第42話 裏垢女子はときにエゴイストでナルシスト。じゃなきゃストライカーはつとまらない
「着いたなーU〇J! 意外とホテルから近くにあるんだな」
「ね、今日はいっぱいたのしもーね! なんか、やけに眠そうな人たちもいるみたいだけど」
ユニバーサルシティ駅で下車した俺たちは、目的地であるテーマパークを眺める。大きな観覧車が見えることで、遊園地に来たんだなと思うと年甲斐にも浮ついた気分になる――はずだったんだけど。
元気よく最初に声をあげたのは市河で、周りを揶揄して口にしたのはシロちゃん。
ものすごく眠たげにしているのは、榊と汐里。理由はわかっているけど。
朝食のバイキングの際の雰囲気でもう、二人がうまくいったことはわかってしまった。
チェシャちゃんのおかげかな。
そんなに、それを見ても胸が苦しくなることはなかった。
そして、昨夜は有栖として動いていた俺はまた二日目も普段通りの旬としての姿で、代わって加恋が変装してる。
朝早くに起きて、メイクを施していたものだから、正直俺も眠い。
「で、なんでいっつも気怠そうにしてるわりに、猫ちゃんは元気なの?」
「周りが元気ないと元気になる質っすから」
「ただの嫌味なキャラじゃない」
そうこう言いながら、入場ゲートまで7人で向かう。
朝早くだというのに、結構な行列で、実際に中に入れるのはまだまだ先になりそうだった。
「旬! なーにさっきから一人離れてるのっ」
「……わ。ちょっと、シロちゃん近いって」
いつもの彼女の甘い香りが鼻をつく。
「今日は、一緒にまわるでしょ? 昨日ははなればなれだったから♡」
「浮かれてるなー」
「だって、せっかくのデートだもん」
俺たちが付き合っていることは周知のこととはいえ、友達や妹のまえでのこれはちょっと恥ずかしい。
「あっちと、こっちのカップルの中には入れなそうね。チェシャちゃん、あと市河くん。わたしたちは3人で回ろっか?」
加恋扮した有栖が呆れた口ぶりで、二人を誘っていた。
そして、少しずつ前に進み始めた行列に合わせて歩く。
「ねえねえ、最初どのへんまわるー?」
シロちゃんがそう言って見せてきたのは、スマホに映したパーク内のマップ。
薄いピンク色のマニキュアと細かなラメの粒。ネイルの施された細い指先のほうに目がいってしまう。
綺麗だね、なんて言うと彼女はよろこぶのかな。とか、ちょっと思ったけど。
口にするのはやめておく。
駆け引きとかじゃなくて単に俺はシロちゃんに対して緊張してるんだと思う。
彼女の言ったデートという言葉に、いまさらながら心が弾んでいたし、腕を絡ませるシロちゃんの、直にあたる胸の弾力にドキドキしていたから。
まぁ、ドキドキしてたのは……朝の一件からずっとなんだけど。
***
「おにぃ、おはよ」
「おはよ。正直眠たいんだけど……とりあえず始めるか」
朝はやく、まだ6時過ぎなのだけど。シロちゃんと加恋の部屋にお邪魔する。
というのも……朝食バイキングの時間までには、加恋を有栖にする必要があるから。
有栖という存在は、かわいくて、お洒落な子。
そういう風に俺が作り出したアバターだから。
(二日連続で同じコーデっていうのも、ちょっと違うよね)
「え。これちょっとスカート短すぎない?」
「でも可愛いし。それに似合ってるよ」
「有栖に、でしょ?」
「加恋は俺の鏡映しだから、加恋にも、似合ってるよ」
その一言で腑に落ちたのか、加恋は素直に応じてくれた。
それにしても……シロちゃん爆睡してるなぁ。
寝顔可愛いけど。
あまりここでじろじろと眺めるのはフェアじゃないから目線を戻す。
「昨日、いつ戻ってきたの? てか、私寝てたよね」
「寝てたぞ。ちなみに床で」
「え? まじ?」
「うん、ちなみにシロちゃんに抱き着いた状態で寝てたから、ひっぺがしたって聞いた」
