第2話 裏垢女子はマスク越しにキスをする

「おぉ、『有栖ちゃん』の新しい投稿やばいな……見るか?」

「つくづく思ってたけど、榊。お前の性癖歪んでねー? まぁ、見るけどさ。どれどれ……おぉ♡」

「なんつー声出してるんだ…」

「いいよな~こういう今風ギャルっぽい子! 案外さ、ここのクラスの中にもいるんじゃねー? 裏垢女子」

 

 加恋に身バレしかけた翌日。(あのあと”ありす”との関係をかなり追及されたが)


 登校して1-Bのクラスに入ってすぐに耳に入ってきたのはクラスメートで、友達の榊亮二さかきりょうじ市河卓司いちかわたくじの会話だった。


――ここのクラスの中にもいるんじゃねー? 裏垢女子


 よくもまぁ、女子生徒がいるなかでこういう言葉を言えるよな。

 だからモテねーんだよお前ら。と悪友である二人へこころの中で悪態をつく。

 

 それに、『ほんとの裏垢女子』が聞いてるかも、しれないだろ?


 まぁ、クラスでは最も馴染みのある学友二人だ。

 俺も会話に、混ざらないわけにもいけないか。


「なに見てんだー?」

「お。今日は早いな元サッカー部」

「いい加減名前で呼べよ。もうサッカーは中学でやめたんだよ俺は」


 これでも県大会に出場するくらいの名門サッカー部でレギュラーだった。

 最後の大会で腕を骨折するまでは。

 それは、ゴールキーパーポジションだった俺にとっては致命傷で、それを機に高校生活からは運動とは縁遠い生活をしている。


 唯一、程よく締まった腹筋が役にたつのは、裏垢投稿のときくらいだ。


「榊のいつもの趣味で。裏垢系の画像漁ってるんだけどさ。これ、この子かわいいだろ」


 それは昨日投稿した、有栖名義の俺の裏垢からだった。


「……おぉ。結構可愛い」

(訂正。すっごく可愛いと思うんだけど)


「だろだろー? 榊ほどじゃないから俺はそこまで興味ないんだけどさ。この子、結構鍛えてそうでさ。ほらここ、このお腹のとこ。腹筋の割れた線わかるか? 俺こういう鍛えてる女子の感じ最高に好きなんだよ」


「そんなに、……良かった、かな?」

(訂正したい。けどできない……なんか違うキャラ表にでやがった)


「元サッカー部、なんでお前が照れてんだ?」

「……照れてねーし!!」

「制服――」

「うわ……どうした榊。そんなぼそっと喋るなよ」

「……いやすまん。東筑女子の制服が映りこんでる。ほら、この鏡に」


「……あー、いや。でもスカートだけじゃ。わかんないよ、な。全国似た制服いっぱいあるし」

(訂正。え、嘘……。どうしよ。そんなミス今までしたことなかったのに……! しかも映ってるの、加恋のだし)


「これ、誰か友達が後ろにいるんじゃねーか? 有栖ちゃんはほら、他の画像だと普通にショーパンだしさ。時系列的には同じ服着てるだろうから。この映り込みは、誰かほかの子だと」

「……探偵かよ」


 大抵の会話内容はバカだが、榊は頭がいい。

 クラスで一、二を争うくらいの成績を持つ。見た目は悪くない。背も高い、眼鏡男子。

 ついでに紹介しておくと、市河は筋肉バカだ。将来はボディビルダーになっていると勝手に思っている。以上。


「なあ元サッカー部。たしかお前の双子の妹って、東女じゃなかったか?」


「へ? えー、あー。あんまり妹とは仲良くないから」

(訂正。筋肉バカなんだから、頭を使うなよ)


