第46話 裏垢女子にとって可愛い以上に大事なことなんてない

――へ? バカじゃないの?

 

 俺は何度か自分のカノジョである仲田詩帆に対してそう感じたことはあった。


 あまりにも無茶ぶりが過ぎるものだから、『ころすぞ』なんていうガラにもないLINEの返信を送ったことだってあるし?

 だから……シロちゃんがふつーのことをしない子だってことはわかってるつもり。


 でもさ。


「なんで、制服なの……?」


 パーク内の多目的トイレに籠って、シロちゃんが勝手に詰めこんで持ってきている有栖の衣装を確認する。

 でもそれは、有栖の衣装なんかじゃなくて。

 

 いや、ウィッグもウィッグネットも化粧品もそろってて。それは全部有栖の持ち物なんだけど。なぜか衣服だけが学園の制服だった。

 シロちゃんのもの。


 確かに、一度東女に行くときに借りたりしたけど――


<私からのプレゼント! テーマパークと制服はセットじゃなきゃ、ね?>

『いや……うん、あのね。あー、もういいや。とりあえず着てくるから!』


 たぶん、市河は怒ると思う。

 汐里はわからないけど。良い気持ちにはならないかもしれない。

 でも――。


 この旅でわかったのは、皆全力で誰かと向き合ってる。変わろうとしてる。

 それなら、そんな中で有栖だけが隠していくのは、フェアじゃない。


 そんなことに加恋を巻き込んじゃいけないよね。


 決意をこめて、白いスカーフを胸元で結ぶ。


「よしっ――けっこー制服も似合ってるね。……今日もかわいーじゃん有栖!」


 鏡に映る制服姿の女子高生。


 粗めにカットされて癖っけののこる桃色の長髪。

 シロちゃんと同じくらいの、少し傍目に見て大きめな胸のサイズ。


 蝶をかたどったイヤーカフに触れる。


 しっかりついてるし、うん。

 わたしに……有栖に似合ってる。


 せっかくだけど……、そのアイスブルーのカラコンで色づけた瞳はスマホの筐体でかくれるように。

 リップで色づけた淡いピンクの唇だけが映り込むように、自撮りをのこす。


『――どうかな?』

<ばっちし! 加恋ももういつもの通りだから。外で合流しよ。だいじょうぶ。なにがあっても私は味方。ずっと、アリスの傍にいるから>


 添付した画像に対して、すぐに返信がくる。

 この言葉を聞くのは二度目になるけど、すっごく嬉しいんだけど。わざわざ制服を選んだチョイスの悪ふざけと相殺しておく。 


「センパイ! まだっすかー? てか、くれてもよかったんすよー。あのときみたいに」

「あ、まって。すぐ出るから!」


 扉に手をかけたときに、最後に気になって後ろを振り向く。

 鏡の中の有栖もまた、それはあたりまえのことなのだけど、扉に手をかけて外の世界に向かっている。


 なんだか、そのあたりまえが面白くてもう一枚、そのままの態勢でシャッターをきった。


 そうするべきだと思ってしまったのは、裏垢女子のサガってやつなんだろうね。


「撮るんだったらいっしょに映りたいっす!」


 チェシャちゃんの声。

 シャッター音に反応したんだろうけど……これじゃあ、感傷にふけることもできそうにないね。

 

 いまこの手の端末を、この鏡に投げつけでもしたら――

 すべてが砕けていくのかもしれない。

 ぜんぶがぜんぶなかったことにして、SNSもアカウントに紐づいたパーソナリティーもネットの中に埋めて。ね。

 

 それもいいかもしれないけど、やめておく。だって、そんなの可愛くないから。


        ***


 女子トイレは混んでいたから、パーク外の手洗い場に加恋を連れ出した。

 ハリボテのセットの陰に隠れて話をする。


 確信をついたことを聞いてみようと思う。


 それは、高校デビューとともに本心を隠した私には結構な勇気だったのだけど。たぶん、そんな気持ちは誰もしらないんだと思う。


「……加恋、あんた惚れたんでしょ」

「やだなー、なに言ってるんですか詩帆。私、べつに普段通りだし、ちょっと旅行の疲れがでちゃっただけで――」


 目が泳いでるし、顔もいつもより赤くなってる。

 なに、この子。有栖ちゃん同じ顔ってこともあるけど。ちょっと可愛い。

 じゃなくて……。


 多少強引でもね、引き出すつもり。

――引きずり出すの、鏡の中に籠ったこの子の気持ちを。


「嘘ばっかり」

「……なんなんですか! 勝手についてきて、全部が全部わかってますよーみたいなこと言われても……」

「ふーん、くやしーんだ?」


 手間のかかる姉妹だこと。

 これじゃ私、余計なおせっかい焼きの魔女役じゃない。


「はい、降参ですよー。好きですよ! 好きになっちゃいましたよ! どうしてくれるんですか……。有栖続けなきゃいけないのにさー。てゆかよくあのときの寸劇のセリフ覚えてるよね」


 やっと加恋らしい笑い方が見れた気がする。

 だからよしとする。


 もう少し、おせっかいな魔女でいようかしら。


「だって加恋とはじめて会った日のことだもの。それに私はそろそろ12時の鐘を鳴らしに来たんだけどなー」

「え? やだ」

「やだじゃないの、わがまま言わない」

「だって――旬が」

「いい加減、しなさいよ、ブラコンお姉ちゃんやってないでさ」

「あー。まって。髪むしらないで……! あぁ、もう」


 強制的にウィッグに手をかけてその綺麗に巻かれた可愛らしい髪を、力いっぱいに毟った。っていうと表現悪いわね。

 でも実際にそのウィッグとネットをはぎ取ることにした。


 あとは、ウィッグネットに詰め込んだ加恋本来の黒髪を手櫛で整えてあげる。

 あ……ちょっとへんな癖ついてるけど、いっか。


「どう? すっきりしたでしょ」

「……頭軽い。バカになったらどうすんの」

「それは――」

「もとからとか言わないでね! もう……。あー、化粧はこのままでいい? ちょっと……気に入っちゃって」

「いいんじゃない? メイク落としとか持ってきてないし。さっさと服の汚れだけ洗い流したら?」

「……ん、そうするー」


 蛇口から水が流れる音がする。あー、落ちないし。とかいろいろぐちぐち聞こえるけど。それも無視する。


<私からのプレゼント! テーマパークと制服はセットじゃなきゃ、ね?>


 スマホに指を這わせて、そう打ち込む。

 あとは、送信してッと。


(喜んでくれるといいんだけどなー。有栖ちゃん)

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