん! ほら。13時からの映画間に合わなくなっちゃうから。すぐ行かなきゃ!」
シロちゃんのそれはまるで、不思議な国の白うさぎのような、慌てよう。
――だったらアリスは、追いかけるしかないじゃない。なんてね。
彼女はポーチから取り出した映画のチケットをぴらぴらと見せつける。
(もちろん、そんなもの俺は買った記憶もなければ、そんな話それまでしてなかったけど……)
シロちゃんの話に合わせることで、この二人のナンパ師を避けられるなら、と思った。
「え? えっと。あ、うん。そうだね」
「……あのー、かっこいいお兄さんたち。この席ゆーっくり使ってくださいね。いこ! 有栖ちゃん」
そう言ってシロちゃんは席を立つ。
2人で並んでトレーに載ったコップとソフトクッキーの梱包袋をセルフで片づける。そのタイミングで小さく耳打ちで聞いてみる。
「――映画とかいつチケット買ったの?」
「昨日、見に行ったやつの半券♡」
「……このためにもってたの?」
「そ。自衛はたいせつよー? 女の子は強いようで弱いんだから。大声だして助けを求めるくらいの気概がなきゃだめだからね。さっきの有栖ちゃん、いいカモって感じだったもん」
(う……。言い返せない、シロちゃんがいなかったらたぶん逃げ切れなかった)
***
カフェの外は春の陽気でとても清々しかった。
互いに最初に合流したときに持っていた各自のバッグはコインロッカーに預けているんで、手も空いて動きやすい。
有栖の恰好だということも、あまり違和感がなくなっていた。
それまでが密閉された空間だったからか、やけに風が気持ちよく感じる。
「有栖ちゃん。はい。これ!」
「なに? タトゥーシール? ハート柄?」
それはまだ封がされたタトゥーシールだった。
手軽に貼ってタトゥー気分を味わえるフェイクコスメ。
それはかなり小さいもので、遠くからみればほくろくらいに見えるかもしれない。色も黒色だ。
「一つずつ。つけよ。いまのおにーさんたちの分だから」
ああ、つまり。
「ナンパされただけ、貼って最後に数を競うってことー??」
「そそ♡ でも、あぶないことはしちゃだめだからね。なにかあったらLINEすること。有栖ちゃんには勝ちたいけど。有栖ちゃんは私のものなんだから」
(冗談で言ってるのか、それとも本気なのか……な)
本気だとしたら、それは新見旬としてなのか。裏垢女子『有栖』としてなのか――
なんで勝負なんて。とか、仲田詩帆の……シロちゃんの本心とか。
なにもかも、わからないけど。
――あの白兎さんと、競えるってのは……有栖的には燃えるんだよね。
ハートのシールをひとつ。
左の手首に張り付ける。
「じゃあ13時まで、2時間勝負ね」
「……おっけー。わたしが勝ったら、いろいろ聞かせてもらうからね」
「か、て、た、ら、ね?」
なんだかその余裕の笑みが悔しいと思うと同時に、やっぱり彼女はめちゃくちゃ可愛いと思ってしまった。
(修正。そのことだけは、いつも思ってる)
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