第37話 裏垢女子と。あれが、あるとき、ないとき
「――せやったら連絡先でも教えてや」
「あ、友達来たみたいだから! ごめんね!」
えっと。なにこれ。なんでこんなにナンパされるの?
やっぱり……有栖に変身してるからかな。
うん、これ化粧っていうか、変身だよね。鏡見てもだれ? ってなるし。
双子の兄のフリをして、大阪の街を歩く。ってすごく変な感じ。
まぁ……兄のフリというか。うん、姉のフリって感じだけど。
私は大きく手を振って詩帆に気づいてもらおうとした。そうでもしないと、あと何回、男のひとに声をかけられるかわかったもんじゃない。
それくらい。
今の私は魅力的なんだと思うと、ちょびっと優越感がある。
「お待たせ~。ごめんね、ちょっと美味しそうなものみかけて……食べない?」
「え? なになに? 美味しそうな匂い! 肉まんの匂い? こんなの売ってたんだ」
「うん。551とかいうとこの豚まん、こっちじゃ有名らしいよ。たべよたべよ」
「へー、大阪て粉ものだけじゃないんだね」
詩帆の買ってきた551 HOR〇Iの白い紙袋を開く。
中には真っ赤な箱が入っていて、そこにはかなり大きなサイズの豚まんが一つ。
「超でかくない?」
「うん、だからふたりで半分こにしよーって思って。いいよね」
「もちろん! だってこんなの一個食べちゃうとカロリー的に、ねぇ」
私はその豚まんを真ん中あたりで半分に割る。
ジューシーな肉汁とともに白い湯気がたっていて。まだかなり温かいのがわかる。
何より箱に入っていてさえわかった豚まんの匂いはかなり食欲をそそる。
ちょっとあとで口臭が気になりそうではあるけど。
そんなの、食欲が勝るくらいで、せっかくの旅行だもん。
躊躇するほどじゃないよね。
「はい、半分ね、詩帆のぶん。結構うまく割れたでしょ?」
「ありがと、加恋! って言っていいよね? ふたりきりだし。それにしても……ほんとそっくり。可愛い~。抱きしめていい?」
「……ええ、おにぃとどんなスキンシップとってたの」
「!?」
「え、なに?」
無言で驚いた顔をしている詩帆に、私は尋ねた。
すると、突如大きな声で私にねだる。
「いまの言い方! もっかい!」
「え? えっと……おにぃ?」
「それ! 初めて聞いた気がする。なにそれ可愛いんだけど」
「あー……うーん。旬って言っちゃうことのほうが多いからあまり言わないけど……一応兄ってことになってるしね」
私がそう言ったら、詩帆はその可愛らしい大きな瞳をぱちくりさせてる。
口半開きになってるのがちょっと面白い。
「一応? なってる?」
「あ。ほんとはね、私のほうが先に生まれてるの。大した差ではないけどね」
そう、実は私のほうがお姉ちゃん。
いつだったかな。本当に小さいときに、お姉ちゃんなんだから。って言葉が嫌で泣いてたんだよね、私。
なんでお姉ちゃんだったら我慢しなきゃいけないんだろーって。
そしたら旬が。じゃあ、あたしが代わってあげるって。
おねえちゃんするって言うもんだから。
お母さんも根負けしたみたいで、じゃあ旬くんはこれから『おにいちゃんになるんだよ』って言って。
その違いを理解していないくらいの子供だったから、私も旬も、おねえちゃんじゃないの? ってそんな疑問だけもったっていう記憶がある。
なんだかんだで、それから旬はちゃんと兄らしく育ったためそういうことで通してるっていう。ぷち情報。
豚まん食べながら、詩帆にそんな過去を共有してみた。
「なにそれ、めちゃくちゃ面白いし。ウケるんだけど。え? てか、お母さんそれOKしちゃうんだ!? って感じがさいこー!」
「そうそう。今思うとだいぶ破天荒だよね。まーそういうわけで、あまりおにぃって呼ばないでお互い名前で呼び合ってたってわけ、……まぁ思春期くらいからはなんか恋人同士っぽいから……ちょっといいかななんて思ってて。なんつって……」
「なんか、最後のほうは私てきにいただけないこと言ってたような気がするけど……?」
「いいのいいの! いまは詩帆が旬の恋人さんなのは、加恋も理解してるし!」
「その、今だけはみたいな言い方もいただけない! まー豚まん美味しいし、聞かなかったことにしといてあげる」
んー、ほんとに美味しかった。
それにしても詩帆とはやっぱり話しやすい。それに感謝もしてたりする。
きっと彼女がいなかったら、私……加恋は、旬とこんないっしょに旅行なんて行くことはなかっただろうし。
べつに仲違いしてたわけではないけど、すれ違ったままだったかも。
「ありがとね」
「ん? なによ急に」
「豚まんのこと! ごちそうさまでした」
「あー。いいのいいの、私もお腹減ってたしね。さて、このまま食べ歩きしよっか! どうせ他の組もそうしてるって」
「さっきのカロリーの話聞いてた!?」
「うん、聞いたけどー。加恋痩せてるし~? それに帰ったらサッカーでいっぱい走るんでしょ? なら、いいでしょ」
「まー、そうだけど……って、なんでしょうか」
「この前。繋いだから、もっかいつないでみよっかなーって」
詩帆の手のひらが私の左手に重なる。
ちょっと、いや。すっごく恥ずかしいのと、変な感じだけど。
――こうしてたら、ナンパ除けになるの。
ああ。なるほどね。
詩帆の台詞に、すごく腑におちた気がする。
このひとは、すごく理にかなった言い訳が上手い人なんだって。
「有栖ちゃんにいいつけますよ?」
「なに言ってるの? さ、いこ。有栖ちゃん」
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