最終話 裏垢女子やってます。

「ほら、見ろよ。かわいくね? 超えろいんだけど」

「どうせ加工だろ? 俺どっちかっつーと、この下のほうの素朴な感じがいいけどなぁ」

「加工じゃねーって、ほらU〇J内でサッカーしてるとこ撮られてんの! ほかの客が撮った動画だから加工してないっしょ?」

「あ、マジだ。てか下着めっちゃ見えてんじゃん。裏垢女子ってなんでこんなことしてんだろな」


 バスに揺られながら、前で立って話す二人組の男達の声に耳を傾ける。


 チェシャちゃんの一件以降、少しずつTwilightはメジャーなSNSになりつつあった。それを機にそこを拠点とした裏垢女子には鍵垢になった子もいれば、辞めていった子もいる。

 

 その数人とは、LINEで繋がってたりもしてる。


 それは、ひとつのSNSと距離をおいても、ネットワークの糸で誰かとつながっていたいと思う気持ちの表れだったりして。

 誰かと深くつながっても満たされない孤独の表れだったりもする。


 そして、辞めていった数以上のアカウントが今も作られていて、その数に比例して投稿される写真の数も増えていく。

 そんな画像を安易に無許可でまとめあげたサイトなんかも多くて、多分まえにいる男の子たちの見ているのはその類だろう。


(だって、わたしはそんなサイトに投稿をしたことも転載もゆるしてないですし?)


「――有栖ちゃんの話してるのかな?」

「ちらっと見えたけど、シロちゃんの画像もあったみたい」

「え? 何年前のものよ」

 

 2年前だと思う。それが、ここ数か月前の有栖の画像と一緒にまとめられているんだから、ネットはすごいし怖い。

 ネットワークサーバー、個人のストレージ。どこかにその画像の一枚いちまいがデータとして残ってしまう。


「気になる? 削除申請とかしとく?」

「うーん、気にはなるけど。キリないでしょ。それに有栖ちゃんといっしょならいい」

「まーね、チェシャちゃんは全然気にしてないみたいだし。汐里もあのときのは別にええねんって言ってたよね」


 そう。気にしなければ。

 ないものと一緒だったりもする。


 どうせ消えなくても、新たにアップデートされた誰かの画像にうずもれていくのは知ってる。


「でも、まさか加恋が有栖ちゃんと間違われてバズってるなんてね」

「まー。あれは迷子の男の子のために! とか、プラスの印象も多かったしね。パンツ見えてるけど」

「それを知ったときの加恋の顔を見たかったなー」

「動画でも撮ってアップロードすればよかったかな?」


 ネットワークを彷徨ううちに、情報は間違って伝わったりもする。

 それは発信者による嘘からだったり。

 受け取った側の勘違いだったり。


 加恋が、有栖として広まったのもそう。

 汐里がチェシャちゃんのふりをして炎上したのもそう。


 旬が有栖であるという秘密も、ネットの海のなかでは些細な誤りでしかないのかもしれない。


「もし。なんだけど。わたしが、本当のことを話したらバズるかな?」

「えー。やめてよ。そんなの可愛くない」

「あはは。基準はそこなんだねー」

「だってそれくらいしか、女の子に大切なことってなくない?」


 やっちゃいけないことをやってでも、満たしたくなる承認欲求があって。その気持ちにブレーキをかけるのは案外難しい。

 アクセルを踏みこむのは意外と簡単なんだけどね。


――おい……あの子って。さっきの子じゃない?


 そんな声が聞こえてきても。

 深く被ったキャップをさらに深く被って。やりすごせばいいってわかってる。

 

「……バレちゃった?」


 小さい声でシロちゃんが心配そうに囁く。

 うん、たぶんね。

 そう返す。


 座席の下、見えないところで繋ぎあった手をぎゅっと握り返す。


 わざわざ男っぽい恰好で有栖やってんのになー。

 黒い革ジャン羽織って……少し肌寒い季節にはちょうど良いし、ショート丈でボレロっぽい感じもけっこー気に入ってるんだけど。


 あまり有栖としてパンツスタイルを選ぶことは少ないけど。

 タイトなジーンズのパンツを選んだ。

 髪色も控えめのアッシュグレーに、黒い帽子を被ってる。


(さすがにデートのたびにナンパされるのは勘弁だったのと、シロちゃんにときどきは恰好良いとこ見せたかったりしたからなんだけど)


 でも気づいたその男の子と目までばっちし合っちゃったわけで――。


 やっちゃいけないって思うことだから、やりたくなるっていう。


――そういう欲求には抗えないじゃない?


「シロちゃん、多分、あの子スマホで撮ってる……みたいなんだよね」

「え? さすがに注意しなきゃ――きゃッ」


 シロちゃんの頬に手を添えて、その顎先を少し上げる。


 被写体がどの角度からであれば、どう映るのか。

 そんなの、わたしは何百回と計算をしてきた。

 だから……ここっていうタイミングも位置どりもわかってるつもり。


 その男の子のカメラの覚悟から見て、彼女の顔だけがわたしに重なって隠れるようにして――。


(ほんとはわかってる。たぶん、有栖の秘密をばらしたところで……それは一過性の情報として処理されるだけ。そんなパーソナリティな些細なこと、誰の心にも……ストレージにも残らない)

 

 それよりも……最高に可愛い彼女のその唇を、わたしが無理やり奪っちゃうような――。

 そんな構図のほうが、バズるってわかってる。


 そっと指先を彼女のウレタンマスクの端にかけて、ずらしていく。

 露わになったシロちゃんの唇はわざわざマスクで隠す必要がないくらい美しく施されていて。

 淡いオレンジ系のルージュ。ほんとに可愛いチョイスだとおもう。


(……撮るんならこのキスショット、完璧に決めてよ)


 ――なんて、ね?

 

<第四章 アリスインワンダーランド 下・完>

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男子高校生✿裏垢女子やってます。 甘夏 @labor_crow

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