第43話 裏垢女子、色を好む

「すっっっっごく、いま乗ったやつ面白かったね!」

「そうっすねー。ゲーム要素あるってのが楽しいっすね」


 暗がりから出るとすごく眩しくて、目が慣れるまで一瞬くらっとした。

 VRゴーグルをつけながらの乗り物だったからなおさらかもしれない。でも、それすらも楽しくて。

 私は、有栖の恰好をしながらでも、十分にU〇Jを満喫していた。


 そんなに加恋としては話したことがなかった円香さんと市河さんは、すごく気さくだし。話してて面白い人たちで。余りものメンツではあるのだけど、十分楽しい。

 ちなみに、有栖としては、チェシャちゃんと市河くんと呼ぶのが正式な呼び方であるとホンモノから聞いてる。だからちゃんとそう呼ぶことにはしてるけど。


 詳しい情報は、あとでLINEノートに貼っておくって言ってたよね。


(まー、チェシャちゃんのほうは私が加恋だって知ってるから心配もないんだけどー)


 こっちよね? 気を付けないといけないのって。


「ん? えっと……有栖ちゃんどうかした?」

「ううんなんもないよー。市河くん喉乾いてない? ちょっと疲れちゃったし休憩しよーよ」

「あ、はい!」


 旬のクラスメート、だったかな? すっごく好きなんだねー有栖ちゃんのことホンモノのこと。緊張がこっちまで伝わってきちゃうよ。


 でも、なんか可愛いかも。なんてね。


 スマホでLINEノートを開く。

 えっと……、市河卓司:イチカワタクジ。クラスメート。筋肉バカ……以上。


――うそでしょ? バカは旬のほうじゃないかなー……情報なっしんぐじゃん


「あ、じゃあ私買ってくるっす。お二人はなんにするっすか」


 一つのアトラクションに乗るにも結構な行列で、二つをこなしたときにはすでに11時を回っていた。13時には全員で集合してお昼をとろうということになってる。

 だから飲み物だけにしとくとして……。


「んー、じゃあレモンスカッシュ的な感じのがいいかな、チェシャちゃんなんにするの?」

「私はクリームソーダっすかねー」

「あ、じゃあ俺もレモンスカッシュで。席は俺と有栖さんで探しとくから、このへんいると思うけど、はぐれそうならLINEしてくれなー」

「おっけーっす」


 元気いっぱいな子だなーって思う。

 ピンクの髪だし、首に棘のついた首輪みたいなのつけてるし。

 服装もなんかパンクっぽい雰囲気でちょっと怖い子かなっておもったけど。

 チェシャちゃんは、ぜんぜん見た目と違って良い子だった。

 なぜか、同級生の私にも(有栖にも)敬語だし。


 夏にしては暑そうなレザーのブーツの靴底を打ち鳴らして、チェシャちゃんは行列のなかに消えていった。


 じゃあ私たちはその間に、席を探さないとだね。


 前を歩く市河くんの後ろをついていく。

 榊さんが高身長で目につくからわからなかったけど、結構背が高くて、見上げてしまう。背筋もあるし……、ディフェンスっぽい感じ。


 って、こんなときまでサッカーのこと考えてどうする私。

 

「ねえ市河くんってさ、スポーツとかしてるの?」

「お? ああ。主に筋トレとかメイン……でだけど。なんか、そういうこと有栖さんから聞かれるの、意外でびっくりしてますよ俺」


 あー、とちったかな。

 まぁいっか。そもそも何も情報くれない旬が悪いんだし!


「ふーん、球技は? 野球とか……サッカーとか」

「あー……そうっすね」


 あれ? なんかちょっと、聞いちゃいけないこと聞いたかな。市河くんの顔が少しくもった気がする。


「あ。なんかごめんね! 気にしないで。あ、あそこ席空いてるね。結構遠くに来ちゃったけど、チェシャちゃんわかるかなー」


 わざとらしく、明るく話題を変えてみる。


「俺さ、もともとピッチャーやってたんだよね、まー、夏の大会で肩壊してやめたんだけどな。あっ、このこと。元サッカー部……あ、いや新見たちには、秘密な?」


(旬と……、一緒だ)

 てか、新見って言うと。私も新見なんだけどなー。


「秘密、守りますよ。話してくれてありがと、でも。もったいないなー」

「もったいない……すかね」

「うん、もしね、もしがサッカー部のマネージャーだったら、誘ってるもん、良いセンターバックになると思う」

「はは。サッカーか~、新見に稽古つけてもらえば、いまからでも始められるかな」

「うん! 絶対いけるって、が保証する!」


 市河くんは、照れくさそうにその短髪の頭を掻く。

 たぶんだけど、これがデートってやつだったら、結構いい雰囲気ってやつじゃないかな? って思うけど。まー、今日は予行演習? 

 今日の私は有栖ちゃんですし。


「ちょっと、わかんないかもだから……俺、根井さん探してきます!」


 根井さん……あ、ノートに書いてあった。

 根井円香:ネイマドカ(チェシャちゃん)


 あー、チェシャちゃんか。

 

 ってスマホみてるうちに結構遠くいってるし。私一人じゃん。

 

『いい? 加恋。市河くんは運動部系だけど、すごく童貞っぽいから。会話をリードしてくれるって思わないこと。わかった? 相当な恋愛下手だから』


 詩帆が言ってたことが、わかる。

(一緒にいる女の子をひとりで遊園地に置いとかないでよー)


「おねえちゃん……」

「……え?」


 急に袖を掴まれた。一瞬その感触と声だけで、誰もいないものだから余計に驚いたけど。

 その存在はかなり下に目線を向けたところにいた。

 

