第7話 裏垢女子はCAFEにいる

「あ、えっと。高速バスの乗り場でしたら、博多口側になりますから……。いま、わたしたちがいるこっちは筑紫口なので。いちど駅の中に戻っていただいて――」

「んー……あれー、スマホのナビだとこっちだったんだけどなぁ」

「……あー、わかんないですよね。あ、そだ。絵! 書きますね」

 

 そう言って俺は、メモ帳とペンを取り出して、ささっと簡易的な地図を書いていく。

『こっちじゃなくて=筑紫口=ヨドバ●カメラのあるとこ!』⇒『こっち!=新幹線の改札とかあるほう!』


✖筑紫口

〇博多口!!


 みたいにできるだけわかりやすく……してみたりして。

 ちなみに、こんなに簡単に書ける理由は、もう3回目になるからだ。


 書き終えてから、それを若いお兄さんに手渡す。


「あ。あの、わかんなかったときのために……LINEとか教えてもらってても――」

「それは、わたしより駅員さんのほうに。お願いします! わたしも今日たまたま来てるだけでそんなに詳しくないので……」


 若いのにスマホも使えないのか? と正直思う。

 一人目は、ちょと中年のおじさんだったから、一緒になってGoogle mapの使い方を教えてあげたし。

 二人目は俺と同じ高校生くらいの、ちょっとおどおどした様子の少年だった。

 しかたないので、アニメ系のショップまで付き添ってあげて……。ちなみに高速バスの乗り場はこの建物の下なんだけどね!

 

 そして、次は高速バスの乗り場って……


(時間ないのに……!!)


 そうこうしてると、裏垢用のスマホにLINE通知が入る。

 シロちゃんからだ。


 彼女の腕の写真が添付されていて。

 白くて細い彼女の左の腕には、綺麗な色をした青のブレスレット。

 そして、もう4つ目の♥――。


 こっちはまだ最初の♥ひとつだけで、やっぱり最初のナンパはシロちゃん狙いなんじゃん。って思い知らさせる。

 

(正直ちょっと自信なくなるなー)

 

 なんてね。思ってしまう。


『もう、4つ目……? まだわたしあれから増えてないよ。てゆかこんなときに限って迷子多すぎ!』


<それって、全部男の人だったりしない?>


『あ、うん。そだけど』


<……バカなの? それナンパだよ。で、何人?>


『へ?……えっと。いま案内しあので3人』


 ここで、彼女からLINEで着信が入る。

 

『あー、えっと有栖ちゃん? とりあえず、♥3つ、ちゃんとつけといてね。あと、連絡先とか交換しちゃったりしてないよね?』

「それはなんか怖いからしてない」

『……それならいいんだけど。あー、もう。なんか心配になってくるじゃん、しかも1時間経ってまだ同スコアだし? あのね、そういうのナンパだからね! 道を聞くのに、わざわざ女の子に聞かないでしょ。そういうことなので。じゃ切るね』

 

 一方的にシロちゃんはそう言って通話を終了した。

 どうやら、俺はこの1時間で、3回のナンパを経験していたらしい。わかりづらい……。

 もっとこう、君可愛いね。とか、デートしよう! とかそんなんじゃないんだ。


――そういえば、最初の二人組も相席って言葉しか使ってなかったな


 そもそも俺は、……新見旬は、ナンパをした経験すらないんだよ。


       ***


 結局、最初のカフェに戻ってきてしまう。

 迷子の相手をするのに疲れたのもあったけど、いざ意識すると声をかけてくる人すべてが怖く感じて、誰かと目があったタイミングで逃げ出すということを、あれから3回経験し。いまに至る。


「向いてないよなぁ。ナンパに向いてるとかむいてないとかあるかわかんないんだけど」


 フラペチーノのストローをゆっくりかき混ぜる。

 とくに意味はないけど。

 

 普段だと甘すぎると思うような飲み物も、これだけ疲れてるとちょうどいい。


 またスマホの振動を感じる。

 ……シロちゃんはさらにスコアを伸ばしたのか。

 そう思って開いたスマホには何も通知はなかった。


 もう一台の端末を見る。

 そう、新見旬のほうの端末だった。


<博多駅ちかくのカフェでめっちゃ可愛い子みつけたんだけど突るべきか。否か。それが問題だ。ちなみに榊と一緒にいる>


 それは筋肉バカ。市河からのLINEだった。

 

