第28話 裏垢女子の大罪は、たぶん色欲じゃなくて傲慢のほう

 気を使わせてしまっているのかもしれないなーと、思いつつ。

 榊と一緒にその遊歩道をあるきながら、うまく話せないままでいた。

 

 博多駅前のバスセンターから30分ほどバスで移動したところに、百道浜の海浜公園はある。人工浜の遊歩道はちょうど夕暮れ時で、人もまばらだった。


 秘密の話をするには絶好なチョイスだとは思うけど、なんか、これじゃデートみたいだ。

 そう思うと、少しうまく言葉がでてこなかったりして。

 

 バスの中でも、揺れ大丈夫? 大丈夫だよ。くらいのやりとりがあったくらいで。本当は呼び出した俺のほうから切り出すべきことがたくさんあるんだけど。


「……あー、あのさ」


 そう、口を開いたのは、いつもの眼鏡をはずした、ただの高身長イケメン風な榊のほうだった。


「なんでしょう」

「有栖さんのこと、裏垢のこと。俺、だれかにいうつもりはないので」


 なんか、先手を打たれた気がした。でも。

 ウィッグの毛先を気にするふりで指先でくるくると絡めながら、俺はその言葉を聞いていないような素振りで聞いていた。


「多分、それが気になって呼び出したんだろうと思うから、それは先に言っときたくて」


 もちろん、榊の言ってることは有難いし、俺にとっての秘密を守るために呼び出したというのは間違えないんだけど。

 こうも潔く、俺に都合のいいことを言われると、変に気まずくて。その意図を勘ぐってしまう。


「有栖にとって。つごー、良くない? それ」

「そうかな。俺は有栖さんとこうやって直接会って話せるだけで、十分自分都合っていうか。でも……まぁ、そうだな」

「でしょ?」

「あー、友達がさ。有栖さんを好きて。こんなことを機会に裏垢やめたり、学校いけなくなるほうが。俺としても都合が悪いというか」


(友達……ああ、市河のことかな?)

 そして、身バレして学校にいられなくなる。それは、かつてのシロちゃんの境遇だ。確かにそんな感じになるのは、怖いし、嫌だけど。


 でも……。なんでこんなに榊に対して負い目を感じて、もやもやして。

 なんでか、うまく声が出てこないのか。その理由。

 やっと、わかった気がする。


――『有栖』に対しての期待を、身バレによって裏切ってしまったことが、俺にとっては嫌だったんだ。


「うん……わかった。あのね。正直にこたえてほしいの、だけど。幻滅、したでしょ」

「まさか……! そんなわけない」

「うそ! だって、ぜんぶ偽りだよ!」


 ああ、こんな顔もするんだ。

 無表情な堅物むっつりスケベだとしか思ってなかった榊が、珍しく感情を出した表情をしてる。

 たぶん、俺も……わたしも。


「仮面だろ? 学校での顔も、ネットでの顔もアカウントごとに使い分けた仮面をかぶってるもんだろ。家庭だって、そう。秀才の仮面。兄としての仮面。そのどれも偽りで、全部がホンモノじゃないか」


(あれ……? なんか。やば。ちょっと泣きそう……)


「あはは……。なんか、うん。ごめんね、ちょっと整理ついてなくて」

「駅前で配ってたティッシュだけど、使うか?」


 ありがと。そう言って、そのいかがわしい広告が挟まったポケットティッシュを使う。まさか、榊に泣かされるとは思わなかった……。

 でも、少しすっきりした。かもしれない。


「――ひとりっこじゃ、なかったんだね」


 やっと落ち着いて、最初に出た言葉がそれだった。


「妹が2人いる。どっちもうざい」

「そっかー、妹はたしかにめんどーだよね。わかる。かわいいけどね」

「だな」


 ん?


(あのー、榊くん。その手はどういう――)


 仕方ない、いまは『有栖』だしね。

 差し出された左手に、わたしはその手を重ねる。


 腕には、さりげなく張り付けておいたハートのタトゥーシール。

 あの日の残り物。

 これを少し見せつけるように。


「ハートか。さすが、女王様だな」

「やっと気づいたなー、榊くんからの応援の♥。今日はここにつけといたから。てゆか朝投稿したばかりの画像に最速で♥のこしたの、あれ榊くんでしょ」


 ID:R2 シンプルだけど。これって亮二てことじゃん。

 ずっとそれには気づかなかったけど。

 割と初期から応援してくれていたユーザーだったから知ってる人。知ってたひと。


「R2で、わかると思ってた」

「わかんないよ。榊くんのこと名前で呼ぶことなかったもん。あ、いま呼んでみよっか? 亮二くん。ん、なんか呼びづらいかも。リョウでいいよね」


 ちょっと冗談まじりに、『有栖』を演じてみる。

 それが、期待を裏切ったことへのわたしなりの罪滅ぼしだったりする。


「……」


 あれ? 反応ない。

 あー、もしもーし。


「ごめ……ちょっと、俺、うれしすぎて……死ぬ」


 めちゃくちゃ顔真っ赤にして手のひらで顔を覆い隠したまま。

 リョウが悶えてる。


「……あー、そんなに?」

「――そんなに」

「じゃあリョウ、わたしのことも有栖でいいよ」

「……あ、あr。ありす」


 嚙みすぎてウケる。

 

 あれ。これもしかして、形勢逆転したんじゃない?

 気が楽になったし、そろそろ本題を……。チェシャちゃんのこと、塩野目さんのこと。話さなきゃ、かなって。


 思ってた矢先に、見かけたのはカラオケ屋の名前が印字されたポロシャツ。

 その服を着ている桜色の髪をした女の子。


(チェシャちゃん……じゃない)


 あ。この子が、塩野目さんだ。

 なんでまた、カラオケ屋の恰好……? そんなの決まってるよね。

 二度目をやるつもりなんだ。

 

「リョウ……! リョウ! ちょっといつまで悶えてんの」

「……え? あ、あr。どうしたの」

「だから、噛んでないで。追いかけよ。いまあっちのほうにいたの。塩野目さん!」


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