第18話 裏垢女子は潔くかっこよく、だけじゃバズれない
ソックスの中にソフトシンガードを入れ、キーパーグローブを手に取る。
片方のキーパーグローブを口にくわえてもって、さきに右手にグローブをはめ。
両手でしっかりとマジックテープをとめる。
そして、くわえていたほうの左手のグローブをはめる。
何年と繰り返してきた準備。
その努力を一回の怪我でふいにしたのだけど。なぜかまたグラウンドにいる。
目線の先には東女のチームメンバー。
「加恋? 双子とは聞いてたけどそっくりすぎない?」
「でも加恋と違って、ちょっとキャップ被ってて佇まいかっこいいし、イケメン女子って雰囲気出てるよねー。ボーイッシュな感じ」
口々に俺を見た感想を言い合う部員たち。
加恋は苦笑いをしているが、とくに姉という点に否定をする感じもない。
(……えっと、女装って知らないのかな)
俺は、どういうこと? と言うように部長の夕実さんに目配せする。
ごめんね、を両手で拝むようなジェスチャーで示す彼女のポーズ。つまりなにも部員たちに伝えていないということを指しているってことで。
「加恋の双子の姉の……有栖です。むかし少しキーパーをしてたので、呼ばれちゃいました。今日はよろしくお願いします」
そんな感じの簡単な挨拶で、その場に溶け込む。
練習試合の相手チームももう来ているようで、そこそこ強豪なのだという。
いまさら、まさか有栖としてサッカーをすることになるとは思わなかったけど。
あらためてフォーメーション、ポジションの話を聞きながら楽しみになってきた。
東女の部員はみんな1年か2年で、夕実さんが司令塔。攻めの中心は加恋がトップ。2年生組がディフェンスラインを守っているという。
つまり、俺がコミュニケーションをとるのはお姉さん達ということになる。
「わかんないことがあったら、私らに聴いてね。有栖ちゃん」
「はい。たすかります!」
三人のディフェンスの中心、スイーパーの舞さんは気さくで、運動部員らしい活発さを感じさせる人だった。
ショートカットで、高身長。
掛け持ちがバレー部だというのも納得の感じだった。
「じゃあ、そろそろ練習はこれくらいにして、10分後から試合開始ね」
夕実さんが取りまとめる声が聞こえてきた。
***
「私あんまりサッカーって見ないんだけど、どういうスポーツなの?」
校庭の隅に置かれたベンチで、シロちゃんは俺にそう問いかける。
どんなスポーツか、と聞かれても物心ついたときからサッカーボールを追いかけてた俺にとっては、ちょっと困る質問で。
でも、少しかっこいいこと言いたくもなるし。
「……わたしが、とちらなければ、絶対に負けないスポーツかな」
1点を争うスポーツで。どんなに点の取り合いになってもバスケットボールや野球のような点差になることはあまりない。
そう、キーパーが点を許さない限り、負けないのがサッカー。
だから、ちょっとカッコつけて言ってみたんだけど。
「かっこいい顔、あまり似合ってないねー有栖ちゃん」
「……えー」
「それ! そういう困ってる顔のほうが、かわいー」
「んー、なんか不満だけど。ありがと」
俺の顔を見つめるシロちゃんは、やっぱり可愛くて。悪戯好きで。なんで俺なんかと一緒にいるのかわからないくらいだけど。
――君が有栖ちゃんだからとか、新見くんだからとか。そんなの。私にはカンケーないの
その言葉を聞いて以降、俺はあまり彼女の前で『有栖』でいることに抵抗もなくて……。
可愛いって言われたら、素直にうれしい。
こうやってシロちゃんと一緒にいられるのが、多分ふつーに好きなんだと思う。
(それなら、旬としてボールを追いかけてた頃に戻らなくたっていい。いまは有栖として楽しめれば、シロちゃんにいいところみせられれば。それでいい!)
「見ててね、さいこーに可愛く、カッコつけてくる!」
後ろに結んだ髪を一度ほどいて、再度しっかりとゴム紐で結びなおす。そして、再度キャップの帽子を被った。
「あとでその恰好で裏垢更新するの?」
「まさか」
「けっこーバズると思うけどねー。ボーイッシュな裏垢女子。普段とギャップあるしー?」
「身バレ怖いって……あとで写真だけ撮るとは思うけど」
***
試合は静かな立ち上がりで、どちらに偏るでもない展開だった。
攻めきれてもいないし、攻め込まれてもいない。
キーパーにとっては、油断はできないけど、ちょっと退屈くらいの感じだった。
それでも、ディフェンスラインの調整のため舞さんたちに声をかけたり。
細かなポジショニングには神経を使うのだけど。
試合が動いたのは、相手チームの後ろに下げたパスを加恋が奪ったことがきっかけだった。
相手ゴール間近で奪った加恋が、敵ディフェンダーと対峙した際に、後ろに下げ、そこに走りこんでいた夕実さんがミドルで合わせてゴールネットを揺らした。
「みたでしょ! 私の活躍!」
「こっちまで来なくても見えてるってば」
喜びの声をあげる加恋はわざわざ俺のいる自陣の最終ラインまで走ってきた。
ウェアの着丈の短さのせいで、加恋が走るたびにお腹がちら見えしてる。
女子ばっかりだから構わないんだろうけど。
走る足の速さ、軽やかな身のこなし。ボールを奪ってからのドリブルのキレ。そして夕実さんとの連携。
昔からセンスは良かったけど。
いままでなら自分一人で勝負にいってたようなプレイスタイルだった。
しかし、後ろの夕実さんの動きまで見て、とっさにパスに切り替えたんだろう。
「うまくなったね」
「でしょでしょ? これでもエースですから」
さして無い胸を(サッカーするには良いのかもしれないけど)突き出して、威張る加恋。
いや、この前の手が触れたときの感触だと、それでも成長したほうだけど……。
俺はグローブをはめた手を2、3度握ったりほどいたりして、確かめる。
「いま、胸みた?」
「見てない」
「見たでしょ……てか、お姉ちゃん――」
「……なに?」
――自分だけ盛りすぎ
小さくそう囁いて、加恋は走って前線までもどっていった。
何度か危ないところもあったが、そこそこの俺の活躍もあって(一応、あったんだよ)、前半戦は1-0のまま折り返すこととなった。
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