第47話 裏垢女子は、けっこうまともじゃない。いや、わかってると思うけど。

「遅かったじゃない、有栖ちゃん」

「なんで、外にいるのよ」

「だって混んでたんだもん。ま、それはおいといて。やっぱり似合ってる。かわいー!」

「これでも! これでも、わたし緊張してるんだからね」

「いまさら?」

「……いまさら」

「かわいー!」


 施設の外にいると聞いて向かった先に、加恋とシロちゃんはいた。


 人込みをかき分ける間にも、制服姿の女の子はほかにもいたというのに、やけにいろんな人に見られた気がする。

 ちなみにチェシャちゃんはというと、有栖センパイのその姿を見れたから満足っす。とだけ言って先にテーブルへと戻っていった。


 緊張感がまるでないシロちゃんの陰にかくれて、なんだか少しよそよそしい感じの加恋が目についた。


(わ、ウィッグ毟られてるじゃん……)


 だめだなー、緊張感ないのはわたしも、かも。

 変な方向に癖がついた加恋の髪を見て思わず笑ってしまう。

 

「旬……ううん、有栖ちゃん……なんで有栖なの」

「そんな、ロミジュリみたいなこと言われても」

「茶化さないでよ。どうすんの……市河くんは、有栖ちゃんが好きなんだよ! それが、旬って知っちゃったら……」

「んーどうだろね。それも含めてゆだねてみてもいいんじゃないかなって、そう思ったから。それに……大切な妹の恋を、応援にってことじゃだめかな?」

「だめ、だよ」

「だめなの?」

「だめ……私のほうがお姉ちゃんだもん」

「そういうのは、その癖毛を直してからにしたほうがいいんじゃない?」


 加恋は頭のうえに手を乗せて確かめる。

 ぴんと跳ねた黒髪があって、その位置を真剣に見つけようとしてる。


「え!? しーほー……さっき大丈夫みたいなこと言ってなかった??」

「ごめんー、べつにいいかなーって」

「よくない!」

「ほら。直してあげるから」

「……ありがと、


 それくらいの道具はこのヴォーパルの剣の入っていた鞘の中にたっぷりと用意されてるから。お手の物なわけですよ。

 昨日も、今朝も、加恋に化粧を施したけど、加恋に対して……加恋を綺麗にするためにするのははじめてな気がする。


 パーク内のハリボテの裏、はたから見れば女の子三人で。

 しかも一人は制服姿で女の子の髪を直してる。


 ほんと変な光景なんだと思う。

 だからか、ちらちらと通りかかる人に見られてる。


「あはは、あんたら二人といると、ほんと目立つよねー」


 シロちゃんはそういうけど、気づいてないんだろうか。

 この中で一番かわいくて、綺麗なのは――。


「三人だから、じゃない? なによりシロちゃんが一番、可愛いんだから」


        ***



「元サッカー部……なんだな。ホントに」


 最初に口を開いたのは市河だった。


 どういう顔をしようか。どう説明をすればいい?

 どう謝ればいい?


――気づいてると思うっすけど、私けっこうまともじゃないっすよ


 チェシャちゃんが昨日言ったセリフは、不思議な国のアリスの引用だった。

 なんで、今になってそんなことを思い出したのかって。

 

 わたしは同じくらい。ううん、それ以上に『まともじゃない』からに他ならない。


 右隣の席、シロちゃんの指先がわたしの指に触れる。

 あとの左の袖口は、さっきからずっとチェシャちゃんが握ってたりするのだけど。


「ふふ、あんまりその名前で呼ばないでよ、可愛くないでしょ? わたしは、有栖。新見……有栖だと、認識してくれたらいいんだけど」

「おい。……ふざけんなよ」


 それは振り絞るような声で、決して恫喝というものではないのだけど。

 響いたね。

『市河、やめとけって』そう、すかさずリョウがカバーに入る。


(でも、大丈夫だよ、リョウ。これはわたしの問題、避けては通れない一対一の場面……デュエルの時だから)


――誰でもいいから自分を認めてほしいって言う承認欲求があるんだもの


 そう、わたしは汐里に言ったけど。

 少しだけ、違うってわかる。

 ここにいる皆だから、自分を認めてほしいっていう承認欲求に突き動かされてるんだってこと。


「――おふざけで! こんな恰好するわけないじゃない。謝ってほしいのなら謝るわ。泣けって言われれば泣く。でもね……ふふ。それでも、わたしはわたしだから、変わらないし、変われない。もしそれでも許してくれるなら……友達でいてほしい」

