第15話 裏垢女子はCAFEにいる2

A『ごめんね、待った?』

B『お久しぶりです。このたびは……』

C『やほー、アリスだよ!』


 だめだ、なんて言い出して顔を出せばいいかわからない。多分、Aくらいがいいのかもしれないけど。適度な距離感をもつためにはBのほうが……。

 Cはさすがにフランクすぎるというか、たぶんシロちゃんくらいじゃないと会って二度目でそれはできない。そもそも、そんなキャラじゃないし。


「ちょっと遅いよ、有栖ちゃん! こっちこっち」

「あ。シロちゃん」


(と、筋肉バカ……今日は榊はいないんだったね)


 シロちゃんから声かけられたので、Aからの言い回しは潰されたわけで。


「お久しぶりです。えっと、市河さん。このたびは……」

「堅いよ!! お見合いでもすんの?」

「や。だって……この前会ったばっか…だし」

「な、な、なんか。先日とふ、ふ。雰囲気違いますね。その恰好も。に、に、似合ってます!!」


 市河……緊張しすぎだろ!!

 あ、なんかお陰でこっちに余裕が出てきた。


「あ。そーですか? ちょっと眼鏡かけてみたの! 伊達だけどね」


 ボブの髪の右端から手にかけて巻いて頬に寄せる。

 そのまま手のひらで眼鏡の縁の下側をくいって押し上げてアピールする。


「ほんとに素敵だと、思いま、す」


 こんな縮こまった市河を見るのは新鮮だけど。手早く済ませて帰りたい。


 二人が掛けていた4人掛け用のテーブルで、シロちゃんの隣に座る。

 シロちゃんと市河が斜めに座っていたため、必然的に市河と向かい合う形となった。

 なにやらシロちゃんはスマホを触っているようだったけど。その理由はすぐ彼女からのメッセージでわかった。


<ポージング慣れすぎて、ウケる! かわいーんだけど。あとでハグしていい?>


 そのメッセージを見るだけみたらそのピンクの端末を締まう。隣に座るシロちゃんに目線と口パクで伝える。『い、い、よ』と。

 たぶん、俺はどちらかというと小心者だし、クラスにいる新見旬は。シロちゃん(クラスでは仲田さん)のような美少女に声をかけるのも緊張するタイプで。

 後ろの席にプリントを配るときに、手の汗を気にするくらいの男なんだけど。


(なんかいまは、余裕がもててるなー)


 もしかすると、ナンパ対決は俺の中でいい刺激になったのかもしれない。

 あれって結局。どっちの勝ちなんだろ。


「あ、これ。えっと、俺が洗ったんじゃなくて。一応クリーニング出しときました……!」

「あー、わざわざ? ありがと。えっといくらだったかなクリーニング代」

 

 もとより聞いてた話だったから、その分くらいの持ち合わせは用意してある。

 女装向けの服はもとより家で洗濯とか乾燥するには家族の目(主に加恋)があるのでもっぱらクリーニングかコインランドリーだし。

 手間が省けたってもんで。


「いえ、いいですいいです。俺あずかってる間、手汗とかすごかっただろうし。そういう感じなんで!」


 あー。同じ、なんだなって思う。

 俺が、新見旬が仲田さんに感じていた遠い感じ。憧れ、緊張、不安と……期待。

 ってことは。


 好きってことじゃん。


 気づいたと同時に、あー、まずった。という気持ちとともに、すごく気まずさとか、なんか色々な感情が沸き上がってくる。


「ありが、と。じゃあ受け取るね。あー、なんか喉かわいちゃった。みんなもう頼んでるし、わたしも……」


 とりあえず、紙袋に丁寧に畳まれた服を受け取る。落ち着くために、席を立ってカウンターへと向かう。

 店員さんへアイスティーを注文して、その出来上がりを待つ。

 

 その間も、なんか気持ちが落ち着かない。

 デニムの後ろポケットに押し込んでいた端末が震える。

 またしても、シロちゃんからのLINEだった。 

 

<顔、赤いよ?w>

『うっさい!』


 今度はちゃんと返信を返す。『w』つけるってことは、楽しんでるよなこの状況。


<でも、妬いちゃうからデートとかしちゃだめだよ>

『シロちゃん以外とわたしがそういうことすると思う?』

<思わないけど……。押しに弱いタイプでしょ。キミって>


 一瞬、妹の加恋やら、チェシャちゃん(のはだけた胸とか……)が浮かんだけど、それはシロちゃんには言わないほうがいいよな……。

 

