第38話 裏垢女子は嘘を塗りたくった甘いトーストを朝食に選ぶ

『ちょっっ……とぉ! な、な……なんで詩帆。下履いてないの!?』

『そのいい方はよくないと思うの! ちゃんとパンツは履いてるじゃない』

『そういう問題じゃないでしょ……。このあと、おにぃも来るんだからっ』


 へ……、なんて話をしてんの。

 ホテルに戻り、一度は分かれていたメンバー全員でホテルにのレストランで夕食をとった。

 それもまた、たいそうなご馳走で。

 昼に食べ過ぎていた俺たちは、結構いっぱいいっぱいになりながらもそれを完食した。そして、各部屋に戻ってくつろいでいたのだが。


 シロちゃんに呼び出されて部屋の前まで来てみたところ。ドア越しに二人のやりとりが聞こえてきたわけ。

 内容から察するに、彼女が脱いでるんだろうけど、ノックしちゃっていいのかな。


『――詩帆、裸族なの?』

『失礼ね~。テンポラリィ裸族って言ってよ』

『言いづらいし。そのほうがよりアブノーマルな響きがするんだけど……!』


 たしかに――。

 少し想像を膨らませてしまうような会話ではあるけど。

 終わりそうにもないので、意を決してノックをした。


「……詩帆~。か……じゃない。ありす~」


 バタつく音はするけど、出てこないし返事もない。

 まぁ理由はわかっているから、気長に待つことにするけど。


 スマホを開けば、通知がいくつか溜まっていた。

 そういえば……。さっき部屋でシャワーを浴びているときに震えていた気がする。


 それは有栖の端末のほうで。

 いつかの日、シロちゃんにバレてしまった暗証番号を入力し。

 右手の人差し指をスライドさせて画面を開く。


 Twilightに届いているもの。

 これは大抵は、無視していい通知だったり、投稿への感想だったりで。

 あとで返信すればいいものだ。


 LINEも届いていた。それは、塩野目汐里からだった。


 <このあと夜すこし会えないかな?>


 この端末に来ているのだから。有栖に会いたいということだろう。なんだか、訳ありみたいだし。

 ちょっと加恋たちに相談してみたほうがいいかな――?

 そう思ってたところで扉が開いた。


「ごめんね、有栖ちゃん。ほら入ってはいって」


 手招きされて中に入る。

 扉が自然と閉まり、オートロックがかかった音がした。


「……はじめて、いっしょにホテルにきたね」

「意味深に言わなくていいから。それに、加恋もいるんだろ」

「つまんなーい」


 こっちは、それなりに緊張して入ってるんだから。

 あまりこれ以上心臓を痛めつけるのはやめてほしい……。


「はろー。やっとウィッグもとれて解放感マックスだよ~」

 

 部屋の奥に加恋がいた。

 スポーツドリンクのペットボトルを手にしている。

 短めの黒髪はぺたっと肌に張り付いていて、風呂上り姿のいつもの加恋だった。


 部屋の内装は俺のいる男組の3人部屋と似たようなものだが、大きく違うところがあった。

 俺が泊まる部屋はトリプルで、シングルサイズのベッドが三台並んでいるのに対して、この部屋はダブルサイズのベッドが一台だった。

 

「ダブルベッドなんだ?」

「そう! それなのに、さっき――むぐッ」


 口を開いた加恋のそれを、隣にたシロちゃんが両手で塞ぐ。

 

「あ~~なんもないの! なんも! ね!」

「……あー、そう?」

「そう、そう!」

「むーーーー。ちょっと、なにするのよ詩帆!」


 その手から解放された加恋がシロちゃんに詰め寄る。


「――加恋ごめんってば~……でも。あのこと言ったら、絶対だめだからね」


(全部聞こえてましたけど)

 とは、あえて言わないでおく。


「もう二人とも、お風呂入って化粧落としちゃった感じ、だよね」


 二人ともすっぴん姿で。近くにいるとボディソープの柑橘系の香りがする。あとは、化粧水の匂いかな。

 家では加恋がそんな風にスキンケアをしているのを見たことがないから、どれもシロちゃんがさせていることだろう。


「なんか、まずかったかな?」


 心配そうにシロちゃんが俺の顔を覗き込む。

 相変わらず大きな瞳だけど、カラコンを外しているからいつもよりブラウンが濃い色をしている。

 ストンと落ちたストレートの髪はまだ少し湿っていて、肌に張り付いてる。

 何より薄い生地の白いシャツから。胸がちらついてて、ちょっと気になる。さすがに下は、ハーフパンツを履いていて。

 その短い丈からすらりと白く長い足が伸びてる。


 そんなナチュラルなかわいさは、白兎さんだったときの、裏垢女子の彼女を思いださせる。


「いや、実はさ。有栖の端末に汐里から連絡がきてて――これから会いたいみたい、なんだけど。もう、化粧落としちゃったんなら……会えないよね」

「うん。ごめん……おにぃ」

「いや、いいんだって。今日は一日、有栖のふりしてくれて助かったよ」

「んー、加恋は楽しんだけどねー。でも、汐里さんのことどうしよっか」


 俺と加恋のやりとりを聞いていたシロちゃんが小さくつぶやいた。


「……あ♡」


 それは彼女がよからぬことを思いついたときのそれで……。


「いまから、有栖ちゃんには、有栖ちゃんになってもらうしかないわね!」

「あー……やっぱりそうなる?」

「だって、大事な話でしょ」

「なんでわかるの?」

「旅行先で、夜にお呼び出しなんて……そんなの告白か決闘かくらいしかありえないじゃない」


(それは、極端じゃありませんか?)


――うちな。有栖って子に謝りたいねん。喧嘩みたいになってもーてな、ちゃんと話せてなかったし、仲良くしたいねん。


 そういえば、新幹線の中でそんなこと言ってたっけ。

 決闘……とか喧嘩ってことじゃないと思うんだけど……。


 でもそれが本当に大事な話なら、それは俺が……有栖がちゃんと聞かなきゃいけない。二つ持ってきたバッグのうちの一つ、有栖用のものはすでにこのシロちゃんたちの部屋に置いていた。


「ちょっと着替えたり、いろいろ済ませてくるから脱衣室借りるね」


 バッグを運んで、鏡の前に立つ。


 豪華なホテルだから、洗面台もすごくお洒落でアメニティもたくさんそろってるけど。自前のものをあえて準備していく。

 朝は加恋に施したけど、手慣れた自身へのメイクならそんなに時間はかからない。


 洗面台に置いたスマホが再度震えた。

 ん? ウィッグを被りその見え方を鏡で確認しながらスマホ画面をうつす。


(シロちゃんだ。そこにいるのにな……)


<お風呂上りの姿に、ちょっとはドキドキしましたか?>


 この一文ですべてを察した。

 呼び出したのも、あの裸族って会話もぜんぶがわざとで――。

 悪意のないウソ。だってこと。


 そう、しなきゃいけないくらい。

 かまってほしいっていう彼女の遠回しの表現なんだって。


『ドキドキ、しないわけないじゃない! てゆか、さっき言ったよね。告白か決闘か。呼び出したってことはそのどっちかだって。それならシロちゃんがわたしを呼び出した理由はどっちなの』


<……決闘?>


 ちょっと斜め上の回答に驚いた。

 鏡の中の有栖が可愛く笑みを浮かべてるくらいには、くすってきた。


『え? そう返す??』


<嘘……告白。もし、となりに加恋がいなかったらだけど、ね。しょうがないので、LINEで言っちゃうね! 好き。大好き……有栖ちゃんも旬も。どっちも……。どっちでもあるキミが好き>

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