第48話 裏垢女子はそれまでのキスの数をかぞえて眠る
――どうしてこうなってしまったのだろう。
U〇Jからホテルへ戻り、部屋に着いた矢先。
俺を待っていたのは追放だった。
「あの……あらためて、ごめんね?」
「怒ってねーよ? な? 榊」
「まぁ、俺はもとから知ってたしな」
その会話でほっとした途端に、言い渡されたのが男子部屋からの追い出しだった。
「じゃあ。まー、なんだ? 女子高生と一緒の部屋に寝るってわけにもいかないよな? 俺ら紳士だし」
「だな」
「ということで、ほら」
市河から渡されたのは、真っ白なホテル備え付けの枕だった。
たしかに、まだ制服姿で、有栖の恰好してるけど。
いちおー俺は、男なわけで。
「――えぇ……まじ?」
「まじ」
「どこ行けばいいの」
「加恋と仲田さんの部屋だろ、ふつー。荷物はまた明日取りにくればいいから」
(そんな、ふつー知らない……んですけど)
重たい扉が閉まる音がして、そのあとすぐにオートロックがかかる施錠音がした。
制服姿で枕だけ持った状態でホテルの廊下にいるって……だいぶ気まずいんだけど。
仕方ないのでスマホを使って、助けを求めることにした。
「結局……シロちゃん達に入れてもらうしかないよね。加恋もいるし」
***
「あ、いらっしゃい有栖ちゃん! 合流おめでとー」
「おめでとうって、シロちゃんやめてよ……わたし、追い出されてきたんだけど」
「枕までちゃんと持ってきといて、ヤる気満々じゃない」
「これごと、追い出されたの!!」
シロちゃんと加恋の部屋のドアをノックし、招き入れられたものの。
どういう気持ちでいればいいか、わかんないじゃん!
制服もまだ着替えられてないし。
もちろん、ウィッグも付けたままだ。
そして部屋には先日の夜同様に、ベッドの上でくつろいでる加恋がいた。
「まー追い出されますわなー。で、どうすんの? ひさびさに一緒に寝る?」
プリッツェルをくわえて、口をもごもごとさせながら言った一言がそれだった。
(一緒に寝るもなにも……この部屋ダブルベッド一つしかないじゃん)
「いや……わたし、そこのソファーでいいよ」
「だめ! 風邪ひいたらどうするの」
すかさずシロちゃんが反論する。
でも……それってつまり、シロちゃんとも一緒に寝るってことだよ?
「あの、ね? ふたりがわたしを有栖として受け入れてくれてるのはうれしいんだけど。でも、まずいでしょ。ふつーに」
「いまさら。そんなふつーを口に出されるほうがどうかしてると思いますけど?」
「加恋の言うとおりよ。観念して、今日はここで寝るの。ほら、ウィッグつけて有栖として寝れば、女3人だし? それならいいでしょ?」
***
「――てわけでー、キスしちゃったわけよー! 教室で!」
「詩帆やるー! で、有栖は無抵抗だったの? なになに、もしかして期待しちゃってたんじゃないの?」
「ちょっ……シロちゃんも加恋もやめてよそういう話すんの」
慌てている有栖ちゃんは今日も可愛い。
昨日は加恋と二人でちょっとだけしんみりな会話だったから、3人でこうして話せるのは、正直楽しい。
実は、追い出すように頼んだのは私。
それに協力してくれた筋肉バカと、陰キャ眼鏡には感謝だよね。
なんでかって? だって、好きな人と一緒にいたいじゃない。
(ほんとは加恋も、会いたいんじゃないかなー? って思うけど。まだ早いよねー)
「なに? なんでこっち見てんの詩帆」
「んー。なんもないよ~」
話題は最初のキスのこと。
たぶんね。私史上いちばん頑張ったことだと思うんだけど。
――1度目のキスは、不安混じりだった。
キスっていうのは私にとって、嫌な思い出でもあったから。
自分から男の子にキスをするなんて、たぶん有栖ちゃん相手じゃなかったらできてない。
それでも怖くて……おそるおそるマスク越しに唇を合わせてみた。
「それで? それで2回目はいつしたの?」
「加恋も欲しがりねー、その日の放課後に屋上でよ」
「え、早くない? さすがに2回目は有栖からじゃないの?」
「2回目も私からなんだよね。あ、写真あるけど見る?」
「……消してないの!?」
「大事な思い出なんだけど……消してほしいとか。ひどい」
そう言えば慌ててくれるのを知ってるから。ちょっとだけ悪戯してみるの。それだけ甘えてるんだよね。私、この人に。
――2度目のキスもそう、不安があった。
高校デビューなんかで浮かれても、心だけが過去に引っ張られて置いてけぼりで。ホントは、男の人と話すのは怖かった。
でも、私は目の前にいる男子生徒のことを知ってたから。
踏み出せたんだと思うんだよね、キスまでのその距離を。
だから……試してみたくなったのかもしれない。
マスク越しじゃない、本当のキスで――。
でも、これもある意味では私にとっては、過去とかトラウマとかを克服するための、セルフカウンセリングに近いものだったと思う。
「それで……付き合ったわけだ」
「ううん。違うよー、ね?」
「あはは……駅前にナンパとかされに行ったよね」
「へ? ナンパ? 狂ってるわね……あんたたち。ほんと詩帆と有栖の話聞いててもぜんぜん恋愛の参考になんないんだけど。私、これからどうやってアプローチしていけばいいの」
「加恋はもう大丈夫。あとは押せばすぐいけるから」
「また、てきとーなこと言ってるでしょ」
「バレた?」
――3度目のキスは……なんだか安心した。
それは、この人からの……有栖ちゃんからのキスだったから。
私はなすがままだった。
それを求めたのは、私だし……秘密はもう秘密なんかじゃなくなっちゃったかもしれないけど。
文字通り、口を封じられてしまった。たぶん、それで私は完全に有栖ちゃんを好きになってしまったのだと思う。
いや……違うね、もうずっと前から好きだった気持ちを。
再認識したんだと思う。
「シロちゃん、もう一本飲む?」
「うん、ありがと、レモンので」
「あ! 有栖、私ピーチで……あと、ちょっといい?」
「なに? 加恋……へ?」
3人でそうやって話をしながら、追加の飲み物を受け取ってプルタブを開ける。
「……秘密、守ってくれるよね? ってそう言われてキスされちゃった」
「いや、待ってまって。いま全く秘密まもれてないよね! なにふつーに加恋に話しちゃってんの」
「えー、いいじゃん~。どうせ……有栖ちゃんの秘密みんなに――」
ばれちゃって……るんだし…………。
(――最後まで言わせてよ!)
「……んッぁ// ちょっ有栖ちゃん。急にキスする? 加恋もいるのに」
「――わたし、悪くないし。小さい声でずっと加恋が、やれ、やれって言うんだもん」
(有栖ちゃんは、有栖のときは大胆で……すぐ開き直るんだよね)
「加恋~なんかごめんね。変なとこ見せちゃって――」
顔を真っ赤にした加恋が冷蔵庫から出したばかりの、追加ののんある缶を頬にあてがいながら呟いた。
「すごく……参考になりました……よ? てか、うん。暑いね今夜」
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