 再び震えたスマホは、トワイライトからの通知だった。

 DM、チェシャ猫さんからとある。


<バイトしんどーい。けど有栖センパイのこと思って頑張るっす>


 先日はちょっと愛想のない店員というイメージだったけど。裏でこういうやりとりをだれかとしてると思うとちょっと微笑ましくなる。


『今度、また遊びに行くね』


 そう返事をする。そのまま、カメラアプリを立ち上げて、フロントカメラで髪と表情をチェックする。

 なんか笑顔になってるなって思う。


「アイスティーのお客様!」

「……あ。ありがとうございます」

 

 若い男性の店員さんから、トレーにのったアイスティーを受け取る。

 なんだろうこれ……。


 紙ナプキンになにか文字が書かれてる。

 カップに書かれたマークは、大抵サイズだとか、トッピングとかを示すものだけど。アイスティーはグラスだし。

 だから、ナプキンに? これって。


(LINEのID……?)


「あ、おかえり有栖ちゃん。なんかあったの?」

「ううん、なんか紙ナプキンにIDっぽいの書かれてて」

「ふーん、へー。やっぱりモテますねー。あとでハートのタトゥーつけといてあげるね」


 ああ。こういうのもナンパの一種か。

 仕事しろ仕事。

 と思うけど、ちょっと振り返ったらすごくいい笑顔で会釈するものだから、あまりその店員を怒る気にもなれない。心の中でごめんなさいと呟いて。

 アイスティーを啜る。


「あの、もしよかったらまた、LINEしていいっすか」


 市河からの申し出。

 無下にもできないけど、その気がないことはわかってもらいたいし。

 てか、男だしなぁ俺。

 

 ちらっと助け船を求めるようにシロちゃんを見る。

 

――あれ? なんか、真剣な顔してる。


「市河くんが、有栖ちゃんのこと好きならさ。てか、好きって傍目で見ててわかるしね。それは尊重する。うん、私はそーいう気持ちは大事だって思う派だしね?」


 え。なにを言い出してるの。と口に出そうになったけど。

 シロちゃんは俺のほうを見て、そっと唇に指先を当てる。

 黙って聞いてっていうジェスチャー。


「でも、それなら市河くんがもっと魅力的にならなきゃ。LINEしていい? なんて聞いてるようじゃダメ。友達に連絡とるのに、相手の許可なんている? いらないよね。謙虚や謙遜は大事だけど、恋愛においてはタブー、気持ちの面でも身体の面でもすべてをあずけられる相手にしか、女の子は惹かれないよ」


 息をのんで。シロちゃんと同じくらい真剣な目をした市河がいた。


「最低でも、私はそう。私が好きになる人は、そういう人」


――俺は。どうなんだろうか。仲田詩帆という女の子のすべてをあずけられるような存在なんだろうか。


 言いたいこと言っちゃいました。

 と茶化した感じに言うと。シロちゃんはカフェオレのストローをはずしてそのままグラスへ口をつけてぐっと飲む。

 そして目線を『有栖』へと向けた彼女は、綺麗だった。

 たぶん、次どうぞといった感じの意味合いだとも受け取れた。

 だから次は、『有栖』の番。


「あのね。市河さん、わたしはLINEをしてくれるのも嬉しいしね。みんなでこうしているのは楽しい。だからそんな許可なんてとらないでいいよ。でも、わたしの気持ちが市河さんに向いているかは、いまのわたしにはわかりません。だから、ごめんなさい」


 それが精一杯の気持ちだったし。言葉だった。

 秘密を打ち明ければ、すべて解決するかもしれないけど。

 これは『有栖』として伝えたい言葉だったから。


「……わかった。じゃあ、俺。アリスちゃんに興味もってもらえるくらいの男になるから。仲田さんも、ありがとう。じゃあ、次みんなで遊び行くところ、リサーチしとくわ!」


 は?

 

 メンタル強すぎないか。

 てか、次遊び行くところって――。

 

 シロちゃんめっちゃ笑ってるし。


「いいねー市河! その意気だ! 私、遊園地とかいきたーい。榊も誘えよーあの陰キャ眼鏡」


 榊、ひでぇ言われよう。てか、シロちゃんノリノリじゃん。


(あー、もう)


「あはは、わたしも、遊園地行きたいなー……」


 そう言うしかないじゃん。


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