第23話 裏垢女子はCAFEにいる3

「遅いぞー、元サッカー部」

「ん、ごめん……ね? 筋肉痛がひどく――」

 てさ……。って言おうとしたけど、出した声が女声てきだったことに気づく。

 市河にはとくに有栖として二度も会っている分きをつけるべきなのだけど。


「ごほ、ごほ。ごめん、なんか喉もやられてるみたいで。多分風邪ひいてるんだよね」

「お……おぅ。気をつけなよ……?」


 筋肉痛は本当。ひさびさのサッカーで、やられてる。

 ちなみに風邪は嘘。

 

 どうやら、市河には感づかれてはないようだから、よしとする。

 待ち合わせていたのは、よりにもよってあのときの博多駅近くのカフェで。

 

「よっ、だな」

「学校で毎日会ってるだろ」

「……そうだな、学校では。だけどな」


 含みのある言い方……。

(バレて……ますか?)

 榊は眼鏡越しにその切れ長の目で俺を見る。

 やめて、あんまり。見ないで……。マジで。

 

「……えっと、なに?」

「いや、イヤーカフ。珍しいなと」

「……へ?」


 俺は思わず右耳に手を伸ばす。

 ある。

 耳の中ほどあたり、耳たぶの縁に合わせて被せるタイプの『有栖』のお気に入りの蝶々のデザインのもの。

 一応……ユニセックスなものとして売ってたけど。


 さっきまで自宅で撮影してた時につけたままだったんだ。

 ……もう投稿してんだけどなぁ。


「あ。ああ。ちょっとV系っぽいアクセ……しようかなーと」

「へーー。やっぱり、俺もそういうのしたほうがモテんのかなぁ。仲田さんとか詳しそうだし、聞いてみようかな」


 榊の反応を待つ前に、市河が話に入る。


「いや、でも。やめといたほうがいいって。俺いまつけてて耳痛いし。とっとくわ」


 別に痛くもないのだけど。はずすための言い訳をする。

 会話を変えたい……。

 そうだ、先になにか飲み物。


「なんか、飲もうぜ。まぁ待たせてたの俺なんだけどさ……奢るよ」

「新見の奢りか。じゃあフラペチーノのトールで」

「俺はカフェモカのトール。アイスのってるやつで」


 容赦ねーな。なんで揃って大サイズなんだよ……。

 てか、アイス分くらいは自分で払え。

(今月新しく撮影用の服買ったから、あんまり財布の中に余裕ないんだけど……)

 まぁ、いいけど。


「おう、買ってくるわ」


 俺は何にしようかな……。あ、この限定のピーチのフラペチーノ、色綺麗だし可愛いな。これにしようかな。

 あ……。

 注文しようとした際に、あることに気づく。レジの店員、あのときのLINE IDの人じゃん。相変わらずのイケメンスマイルなんだけどさ。

 さすがに一目みたくらいで身バレするほどじゃないと思うけど、ささっと注文しよ。


「あの、この期間限定の白桃のフラペチーノと……」

 

 あとは、三つの商品が出来上がるのを待つだけで。

 ときどき店員と目が合うのが気まずい。


 待ってる間、有栖の端末で、シロちゃんと連絡を取る。

 もう日課みたいなものだ。


<どう? ひさびさの男装は?>

『こっちがふつーだって』

<ふふ、楽しんで! 私は加恋といっしょに映画見てるから~>

『妹と? え。なんで?』

<だって友達だもん>


 これだから陽キャの人間関係はわからない。

 会ったばかりだぞ? まぁ、シロちゃんと加恋が仲良くやってるならいいことだけど。裏垢のことまで話してないよ……な。さすがに。

 さすがに。


「お待たせしました。お待ちのお客様」

「……あ、はい。ありがとうございます」

「あの、お客様どこかで……」

「いえ、はじめてです」

「そうですか、失礼しました」


 やっべぇ……即答して、商品を受け取る。

 マジでシロちゃんの言うように、今が男装してる女子だと思われてるんじゃないか? そんな疑問が浮かぶ。

 興味ないだろうけど一応、今日の俺のスタイルは、だぼついたロンTに、タイトな黒のデニム。本当に普通の男子学生。なんだけどなぁ……ピアスもとったし。

 化粧も落としてきたし。


「おー。トールとかぜってー自分じゃ頼まないから。やっぱりでかいなぁ」

「わかる。新見のおかげでアイスつきだ。さすが――」


――ハートの女王だな。


「……!?」


 商品を渡すときに、俺にだけ聞こえる小さい声で、確かに榊はそう言った。

 ハートの女王、と。


 それは、Twilightの中で投稿するたびに『いいね』の♥の数が万を超えることからつけられた裏垢女子『有栖』の愛称。

 名前から連想される不思議の国のアリスに出てくる登場人物を模した名前。


 つまり……。

 まぁ、うん。バレてますね。


「……市河には?」

「あの筋肉には言ってないし、俺はリアルとネットは一緒にせんから、安心しろ。今日の投稿も良かったとだけ直接言っておく」


 市河がトールサイズに感動しているなか、俺はひそひそ話で榊と話をする。

 どうやら、外に言うつもりはない。ということと。

 しっかりフォローをしてくれているということ。


 そのことだけはわかった。ので、ヨシッ。

 

――ヨシッ! じゃないだろ。


「あのさ……あとで、ちゃんと話したいんだけ……ど」

「……有栖の恰好なら考えてもいい」


 ん?

 さっき、リアルとネットは一緒にしないとか言ってませんでしたか? この陰キャ眼鏡。

 いけない、思わずシロちゃんが榊に名付けた愛称が頭に浮かんでしまった。


 無表情な分、何を考えてるか読めないんだよなぁ。榊。

 カフェモカの上にのったアイスを、匙で掬う。無表情。

 それを口に運ぶ間も無表情。

 口に含んでも無表情……。じゃなかった。ちょっと嬉しそうにしてる。

 

 いや、友人の行動を観察してる場合じゃないんだった。

 いずれにしても。

 俺は、いま榊に弱みを握られているわけで。拒否はできない。


「……わかりました」


 また、人前で『有栖』の恰好するんだね……

 シロちゃんに言ったら、いっぱい笑われるだろうね。


「ところで、今日なんでわざわざ日曜に集まってんの?」

「ああ。某SNSで炎上してる『チェシャ猫』ちゃんっていう女の子のことについて、榊が相談があるっていうからさ」


 某SNS=Twilightなわけだけど。

 榊が、チェシャちゃんのことを……?


「まて、俺はまだアイスを食べているところだ。あとで話す」


 ……榊のアイス待ちか。

 この男子会、長くなりそうだな……。

 胃が痛い。帰りたい。


(シロちゃんと加恋に合流するほうが絶対楽しいじゃん……ねぇ)


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