「なにそれ。ひどい。んー詩帆……いま寝てるし。仕返しに悪戯しとこうかな」
「肉って書く?」
「うん、肉って書いとく」
さすがに油性だとかわいそうよね~。なんて加恋がつぶやく。
ヘアアイロンでウィッグを巻いているところなので、加恋もおとなしくはしているけど。
すべて終わったら本気で書く気だな。
「ねえ旬、ひとつ聞いていい?」
「ひとつなら」
「妹の言うことをひとつしか聞かないってどういうことよ」
「――ひとつって自分で言ったんじゃん」
巻き終わったウィッグ全体にスプレーを振りかける。
型崩れを防ぐためだ。
「ん、おっけー。……で、聞きたい事って?」
「裏垢してるのってなんで?」
「ッ!?……ごほごほ」
ド直球かよ。
こんなこと朝から聞いてくるとは思わなかったので、思わず咽てしまう。
ひとつも、質問なんて許すんじゃなかった。
「いや……え、それ聞く?」
「むしろ、いままで聞かなかったことのほうが、優しいと思うんですけど」
「その通りなんだけど、自分でもうまく説明できないっていうか――あ、ちょっと口閉じて」
「あ。逃げた」
「ちがうって、リップやんなきゃだから」
リップスティックを直接ではなく、ブラシにその色を移して。絵筆のようにして唇に沿わせていく。
昨日よりはもう少し淡めの色。少しゴールドが混じるようなピンクで。
「いいよ、口あけて」
「じゃあ質問変える。ぶっちゃけ旬って……加恋のこと好きだったじゃない? これは、自惚れとかべつに変な意味とかじゃなくて。一緒にいたらそういうのわかっちゃうからさ」
開口一番めちゃくちゃ喋る。
言いたくてたまらなかったといった感じだ。
それにしても……まるで他人事のようにみずからのことを話す妹は、もう有栖なのかもしれない。
いつもと違う雰囲気を纏う彼女だからこそ、こんな話ができるのかもなって思うし。だからこそ、俺もそれなりに素直になるべきなのかなって思えてくる。
「ん、好きだった。加恋とはずっと一緒だと思ってたから。ある意味違う人間なんだっていうことすらわからないくらいに」
「あはは。自己愛ですねー。ま、加恋もそうなんですけどね」
困った感じに笑う、とうぜんそんな表情も可愛いのだけど。
「ねえ、それって。ふふ……いまも? ですか」
「え、加恋……ちょっと悪ノリしすぎだろ」
鏡を向いていた加恋が俺のほうに振り返って。
俺の首筋にその両腕を絡ませる。
(めちゃくちゃ……近い。唇当たりそうじゃん)
「ふーん……、なんか、わかっちゃったなー」
「……な、なにを?」
「旬って。有栖ちゃんが好きなんだ。だから、すごくほら、ドキドキしてる」
キスこそ、されなかったけど。
ほとんど正面で抱き合っているような状態で。さすがにそんな状態で心臓を抑えろってほうが無理な話で。
妹だからなのか。
彼女の言うように、有栖だからなのか……もし、そうだとするならとんだ自己愛なわけだけど。
「わたしは、旬が好きっすよ」
ニタっと、わざとらしく笑顔をつくるその表情は、まさにその加恋の真似したしゃべり方の通りチェシャちゃんらしくて。
そんなことをするってことは。
(要するに、加恋の冗談に付き合わされてたってことね)
「なんで、チェシャちゃんの真似して言うんだよ」
「だって途中まで有栖ちゃんのフリして演技してたんだけど……恥ずかしくなっちゃって」
じゃあ最初からしなきゃいいのに。
まだ、心臓おさまんないじゃん。
「おはよ、二人とも~……なにやってんの?」
やば……、なんて言おう。
妹と抱き合ってるわけで――。俺がそう逡巡していたら、加恋が大声をあげた。
「あーーー! 詩帆、なんで起きるのー! まだ肉って書いてないのに」
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