「……」

「これは、わたしのわがままだし、そんな資格ないのかもしれないけど。ね」


 シロちゃんがわたしの手を強く握る。


「許可なんて、いるのかよ。にわがまま言うのに、資格なんていらないだろ」

「あはは……シロちゃんの受け売りじゃん」

「うっせぇ……。あー、くそ。なんか、調子狂うわ」


 たぶんほんとに戸惑ってるのがわかるくらいに、その短髪の頭を掻きあげながら市河はそう呟いた。肯定ではないのかもしれないけど、もしかすると今まで通りにはいかないのかもしれないけど……。

 友達って言ってくれたのは、やっぱり嬉しいもんでさ。


「あと……遅れたんだけど、わたしの双子の、加恋を紹介したくて――」

「市河くん――えっと、改めて、新見加恋です」


 手をあげて、苦笑いしながらそう挨拶をしたのは加恋で、ウィッグをとっただけとはいえ、それまでの長髪がショートカットの黒髪にかわっただけで雰囲気はだいぶ違う。


「……せや! あのときの子や! って……じゃあ、この旅行での有栖さんって」


 テーブルに手をついて、立ち上がり前のめりに見つめる汐里。

 前に、汐里は加恋と顔を合わせたことがあるんだった。

 そのときの汐里はそこまで周りに目を向けられる状態ではなかったのだけど。


「はい……私です。ごめんなさい」

「あ……いや、ええねんけど。てか、ほら市河。あんたが挨拶せんと」


 汐里にせっつかれて、呆けたままだった市河は、はっとして加恋を見る。


「えっと……あー、加恋さん。今日は……ずっと一緒だったんだよね」

「そうですよ? あのね。うん。午前中は市河くんのおかげですごく楽しかったです、それで……もしよかったらなんだけど――」

「俺も! 俺も楽しかったから。昼も一緒にまわってくれないかな」


 それまで(珍しいくらいに)黙って話を聞いてたシロちゃんが、口を開いた。


「よかったじゃない、加恋」

「詩帆……。うん――うんッ! 市河くん、今日は……今日からあらためてよろしくお願いしますっ!!」

「市河くん、黙ってたこと私もだからそれは謝るね。ごめんなさい。――でも加恋は私の大事な親友だから。泣かせたら許さないから、ちゃんとリードしなさいね」


 あ、はい……。そう言って大きな体格に似合わず縮こまるところが、市河らしいというか。まぁ、要するにいいやつなんだよね。


 まーそっか。じゃなきゃ。加恋が惚れるわけもないよね。


        ***


 レストランを出て、また午前中と同様に分かれて楽しむことになっていた。

 組み合わせで変わったのは、チェシャちゃんがわたし達に合流し、加恋と市河がふたりになるということくらいで。


 チェシャちゃん曰く、どうせ私はお邪魔虫だし。

 とのことで。


(いちおー。わたしとシロちゃんもカップルなんだけどね。チェシャちゃんがいるのは、楽しいからいいけど)


 組に別れるまえ、わたしは汐里とリョウの元に駆け寄った。


「あの……汐里ちょっといい?」


 ちゃんとけじめをつけたいっていうのもあったし。

 何より、汐里とも正しく友達でいたかったってのもある。

 

「……ほんまに、なんか?」

「汐里……ごめんね。でも昨日の夜のこと、あれはわたしだったの」


 その言葉に一瞬、汐里が息をのんだのがわかる。

 何か言おうとした言葉を飲み込んだのかもしれない。


 一瞬下を見て、目を閉じた。

 そしてもう一度わたしを見た。


「うち、何も知らへんで。『なんでもええもん持っとるのに』なんて、言ってごめん」

「……やめてよ、わたしのほうが!」

「そうやで! 謝られたって、ゆるせへんくらいのことや……。最初から言うてくれたら、もっと早く友達になれたかもしれへんやん」

「友達……」

「あかんの? 教室じゃ、うち詩帆くらいしか友達おらへんねん……。だからもっと女の子の友達がほしいっておもってんのやけど」


 実際に教室でカミングアウトされるのはちょっと困るんだけどー。

 それでも、彼女なりのやさしさが嬉しかった。


「あかんく、ない」

「けったいな関西弁はやめてやー。あ。友達だから、さん付けはせんよ。ええよね、有栖。……てか、トイレからなかなか戻らへんから心配して損したやんかー」

「ん……ありがと汐里。じゃ、またあとでね」


 去り際、リョウがよかったな。とつぶやいたその言葉に胸が痛んだのは、内緒にする。絶対に秘密にする。


――大抵の秘密はいつかはバレてしまうものだけどね。


 真実のもつ毒性は、嘘や偽りという別の毒で緩和できることもあるわけで。

 そうやって塗り固めた秘密のなかで……わたしは。


「ほーらー、有栖ちゃんいこー! まだまだまわり足りないんだからー」

「シロちゃんごめんねー! ちょっと汐里と話してたよ」


 わたしは、裏垢女子をやってます。

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