――揃いも揃って……。そんなに飢えてんのかよ


『いっとけいっとけ。どうせ相手にされないだろうけどな』


 そう返信をする。

 てか、近くにいるのかよ。面倒だな。


 スタンプで、『OK!』とだけ返ってきたので既読スルーで端末をしまう。

 よし。駅から離れよう。――せっかくの高い飲み物を飲み終えたら。


「あー。そこの、おねーさん!」

「……ん? んん??」


 フラペチーノのソフトクリームを匙ですくったタイミングで、若い男から声がかかった。聞き覚えのある。やけにでかい声。


――げ。市河じゃん。


 ということは……。ああ、いる。

 少し奥でちらちら顔を覗かせてる榊亮二。


「あの、俺たち。あ、達ってのは、あっちにいまツレがいるんだけど。2人でいても退屈で。良かったらお姉さんと映画か、カラオケか……なんかとりあえず遊びたいなと」


(バレてる……わけじゃないのかな?)


 というか、めっちゃ緊張してんじゃん。

 なんか誘い方下手だし。


 それまでの迷子3人のほうがよっぽど自然だったのだと思い知る。


「あー。ちょっとわたし、友達を待ってて……。だからごめんなさい」


 出来る限り気づかれないようにそう言葉を返す。

 多分、新見旬であることは気づかれていない。『有栖』の垢は少し顔を隠して画像を投稿するからきっとそっちに気づかれることもないだろう……と思ったのだが。


「そうか……そうだよな。あ、じゃあ連絡先だけでも! LINEとか」


 しぶとい……。

 あんまり声を出したくないという思いもあり、軽く笑みだけ返してあとは無視をすることにした。

 そのときだった。


「あれ? あれれ? 市河じゃん!」

「……!? し、シロちゃん?」

「仲田さん! あれ。じゃあ、おねーさんが待ってたのって、仲田さんのこと?」


 最悪のタイミングで鉢合わせるとは。

 ちらっと、目線をむけた先。シロちゃん(今は仲田さんと呼ぶべきか?)は、めちゃくちゃ面白いもの見つけたっていう、悪戯好きの子供のような顔を見せる。


「そーだよー。有栖ちゃんと私は仲良しだからー、ね? てか、なになにー? 市河もしかして、ナンパしてたの? 邪魔しちゃった?」

「違うんだって! あっちの榊がさ……。いや、ナンパしてたんだよ!」

「素直でよろしい」


 仲田さんと市河の会話を聞きながら……完全に溶け切ったソフトクリームをコーヒーと混ぜて、時間をつぶす。

 たぶん、顔めっちゃ引きつってると思う。生きた心地がしない。


「……あー、じゃあさ。榊くーん、こっち来なよ。あと、有栖ちゃんもスマホ出して!」

「へ?」

「そんな間抜けな声出さなくていいから。ね? みんなで連絡先交換しよ! あ、紹介すると、この体育会系っぽいほうが市河くんで、そっちの眼鏡男子が榊くん。どっちも私のクラスメートで、まぁ悪いやつじゃないからさ」


 ご丁寧に説明されてるけど。すべて知ってるよ。


(すべて知ってるってことも知ってるよね。ねえ!)


 断れる空気でもないので、仕方ないから有栖用の端末を取り出す。

 LINEを開き、QRコードを出す。


 二度目になる悪友、市河と榊との連絡先交換。全く嬉しくはない。今後を思うと胃が痛い。


「Aliceって名前……えっと有栖ちゃんのLINEのIDってこれかな」

「……Aliceか」


 小さく榊が呟いたことが気になったが、もう今はすぐにでもこの場から逃げ出したい気持ちだった。


「じゃあ、これでみんな連絡先交換できたわけだから。はい、市河。解散! 散った散った!」


 そう言って仲田さんは手をシッ、シッ、と払いのけるジェスチャーで二人を遠くに見える席まで戻す。


「さて……。面白いこともあるのねー。はい、♥ふたつ、有栖ちゃんのだよ」


 そう言って俺の腕をとり、シールを張り付ける。

 これで6個。


「――シロちゃんのバカぁ」


 決着まであと30分。

 仲田さんもとい、シロちゃんの腕には4つの♥が2列。合計8つの♥が見て取れた。

 もう勝負より、平穏がほしい。そう切に願っているのだけど。


――神様はほんとに悪戯好きで残酷だ。


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