第20話 裏垢女子は時として通知をオフにする
「今日はほんとにありがとぉね! 有栖ちゃん」
「いえ、夕実さん。わたしも久しぶりにサッカーできてたのしかったです」
付き添いの私は少し遠巻きにその姿を眺める。
スポーツには興味がないけど、見ていておもしろいって思えるものだった。サッカーをしている有栖ちゃんは、生き生きしてて、綺麗だった。
おなじくらいに、今日知り合ったばかりなのだけど、友達? になった加恋は得点を決めてて。純粋にすごいなって思えた。
たぶん、彼女は恋敵、私のライバルなんだと思うけど。
「詩帆、見てた? 私のかつやく~」
きらきらした目で、言ってくる加恋は、泥だらけで。化粧して、着飾って。作り上げる私の可愛いとは違うけど。
すごくかわいくて。
(たぶん、嫉妬、してるんだと思う)
「じゃあ加恋、わたしはシロちゃんを駅まで送っていくから」
「うん、おねえちゃん。今日はわがままに付き合ってくれてありがと。あと詩帆も、また今度いっぱいはなそーね」
スポーツバックを肩に背負った加恋。
そして、その隣には私の好きなひと。黒いキャップを被ったパーカー姿の有栖ちゃん。笑えちゃうけど、履いてるのは私のスカート。
ふたりの顔立ちはそっくりで。
たぶん、性別が一緒だったらもっと近い存在だったんだと、思ったりして。
(――そしたら、私の入り込む余地はないんだけどね)
「もちろんっ! またLINEしよーねー」
明るくそう返事をかえした。
それを聞いた加恋は、反対方向へと走っていった。
「良かったの? このまま有栖ちゃんで」
「……へ? あ、そうだ……った。けど、いーよ。シロちゃんの前だし」
帽子のつばの間から、ウィッグの黒い前髪と、大きな彼女の(って言っていいのかな? 彼?)目がうかがえる。
――あ。
さっきの加恋とおなじ、綺麗な目。
人は変わっていく。
もしかすると、見え方が変わっていくだけなのかもしれないけど。
そう最初に知ったのは、マイナスの方向の変化だった。
裏垢女子をしていることがバレて、それまでのクラスメートは私を非難するようになった。直接の非難をする者。気にしてないというそぶりを見せる者。興味をもって近づいてくる男子生徒。
そして。なぜかやけに優しかった担任の先生。
先生もまた、男性だということに気づいたのは、それから少ししてのことだったけど。
人は変わる。
つぎはプラスの経験。
黒髪を染めるのも、髪型を変えるのも。
服装も、ネイルも。
ちょっとの努力と知識と。お金もつかうけど。一時期流れてたCMじゃないけど、可愛いは作れる。
つくった可愛さでも、人は寄ってくるようになったし。
私は、それなりにモテた。
そのうち、私は私自身がかわっていることに気づいた。
そう、人は変わっていく。
そのターニングポイントは、人それぞれ。環境だったり、本人の意思ひとつだったり。たぶん、有栖ちゃんにとってのそれが。今日という一日なんだとわかってしまった。
「なんか、かわったね?」
「そう、かな? 自分ではわかんないけど……」
「だって、すっきりした顔してる。いままでで一番自然で、可愛いよ」
本心からのひとこと。
私にはつくれない。ううん、違うよね。
つくろうとしてるから、作れるわけがない、自然な顔をする有栖ちゃんは。私より何倍も可愛い。
「……ありがと。シロちゃんに、可愛いって言われるの、わたし嫌いじゃない、って最近は思うよ」
そう言って、そっと手を絡める。
繋いだ有栖ちゃんの左手は、あたたかくて落ち着く。
「この手。今日頑張ってた手だねー、おつかれさん」
「……ちょっとは、いいとこ見せられた?」
「ちょっと? すっごくよ」
「なら、よかった」
ほらね、変わっていく。
有栖ちゃんを見ると、どきどきする。それは前からだったけど。
最近は教室で前の席に座るその背中を見ているだけでも。なんだから。
驚きだよね。びっくりだよね。
――秘密、守ってくれるよね
カラオケルームであの子からの口封じは、その口づけは。
そのときの瞳も、声も。
狂おしいほどに、私の心を掴んで離さないものだった。
「好き……」
「……ん?」
「有栖ちゃんのこと……新見くんのこと……ううん、キミのことが。好き」
言えた。なぁなぁになってた告白のつづき。
ちゃんと言えた……よね?
「ふふ」
「……なに?」
「面白くてっ! いまさらなんだもん」
(……はぁ?)
「悪いですか? ギャルが真面目な告白しちゃいけないんですかー? そもそも女装してるほうが面白いんですけどー?」
こっちは真面目に、ちょっとシリアスな回想とかしちゃって。
加恋に嫉妬して、一日ずっと考えてたのに。
サッカーしてる姿も。カッコいいとか思ってたのに。
「……んん!?」
(急に、唇を塞ぐとか。――ずるぃ)
――あんまり、外で、女装って言わないで、ね?
そんな可愛い顔で、男の子みたいなことしないでよ。
ちょっと強引にキスして、耳元で囁くとか。
めちゃくちゃずるい。
「シロちゃんのこと、わたしはとっくに好きだよ。だから、いまさらなんだって思ったの」
外で女装って言うなって言うけど。
めちゃくちゃ外で恥ずかしいこと言ってんじゃん。
「嬉しい……けど」
小さく呟いてみる。聞こえないくらいの声で。
「……?」
「なんもない……!」
ん、なんか。
やけにスマホが騒がしい。ポケットの中で震える端末。
同じタイミングで、つないだ手を離した有栖ちゃん。
ぞくってした。
知ってるこの感じ。このざわつきは――。
鳴りやまないスマホの着信音。ずっと震えてて。それが怖くて一時期は見るのも嫌になったことがある。サイレントで使って、やっと最近はバイブレーション通知だけはつけるようになった。
有栖ちゃんからの通知がわかるように。
「ねえ、シロちゃん……。トワイライトまだ入ってるよね。開ける?」
「……うん。私もいまちょうど開こうと思ってたから」
取り出した端末のロックパターンを解除し。そしてアプリを起動しようと……。
するまでもなかった。
通知の数だけですごい量。
それは、鍵をかけた白兎名義のアカウントへのDMの数。
きっとまだ連絡を取り合ってた相互フォローのユーザーさんたちからで。
「……トワイライト自体がバズってる。ってか、これ炎上……してない?」
有栖ちゃんのスマホを触るその指の速さと真剣な目。そしてその一言で、悪い予感は確信にかわる。
私はすぐにDMに目を通す。
トワイライトの友人からは、一つのまとめサイトのリンクが張られていて。
<これって、まずくない? うちらまで飛び火しなきゃいいけど>
そんな言葉が添えられてて。
開いたサイトには、『某有名カラオケ店のバイトテロ』とか、『就業中にブラ出し撮影』とか。……『裏垢女子の本垢発見。福岡県内の女子高生』とか――そういう文字が並んでいて。
根井円香という、その裏垢女子の子の本名と思われる名前まで。
「チェシャちゃん……?」
隣で有栖ちゃんは、そう呟いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます