第36話 裏垢女子がくいだおれるだけの話もあっていいと思う
「そろそろ、大阪やで。旬~うちな、もう一回榊くんにアタックしてみよーおもうねん」
「うん。応援してるよ。頑張って」
結局、何度か呼び合ってるうちに、同級生に”さん”づけってやっぱへんやわ。ということで。俺は塩野目さんのことを汐里と呼び、彼女は俺のことを旬と呼ぶようになっていた。
そしてついに新大阪駅に着くことになった。
汐里が榊を思う気持ちは本物で、まぁ、だからこそあんな無茶苦茶なこともやっちゃったわけだし。
応援したいって気持ちはほんとう。
それは、旬としても……有栖としても。
***
「マド~あんたはうちとやで!」
「え~先輩とがいい~~~」
ひっぱられるようにチェシャちゃんは汐里と道頓堀のあるほうへと消えていった。
その姿を見届けた俺と市河と榊の男三人組は、たこ焼き屋の前で次に観光する場所を決めかねていた。
「なんや、だいぶ懐かれとるやないか。元サッカー部」
「なんで関西弁なんだよ」
「せっかくやから! どこいっても関西弁やからおもろくて」
(チェシャちゃんのことは、特に触れずにさらっとながしとこ――説明が面倒だし)
新大阪に着いてまずはタクシーでホテルへ直行した。かなり大きな観光ホテルで、俺らだけだったらまず泊まることはないようなグレードのもので……。
汐里の遠い親戚にあたるという支配人の男性から紹介された部屋に各自チェックインを済ませた。
てっきり親御さんが迎えてくれるものと思っていたが、どうもそういうわけではないらしく、汐里のご両親は福岡で彼女と一緒に住んでいるので大阪にはいないのだという。
それんしても……、家族経営の旅館的な、もっとこじんまりとしたものを予想していたから、いい意味で期待を裏切られた結果だった。
用意されたホテルの室内はほんとうにびっくりするくらい立派なもので。
7人に対して、3部屋。
組み分けとしては、俺を含む、男子3人が一部屋で。
シロちゃんと加恋の組み合わせ。
そして、チェシャちゃんと汐里というカラオケ屋バイト組。
(まぁ、さすがに……恋人とはいえシロちゃんと一緒の部屋ってわけには、いかないしね)
その点だけは、ちょっと残念だったりもするのだけど。
「部屋割りメンツで分かれて観光って言ってもさ~。男三人じゃ教室と代わり映えしないよな」
市河が愚痴る。まぁ、概ねその意見には同意ではあるけど。
「榊も良かったんか? 汐里ちゃんと一緒やのーて」
「……関西弁、似合ってないからやめろ。それに、別に俺は――。どうせ明日は汐里と一緒に回るだろうし。それはいいとして、はやく次行くとこきめよーぜ」
最後のほうは少し早口な言い方で……もしかして榊なりに汐里のことを、とくべつに意識しだしているのかなとか思ってしまう。
「とりあえずさ。腹減らね?」
「そうだな……。本場のたこやき、食っとくか」
***
結局はくいだおれツアー状態で。
たこ焼き屋とお好み焼き屋をはしごして――。
途中でトルコアイスを作るアラブ系の外国人のパフォーマンスを見ながら、ケバブを食べたりして過ごした。
「もう、ムリ。食べられない……」
吐きそうなくらいお腹いっぱい。
屋台に並列した小さな小屋のような店舗内で、横になる。
畳から、い草の匂いがして落ち着く。
このまま、目をつむってると本当にこのまま寝ちゃいそうなくらいだった。
それなりに体形維持のために、普段はほどほどに食べるようにしてるんだけど。
いま、有栖の恰好したら妊婦みたいになる気がする。
「二件目のたこ焼きがよかったな」
「わかる」
「でも、三件目のだし汁に浸かってたやつもなかなか」
「あれは明石焼きだ」
「たこやきとは違う食べ物なんだな」
もう一言も話せないくらいの俺を余所目に、榊と市河の会話は続く。
べつに寝たふりをしていたわけでもないのだけど……ちょっと耳を傾けながら、俺はそのまま横になっていた。
「さっきの話だけどな――」
「ん? 榊どうした」
「汐里のこと前に振ったって話したろ? 本当の理由は、有栖が好きだからなんだよな」
(ちょ……なんつー話してんの。起きてるんだけど、いちおー)
てか、シロちゃんが言ったこと当たってるじゃん。
――あー、友達がさ。有栖さんを好きらしくて。こんなことを機会に裏垢やめたり、学校いけなくなるほうが。俺としても都合が悪いというか
そんなこと言ってたけど……。ぜんぜん友達のことじゃないじゃん。
とりあえず寝たふり、続けとこ。
「知ってた」
「そうか。ただ、俺はいまは少し悩んでる」
「汐里ちゃんとのことか?」
「いや、まぁ……それもあるんだけど。俺じゃ、彼女にふさわしくないんじゃないかって最近思うようになってな」
ふさわしくないとか。
そういう問題じゃないと、思うんだけど。
ただ、有栖として……は、榊はそれなりにイケメンだし、意外と気が利くし。ふさわしくなくなんて……ないとは思ったりはするよね。
あくまで、有栖としては、だけど。
「なんだよそれ。恋愛すんのにふさわしいとかふさわしくないとか……そういう謙虚さっていらなくねーか」
どこかで聞いたことのあるような言葉を市河が言ってて。
まぁ、シロちゃんの言葉なんだけど。
それだけで、ただ無性に会いたくなる。
「なんか、お前に恋愛のアドバイスされるの気持ちわりぃ」
「うっせぇ。俺、この旅行中に告白するつもりだから、あとで後悔してもしらねーからな! ちょっと、風当たって来るわ」
最後は照れ隠しのように、ぶっきらぼうに言って。
離れていく雑な足音で筋肉バカが去っていったのがわかった。
「……起きてんだろ」
「あはは……。ばれてた……? てか、なんつー話してんの」
「ただの恋バナだろ。それに、安心しろって。俺は決めてるから……汐里に告白するつもりだからな」
思わず眠気が覚めた気がする。
ばっと、重たい身体を起こして榊を見た。
「え? まじなの!?」
「急に元気になるなよ、それはそれでなんかへこむだろ。まぁ……俺はホモじゃないってのと、あんな人前で堂々と仲田さんと抱き合ってる姿見せつけられたら。脈はねーなってことくらい、わかるからな」
そういえば、そうだった。
あの日、有栖の恰好のままシロちゃんを抱きしめたとき、皆がいる中だった。
「あー……あははは、そうですねー……なんか、ごめんねリョウ」
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