第27話 裏垢女子は見えないところで、ため息をつく

――もし、なにかあって皆に身バレしちゃってもね。私は味方。ずっと、キミの味方よ。


 シロちゃんは言いたいことをいうだけ言ったあとそう口にした。

 それは何よりも心強くて、そしてそれはいつかの彼女が誰かに言ってもらいたかった言葉なのだとわかった。

 

 そして、チェシャちゃんも多分、どこかでそう思ってるんじゃないかって思う。


 みんなそう。不安と孤独を抱えてるのだから。

 そのはけ口がSNSだったりして。はけ口にした結果、それが不安にかわるような大循環が起きてるんだと思う。


 でも、ただのはけ口や、逃げ場所として見つけたのが『有栖』という姿かたちなのかと聞かれると。

 それは違うといいたくなる。まぁ――うまく説明はできないけど。

 

 裏垢女子をやってるうえでの考えとか、悩みとか。

 自分なりのこだわりとか。

 いろいろ、持ってるものはあったりするわけ。


 だから。


――この件で、榊とちゃんと話すなら。


(シロちゃんが言う。恋に落とせばいいっていうのは、少しやり方として違うと思うのだけど……でも、それは正しいのかもしれない)


 そう、榊に対して、俺がとるべきやり方は。新見旬としての一手じゃなくて。

 

――この件で、榊とちゃんと話すなら。

 裏垢女子の『有栖』としてじゃないといけないよね――


「シロちゃん、加恋。わたし、榊くんと会ってくる」


 ローズゴールドのスマホを取り出して、『有栖』としてのグループラインを開く。

 そこには、シロちゃんが招待した榊がいて。

 ううん、訂正。『榊くん』がいて。

 

 そこから彼のアカウント画面を開くと、そこには当然、通話のアイコンがある。

 事前の説明なんて。

 まどろっこしいことはいらない。そんなのスマートじゃないしね。


 だから、通話のアイコンを押す。


 呼び出しの軽快な電子音が鳴ったあと、それが途切れた。

 そして、榊くんの声がした。


<えっと……旬。――いや、有栖さんですか>

『……もしもし。うん、有栖ですよー。このまえは、シロちゃんをいっしょに探してくれて、ありがとね。これからちょっとだけ、お時間もらえたりしないかな?』

<大丈夫ですけど。あの、いまから会うってことです、かね>


 俺は最初、榊の言う『リアルとネットは一緒にせんから、安心しろ』その意味をはき違えていたのだと思う。

 

 それは、SNSで知り合った相手と、リアルでは会わないとか、詮索をしないといったものではなくて。

 ネットは、リアルと(当然ながら)地繋ぎではあるけど。本人とアカウントは分けて考えるという意味なんだと気づいたから。

 

 有栖の恰好で、旬として過ごすなんて、それこそリアルとネットを一緒にした行為になってしまう。

 だから俺は……ううん、わたしは全力で『有栖わたし』を演じる。

 演じ切ってみる。


 それが裏垢女子『有栖』をこれまで応援してくれたフォロワーへの正しい対応なんだと思うから。


(てゆか……身バレがこわくて裏垢女子なんてやってられないって気持ちをまずぶつけたいし)


 同席してるシロちゃんと目が合う。その表情でわかるのは、この選択は間違えじゃないってこと。

 そして『有栖』として榊とコンタクトをとる理由はもう一つあって。


 塩野目さんのことを新見旬は知らないけれど。

(知らないというか関わりがなさすぎるというか――でも)

 裏垢女子としては、言いたいことが山ほどあるから。彼女が真犯人なら、だけど。


『――じゃあ駅前でね!』


 30分後に駅前で、といった待ち合わせをして通話を終えた。

 ひと段落ついたところで、一息つく。

  

 なんか、さすがにちょっとこういう姿を妹に見せるのはなぁっていう羞恥心はあるんだけど――。


「……お姉ちゃんすごい。なんか、違うひとみたい……だった。いや、見た目もぜんぜんいつもと違うんだけど」


 どうやら妹は、意外と順応性が高いようで、安心した。

 その理由が兄想いというよりは、『単に面白いから泳がせておこう』というものだということは、そのときの俺は知る由もなかったのだけど。


      ***


「有栖ちゃんいっちゃったねー、榊くんのところ」

「あはは。なんかうちの姉が騒がしくしてごめんねー」


 恋人をデートに行かせるなんて、私なにやってるんだろ~。

 とか、言ってみる。

 正直、面白すぎる展開でウケるんだけどね。


 まぁ、それは相手があの榊くんだと分かっているからで……有栖ちゃんには、私と同じような思いをしてほしくないというのが本音。 


 わざとに、口を滑らせたふりをして加恋に事実を伝えたのもそうだったりする。

 有栖ちゃんが秘密に押しつぶされないように。

 そう思ってのこと。


(こんなにも面白いことを共有できる友達がほしかったってのもあるけど……それは内緒にしとこ♪)


 加恋は信用できる子だって思ったから……てゆか、好きな人のことならなんだって受け入れられちゃうものなんだよね。

 私も、加恋も。

 だから、最初から問題ないことはわかってた。


「で。なんだけど。加恋」

「詩帆。なんでしょう。だいたいわかるけど」


 話が早い。たぶん、というか絶対。

 私たち、気が合うよね。


「あ、わかっちゃう? じゃあせーので言ってみる?」

「オッケー!」


 せーの。

 

「あとつけよ~~!」


      ***


 榊とは昼にも一度会ってはいるけど。そんなのは旬でのことで。

 有栖としてはそうじゃない。


 なにより、見知った友人の前で有栖の恰好をするなんてこと、いままでになかったからさすがに緊張する。

 建物の柱に身体をあずけて、ワンピのスカートの裾をぎゅっと掴む。

 深呼吸をして、浅く息を吐く。

 

(大丈夫。大丈夫。ちゃんとやれる)


 自己暗示は、なんの役にもたたないのはサッカーの試合のたびに経験してきたことだけど。

 実際には、スマホをいじってるほうがまだ時間つぶしにもなるし気がまぎれるもので。シロちゃんにLINEをしてみたのだけど返事がない。


 加恋とまだ楽しんでるんだろーな。

 そんなこと考えていたところ、その見知った(羨ましいくらいの)長身の男が見えた。


「……なんで眼鏡じゃないの?」

「あー、いや。イメチェン……? 変、かな」

「ううん、そのほうが。かっこいいんだけど」


 何褒めてんだよ俺……。

 いや、そんな。榊が眼鏡外してくるとか思わないじゃん。

 なにそんなべたな少女マンガ展開でやって来るんだよ……。


 何喋ればいいかわかんなくなったじゃん!


「――とりあえず、どこか話せるところ行こうか」

「……// え、あ……はい」


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