第13話 裏垢女子の半分は可愛さでできている

――あ、ところでここのクローゼットのなか開けていい? 


 いいわけない。

 あの中には、いままでの衣装とか、ウィッグとか。化粧品とか。見せられないものが色々置いてあるわけで……。


「……加恋!」

 

 クローゼットの前に立つ妹をとめようとした。

 もう一度言うけど。

 とめようとしたのだけど。


「ふぇ……// な、な、な、なに。してんの」

「……ッ!! ち、ちが」


 後ろから妹を羽交い絞めにしてでも、その秘密を守ろうとしたわけだけど。俺の手の高さは彼女の胸の位置に、あって……。

 つまり、妹の胸を後ろから鷲掴んでいるような状態になっている。


 滑らかなスポーツウェアはその生地の薄さから、その柔らかさと、ワイヤーの堅さをダイレクトに手のひらに届ける。


(加恋、こんなにあったっけ……)

 じゃなくて。


「ばか! ふつー妹の胸触る? さいってー!」

「……痛ッ!」


 加恋は、ボールの代わりに、俺の太ももを思いっきりボレーシュートの要領で蹴り上げる。いや、蹴られて当然だけど。

 めちゃくちゃ太ももがジンジンする。


「……どーせ、エロ本とかいっぱい入れてて、開けてほしくなかったんでしょ!! もうしらなぃ……あ♪」


『あ♪』ってなんだよ。

 こないだのシロちゃんみたいな、なんかいいこと思いついたみたいな……。


「あのね、おにぃ。年頃の女の子のおっぱいは安くないわけですよーわかりますか?」


 口元がすっごくにやついてる加恋がそう語りだす。

 嫌な予感しかしないが、はい。と返す。


「でー、私ここに来た理由って、お願いがあるって話じゃーん?」

「……はい」


(言いたいことがわかった気がする……やだなぁ)


「このこと。黙っててほしかったら、わかるよねー? ねー?」


 完全に脅迫だ。

 なぜ二度も同意を求めてくるのか。とも突っ込みたいけど、立場が弱い。


「たしかに俺が悪かったけど……たまたま、偶然、手が当たっただけ、だろ」

「たまたま、偶然、手が当たったあとに、ちょっと指先動かしてたけどね」

「……あー」

「な、に、が、『あー』よ! このヘンタイ。で、どうする? やる? やらない?    あーあ。おかーさん悲しむだろうなぁ……いつも夜勤で頑張ってお仕事して。知らないうちに息子が痴漢するようなひとになってるなんて……かわいそぉ」


 芝居がかった言い方でまくし立てる。


(さすがにヘンタイは、言葉が過ぎると思うんだけど……)


 母親を持ち出すのもずるいし。


「……わかったよ。一回だけだからな」

「ほんと? 嘘じゃないよね!? ぜったいだからね1!」


 めちゃくちゃ満面の笑みで、加恋は歓喜の声を上げる。

 こういうとこは可愛いんだよな、と思ったけどもちろん言わない。


 部屋に転がったサッカーボールを拾い上げ、俺はそっとそれに撫でるように触れる。……気乗りはしないけど。


 女の子の恰好でサッカーかぁ……あまり派手な髪もできないし。汗でメイク落ちしないように考えないといけないよね。

 

 んー、動きやすいようにショートのウィッグで……。ううん、あえて長めの髪で、結ぶ方が可愛いかも。この前のウェアだと身バレ怖いし、なんか買いに行った方がいいかな。……爪とかはどうせグローブで見えないし。

 金属製のものはNGだし。なんか、麻ひもとかでエスニックな感じに……。


 あ、でもあんまりガチると加恋に怪しまれるか。


「おにぃ、なんか楽しそうじゃない?」

「……楽しくはないよ。ただ、ちゃんとしなきゃなって」

「?? よく、わかんないけど。よろしくね?」


       ***


 放課後、駅前のコインロッカーに預けていたキャリーバッグを取り出す。

 これだけで終日、500円。

 

 でも、仕方ない。

 18時から駅前の例のカフェで待ち合わせ。

 相手はさっきクラスで顔を合わせていた筋肉バカ。

 目的は上着の回収。


(……いっそ郵送でもしてほしいけど、住所言えないしなぁ)


 前回同様、多目的トイレにこもって、男子高校生としての制服から、『有栖』へと着替える。

 シンプルな服装でいいと思ったので、白シャツワンピの下に、デニムというラフな感じで。

 髪もとくに前ほど巻いていないスタイルで。

 髪型はベージュのボブカットにして。


 ピンク色のスマホが震える。


<市河とふたりきりだけど、ずっとがちがちで話にならないからはやくしてー>


「わかってるっての……もう」


『もうちょっとだから!』


<かわいー感じになりましたか? おっぱい盛れましたか?>

 

 このやりとりをしてるといつまで経っても準備はできないので無視する。

 髪の色にあわせたベージュ色をしたフレームの伊達メガネをかけて。

 これで完成。


(今日の有栖も、かわいくできてる)


 トイレの扉をあけた。


 んだけど……。

 見覚えのある女の子がいた。

 

 よく見れば、ウィッグだとわかる黒髪に空いたピアス穴。

 ピンクゴールドのチーク。


 あのときのカラオケ屋の店員だ。


「……んー? さっきまで入ってたの。おとこのひとだったっすよね。あ! このまえの迷惑な客……とか言うと怒られるんだった。迷惑なお客様だ」


 いや、言い直しても『迷惑』って言ったらダメだろう。結局二回も迷惑って言ってるし……とか突っ込む余裕はなかった。


――おとこのひとだったっすよね


 そう言ったよね。聞き間違えじゃなければ……。


「あー……なる。だから、女の子同士でキスしてたんすね」


(え、なんで知ってるの……)


――てか、カラオケって全部録画されてんすよね


 ああ。あのときのセリフは嘘偽りないことだったのね。

 口を封じないといけない相手がもう一人増えてしまった。

 

(冗談で言ってみたことだけど、デスノート……ほしい)


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