第10話 裏垢女子の心と垢は、鍵がかかっている

「……あはは。恥ずかしい姿見せちゃったね。危ないことはしちゃだめって言ってたのは私のほうなのにねー。しっぱいしっぱい」


 店員さんの機転によって助けられた俺たちは、カラオケルームの中で二人きりだった。シロちゃんは、服を着なおしてからそう口にした。

 

「シロちゃん、あのね――」

「ありがと」


 早口に、唐突にシロちゃんが言った『ありがと』には、正直困った。

 俺は結局シロちゃんを助けられたわけではないわけだし。

 悲鳴を上げて、助けを求めるなんて。


 そんなことしかできなかったわけだから。


「この町には引っ越ししてきたんだ。親の離婚が一番の理由なんだけどね」

「……え」

「裏垢。中学のときクラスの子にバレちゃってねー。だからちょうどよかった。見た目も変えるいい機会だったし。もうまじめな優等生っぽいのも嫌だったし」


 前触れもなく話し出したシロちゃんは。それまでの底なしの明るさとは違う感じがした。

 ギャルで、気さくで。

 ノリがよくて。

 そんなクラスメートの姿じゃない。俺の知らないシロちゃんだった。

 

 それでも。ただ不幸を纏ったような暗い感じじゃなくて。

 少しだけ軽い口調なのが、彼女らしかった。


「有栖ちゃんになりたかったのよ? 私」

「――え?」

「だって、可愛くて、どこか強そうで。えっちなだけじゃない感じがして。じっさい露出少なかったしね。理由は、あとでわかったわけだけど……ね」


――俺は、白兎さんにあこがれて。そして、仲田さんとしてのクラスのキミに恋してた。だから、観察して参考にして。そうやってるうちにバズってたりして。


 ああ、そっか。

 似てるんだ。


「相乗効果ってやつ? じゃないのかな。わたしも……有栖もね。シロちゃんに憧れてた。だから、会えてうれしい。カッコいいことは言えないんだけど。……あのね、消えるなんて言わないで。わたしの傍から離れないで」

「――はい。でも、いいの? 秘密を知られちゃってるんだよ?」

「シロちゃんが、誰かに言うようには見えないから」

「わかんないでしょ。それに、少しでも危ない芽は摘んどいたほうが……とか思わない?」


 引き留めてほしいのか。突き放してほしいのか。

 わかんないけど。

 俺は(有栖は)、シロちゃんを離したくない。


「……わたしはキラかなにかですか。デスノートを持ってもないし、ただやってることは裏垢女子ってだけ。そう、それだけなんだよ! 『可愛い』以上に大切なことなんて、わたし達にある?」

「……わ。すごい開き直りだ」

「悪い?」


 開き直りついで、腰に手をあてて『どうだ』ってくらい偉そうに俺は態度で示す。


「悪くはないけど……でも身バレこわいよ? クラスの子にいろいろ言われたよ?

 なんかパパ活してるとか。痴女とか。まー、痴女だけど。あ、でもちょっとおもしろかったのが。机に『ナカダシホーダイ』とか書かれてて。ほら、私。仲田詩帆だから」

「……笑うとこ?」

「笑ってよ!」

「あはは……」

「なんか、それ余計傷つく。――てか、慰めてよ! ちょっとは抱きしめたり、キスしたり。なんか、そういうのはないの? ねえ!」


(え? えええええ――)


「……あー、えっと。仲田さん?」

「シロちゃんじゃないの?」

「えっと、シロちゃん? それは――」


『有栖』だから? それとも俺が、新見旬だから……?

 それは大事なことだと思ったけど。

 言わない方がいい気もする。


「あー。もう。絶対いま考えてるでしょ。君が有栖ちゃんだからとか、新見くんだからとか。そんなの。私にはカンケーないの。だって、トワイライトでも私は君を見てたけど。ずっと後ろからも見てたから……」

「……えっと、それって」

「全部ひっくるめて、君が好きだって言ってるの! 好きじゃない人にキスなんて、するわけ。ないじゃない」


 そこまで言ったシロちゃんは瞳いっぱいに涙を浮かべていた。

 余裕のない様子は、クラスで見る彼女とは全然ちがってた。


「あー、もう。泣かないって、決めてたのにぃ。有栖ちゃんのばかばかばか。やっぱ、こんな思いするなら、私いなくなったほうが楽だもん、私が勝ったら告白しようって思ってたの……! それで、いなくなろうとおもったの。消えちゃいたかったの……もうこんな私いやだ。いやだよもう」


 止まらない彼女の言葉。

 泣いてる姿なのに。


(……ずるいくらい。かわいーんだよね。でも、あんまり消えるとかいなくなるとか。もう、言わないでほしいかな)


 たぶん、彼女は行動力がある人だ。

 いなくなるって言えば、それは文字通りいなくなるし。

 転校だってなんだって選ぶと思う。


――口封じの方法は。もうしってる。

 

 俺は、髪ゴムでウィッグの長い髪を後ろに結んで。

 そして、彼女の頬に手を添えて。

 

 仕返しのように口封じをする。


「秘密、守ってくれるよね」


<第一章 アリスと白うさぎ・完>


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