【第一章】アリスと白うさぎ
第1話 裏垢女子は鏡撮りがスキ
鏡に映る、スマホを片手にもつ少女。
その姿見の隣にはO型のLEDライト。撮影照明にあたるもの。
ピンクゴールド色をした三連レンズが目立つ最新スマホ。
鏡に映るその二つの瞳は、そのスマホ筐体で隠してしっかりとは見せない。
あえて、片目だけわずかに見せる。
描かれた眉と、カラコンを入れたグレーの瞳。
睫毛はそこまで作りこまない。もともと長いってのもあるけど。
そうやって、基本的には顔はスマホとかで隠すのが自分なりのスタイル。
けれど、リップで色づけた淡いピンクの唇とシャープな輪郭だけは映す。
そして、髪にもこだわりはあって……。
もちろんそれはウィッグによるものなのだけど、春らしい桃色の髪色。
多少、粗めにカットしたその跳ね具合も計算したものだ。
癖のある毛先にはちょうど胸のラインがあたる。
ふくらみは、パッドで盛ってるけど、そんなことは内緒にする。
(今日イチ可愛い感じになったかな……?)
カメラモードの液晶画面に映るのはその鏡に映るのは上半身。
わざとカメラを広角にし、片脚を膝ごと前に出す。
あえてピントのずれかけた実際の足も併せて映す。
短めのショートパンツときつめのニーハイではみ出たような太ももの部分が、撮影した画像に入るように。
――完璧な構図だな。
あとはシャッターを何枚か連続で撮影して……と。
「おにぃ、もう帰ってたんだ!」
「……え?」
タタタタタと、連続撮影されるスマートフォンの音のなか、思わず手を滑らせてしまう。
端末が落ちていくのがスローモーションに感じる。
実際には、そんなことはないのだけど。
家の中で、こんなことをしてるのだから、いづれは遭遇するかもしれない事態だというのは覚悟をしていた……はずだった。
――妹の加恋が、俺の部屋をノックもなしに開けるということは。
でも、いざとなると、さすがにテンパる。
ガタン、と床に落ちた端末の鈍い音。
(あ、液晶割れてないといいけど……)
いまは、そんなことより……。
働かない脳をなんとか回そうと思案する。
そんなとき、助け船のような言葉が届いた。
「あ。えっと、あ……おにぃのカノジョさん?」
ッ!!?
……そういうことにしよう。
――お前の実兄の
「いや、あの、えと。うーん……まだ、友達? かな」
「へー、おにぃも隅に置けないねーこんな綺麗なひとを家に連れ込むなんて」
「つれこ……! まれたとかじゃなくって……ちょっと。わ。わたしが押し掛けた、の」
声色を変えて、そう応える。
自分では、違和感がすごい。だけど。どうやらごまかせたようで。
「ふーん、そっか。私は妹の
慣れてない敬語とはいえ、意外と礼儀正しい妹に感動しつつ俺(わたし?w)は言葉を返す。
「ううん、わたしは、新見くんのクラスメートの……、えっと。あの……名前……」
「ん、どうしました?」
「あ……思いついた! ありすです」
「名前って、思いつくものなのかなー。まーいいや。ありすさんですね。えっと、おにぃ知らないですか?」
「……あー。たしかコンビニに行くとか……? 言って出てっちゃった」
「カノジョを放置して一人でコンビニ? さいてーですね」
「うん。さいてーだよね」
「え?」
「え? あ。うん。ありす的にはちょっと悲しかったなー、とか?」
「だよね、だよねー。わかる。わかりますよ。加恋がちゃんと言い聞かせておきますからね。安心して付き合ってくださいね!」
「あ……えと、別に付き合ってるわけじゃ……」
「こんな綺麗で可愛いお姉さんほしかったんだー。じゃ、おにぃ帰ってきたらLINEするように言っといてね!」
そう、まくし立てるように言って加恋は自室へと戻っていった。
あぶなかったーーーーー。
そうだ。スマホ、壊れたりしてないかな?
落としたスマホを拾う。
どうやら液晶は……傷も割れもないかな。
角もそんなにぶつかってないし。
大事な商売道具だからな。大事にしないと……。
撮影用の二台持ちのスマートフォン。
――女の子っぽいカラーとか、最新型じゃないと映えないしね。
勝手に連射で映りこんだ画像。
そこにはピンボケの写真に紛れて偶然ピントのあった驚いた表情の女の子。
画像としては満点に近いショットだった。
跳ね上がったエアーを感じさせる髪。
驚きで丸くなった大きな瞳。
とくに、シャツの丈の間から見えるお腹のラインなども動きがないとできないもの。
――あ、これ使えるな。
SNSアプリを開いて、その一枚を投稿する。
『驚いてスマホ落としちゃったよー♡ 割れなくてよかったぁ』
その画像は瞬く間のうちにネットの海を拡散されることになる。
そう、巡りめぐって妹、加恋が目にするくらいには。
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