第35話 裏垢女子だって恋はする。あたりまえのことだけど。

 二泊三日の旅行にしてはどうかと、計画を持ち掛けたのは塩野目さんだった。


 高校生の俺らにとって、連泊するほどの費用の捻出となると、さすがに難しいんじゃないかという話がでたのだけど。


「あー、うちな。実家が観光ホテルやねん。……おかんが2泊分タダでええっていっとってな? まぁ……うちが迷惑かけたこととかぜんぶ含めてめっちゃくちゃ叱られたりしたんやけどな……」


 ということで、初日は大阪を観光。

 二日目にU〇Jで一日アミューズメントを楽しむという、まるでちょっとした修学旅行のようなスケジュールとなった。


「塩野目さん、泊まるところもそうだけど、いろいろプランを立てるの手伝ってくれてありがと」

「あ、ええのええの。でもへんな感じやなー、クラスで話したこともなかった新見くんと一緒に新幹線で大阪向かっとるなんて」


 新幹線で博多駅から新大阪駅に向かう。

 その車内のなかで、俺の隣には塩野目さんが座っていた。


 指定座席をランダムにしてクジで座る席を選ぼうと言い出したのは市河で、その結果がいまの状態だった。


――変、やわ! あんたも、あの円香って子も!


 あのとき、俺は有栖として塩野目さんと言い合いになって、それから有栖としてちゃんと話したこともないまま今日という日を迎えてしまった。

 新見旬としては、彼女ととくに確執めいたものないのだけど。


 少しだけ気まずかったりする。


「んー、たしかに。まぁ俺は詩帆と仲良くなったのも、たまたまだし。人のつながりなんて、わかんないよね」

「せ、や、ね。うちもなんでここにおるんかわからんもん」

「嫌だったりする?」

「それがなー、ぜんぜんやないねん」


 それにしても塩野目さん前より全然、可愛くなった。


 厚ぼったいメガネをコンタクトに変えたから? それもあるかもしれない。

 でもなんか違うよなぁ……それだけじゃない。

 別段、化粧を濃くしてるわけでもないし。ああ、そうか。


 笑うことが増えたんだ。


「ちょっとだけな、相談とか……してもええ? 大阪着くまで」

「ええで?」

「ちょっと、それ、うちの真似やんか」

「じょーだんだって」

「べつに、ええけど。うちの専売特許じゃないし……。あ、でな? もう知っとると思うんやけど、うち榊くんに告って一度ふられてん」

「ああ、聞いた。ごめん」

「ええのええの、結果としてみんなに迷惑かけてもうたし、そのあたりも詩帆から聞いとるんやろ?」


 聞いてるもなにも、って感じだけど。

 一応そういうことにしとくかな。


「うん、聞いてるよ」

「でな~、もうみんなに顔合わせられへん、榊くんにも話しかけれへんってなっとったんやけどな」

「うん」

「今日来とる、有栖って子、おるやんか。あの子にな……まぁ自分のやったことの落とし前くらい自分でけじめつけなって感じのこと言われたん思い出してん」


 なんか極道みたいな感じにアレンジされてるけど……。

 確かにそれっぽいことは言いました。

 はい。


「――やからバイトも手伝ったし……、マドにもちゃんと謝ったし。ちょっと、頑張ってみてん。それができた自分が誇らしかってんな」

「うん」

「あとな、可愛くなる努力は認めてるって言われたのも、嬉しかってんな」

「そう。うん……まえより、すごくかわいくなったよね」


 たぶん、思ったことをそのままに口にしたんだと思うけど。

 有栖的には、それでもいいんだろうけど。

 的には失言だった気がする。


「……あんな、うち。そんなん言われ慣れてないん……よ? からかわんといてや……//」

「あ、いや。ちが……くはないけど。からかってはなくて……ごめん」

「や、ええの……。ああ、詩帆はこういうのにやられたんやな……わかった気ぃするわ」


 気づけば新幹線は広島を抜けて、岡山に入ったらしい。

 そんな電光掲示板からわかる情報を眺めながら……2人ちょっとだけ無言の時間を過ごす。


「……ちゃうねん! 相談があったんやったわ」

「ッ!?」


 急な塩野目さんの声に驚いて全身がビクッとなる。


「そうだった……えっと塩野目さん、相談ってなんなの」

「うちな。有栖って子に謝りたいねん。喧嘩みたいになってもーてな、ちゃんと話せてなかったし、仲良くしたいねん。でもあの子……すっごくかわいーし、なんかうち。うまく話せるかなーって」

「ん、そっか。でも全然気にしてないよ」

「え?」

「あ。気にしてない、と思うよ……たぶん。だから、ふつーに声かけたらいいんじゃないかな」


(危な……ふつーに、間違えてた……いま有栖として喋ろうとしてた)


「なんか、いま新見くん……声、可愛くなかった……?」

「いや……ちょっと風邪気味なんかも、あ、車内販売。のど飴とかないかな……あはは」


 ちょうど通りかかった車内販売のお姉さんに、声をかけ。アイスコーヒーと、のど飴を買う。

 だいぶ雑な気の逸らし方なのはわかってはいたけど、とりあえず塩野目さんにも(暗に買収のつもりで)コーラを奢った。


「ええのに、うち自分で払うで」

「いいって、ついでだし。わざわざ財布出すのも面倒でしょ」

「ん、うち。新見くんってもっととっつきにくいタイプって思っとったわ」

「そうかな。ただ、陰キャなだけだよ」

「それは、うちやわー。なんか、気が合いそうやなうちら。あ、名前で呼んでえー? 旬くんって。うちも汐里でええから」

「いいよ、まぁちょっと馴れるまではあれだけど。えっと、汐里……さん」


 さん、いらへんってのに~。

 そう言ってバシバシと俺の肩を叩く汐里さんは、よく笑う女の子にしか見えなくて。素直な気持ちとして、可愛いと感じた。


 ヴヴッヴヴッ

 ん? なんかスマホが……。って、よりによって有栖端末に?


「あ……ちょっとだけ待ってね」


 こっそりとピンク色のスマホを取り出して、その通知の内容を見る。


 なんだ、LINEじゃん。

 てことは……。


<……なーんか、有栖ちゃんが浮気してそーなのですが、気のせいでしょうか?>


 シロちゃんからだった。

 あまり長く、この端末を開くわけにもいかないので、既読無視でそっ閉じした。

 メッセージを送るより……たぶん直接顔を見た方が早い。


(だって、シロちゃんのことだし、絶対こっち見てるから……)


 ふたつほど前の席に座るシロちゃんの座席のほうに目を向けた。


 ほらね?


 そこには、振り向いてじーっと、俺たちを見ているシロちゃんとチェシャちゃんという、裏垢女子ペアの姿があった。


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