第16話 裏垢女子はシャッター音をのがさない

「ほら、中にはやく。きて」


 艶めかしい声。

 シロちゃんはその潤んだ瞳で、『有栖』を見る。

 その細い手をまっすぐに伸ばすのは、はやくおいで、の合図。


「わざとそういう言い方してるでしょ、シロちゃん」

「バレた?」


 バレてるっての。

 てゆか、さすがにそのパターンはワンパターンだし。

 そう思いながらプリクラ機のちょっと重たい暖簾のようなカーテンを開けて中に入る。と、そのときだった。


「……ん、んん……!?……ぁッ//」


(いきなり……!? てか、まだ外から見えるって)


「ちょッ……と。シロちゃん…なんでキス…っもう」


 カフェで市河からカーディガンを無事にうけとった俺は、『有栖』の恰好のままシロちゃんと一緒にそこを離れた。

 理由は、さっきの約束のため。


――あとでハグしていい?


 のためだ。けど……突然の口づけもワンパターンな彼女のやり方かもしれないけど。抗えなくなる。


 そのまま唇を重ねたまま、俺をプリクラ機の奥まで引き込んで。

 その華奢な身体のどこにそんな力があるかわからないけど。

 腰に手をまわす彼女の左腕。

 俺の頭を引き寄せる右の手。

 

 ふたりきりになりたいなー。なんて。

 その一言を告げた彼女が向かったさきがゲームセンターで。

 結構賑わってて、音も騒々しくて。

 

(なんで……こんなところ?)


 なんて思ってたけど。

 もう周りの喧騒なんて、聞こえなくて。

 きこえてくるのは、自分の心臓の速い鼓動と、シロちゃんの吐息。

 ただそれだけだ。


(……どきどきする、眼鏡ちょっと邪魔かな)


 少しだけ彼女の顔が離れたタイミングで、眼鏡をはずす。彼女の綺麗な頬に傷がつかないように。

 もっと、あと数センチでも近づけるように。

 

 つぎは、こっちから口を封じる。


「……ぇ。ちょっ、いま私の……番なんだ……けど」


――最低でも、私はそう。私が好きになる人は、そういう人

 

 そう強く言い放った彼女は、俺の腕の中にいて。

 それは要するに。俺がシロちゃんを求めるのに、許可なんていらないって彼女は言ったようなものだった。

 だから、ちょっとだけ強引になろうと思った。


 チャリン、チャリン。


(へ……なんの音?)


 唇は塞いでるけど。

 シロちゃんの腕は空いてるわけで。


 いつ用意したのかわからないけど、シロちゃんが逆手にしたその指先でもってコインの投入口を撫ぜるような仕草が見えた。


 チャリン、チャリン。――ピロン。


 100円玉、硬貨4枚分の投入が済めば、当然。機械は動き出すわけで。

 大型の液晶画面に明かりが灯り。

 まぶしいくらいの白飛びのなかで呆気にとられて、俺は唇を離した。


「あ……♡ やめちゃうんだ?」

 

 めちゃくちゃ笑顔なシロちゃん。

 面白がってるなぁ……。画面に映るふたりは、少女だ。

 制服姿のままの『白うさぎ』と、デニム姿の『アリス』。

 

 液晶に映るふたりはまるで、鏡の国に迷い込んだようだ。

 その中にいるのは俺なんだけど……新見旬じゃなくて、有栖だった。

 そして、映りこんだ白兎は悪戯に笑みをうかべて。


 シャッターのタイミングを見計らってキスをした。


「ええ、まじか」

「かわいー感じに撮れてるじゃん。ね? 有栖ちゃん」

「……これあとに残るんでしょ」

「なにか困るの? 誰が見ても、仲のいい女の子同士だよ。ほらつぎ、ポーズとって」

 

 シャッターのたびに高鳴るのは、シロちゃんがいつもよりも真剣だから。

 絡み方も、そのポージングも魅力的で。

 ウィンクひとつとっても完璧にキメるところが、さすが裏垢女子というか。

 白兎さんなんだなって思った。

 

(だったら、わたしも。全力で、最高の可愛さで、『有栖』やってみるしかないよ、ね?)


――わー……ノリノリのやつがプリントされて出てきたよ。


「これ、どうする? シロちゃんもっておく?」

「え、せっかくだし。ふたつに分けよーよ。ハサミあるし」

「準備良いね」

「でしょ? 最初から決めてたもん」


 Ⅰシートの中には分割されたいくつかの写真が並ぶ。

 その中には、シロちゃんが絶対に入れるって言ったキスショットもある。

 たしかに……仲のいい女の子同士にしか見えないプリクラだけど。


 これを俺が、後生大事にもってるってのも地雷な気がするんだよなぁ。

 なんていうの? 自爆、誘爆、ご用心てきな。さ。


 にこにこした顔で半分の位置にハサミを入れるシロちゃんに、俺は言いたいことがあった。

 それは。あのときの市河へ投げかけた言葉について。


「あのね、シロちゃん。どうしてわたしなの? なんて、聞いてもいいのかな」

「え? だって。助けてくれたでしょ。息切らせて、たくさんの男の人がいるなか。全く躊躇しないで。そんなことできるのって、強さじゃない。まぁ……そのまえから私は有栖ちゃんに憧れてたんだけどね」

「あのときは、チェシャ……あのバイトの店員さんが助けたと思うんだけど……」

「あはは。そういう謙虚さは好きだよ」


 そう言って切り終わった半分を、はい! と手渡す。

 俺はそれを化粧ポーチのなかにおさめて、決して外に漏れないようにしようと誓った。じゃあ、そろそろいこうかな。

 目を合わせたとき、シロちゃんはそっと手を俺のほうに向けて伸ばす。

 さりげないものだけど。俺はその手をとって。

 帰路へむけて歩き出した。

 

「あのね、有栖ちゃんは私が言った忠告とか、アドバイスとか全部受け入れて実行するだけの柔軟さをもってる、だからあのとき声を出せたんだと思うのね。それって、素敵なことじゃない」


 彼女の握る手がちょっと強くなる。

 気持ちが入ってるって証拠。

 

「……必死だっただけだけどね」

「だから嬉しかったの。……あ、そうそう。これは、さっきのナンパの分ね。タトゥーシールのかわり」


 ゲームセンターの喧騒のなか、暗がりの店内とはいえ人は多い。

 自販機の明かりがやけにまばゆく感じるそんな場所で。

 彼女は、俺の首筋に口づけをした。

 

 つよく、吸い付くように。

 

「……ちょっ、シロちゃ……くすぐったいし、ちょっと痛ぃ」

「はい。完成!」


 ほらみてみて、と手鏡を向けるシロちゃん。

 そこに映っていたのは、首筋にのこる赤い跡。暗い場所でもこれだけ見えるんだ。

 たぶん、外だともっと目立つ。


「……えぇ。これじゃ家帰れないじゃん」

「ふふふー、じゃあずっと帰さない!! なんかねー、わかんないんだけど。有栖ちゃん浮気してそうな気がするもん」


(……察しがよすぎてちょっと怖い)


 デニムの後ろポケットで端末が震えた。

 たぶん、チェシャちゃんだと思うけど。さすがに開けないと思ったので、やめておいた。


「あはは……ないない」


 両手をほどいて、顔のまえでぶんぶんと振る。

 何も隠してませんよっていうような意思表示をするように。


「そー? ならいいけど!」

 

 そのあとそのキスマークは全く消えそうになかったので、着替えるときにファンデとコンシーラーでごまかすことになった。


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