 そう、妹の加恋は妹とはいえ一卵性の双子にあたる。

 化粧っ気もなければ、普段からスポーツさえやってればいいって感じの子だからあれだけど。元は同じような顔をしてるから。多分メイクすれば化ける。

 裏垢女子、有栖みたいに。


「いやさすがに家族なら知ってんだろ」

「東女だった。はず」

「まあ余計な詮索は野暮ってもんだ。WEB越しだからよく見えるってこともある。俺は彼女たち女神のことを2.5次元だと思っている。だから、これ以上の詮索はしないが。忠告だけはDMでしておこう」


 いいやつだなお前。ちょっとキュン死しそうに。……はならないけど。言ってることただの変態だし。

 ヴヴヴッ。

 一瞬、俺の後ろポケットに入れた、裏垢用の端末が震える。

 榊の手の動きと連動していることから、おそらく榊からのDMが有栖宛てに届いたんだと思う。

 いまは確認しないけど。

 ちょうど、そのタイミングでチャイムが鳴る。

 予鈴なのであと5分は朝礼まで時間はあるが、男3人の馬鹿な会合は終わりを告げた。


 息がつまるかとおもったーーー。

 早めに、消しとかなきゃ……いけないよな。加恋に迷惑をかけることにもなるし。

 自席に戻る。

 こっそりと投稿用のスマホを取り出して、机のしたに隠しながらSNSを開いた。

 そのときだった。


――みーつけた。やっぱり君だったんだ?


 その声がして、咄嗟に机のなかへと端末を押し込む。

 俺の席は一番後ろ、から二番目。

 だからこそ、その後ろから迫る声ということは。最後列の。


「……仲田詩帆なかだしほ

「やほ。新見くん。後ろの席にはご用心。だよ」


 俺はいま戦場にでもいるのかよ。

 仲田詩帆。

 クラス一、いや学年一の美少女でギャル。

 誰にでも気兼ねなく声をかけるところと、その愛嬌の良さで男女問わずに人気のある生徒。

 その分周りへの影響度も非常に高い要注意人物。


 だったはずだが。不測の事態に焦りがあった。

 直接SNSの画面を見られてしまった。


 彼女の白い腕がそっと伸びて、机のなかに入っていく。

 女の子特有の甘い香り。

 それも、コスメとか香水とかで作れるのを俺は知っているけれど。

 ただ、抗えない雰囲気に、その手の動きを止められなかった。

 

 何より俺の背中に彼女の胸が押し付けられていて、気が気じゃない。


「見た?」

「ばっちし」

「忘れてくれないか」

「むり」

「えっと……仲田さん」

「なに? 有栖ちゃん」

「……やめて」

「かわいー。そんな怯えないで。ひとつだけお願いがあるの」

「なんで、しょう」

「デートしてほしいの。今度の日曜」


 思わず振り向いた。

 分かってはいたことだが、学年一の美少女の顔があって。

 しかもかなり近くに。

 

 作りこまれたものじゃない、ナチュラルな素材の良さを感じさせる瞳。

 アッシュグレーの髪は、透明感を感じさせる。

 ずっと俺が参考にしてきた、有栖の女子像そのもの。

 

 いつもウレタン製のマスクを着けているから、その唇は見えない。

 その分、輪郭はシャープに映る。万能アイテムではあるけれど。

 たぶん、彼女の場合はバフ効果よりデバフにしかならない気がする。


「うわ……びっくりした。有栖ちゃん急に振り返らないでよ。あ♡ それとも」


 なにが『あ♡』だよ。と思った。


「キス、したいんだ」

「……は?」

(訂正、もうすぐ朝礼だよ?)


「しょうがないなー。マスクの上からね」


 ピンク色のウレタン素材のそれは、少し工業感のあるケミカルな匂いがして。

 その感触だけは確かに人肌を感じさせる、ぷっくりとした柔らかさ。


「はい。おしまい! じゃ、このスマホ預かっとくから。自分のスマホの連絡先くらいは抑えてるよね? LINEして! 日曜よろしくねー」


――ちなみに、ロック解除のPINコードは見えてたよ。


 耳元でそう囁いて、仲田さんは席へと帰っていった。


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