第12話 裏垢女子にも五分のたましい

 部屋のドアを叩く音が聞こえる。

 そこに立っていたのはサッカーボールを抱えた妹の姿だった。


 上はスポーツウェアだが、下は東女の制服のスカートのままというちぐはぐな恰好で。


 そして、なにやらお願いがあるというので聞いてみたが……


「――だからー、週末の土曜だけでいいんだって」


 よりにもよって、女子に混ざってサッカーをやってほしいという。

 

――女の子の恰好で。


 シロちゃんといい、加恋といい……。

 俺は週末ごとに女の子の恰好で人前に出なければいけないのだろうか。

 

 ちらっと目線を向けたのは部屋のクローゼット。

 このなかには、先日投稿用にも使用した『女性用のスポーツウェア』も揃ってる。

 たぶん、腕も十分軽く試合をするくらいには問題もないはずだ。


(問題があるとすれば、気持ちの問題なんだよね)

 

「いやだって。俺はもうサッカーはやめたの知ってるだろ」

「でも、いまも鍛えてるじゃん」

「は?」

「……見てても前より腹筋ついてるし、筋トレやってるでしょ」

「してる……けど。あんまり見るなよ」


 思わず服の丈を気にしてしまう。

 いまは普通に男物で、サイズも少し大きめのシャツなので見えることもないと思うけど……。

 たぶん見られたのは風呂上りとかだろうな。


「協力はしてやりたいけど、俺やっぱりもうサッカーはしたくないんだ。だからわかってほしいんだけど」


 再度断わるため、理由を丁寧に伝える。

 すこしだけ、加恋は考えた様子で無言だったが、そのあとで確信めいたことを口にする。


「……おにぃ、さっきからちょっと気になってたんだけど」

「ん?」

「女の子の恰好するってほうに対しては、なんで気になってないの?」

「……へ?」

「いや、だってそうでしょ。ふつー。女子高だよ? 確かにおにぃはさ。旬は綺麗な顔してるし……たぶん似合うけど」


 自然になりつつあったが、確かにふつーじゃない。

 シロちゃんのせいだと、恨み節を言いたくなった。そもそも、昨日のカラオケのあと俺は重要なことを忘れていて。

 ……市河にカーディガン渡しっぱなしだった。

 

 LINEで今度取りに行く話をしたため、いずれにしてもあと一回は『有栖』の恰好で、人前に立たなければいけないのだ。


 そのいきさつとしては、今日、教室でこういうことがあったんだ。


       ***


「元サッカー部、ちょっと話きいてくれよ。こないだLINEした博多駅の子にナンパしてさ、まぁ一度は失敗したんだけど、そのあと連絡先は交換したっていうか……ちょっとそれで色々悩んでることがあってさ。」


 珍しくナーバスな様子の市河が、俺に相談を持ち掛けてきた。


(ああ、ナンパしてたね……すっごく緊張しながら)

 

 とか、思いつつ。

 もちろんそれは言えることでもないわけで、真剣に話は聞く。友達だし。


「服預ってるんだけど、これってクリーニングとかして、返したほうがいいのか」

「は?」

「いや、ほらハンカチとか、だったらそうするって言うし。なんか、俺がずっと手にもってたから、なんかほら。気になるじゃん汗とか臭いとか」

「気に、しすぎじゃない?」


(ほら、榊も呆れてみてるじゃん。てゆか、一番フォローすべきは隣にいた榊だと思うんだけど)


 そもそも、気にしねーよ。

 俺のなんだし。むしろはよ返せと思うわけだけど。

 こっそりと、有栖のほうの端末で助け船を求める。学年一の美少女、仲田さん、あらため裏垢女子の白兎さんに。

(修正。シロちゃんに)

 

<爆笑!! おもしろいから、私は助けないほうがいいね>


「やっぱり、ちゃんとクリーニングして。できれば、手渡しで返すわ」

「あー。うん、まぁそれがいいよ、ね……ん?」


(いきおいで共感してしまった……。そもそも筋肉バカが真面目さとか、繊細さとか、出さないでいいから……)


「私も、そのほうがいいと思うな! だって気持ち伝わるっていうかー。有栖ちゃんもよろこぶと思うしー? ねー?」


 こっち向いて『ねー?』とか言うな。

 急に話に加わったシロちゃんは、カラオケのときとは打って変わった明るさで、いつものような、ギャルで美少女だった。


<もしかしてー、口封じが足りなかったとか思ってる? きゃー、もしかしてまたキスされる? てか、してくれるー?>


 俺は、そのメッセージを既読無視し……そっと端末の電源を落とした。


       ***


 (回想終わり!)


 とりあえずは、加恋の疑惑(女装は問題ないと思われてること)に弁明を試みる。


「そりゃ、女の子の恰好するとか嫌だよ! 嫌に決まってるだろ!! それに、同じ顔してるんだから。綺麗な顔っていえば。加恋もそうだろ」


 一卵性の双子だから。そのパーツはほとんど同じだ。

 ただその下地にどうレイヤーを重ねるか。

 くらいの差でしかない。


「んー? んー、んー……// いま加恋のこと、綺麗って言った?」

「言った。けど、どうした」

「べつにー、……旬はそういうの平気で言うんだよね」


 急にしおらしくなったかと思えば、手に持ったサッカーボールでリフティングを始めた。ここ俺の部屋なんだけど。

 

 気に入っている姿見だけは、割らないでほしいと思いつつ。

 その足先の動きを見る。

 足先だけで小さくバウンドさせるボールは、正確にその数を増やしていく。


「加恋は……旬とサッカーできるの楽しみにしてたんだけどなぁ」


 目線は下、ボールに向いてる。

 加恋のピンクベージュに染められた髪が動きに合わせて上下に跳ねる。その垂れさがる前髪でその顔は良く見えない。


 むちゃくちゃなお願いだけど。

 こんな感じで落ち込まれると、なんか悪い気がする。


「……あー、加恋?」

「なに」

「ごめんな」

「……じゃあやってくれる?」

「えっと、やっぱりしなきゃだめかな」

「……おにぃが嫌ならムリには言わないけど。一緒にサッカーしたいなぁ」


――妹のためだし……


 そう思ったとき、ひっかかるものがあった。

 口元、めっちゃ笑ってないか。


「笑ってるだろ……おまえ」

「……あー、もう。もう少しだったのに!」


 そう言って、サッカーボールをとん、と高く上げて。

 跳ね上がったボールの高さは彼女の腰のあたり。

 位置は右側。

 そこから、繰り出される足の動きは必然的に半円を描いた挙動になる。浮き球へのボレーシュート。

 予測ができれば、そのボールに足が当たるまえにもうどこに放たれるのかもわかってしまう。


――鏡のある方向じゃん。

 

 とっさにその位置に左の手のひらを伸ばした。

 加恋はただでさえ短いスカートを躊躇なくひるがえし、その足を露わにする。

 それも俺には、見えてる。


 同時に蹴り上げられたボールは、しっかりと予測通りに俺の手におさまった。

 

「お見事、さっすが旬」

「……あっぶねー。鏡割れるとこだったぞ」

「でもとれたでしょ? おにぃはやっぱりサッカーやめちゃだめだよ」


 複雑な気持ちのまま、手に収まったボールを抱える。

 加恋のためだし……もう一度くらいなら。


(でも、もう少し、考えてみよ)


「もう少しだけ、考えさせてくれないかな」

「ん、わかったよ。おにぃ。あ、ところでここのクローゼットのなか開けていい? ちょっと加恋のウェア混ざってないかな。見当たらないんだよねー」


 へ……?

 あ、ちょっと。まって……まってください。


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