「えっと……ボク、どうしたの?」


 小さなボールを抱えた、泣きそうな顔をした男の子が……(いや、泣いてますね)いて、片方の手で私の袖をがっしりと掴んでいた。

 迷子……かな。


「おとうさん……はぐれちゃった」


 ですよねー。

 ……いっしょに探してあげたいけど。私もここを離れるわけにはいかないんだよねぇ。

 周りを見渡す。

 明らかに小さな男の子のお子さんがいるようには見えない若いカップルたちか、子連れの親子で……迷子を捜しているようなお客さんはいないようだった。


「なにか携帯とか、持ってたりする?」

「――携帯って?」

「あ。。わかる?」

「すまほ。ない……ふぇ……」


 だめだ、余計泣かせてしまったし。 

 こうなったらまずは、市河くんとチェシャちゃんと合流してから、パーク内のスタッフさんに声をかけて……呼び出してもらうのがいいかな。


「あのね、おねえちゃんいま、おともだちをまってるのね。おともだちがみつかったら。みーんなで、おとうさんを探しにいこうね? いい? まてるかなー?」

「……んぐ……んぐ……やだぁ、まてない……」


(待てないか~……まてないよねぇ)


 なんか昔こういうことあった気がする。

 あれは遊園地じゃなくて、サッカーの観戦に行ったときだったかな。

 旬とはぐれて……そう、そのときに迷子になったのはまだ小学生のときの私なんだけど。


 泣いて、泣いて……すごく不安で。

 すぐにでも旬に会いたかったのを覚えてる。


 あのとき――どうしたんだったっけ。


「あ……そうだ。確かサッカー選手のお兄さんが……」


 その人は、福岡にあるJ3チームの選手だったから、結局名前も聞きそびれちゃって……顔も曖昧にしか、思い出せないけど。

 たしかすっごく、上手いリフティングを見せてくれて。


 不安な気持ちが吹っ飛んで、人が集まって……そのなかで見つけたんだ。旬を。


(うん、やってみよう。だめならだめで、市河くんもチェシャちゃんもいるし!)


「あの……ね? 僕、そのボールすこーしだけかしてくれる?」

「……うん……? わかった……ぼく、仕方ないからおねえちゃんにかしてあげる」


 なーんでちょっと上から目線かな。

 まぁ、いいですけど。


 受け取ったボールはすごく柔らかいもので、本物のサッカーボールより小さなものだったけど。

 それでも。これが野球ボールじゃなくて良かった。


「みててね? おねえちゃんが今から、サッカーをみせてあげるから」


 受け取ったボールを上に投げて、それが重力に従って落ちる。

 それを右足の甲で拾う。


 とん、とん、とん。


 小さく力を加えて。まずはリズムを整えて。

 数を数えてたら失敗しそうだから、数えないでおく。


「わぁ……おねえちゃんすごい……」


(やっぱり、スカート短いんだよねー……ま、いっか)


 そして、ボールを膝のほうに移す。

 右膝と左膝で交互にボールをリフティングさせて。


 そして、また足の甲。

 

「いい? おねえちゃん。ちょっとかっこつけちゃうからね」


 少し強めに蹴り上げたボールは頭を超えて、私の背中に向かっていく。

 ボールの滞空時間は、感覚でわかるもの。


 背中を落とし、首の後ろにボールを乗せる。


 完全に停止した。


「わ。すごいすごい!!」


『――お? なんだ? スタッフさんなのかな?』

『――なんか、はじめてるぞー!』


 周りに少しずつギャラリーが集まってきた。

 なら、もうちょっとサービスしちゃうしかないよね。


 首からおろしたボールを、次は後ろ足でもう一度浮きあげて。

 さっきまでよりもう少し、オーバーなアクションで。


(完全にますよねー。お願いだからスマホで撮影はしないでねー)


「おねえちゃん! すごい! パンツ!!」

「……恥ずかしいからパンツっていうなー!」


 それでもボールは落とさない。

 頭の上でリバウンドさせる。ヘディングでのリフティング。


 もう一度、足にもどそっか……な? って思ったとき。


「いつき~……!」


 若い感じのお父さんが、大声でそう叫んでいるのが見えた。

 その目線の先に、迷子の子がいるからすぐにわかった。


 私は、最後にボールを胸でとん、トラップさせて。

 ボールを下に落とした。


「はい、おねえちゃんのとっておきの技なんだけど。たのしかった? はい、ボール返すね」

「うん! あ。おとうさーーーーん!!」

 

 いっちゃったか。

 ボールを受け取った子供はすぐにそのお父さんのほうへと駆けていった。

 子供は薄情ねー、やっぱり家族がいちばんだよね。

 

 でも、思い出した。私も旬を見つけてすぐにその方向へ駆け出していったこと。

 だからそのサッカー選手のお兄さんの名前を聞きそびれてたこと。


「……おねえちゃん! ありがとッッ!」


(驚いたなぁ……あのときの私より、よっぽど良い子じゃん)


 ちょっと遠くだったけど。しっかりとお辞儀をしたその子に、私は手をあげて応える。


 一息ついてそのオープンテラスの席へと戻ったら、市河くんとチェシャちゃんはもう戻ってて……にやけてますね。彼女。


「あー……あはは。見えてた?」

「うん、迷子の子のためにを晒す勇気、すごいっす」

「やめて……」


 チェシャちゃんはにやにやしながら、ズズズとストローに口をつけてソーダを飲む。


(こいつ~……。たぶん、加恋のままだったら。成敗してくれるんだけど……いまは有栖ちゃんですからね……!)

 

 そして、ちらっと目線を向けた先……。

 顔を真っ赤にしている市河くんがとっさに目を反らした。

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